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YUMEMIRUTOKI

想い

アダルトチルドレン
at 2002 03/26 17:03



昔は自分に自信がなかったの。
親からは「どうしてこんなこともできないの」と言われ続け、
自己嫌悪にばかり陥っていたの。
日本人のほとんどはアダルトチルドレンの範疇に
いくらか入ると言われています。
というのは、いい子という鋳型にはめられて
子育てをされてきたために、
子どもたちのプライドが育っていないのです。
プライドとは高慢な、という意味ではなく、
その子が自分を尊重できる、気持ちのことなの。
自分らしさがわからなくなっているの。
周りと比較されてしまったり、
外的な評価の前に、その子の個性が殺されてしまっている。
そんな子どもたちが大人になったとき、
社会に対する順応性は育つかもしれない・・・
でも、社会自体が混乱している。
順応することがむずかしくなっている今日、
居場所を見失っている人がどれだけいることだろう・・・
本当の自分というものが見えないと、
自己実現するのもむずかしい・・・
本当の自分っていうのはね、いいところも悪いところも
ひっくるめて受けとめていかないとね、
それはね、プラス思考で、悪いところは見ないって
いうことでもない。
悪いところばかりとりあげて、いいところまで見失って
しまうことでもない。
ありのままの自分を見つめて、
自分のなかのどこがアダルトチルドレンのまんまなのかも、
見つめて、どう変わっていったらよいのかも、
見つめていくことなんだよね。
本当の自分を見つめられないと、
自分自身をコントロールするすべも見つけられないよね。きっと・・・



自分の中の中心
at 2002 03/26 17:04

いろんな言い方をしている。
自分の中のセンター。ハート。魂。
ハイヤーセルフなんて難しい言い方をするのもある。
自分の中の中心を見失うと不安になる。
悩みがあるとき、
自分の焦点は、傷つけた言葉にあって、
傷つかないように一生懸命になっている。
自分をかばおうと一生懸命に相手を攻撃する。
何かに依存するのは、中心を見失っているから。
誰かに頼りたくなる。
何かで気をまぎらわせたくなる。
買い物依存症。ギャンブルに走る。
酒・たばこで気を紛らわせる。
自分よりも弱い存在に矛先をむける。
DV。幼児虐待・・・・
いずれも関係のない話ではない。
人はそんなに強くないから、
自分をどうしていいのかわからなくなる。
自分の中心を取り戻すにはどうしたらいいのだろう。
誰かに受容されないとそれはできない?
誰かがそばにいないとそれはできない?
依存ではなく、支えあう関係が築けたらね、
でも、支えあおうと思ったら、
やはり自分の中に中心がいるんだろうな。



理想と現実のはざま
at 2002 03/27 22:15

たのしければいい、って考えるよね。
楽できたらいい、って考えるよね。
でも、そういうふうに生きていると、
うまくいかないときにつまづくんだよね。

頑張れば必ずできるって考える人もいる。
やってできないことはないんだって・・・
でも、そんな人だって壁にぶつかることがある。
現実ってそんなにうまくいくときばかりじゃない。

理想と現実のはざまで、
夢を見失わないようにしたい。
夢は大きく、でも、そのためには
足元から一段一段つみあげていかないと・・・
何をつみあげるの?
地道な努力。報われない思い。
理解してもらえない思い。
投げ出したくなる思い。
くじけそうになる思い。
でもね、いつか届くよね、その思いが夢に。



日記を書くのは・・・・
at 2002 03/28 18:52

日記を書くのは、自分のためなのだけどね、
赤毛のアンと同じで
自己表現しないではいられないタチなのよ。
でもね、気分が沈んだ時、
落ち込んだ時、今なら電話で、
それからメールで友だちをつかまえて、
あれこれ愚痴をこぼすけど、
それが出来なかった時代もあったのよ。
常に自分の中に悩みを抱えているにも関わらず、
それを話す人がいない。
だから、毎日の日記をつけていた。
日記に自分を記すことで、
自分を客観的に見ることができる・・・
ものごとをどちらかと言えば悪い方にばかり
とらえてしまって、
悶々としていたから、
そんな自分を支えてくれる場が必要だったのだろうな。
でも、今は人とコミュニケーションするのは、
自分の中だと堂々めぐりしてしまうことを知っているから。
同じ思考パターンをでとらえがちな、
自分の視点を変える大切さを知っているから。


