1994071 ランダム
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風光る 脳腫瘍闘病記

久しぶりの我が家

「うっ、メチャクチャ苦しい・・何コレ?お姉さんこんな苦しい思いしてしんだの?は、早く、意識なくなんないかな?」私の願いもむなしくありったけの体重をかけても意識がもうろうする事もなく、ただ、苦しいだけだった。でも止める訳にはいかなかった。「死ぬしかない」「死んで楽になるんだ・・・」

「ぐっ、ぐるじぃ・・・もう駄目、じにぞう・・ダメだ・・」私はあまりの苦しさにベルトから首をぬいた。

「はぁ~~~~・・・はぁ、はぁ・・うそでしょ?首吊りってこんなに苦しいのにみんなよくやるよぉ~・・」その時、外で何やら音が・・・私がいない事に看護士さんが気が付いたらしい。すぐにトイレのドアをトントンされたが私は内側から鍵をかけていたので、のんびり構えていた。

すると婦長さんが外からアッサリ鍵を開けてしまったのだ。私は罰として再び拘束されるハメになった。1日3回の食事とトイレ、リハビリ以外はベットの上で拘束。2日で我慢の限界がきた。私は精神科の先生に自傷しない代わりに自由に出歩き出来る事を要求した。

でも二つ返事で「はい」とは言ってくれない。

「だったら、強制退院でいいよ。今度、自傷したら強制退院でいいから」
私はこの条件と引き換えに自由を手に入れた。ただし、どこかに行く時には誰かにちゃんと言ってからいく事。これが向こうが出してきた条件だった。自由に動け回る。気持ちがよかった。

でも二度と歩く事が出来ない。この事がつねに頭から離れなかった。そんなある日私はアイスを買いに1階にあるコンビニへ・・行く時には誰かに声かけをしなくてはならない。疲れていたので声にならない様な声で「コンビニに行ってきます」と言った。

それを聞いたベテラン看護士さんが怒って「行くならもっと聞こえる様に大きな声で言いなさい!」

(何様のつもり!?)私はこの一言にブッチ切れそのまま、表玄関に止まってあるタクシーへと乗り込んだ。「○○までお願いします」タクシーで向かっている途中、K先生から電話があったが私はとらなかった。15分ぐらいだろうか懐かしい建物が目に入った。

「ここでいいです。車イスお願いできますか?」私はもう2度と帰る事のない自分のマンションに約8ヶ月ぶりに帰ったのだ。自転車置き場には入院する1週間前に買った自転車があった。

「懐かしい・・」エレベーターの幅ギリギリに車イスが入った。その時また電話が鳴った。(非通知?)私は取ってみる事に・・「もしもし」

「もしもし○○警察ですが・・」(警察!?ったく連絡しやがったな)

「今、どこにいるんですか?」

「自宅ですけど?」

「大丈夫ですか?」

「えっと今から飛び降りようかと思って・・8階だったら死ねますよね?」

プチッ「ツーツーツー・・」一方的に電話を切った。「こりゃ、すぐ来るな・・」私は8階のボタンを押した。「うぃ~ん」エレベターのドアが開く。でもそこに立ちふさがる壁!壁!壁!

「あ~~~~・・これ絶対無理、この壁、乗り越えられない」私はあっさり諦めてとりあえず自分の部屋に帰ることにした。

「ガチャ」久しぶりの我が家。たったの2ヶ月間しか暮らせなかった。またこうして戻ってこれるとは夢にも思っていなかった。私は車イスから降りてズリズリとプッシュアップしながら部屋の中に入っていった。途中、シンクの下の扉を開け包丁を手にした。

右手に包丁を握りしめながらベット脇まで行く。ベットの上に上がろうとしたが上がれなかった。しばらく部屋を見回すことに・・。ここでの思い出はすべて歩いている自分の姿があった。

「あそこで料理して休みの日は洗濯してここのベランダで干して、歩き回ってたよなぁ・・出てきた時と全然変わってなかった。キレイなままだ。変わったのは私だけかぁ・・」

再び、携帯が鳴った。(非通知か・・)

「もしもし?」

「今、愛さんの家の玄関の前にいるんですけど入ってもいいですか?」

(断っても入ってくんだろう)

「いいですけど」

中年の男性と若い女性が入ってきた。自分から5mぐらい離れた先で座った。私は真新しい包丁の刃をノドにそっと押し当てた。


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