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灰色猫のはいねの生活

灰色猫のはいねの生活

8月

【8月の本当に恐い話】

それは8月のうだるように暑い日の事でした。
うるさいほどのセミがひっきりなしに鳴いていた8月のある1日の事です。
「授業が終わって教室に帰ろうとすると、後ろからピアノの音が流れてきたの。
不思議に思って音楽室に戻ってみると、中には誰もいなくて閉まっていたはずのピアノの蓋が開いていたの。
その鍵盤がさっき習ったベートベンのエリーゼのためにをひいてたんだって。
視線を感じて振り返ると、飾られたベートベンの肖像が、こっちを見ていたんだって。」
たまちゃんが静かに言いました。
「えーっ、もう音楽室行けないよぉ。」
「そっ、そそそそそんな話しはまゆつばモノでしょう。」
「そう言う丸尾くんだって、声が震えてるよ。」
「そうだよ、そんな事言うなら1人で音楽室行っておいでよ。」
原っぱの大きな木の影にすっぽりと包まれて、まるちゃんとたまちゃんと丸尾くんの3人は、少しでも暑さを凌ごうと、恐い話しを始めたのです。
1瞬は背筋がぞくぞくっと寒くなるものの、やっぱり暑さはそのままです。
「やっぱり、かき氷とかアイスキャンディとかジュースとか買いに行こうか?」
「でもお店に行くまでが暑い~。」
「そんなこと言っていたら、冬が来るまでここにいなければなりませんよ。」
重たい腰をあげた時、3人はいきなり話し掛けられたのです。
「君達、恐い話しをしてあげようか?」
白い長いお髭のおじいさんがそこ立っていました。
『うちのおじいちゃんと同じくらいの年かな』とまるちゃんは思い、
『まるで昔話に出てくる仙人のよう』とたまちゃんは思い、
『この人はどこから来たのだろう』と丸尾くんは思いました。
「こんな暑さなんか消し飛ぶくらいの恐い話しだよ。」
その口調とは裏腹に、おじいさんはにこにこと優しい顔で微笑んでいます。
「うん、して。駄菓子屋さんに行くまで涼しくなるような恐い話し。」
まるちゃんが言いました。
おじいさんは丘の上の1本の樹の傍らの切り株に腰掛け、その廻りを取り囲むように3人共ちょこんと座りました。
「むかし、むかし、今から、そう何年前になるかのう…」
話すと言ったわりには、おじいさんは一人言を呟くように、遠くをみつめていました。
「この国には神がおらっしゃった。」
どれだけ昔の話しだろうと3人は思いました。
小さい頃聞いた桃太郎や浦島太郎のような本当の昔話かしらと。
「その神様が異国の人間を殺せとおっしゃった。
異国の人間だけではない。
神様に逆らう者をすべて殺せと。
命令通りに異国の人間もこの国の人間も神様に逆らう者は次々と殺されていった。
もとより、神様に逆らうことなど出来ない。
神様の言う事は全て正しいのだと信じて、男は異国へ行き、人を殺し自分達も大勢殺された。
女子供も人殺しをする男達のために一生懸命働いて国を守った。
食べる物も着る物も我慢して、ただ神様の言いつけ通りにした。
それが正しいのだと、そうすれば良いのだと必死に信じてな。」
おじいさんはひとつため息を吐きました。
3人はじわじわと体温が引いて行くような気がしています。
「ところが、ある日突然神様は神様ではなくなった。
ただのお人に成り下がったのだ。
わしらと同じ、ただの人間にな。
神様の言いつけだと思って、それが正しいと信じて人殺しをしてきたわしらはなんだったのだろう。
男も女も子供も、人を殺すために一生懸命だった。
ただ、神様のためだったのにな。」
「戦争の、話しですね。」
丸尾くんが言いました。
おじいさんはこっくりと頷きます。
「神様だと、それが正しいと信じていたものが、ある日手の平を返したように全く逆に変わってしまう。
それがどれだけ恐ろしいか、君達にはわかるかい?」
3人は答えられませんでした。
戦争は恐い。
恐ろしい。
それは判ります。
人が人を殺すなんて考えられません。
でも、おじいさんの言うことはちょっと違うようでした。
「もう2度と過ちは繰り返さないと言って戦争はもうしないと約束した。
でもそれがある日突然変わってしまう日がいつかまた来る。
赤紙で徴収されたように、紙1枚で人を殺しに行かねばならない日は、そう遠くはないんだよ。」
「…まるで、判っている様な言い方ですね。」
丸尾くんがぎゅっと拳を握りしめながら言いました。
そうしなければ、全身に震えが走りそうだったのです。
「わしは見てきた。
過去も未来も全て見てきた。
運命を変えるのは今しかないんだ。
10年前では話しにならない。
だが10年後では、もう遅いんだよ。」
まるちゃんもたまちゃんも泣き出しそうな顔をしていました。
「恐いかい?
脅かすつもりではなかったんだが。
でも、少し考えておくれ。
この狭い地球のどこかでは、絶えず人間は争っている。
それに世界中が関わる日がそう遠くなくやってくる。
この国も例外ではないんだよ。
半信半疑だろうから教えておくよ。
早ければ世紀末、世界は終わりを迎える。
でも、今ならそれを妨げられるかもしれない。
覚えていておくれ。
そして考えておくれ。
自分が信じたものを守るには何をしなければならないのかを。」
おじいさんの声はひどく穏やかになり、その大きな手で3人の頭を優しくなでてくれました。
そうして、ふっとかき消す様にいなくなってしまったおじいさんの居た場所にそびえ立つ大樹。
何もかも見渡せるようなその大きな樹木を、3人はただ、見つめていました。
おじいさんが消えたことは不思議と恐くはありませんでした。

真夏の太陽が傾きかけた夕暮れを、とぼとぼと3人は歩いていました。
もう、駄菓子屋へ行く気もありません。
暑さも気になりません。
ただ、何かがちくりと胸に刺さったまま、消えないのです。



【あとがき】~羽衣音~
冒頭の音楽室の話は羽衣音の小学校で実際にあったお話です。
羽衣音は小さい頃から恐がりで、ある時「怪談や幽霊話は恐くてイヤ」と言うと、1人暮らしの友人は「それよりも強盗とか生きてる人間の方が恐い」と言いました。
確かに目に見えないモノ、得体の知れないモノは恐いケド、本当に恐ろしいモノって何だろうと思って書いたお話です。

















































キーワード「北の魔境の魔性のオンナこにゃん」


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