心のつながり
at 2002 03/29 19:18

心のつながりってなんなのでしょう。
仲がいいっていうことだけではない。
身近にいるっていうことでもない。
ネットの世界をのぞいていると、
遠距離恋愛の心を描いた日記に出会うことがある。
心がつながっている、と書いてある。
心がつながるってどういうことなのだろう。
メールをはじめて
息がぴったり合うなあって思うとき、
なんとなく相手が近くに感じられる。
でも、それは長くは続かない。
恋愛もそうかも。
出会った喜び、期待、相手の優しさ、
そういうものにふれて、心が満たされていると、
心がつながっているって感じられる。
でも、そんな時ばかりじゃない。
本当のつながりって、逆境の時にためされるのかもね。
心が食い違ったとき、すれ違ったときに、
どういう関係が作れるかってこと。
優しいから好きになるのではなく、
お互いが我が儘をどれだけ受けとめあっていけるか、
そしてお互いをどれだけ思いやっていけるか、
そういう関係を互いに作っていくことで、
本当のつながりが築かれていくのだろうな。



メッセージ
at 2002 03/30 11:06


~精神医学博士 原田直子さんのメッセージ~

どうか、まず自分のストレスの問題にまず目を向けてください。
ストレスの問題は、他人事ではないのです。
問題を抱えている子どもたちだけの問題でもなく、
子どもたちだけにどう働きかけるかを知れば解決するものではないのです。
どうか、まず自分のストレスの問題に真正面から関わってみることから
始めてください。
そのための一歩を踏み出してください。
そうすれば周りの人も変わります。
もちろん、子どもたちも!
子どもたちは、私たち大人以上に感受性が豊かです。
きっとめざましく変わって私たちに見せてくれるでしょう。
そうです。ストレスは解放できるのです。

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

本当に必要なことは、その人たちをサポートする誰かが身近にいると
いうことなのです。
人は本来、ストレスの下で心身共にどんな状態にあろうとも、
想像を絶するほどの回復力を持っています。

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

         日本海新聞の記事より



精神世界
at 2002 03/31 16:37

精神世界の人は、守るものがあるのだよ。
そこへいくと、我々は「どうして?」「何で?」と素朴な疑問が湧く。
精神世界の殆どの人がこの罠に気付いていないんだ。
精神世界をうたう人々の多くがこのことに気付いていないんだよ。
  
    ☆★☆★☆★☆★

という、メールが友だちから来たの。
どうして、このメールがきたかというということは長くなるから、
省略するけれども、この言葉が私にはおもしろく感じたの。
なかなか鋭い。
「精神世界の人」とひとくくりにするのには正確には問題があるかもしれない。
というのは、精神世界とはもともと分野が広い。
私が好きな心理学も、占星術もここに入る。
かくいう、私は精神世界の通販による本のカタログを取り寄せるくらい、
この分野が好き。
ただ、この「守るもの」のある人たちが中にはいるのは確か。
そして、その人たちは自分が守るものを持っていることに気付いていない。
守るものがあるがゆえに、時には人々を排除することさえする。
マインドコントロールのしくみが人々の中に、
もしくは自分の中にできあがっていることに気付いていない。
疑問を持つこと・・・・とても大切。
自分の中の感性がにぶると、疑問を持たなくなる。
自分の中で何をどう感じるか、それを大切にしたいと思う。



苦しくて・・・
at 2002 04/02 09:38

苦しくて、
心が泣いています。
その思いに目を向けると涙が出てきます。
そんな思いを抱えながら、
人は生きている。
自分だけじゃない。
そう思うから、力を得ることができる。
自分が欲しいと思う、言葉を人に手渡す・・・
そうすると、人からも慰めの言葉が
手渡される・・・。
そんな小さなやりとりが、
人を支えてくれるんだね。



聖フランチェスコ
at 2002 04/03 12:12

聖フランチェスコの最後のシーン。
「私の何が間違っていたのでしょうか。教えてください」
そういって、フランチェスコは、ローマ法王に尋ねた・・・。
そのフランチェスコの足下にローマ法王は跪いた・・・

思い出の中のシーンだから正確さにはかけます。あしからず。
このシーンが語るもの・・・
フランチェスコが偉かったのではなく、
力を持っていたのでもない。
ローマ法王が、カトリックの頂点にありながら、
逆にそこにいるから見えていたのだと思うけれども、
その組織故に、届かなくなっている神の言葉を
彼が語っていたことの中に見いだして
ひれふしたのです。

