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YUMEMIRUTOKI

エッセンス

光透波(コトバ)


言葉。

言葉に頼るのではなく、

言葉にたくす。

言葉に大切な目的がある。

相手の人に思いを伝えるという目的。

すれ違いを解くために用いることもある。

でも、時には言葉よりも

思いの方がストレートに相手に届く。

だから、言葉にならない思いを、あなたに伝えたい。




『光と影』 宇宙神話



神は、光あれ、といわれた。

そして光が現れた。

真空の宇宙を光は透る。

けれども、そこには影はできない。

なぜなら、影は、物質の存在がないところに

起りえない。

神は、エネルギーを転換し、

そこに物質を作り出した。

そして、その物質界を分霊たちに育ませた。

…長い年月がすぎ、

やっと生命が生まれた。

その生命が進化して、人が生まれた。

人には初めて、霊が宿った。

神は、何故人を作ったのだろう。

宇宙に意識しか存在しなかったとき、

そこに影はなかっただろう。

あるのは、光、それから、孤独。

光は、影を作り出す。

けれども、影は一瞬だ。

光が角度を変えると、影の位置も変わる。

その色合いも変わる。

何故、影の存在がいるのだろう。

それは、より深い愛を体験するため。

人の心には、光と影が存在する。

誰かの心に影ができたとき、

別の誰かがその心に光を当てる。

けれども、その光をあてた人も次の瞬間、

また別の影を宿すことがある。

何故なら、人と人との関わりは、

そのような光と影の関係を作り出すからだ。

確かに、自分自身で光をあてることもできるだろう。

けれども、それだけでは人は人との関わりを必要とはしなくなる。

神は、そのような体験を人に用意した。

何故なら、その体験を積んでのみ、人は

自分の中の愛をはぐくんでいくことができるから。

そして、その愛がいつか、神そのものを理解するほど成長し、

神そのものと融合するまで

人の魂は、成長しつづけるのだろう。 


****************

ある方が、「生きるって何だろう???」って書いてきた。

そのメールに書いた返事…。

生きるって…。

一言で言ったら、魂が経験をつんでいるのでしょう。

私は、愛が源だと思うけど。

生命の源をたどっていくと、

元素にいきついて、それから素粒子を結びつける、

エネルギー存在に行き着いて、

でも、そのエネルギー存在は、

オウムの言うような力、の世界ではなく、根本は愛。

愛が光。でも、光が生まれることによって、必然的に影ができる。

その光と影のおりなすオムニバスの世界が3次元の世界。

そこへ魂は降りてきて、生、を体験する。

 その時書いた『光と影』という、言葉のイメージがどんどん広がって、ひとつの詩になった。

                                      (2001/12/15)




★2002年1月3日の日記より



 …僕のメールに少しでも耳をかたむけてくれるなら、この世界日本の故郷の本来ある姿を考えて欲しい。

 というメールが年末に届いた。

 とても答えにくい内容なので、少し時間をおいてみた。

 教育に関わっている方なので、今の若者の現状を知るにつけて現実の世界を憂えている、という感じだろうか。

 2000年を過ぎて、世界は様々な変動期に入っている。私は、マイナーな情報をとりこむのが好きなので、チャネラーものもたまに読む。それから、シュタイナーの描く魂の世界にも関心がある。現実的視点の背後にある、本質の世界に興味がある。

 それは星の王子様のいう、「大切なことは、目に見えないんだよ」にも通じてくるような気がする。

 地球は今までに何回も転換点を迎えてきている。それは何かというと、文明が発達し、科学が人を作り出し、神と言われる存在に近い技術を持つようになった人間達。その人間が文明、科学技術を正しい用い方をすることができるまで、精神を向上させることができたか、それともそれらを自己のために悪用するのか…の臨界点にきている。その象徴たる出来事の一つがテロ事件である。(これは、私が読んだ本の集大成かな)

 自然もまた、地球の環境汚染を通して、訴えてきている。地球という惑星もまた、今転換点を迎えている。たとえばオゾン層の破壊を通して、温暖化を通して、地球の地軸の変化を通して、さまざまな異常気象を生み出す中で、人々に目覚めるように気づきを促している。

 テロ事件があった時に、私もまた自分を見つめなおす機会となった。私か、今できることは何なのだろう…。

 ニューヨークまで飛んで行って、何かするってこともできなかった。募金活動ぐらいはできただろうけど、そういう目先のことだけではなくって、これからの時代を生き抜いていくために私のできることって、何だろうと思った。

 世界を塗り替えるような、真理は存在しない。

 核爆弾を落として、世界を破壊して、やり直すわけにもいかない。

 宗教が、倫理が、教育が、思想が、心理学が、世界を仕切りなおすことができるだろうか…。それとも、今はやっている精神世界が人々の心を塗り替えてくれるだろうか?

 私にできることは、私という個人が、成長していくことしかないかなって思う。個人が家庭を作り、家庭が地域社会を作る。地域社会が、国を作り、国が世界を作る。私が、生きる生き様を子どもたちが見て学んでいる。私が関わる人たちが私との出会いで何かを感じてくれたら、と思う。何かといったとしても何かを伝えられるほど得ているわけではないけどね。

 ただ、清純派で通しているあん、だけど、人並みに恋愛もすれば、ここには書かないけど人並みではない体験も少しはある…。思春期に自殺の手記をよみあさって「生きる」ことを考え続けていた、私。たぶん、人はみなひとつとして同じ人間ではないから、出会いを通して、何かしら互いが学びあえるようにできているような気がする。何故って、魂の根源ははただひとつ。宇宙の源からきているから。その魂が個別化して、学ぶために肉体を得て、この地球という場所に時を同じくして、出会っているのだから。



★ 2001年11月24日(土)の日記より


星の王子さまの中に出てくるきつねさんのせりふ。


「しんぼうが大事だよ。最初は、おれからすこしはなれて、こんなふうに、草の中にすわるんだ。おれは、あんたをちょいと横目でみる。あんたは、なんにもいわない。それもことばっていうやつが、勘ちがいのもとだからだよ。一日一日とたってゆくうちにゃ、あんたは、だんだんと近いところへきて、すわるようになるんだ…」


 そして、この『だんだんと』の距離感を間違えなければ、とってもいい関係が築けるんだろうなっていうことを今、実感する。

 急激でもなく、距離を見誤るのでもなく…。

 この距離を見誤るとどちらかが傷つくコトがある…。

ドールを作っているといい時間が流れていく…。

自分の中にあるイメージを言葉にしないで、形にするから、誤解もなく、すれ違いもなく、表現できる世界。

一時期、書くってことを離れてそればかりしていた時期があった。ちょうど、母が倒れてものを言わなくなった頃と重なって、コミュニケーションには言葉はいらないなって感じたあの時。

 言葉で語るよりも、母の思いをくみとって、行動をおこしたら全てがうまくいっていた…。

 目の前にいたらね、もっと思いは見えるんだけど。

 でもね、言葉にしないと伝わらないときもあるんだよね。



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