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我思う、ゆえに我あり

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yukie_yo

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September 21, 2010
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カテゴリ:仕事
事業仕分第二段で俎上に上ったJETプログラム(外国人を日本に送り込んで英語教師にさせるプログラム)。思いっきり廃止勧告をくらった。

JETプログラムをいい制度だ、と思っていただけに、なぜ?、もったいないと思って、内閣府のホームページから、仕分の際の議事録を読んだ。

読んでみると、質問する側はそれなりに説得性があっての質問だった。

仕分の対象になったのは、旧自治省、現総務省の役人がJETプログラム用の海外オフィスに指定席を持っているから、のようだ。

地方自治体がJETを負担しているのに(実に、宝くじの収益で賄っている)、JETのオフィス(CLAIRという自治省傘下の団体がやっている)を運営しているのが、総務省の(中央政府)の役人であるのは、おかしい、という指摘がまずあった。

これに対し、地方自治体の方が、長期期間人を派遣できないから、という理由で国家公務員が派遣されていた、でも、最近は地方にも人材が育ってきていて、地方から人がくるようになった(でも、所詮ほとんど研修という立場で現地オフィスのスタッフという位置づけでもない)、という。

そこで、質問側の切り替えしで、じゃ、地方に人がいないというのなら、大使館や領事館に窓口を置けばいいじゃん。本来、中央政府は、地方が不足している分を補うためにあるもんだ。

これに対し、地方自治体の代表で来ていた人は、大使館では使い勝手がよくない、偉い国会議員などの世話はしても、地方の世話はしてくれない、と訴えた。(外務省の人は説明する側に呼ばれていなかった)

CLAIR側は終始要領を得ない、ごにょごにょ言っているので、じゃ、要は、縦割り行政のせいで、大使館や領事館(JETのオフィスが7箇所あるそうだが、みんな同じ街に大使館や領事館があるそうな)にワンストップでおけるものを、わざわざそれぞれオフィスを構えている、カネの無駄だ、という判断になったようだ。

というより、そういう疑いをもって最初からきいているのだが、本来ならそれを最初からかぎとって、それなりにまともに答えればいいのに、(そういう趣旨で槍玉にあがっているのは事前にわかっているだろうに)答えられていない。

さらには、より根本的な質問があがった。

そもそもJETの目的は?23年前からやっているけど、そのときは国際化が叫ばれていた時代で、国際交流と英語教育が趣旨だったけど、未だにそんな切りなわけ?(スポーツ交流という枠がその間に新設されているものの)あまりに硬直しすぎていないのか?

それに対して、そうね、という程度の答えしか出てこなかった。

なので、質問する側もJETのコンセプトそのものはいいのに、という前置きがありながら、JETの目的から根本的に見直せ、という意味で廃止、という結論になった模様。

何か、このやりとりを読んでいて、呆れる。

そもそも、この仕分の場に外務省の人間が一人も来ていないのが驚きだ。

これは何も日本人が外国人に触れて、異文化交流するだけの話ではない。日本人が外国人に触れて何か発見するものがあるのと同様、外国人にとっても、日本にいって、何か発見するものがある。そして、全員とはいわないが、かなりの人たちが親日になって本国に帰るか、日本にJET後もとどまる。

これが、草の根交流の原点であり、ひいては日本理解につながる。日本研究の本や論文、報道が英文でもある程度でてきた昨今、日本語もまともに勉強せずに、英文資料だけで日本を語る、横着な「専門家」が増えている中、ちゃんと日本語で話せる人材を育てている、という大きなメリットがある。

(それゆえに、国が負担してでもやるべきプログラムのはずだ、という質問側の主張に同意する。)

それを一番感じている(いや、より正確には感じていなければならない)省庁こそ、外務省である。JETが仕分の対象になったと知った瞬間から、説明側にださせれくれ、と声を大にして言わねばならないのが、外務省だ。

それを、一人も出さないとは一体どういうわけだ?仕分側が外務省の役人を拒否するのなら、せめて、公開文書ででも、JETの存在意義を高らかに訴え、仕分の司会者に冒頭で読み上げてもらうとか、何でもいいから、国民に知らしめるべきである。それを何もしないとは、怠慢以外何者でもない。そして、廃止といわれてから、JET卒業生が大使館に働きかけて大使が合うとか合わないとかやっているとは、対応が後手後手だ。

それだけの情熱をもって外務省が語れないというのは、情けないにもほどがある。

そして、CLAIRの人が総務省の海外オフィス維持に汲々として、JETの意義など語れないのも、同様に情けない。

また、地方の、実際にJETを受けいれている団体側も、JETの意義を受け入れ側の見地から、うまく語れないというのも、残念だ。

JETの目的が国際交流なのか、英語教育なのか、この切りでいいのか?と問われているのに、地方が、いや待て、JETにはそれなりの意味がある、と高らかに待ったをかける場であったはず。

それが、質問側に圧倒されて何も出てこないというのは、確かにやめれば?といわれても仕方がないのかもしれない。

確かに、仕分は、役人たちが、己の組織の人間、予算、ポスト確保・拡大のために汲々としていて、国益になる、あるいは国民のためになっている、意味があることをやっているという認識の下に仕事をしているわけではないということを天下に知らしめるためにやっている、劇場である。

が、この劇場を逆手に取れば、予算縮小が叫ばれている中、意味があることを高らかに役人が国民に訴え、予算の大幅増大につなげられるチャンスでもある。

なのに、意味があろうとなかろうと、現場にいない、無責任な国家公務員という最悪の弁護人のせいで、JETが廃止となる、というのはいかにも残念である。

けれど、お金がないといわれる、受け入れる側の地方がもう一度、外国の若者をわざわざお金をかけて呼んで、意味があることができるのか否か、とくと考えるいい機会となれるのなら、意味があるのかもしれない。

何らかの形でJETの精神が存続することを期待したい。(実はJETっぽい事業が他にもあるらしいが)





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Last updated  September 21, 2010 02:12:30 PM
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