形にすることで、逆に見失うものがあります。
マニュアルにすることで本質が届かなくなるのです。
規則にすることで何が正しいのかが見えなくなる人がいます。
イエスはユダヤ教を超えるように人々にといたのです。
モーセが十戒を作ったのは、戒律を守らせるためではなく、
人として生きる道を説くためでした。
規律は、幼い子どもに親が教えをさとすようなもの。
でも、自分で判断が出来るようになったとき、
人は自分で判断して、その約束事を越えていくことができるように
思うのですが・・・
いつか、子が親をも越えていくように・・・



言葉
at 2002 04/04 11:20

真実は、言葉の中にはないの。
それがどんな言葉であっても、
言葉は道具でしかないの。

古代、言葉というコミュニケーションを持たなかった時、
人は思いを直接かわしてコミュニケーションしていたというの。
想念 ~テレパシー~
人はその原語を用いていたのでしょう。

記録をするために、人は言葉を使い始めたのだと思うの。
それから、より多くの人に、多くのことを伝えるために・・・
たぶん、本当の原語とは、
思いをかわすこと。
視線をかわすこと。
笑みをかわすこと。



言葉 その2
at 2002 04/04 11:23

言葉は届かなくても、
この想いは届くだろうか。
この涙は届くだろうか。
この胸の内の葛藤は届くだろうか。
伝えたい、あの人のもとへ・・・


言葉にならない思い
at 2002 04/04 15:18

言葉にならない思い、を
一生懸命に言葉にしようとしていたの。
けれども、
言葉にすることが大事なのではなくて、
思いそのものに目を向けること、
思いそのものと向き合うことが大事なんだ、って気がついた。
私の中の思いをどのようよ受けとめるか。
相手の中の思いをどのように感じ取るのか。

言葉にしなければわからない・・・
でもね、言葉にしなくても、
相手の立場にたってみたときに、
見えてくるものがあるよね。
今、どんな思いであなたが生きているのか。
今、どんな思いで苦しんでいるのか。
今、どんな思いを抱いているのか。
喜んでいるのか、悲しんでいるのか、
怒っているのか、寂しがっているのか。
それは、目の前にいたら感じ取れるもの・・・
そして、たとえ目の前にいなくても、
言葉でその思いの断片を見せてくれたらね、
その想いにふれることができる・・・


いい子と我が儘
at 2002 04/01 19:20


過去、私はいい子を生きてきたの。
いい子ってなあに?
いい子っていうのは誰にとって?
子どもの頃の私は、親にとってのいい子だったの。
厳しい親だったから、逆らえなかったし、
自分を通すこともできなかったの。
そんな私だったから、
学生時代も友だちの顔色ばかりうかがっていた・・。
社会人になっても同様だったの。

自分がいい子の仮面をつけていることすら気付いていなかったの。
でも、いい子の私のその奥にいる、
本当の私は泣いていた・・・。
ただ我慢させられていたから。
傷つけられても、ただ、忍耐していたから。
その年月の積み重ねがストレスの壺の容量を超えて、
ある時、心が暴走したの。
その暴走した心と向き合った時、
私は本来の自分のあり方に気付いたの。
私が、私らしくあるということは、
周りに合わせて、自分を殺すことではないの。
自分が自分のやりたいことを実現していくには、
時には我が儘であることも大事なんだって。
だから、過去の私と今の私はこんなに違ってきているの。
表面上は少しも変わっていないように見えるけれども。



心の暴走
at 2002 04/05 11:16

修理したわけではなかったの。
ただ、しまい込んでいただけ。
ありのままの自分は受けとめられたのだけどね、
ありのままの相手をうけとめるのはむずかしい。
傷ついていたことにさえ、気づいていなかったの。
でも、気づいてしまったら、
もう今度は立ち向かえない。
そんなに強い人間じゃないもの。



ベクトル
at 2002 04/05 12:23

ええっと、現実が変わらなくても、
思いのベクトルを変えると、
状態を変えることができるんだよな。
だから、とりあえず、
思いのベクトルを変えてみよう。
現実が厳しければ、
何に焦点をあてるの?
未来・・?
その未来もわからなかったら?
夢・・・
そうだね、夢に焦点をあててみよう。
そんな風に過ごしてきたんだ。
だから、もう一度、
夢のために今日を生きてみよう。
夢を実現するために、
今を生きてみよう。
明日のための今日。



