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灰色猫のはいねの生活

灰色猫のはいねの生活

10月

【未来の想い出】

「持って来ましたか?」
「もちろん!忘れるわけないじゃん!!」
「じゃあ、せーのーでで出そうよ。」
「せーのーで!?」
まるちゃんとたまちゃんと丸尾くんが3人そろって出した物、それは…。
「さくらさんの、1番大きいですね。」
「だって、せっかくだもん。大きいの食べたいじゃん。」
「そうだよね。たき火で焼き芋なんてそうしょっちゅう出来る事じゃないよね。」
土曜の放課後の神社の境内で、落ち葉の掃除をする変わりに、たき火で焼き芋をやっていいと言われたのです。
「神社の人、早く来ないかな?」
「ホント、待ち遠しいよね。」
子供だけではさすがに火は扱えないので、神社の人が付き添ってくれる約束なのです。
「呼びに行こうか?」
待ちきれなくなったまるちゃんが言いました。
「そうですね。」
3人で歩き出そうとした時、向こうから白い着物に赤い袴をつけたきれいなお姉さんがやって来ました。
「境内を掃除してくれたのは、あなた達かな?」
「はい、そうです!」
3人そろって答えました。
「どうもありがとう。それじゃ、焼き芋しよっか?」
そう言って火を点けるために屈んだお姉さんの後ろの黒髪は、一つに束ねられてするりと背中に流れています。
幸い風もなく落ち葉は見る見るうちに燃え出しました。
アルミホイルに包んださつまいもはその一番真ん中に入れてあります。
「あなた達は今何年生なの?」
お姉さんが聞きました。
「小学3年生です。」
丸尾くんが答えました。
「それじゃあ、遊びたいさかりなのに境内の掃除なんて、本当にえらいのね。こんなにきれいにしてくれて。」
「当然のことをしたまでです。」
あたりまえのように丸尾くんが言いました。
「でも、そのかわりに焼き芋が出来るんだもん。掃除くらいお茶の子さいさい。」
まるちゃんがおどけて言います。
お姉さんがくすりと笑いました。
落ち葉がぱちぱちと言いだします。
「本当に落ち葉たきなんて久しぶりだわ。小さいころはよくやったのよ。」
「お母さんも言ってました。昔は焼き芋って言ったら落ち葉たきだったって。」
たまちゃんが言いました。
「そうね、昔…、昔はいろんなことが出来たわね…。」
お姉さんは遠くを見つめて、呟くように言いました。
「ね、今どんな遊びが流行ってるの?」
「ドッチボールかなぁ。」
まるちゃんが言いました。
休み時間にはみんなでボールとグランドの取り合いになります。
「教室ではあやとり!今も持ってるの!」
たまちゃんがポケットからヒモを出します。
「あやとり、結構難しいですよね。」
丸尾くんがぽつりと言いました。
「じゃあ、お芋が焼けるまで時間があるし、みんなであやとりしようか。」
お姉さんが言いました。
たまちゃんは素早くヒモを両手に巻き付けます。
まるちゃんがそれに指をかけてひきました。
丸尾くんは慎重に1本1本指をかけていきます。
「これからどうするの?」
お姉さんが聞きました。
「右手と左手を交差して小指をかけて下からすくうの。」
お姉さんはまるで1度もあやとりをしたことがないように、ぎこちなく指を動かしました。
「こう?」
「そうそう。」
実はたまちゃんはあやとりがとても得意なのです。
みんなで一通り遊んだ後で「ほうき」「ちょうちょ」「富士山」「月」と、小さな手の中で次々に作って見せてくれます。
「はしご」の片側の中指と親指をきゅっと合わせると「東京タワー」が出来上がります。
「わぁ、たまちゃん、すごいねえ。」
ぱちぱちとお姉さんが拍手をしました。
その時、ぷうんと焼き芋のいい匂いが漂い出しました。
皮の焼けた香ばしくて甘い匂い。
「さあ、焼けたかなぁ?」
灰になった落ち葉をのけて、お姉さんが焼き芋を取り出してくれます。
新聞紙に包んで、アルミホイルごと半分に割ると、キレイな黄金色が出てきました。
熱さに両手で持ち替えながら、それでも待ちきれなくてはふはふと食べます。
3人のほっぺが赤く染まりました。
「美味しいねぇ。」
「やっぱりさつまいもは落ち葉炊きが1番だよねぇ。」
口々に言います。
「でも、こんなに美味しいのにどうしてみんな落ち葉炊きしないんだろう?」
まるちゃんが言いました。
「それは環境が変わったせいでしょう。
住宅事情が変わって、今は落ち葉炊きをすると近所迷惑になったりしますからね。」
丸尾くんが言いました。
「そっか、洗濯物に煤や匂いが付いたりしたら嫌だもんね。」
たまちゃんも言いました。
「そうね、昔とはいろいろ変わってしまったからね。」
お姉さんが独り言のように言います。
火の消えた落ち葉からは秋の匂いがするようでした。
「昔出来なかったことが、出来るようにもなったけれど。
それ以上に昔当たり前に出来たことが、出来なくなってしまう世界がやって来るの。
それは、良いことでもあるけれど、ちょっぴり哀しいことでもあるのよ。」
お姉さんは強い瞳で続けました。
「だから今、出来ることを楽しんでね。
焼き芋もあやとりもドッジボールも。今に出来なくなってしまうから。」
3人には判るようでまだ判りません。
「今日は楽しかった。始めて焼き芋も出来たし、あやとりも教えてもらえて、本当に楽しかった。どうもありがとう。」
そう言って、お姉さんはふっと消えてしまったのです。
後には燃え尽きた落ち葉が残るばかりでした。
「もしかしたら…。」
丸尾くんが言いました。
「何年か先、何十年か先には、落ち葉たきもあやとりもドッジボールも出来なくなる世界になるのでしょうか。」
丸尾くんは、まるで消えてしまったお姉さんにたずねるように、もしくは未来と言う時にたずねるように遠くを見つめていました。



【あとがき】~由記~
昔出来たことで、今はもう出来なくなってしまったことが一杯あります。
川で泳いだこと、野いちごを摘んで食べたこと、草笛を吹いて学校から帰ったこと。
今ではもう出来なくなりました。
それはやっぱりちょっと哀しいことです。


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