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灰色猫のはいねの生活

灰色猫のはいねの生活

羽衣音の前世療法

私には生まれつきの身体的障害がありました。
その障害は2歳半頃に受けた手術で治ったのですが、その障害があったために、居間のちゃぶ台に1人取り残されていた寂しい場面を今も思い出すのです。
生まれつきの障害とは何か前世に関係あるのではないかと思い、又、自分の性格的にも変えたいところがあり、今回の療法を受けましたが、まず前世を体験する上でのキーワードを決めました。
その障害のことを考えた時に身体に次のように感じました。
(1)目の下、鼻の上に3cm程の木の板のようなもの→机?
(2)目の奥に握り拳大の丸い青黒いもの→河原の石?
(3)足首からふくらはぎの中程まで冷たくしびれた感じ→靴をはいたまま入った川?
これは質問を受けるごとに具体的に何か解ってきたのですが、(1)(2)はその部分に手を触れていたから、(3)等は冷え性で足が冷たいからだと思い、これが本当に前世に関係あるとは思えませんでした。
この3つが私の前世を体験する上で、深く関係があったことは驚くと共に現世の私にとっても何か重要なキーワードであったとも思います。
私の前世体験は紙芝居のように1場面1場面が浮かぶので、その時の状況や前後関係等がわからず、その時受けた質問にもほとんど答えられませんでしたが、体験を終えた時には点が線となり、前世の人生がキーワードと共に理解することが出来ました。
私の前世はこうでした。

私は5歳の少女でした。
肩よりのびた茶色の髪に粗末なシャツ、地味なスカート、白いエプロンを付けているようでした。
足は裸足で森の近くの野原に1人、立っていました。
最初はその土地の広大さからアメリカ大陸を想像しましたが、よく考えると中世ヨーロッパの片田舎であったようです。
私は「アンジュ」または「アンジェ」「アンジェラ」という名だったようです。
野原で1人、5歳の私は真っ赤な夕陽が山の奥に沈むのをじっと目をこらして見つめています。
私は待っていました。
いくら待ってもそれが決して来ないことは解っていましたが、それでも微かな希望を持って幼い私が待ち続けているもの、それは私の両親でした。
私には両親がおらず、森の中の丸太小屋で祖父と2人で暮らしていました。
捨てられたのか、両親が亡くなって捨て子同然に祖父の元に来たようです。
私は祖父が大好きで、祖父のする作業を背伸びして木のテーブルにかじりついて見ていました。
それが、キーワード(1)の机のように感じたものだったのです。
両親がいないことは、5歳の私にとってはとても寂しいことでした。
次の場面は12歳の頃でした。
水を汲みに、魚を捕りに毎日小川へ通っていました。
5歳の私はただ寂しいとだけ感じていましたが、12歳になると寂しいだけではなく、毎日が退屈で、両親のことを何も教えてくれない祖父を恨んでもいました。
河原で1人、私は「寂しい」「つまらない」と言う想いを青黒い石にぶつけていたようです。
それがキーワードの(2)でした。
木靴を履いたまま冷たい川に入り、上流を見つめたまま、流れに逆らって進むことも、添って退くことも出来ない。
両親のことを知りたいのに、何もわからない。
どこかに行きたいのに、どこにも行けない。
それが、キーワードの(3)でした。
次の場面は18歳の頃でした。
石畳の道をただひたすら歩いています。
祖父が亡くなり、私は生まれ故郷を離れて旅をしているようでした。
小さな袋1つを背負って、とにかくあの山を越えなければと必死です。
けれども、山は高く険しく、その途中で夜になってしまいます。
木の下で野宿する私は、生まれて初めて本当の孤独を知り、1人泣きじゃくりました。
両親がいない寂しさ、それは祖父がいたからこそ感じていたものでした。
祖父の限りない愛情があったからこそ、本当の両親ならばもっと深い愛情があるのではないかと思っていたのです。
祖父は私が可哀想だから両親について本当のことが言えなかったようですが、私にとっては祖父さえ居てくれたならば、両親のことなどどうでも良かったのです。
寂しいと感じていた5歳の頃、12歳の頃。
本当の寂しさなど知らずに祖父に守られ、甘えていた自分自身を初めて感じました。
場面は飛びますが、この人生を終える時、私は80歳にもなる老婆でした。
木のベットに横たわり、私の息子が最後を看取ってくれました。
寂しかった、辛かった人生もこの子が側にいてくれたおかげで、安らかに終えることが出来ました。
もうよい、何もかももう良いのだと心の底から思ったのです。

これが私の体験した前世です。
現世の私と共通点がたくさんあり、本当に驚くばかりでした。
現世での私も両親が共働きで1日の大半を祖父と過ごし、自他共に認めるおじいちゃん子でした。
ただ私が祖父と呼び同じ家で過ごした人は、血のつながりこそあるものの本当の祖父ではありません。
その人と前世の祖父とは同じ人でした。
前世の私同様、今の私自身も、血のつながりなどは関係なく祖父が大好きでした。
祖父はもう亡くなりましたが、私を育ててくれたのは祖父でしたし、私の中の「優しさ」や「思いやり」は全て祖父からもらったと思っています。
現世の私は幼い頃から、1人になることを極端に嫌っていました。
人見知りで引っ込み思案の子供でもありました。
前世で少女だった私が感じた「寂しい」「辛い」「悲しい」「つまらない」等の負の感情を、河原の青黒い石として私は現世まで持って来たようです。
前世療法を受けて、私はあの冷たい川の中から進み出ることが出来たように思います。
祖父の愛情を再確認し、これから新しい自分になれるような、そのために努力できると感じました。


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