紙風船
at 2002 04/06 08:42

落ちてきたら、
今度はもっと高く打ち上げよう
美しい願い事のように・・・

っていう詩だったと思う。
昔、自分が落ち込んだとき、
繰り返し言い聞かせていた詩。

子どもの頃に見た、夢・・・
周りに苦しんでいる人たちがたくさんいて、
私も、医者にも母にも見捨てられた。
苦しくて、そのまま倒れ込んでしまった。
その私が次に気付いたのは、
空を飛ぶ列車の中。
周りに白い衣装を着た人々がいて、
一言言ってくれた。
「もう苦しまなくてもいいのよ」って。

きっと、道はある。
現状は厳しいように見えるけれど。
これは、個人の現実ではなくて、
もっと大きな次元での試練。


独り言
at 2002 04/06 09:59

たとえ、言葉はかわさなくても、
心はつながっているって
そう
信じていいかな・・・・



コトノハ
at 2002 04/06 12:40

言ノ葉を紡ぐ力はないけど、
想いを紡ぐことはできる・・・

けれどももしかしたら、
コトノハとはそういうことなのかもしれない。

想いを紡いでみようと思います。
今の私にできること・・・


マーガレット
at 2002 04/07 16:47

マーガレットの花になれって
言った人がいるの。
黙って、そこにいるだけで、
周りを明るくできるような・・・
その言葉を思い出しながら、
すごい葛藤をしている私。
そこにあるものは何だろう・・・。

釈迦もイエスも人々を救ったけど、
その内面は苦しんでいたんだよね。
きっと。
その内面を表には出さないで、
しずかに存在していること?
その生き様そのものが、
人に影響を与える・・・
言葉はいらない・・・
そんな世界かなあ。
ああ、私にはまだまだほど遠い世界だわ。



想い・・・
at 2002 04/29 13:17

その人はね、最初の印象は、
「うわっ、だんなに似てる」・・・だったの。
私のだんなは、風の星座で、水の星座とは隣りあわせ。
隣りあった星座って相性よくないんだよ。
で、少し引き気味なコミュニケーションになった時期もあってね、
「自分の存在が迷惑じゃないか」ってメールが来たこともある。
でも、今はメールも来ない。
久しぶりに電話が通じてかわした言葉は「元気だった?」
それだけ・・・。
本当は、言葉じゃないんだよね。
言葉は思いを表現するためにある道具・・・・。
その人が私にとって大きいのは、
一番私が悩んでいた、私をまるごと受けとめてくれたから。
誰も、受けとめることのできなかった、
私と真正面から向き合ってくれたから・・・。

その人のこと、最初は理解できなかった。
ホームページをながめていても、私と世界が違うなって感じた。
何を考えているのか、どうして、私には理解できない行動をするのか・・・
でもね、今は沈黙の中にある関係なのにね、
時がたつにつれて、沈黙の中にある思いが見えてきた・・・
その人が生きてきた、世界・・・
その人が感じている、世界・・・
まったく異なる星のもとに生まれながら、
魂の奥底で通じるものがあったんだって今はわかる。
想い・・・
目には見えないけれども、想いは人と人をつなげるんだよね。


理解するということ
at 2002 05/05 17:50

相手の気持ちを理解するということ。
そんなにむずかしいことではないのよね。
ただ思いを馳せればわかる・・・
けれども、動機が違うのだと思う。
ただ、自分を守るために相手を見ているのか。
相手の立場にたって、わかろうとしているのか。
誰でも、本当は人を理解することはできると思うの。
ただ、理解しようという、思いがその人にあるか、ないかの違いだけで・・・





砂の城
at 2002 04/30 20:37

ひとたび、
そこに目を向けたら、
さらさらと崩れ落ちてしまいそうな、
そんな自分を抱えながら、人は生きている・・・


言葉のロジック
at 2002 05/05 17:40

以前、私について詩を書いてくれた人がいてね、
その詩のことを急に思い出したの。
言葉のロジック・・・
ロジックを辞書でひいてみた。筋道。
言葉のロジックかあ。こうなると、言葉ってむなしくなるよね。
言葉をどんなに連ねても、お互いを理解しようという気持ちがないと、
気持ちを通じ合わせることはできない・・・
結局大事なのは気持ちなんだろうね。
気持ちのないところでの理解はありえない。
正しいかを議論していては、理解しあえないから。



