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2019/01/15(火)20:36

山口 萩 「恵美須ケ鼻造船所跡」 世界遺産

旅行(山陽・山陰)(31)

​​​​​2018年10月 山口 萩 ​​「恵美須ケ鼻造船所跡」​​ (萩市観光協会公式HPより抜粋) ​​1853(嘉永6)年、幕府は各藩の軍備・海防力の強化を目的に大船建造を解禁し、のちに萩藩に対しても大船の建造を要請しました。 1856(安政3)年、萩藩は洋式造船技術と運転技術習得のため、幕府が西洋式帆船の君沢型(スクーナー船)を製造した伊豆戸田村に船大工棟梁の尾崎小右衛門を派遣します。尾崎は戸田村でスクーナー船建造にあたった高崎伝蔵らとともに萩に帰り、近海を視察、小畑浦の恵美須ヶ鼻に軍艦製造所を建設することを決定しました。 同年12月には萩藩最初の洋式軍艦「丙辰丸」が、また1860(万延元)年には2隻目の洋式軍艦「庚申丸」が進水します。現在も、当時の規模の大きな防波堤が残っています。 ​ 2015年7月世界遺産登録(明治日本の産業革命遺産)​ 現在工事中でした。 これから観光地として整備していくんでしょうね。 ​山口・萩、初めて行きましたが非常に興味深いところでした。 現在は街の中心が山口市に移ってしまい、潰れた旅館がそのまま残っているなど寂れた雰囲気もありましたが、長州藩について深く知ることができました。 なかでも長州藩の攘夷に対する意気込みが強く感じられて、心が動かされました。 福岡に越してくるまで幕末の歴史には疎かったのですが、佐賀・鹿児島・山口を観光して凄く興味が湧いてきました。 地理的に欧米から攻められやすく、切羽詰まっていたんでしょうね。 これらの藩が行動していなかったら日本という国は無くなっていたかもしれないと思うと、心から感動しました。 「長州五傑」 幕末に長州藩がヨーロッパに派遣 ロンドンに留学した長州藩士5名 (旅行後ちょうどテレビで解説していたのでテレビ画面を撮影) ​​​​​​​​​​

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