言葉のない世界
at 2002 05/08 00:05

言葉のない世界に留まりたい、と書き込んでみて、
その言葉の意味をたどってみたくなったの。
一言でいったら、疲れているのかも・・・
何に?
自分の中の想いに・・・
どんなに言葉を発してみても、
自分の中の淋しさに届かない時ってあるよね。
なんども、なんどもしきりなおして、
頑張ってみるんだけどね、
それでも気持ちが落ちてくる時もあるんだってことだよね。

そんな想いを抱きながら、人は生きている。
おぎゃーって、この世に生を受けた瞬間に、
その魂は、孤独の中で生きる。
魂の世界に言葉はいらない。
その存在は想いの中にある。



言葉を失う時・・
at 2002 05/08 20:29

言葉が出てこないのです。
それは、心の中が混沌としているからです。
見失っているものがあるからです。
現実との折り合いをつけるべきかって
思ってしまうからです。
折り合いをつける、術なんてどこにも見出せないのに。
だから、苦しい。
ある人にとっての現実が、
他の人にとっても受け入れられるものであるとは限らない。
受け入れなければならない、ものであるならば、
きっと心が壊れてしまう。




at 2002 05/09 18:32

夢を見失うと、苦しくなる・・・
こんなにも大切な夢なんだって実感したの。
想いがそこから離れて現実を漂う時、
力を失ってしまう。
現実から逃避するってわけじゃないの。
ただ、今ある現実を明日につなげないと・・・
表現すること・・・
ドールで表現するものも、
言葉で表現するものも、もとは同じ想い・・・
言葉にするのか、イメージで伝えるのかの違いなの。
合間を見つけて針を持つようになったの。
そうすると気持ちが落ち着く。
想いが、あるべきところに還ってゆくことができる。



私の大切な妹へ
at 2002 05/10 22:31

どこにいるの・・・
戻っていらっしゃい。
あなたがこの空間のどこかに漂っているのは知っているの。
でも、私にはあなたが見えない。
あなたの想いを感じることはできるの。
海に溶けてしまいたい、と言ったあなたの想い・・・
壊れそうな心を抱えながら、
この現実の中で生きてきていた、あなた・・・
それでもね、まだあなたを待っている人たちがいるのよ。
早く、戻ってきて・・・
私も待っているから。



私の大切な妹へ その2
at 2002 05/11 08:49

生まれてくる時に人は、自分の人生を選択して生まれてくるというの。
それは、幸せな人生とは限らない・・・
あなたは、素晴らしい愛のもとに生を得たの。
その魂の意味は大きい・・・

この現実の世界は、決して居心地のいい世界ではないわ。
時には意識をなくしてしまいたい、と思うこともある・・・
でもね、意味があってこの世に生を受けている以上、
生きることを投げ出すことはできないの。

魂の世界は、愛の世界だから、
そこにずっと留まっていたいという気持ちはわかるけれども、
心が癒えたならば、
もう一度ここに還ってきて、生の意味を確認しましょう。



想い
at 2002 05/14 19:46

心の一部が死んでいます。
そこにふれると、痛みを感じるので、
見ないようにしています。
それでも、時々フラッシュバックが訪れて、
凍り付いたようになります。

誰にも告げることのできない、想い。
時間が癒してくれるの?
いつか忘れられるの?
憎むことができたらね、
もっと楽になれるのかしら?

でもね、心を愛で満たすことができたらね、
その痛みは見えなくなります。
誰かの愛で満たすのではなく、
想う人への愛で・・・
愛は要求するものではなく、
心に存在するものなのです。



あんのおしゃべり
at 2002 05/17 21:14

あんのおしゃべりは、私の書いた文章を
メールでやりとりしている友だちに送ることから始まったの。
それまでにも、教育関係のネットワークで、
文章を書いていたの。
書き言葉で、伝えるのはむずかしい・・・。
相手の取り方ひとつで、違う意味合いにも取れる。
自分が伝えようと思ったこととは違うことが伝わることもある。
人は、自分の感じたことを自分の感じたように編集する。
「自分」という思考のフィルターを通して、それを言葉にする。
人は、言葉にこだわるけれども、
本当に伝えたいことは、その言葉とはうらはらな想いだったりする。
言葉にできないところにある、想いだったりする。
そう、私があんのおしゃべりで話したいことも、そういう想いなんだろうな。



綴れ織り
at 2002 06/13 22:44

想いは人と人がなす
綴れ織り

一人でも、想いは
綴れるけれども、
より豊かな体験が
より深みのある、綴れ織りを
作りあげることができる


届かない言葉
at 2002 06/14 09:28

現実の中に存在していながら、
心は宙をさまよっている、心許ない自分・・・・
どこにも居場所が見いだせなくて、
自分を見失っているような状態。

どんなに言葉を連ねても、相手には届かない。
かえってくる言葉は、私の心を射るばかり。
そして、傷口の痛みは広がっていく・・・

・・・これは去年の私。
私は相手に理解してもらうことをあきらめました。
届かない言葉は、語られなくなりました。
ただ、自分の想いだけを見つめ、
自分の心の状態を整理することに専念しました。
そして、そんな私を受け止めてくれる、
ただ一人の人の存在が私を支えてくれた・・・



未来日記
at 2002 04/11 15:41

最初ははまっていたの。あの切ない想いに共感して・・・
でも、あるとき主人公の男性が、
マイクを向けられて、今の気持ちを語るシーンになったとき、
「作られた設定の中での気持ちが本当の気持ちなのかどうかわからない」って
いうようなコトを言ったのよね。
普通は、相手のことをどう思っているかっていう気持ちを言うのだけどね、
それが引き金だったの。たぶん・・・
創られた設定、ドラマの中で人の心が動いていく。
また、その効果をねらって場面が設定される。
人の心って、状況にそんなにも左右されるものなのだ・・・
また、人の心をそのようにもてあそぶ設定の番組なんだって思ったら、
だんだんと気持ちが離れていった。
でもね、今は自分のこととしても、思う。
人の心って案外簡単に揺れ動く。
信じていた人が、信じられなくなる。
不安に覆われる。
愛せなくなる。
愛する気持ちを見失う。
どんな状況の中でも、愛することをつらぬきとおせたら、素敵だよね。



理解しあうということ
at 2002 04/11 19:50

誰かに理解してもらおうと
考えない方がいいのかもしれない・・・
理解してもらおうと思うから苦しいのかもしれない。
理解してもらわなくても、
わかってくれる人はいるのだから、
心で通じ合えたらね、
言葉はいらない。



言葉についての再考
at 2002 04/12 18:37

言葉は想いを伝えるためにある。
でも、想いが受けとめてもらえなかった時、
言葉はとてもむなしく感じられる。

言葉で想いを伝えなくても、
相手が受けとめてくれていると思う時、
言葉はいらないなと思う。



想いのデッサン
at 2002 04/22 17:37

最初に想いが、そこにある。
なにもない、空間に想いだけが、そこにある。
最初に、その想いのイメージを思い描く。
白い紙に1本の線を描く。
それから、また1本の線、線、線・・・
線を重ねて書いていくうちに、
何もない空間に描かれてくるものがある。
何もなかったはずの世界に、
ひとつのイメージが姿を現わす。
そして、今度は、光と影の部分を付け加える。
ただの平面の世界に、立体となった形が姿を現わす。
けれども、どんなに線を書きたしたとしても、
それは想い、そのものではなく、
その形の裏側には、全く違ったものが存在するかもしれない。
言葉は、想いのデッサン。



想い
at 2002 04/24 09:44

沈黙の中に溶け込んで、
この想いとともに、風にのって、
あなたのもとに届きたい・・・



沈  黙
at 2002 04/25 19:35

一番、たくさんの想いが、
沈黙のなかにある。
語られない、想い・・・
話せない、想い・・・
言葉にできない、想い・・・
言葉にならない、想い・・・
その、悲しさ、故に。
その、嬉しさ、故に。
その、重さ、ゆえに。
その、かげり、故に。
その、傷の深さ、故に。
その、恋しさ、故に・・・



沈思黙考
at 2002 05/21 19:00

小学校の時に色紙に絵を書いたの。
5・6年の頃だと思う。
花の絵を書くことになっていて、
私は水彩画で、水仙の絵を書いた。
その色紙に校長先生が一言ずつ言葉を書いてくれたの。
その言葉が『沈思黙考』・・・
転校を何回か繰り返していて、
担任の先生は名前を覚えていても、
校長先生の名前までは覚えていないの。
でも、その字を書いてもらうのに、
校長室に入った記憶はあるのよね。
そして、その言葉が私には印象に残っているの。
思いの中に沈み、黙って考える・・・
それとも、沈黙の中で、思考するかしら・・・?
言葉では考えたことがなかったけれど、
その言葉から伝わってくる、イメージに
惹かれていたように思う。
時々、想いを言葉にする難しさを感じる。
そして、沈黙を守りたくなる時がある。
沈黙の中で、人は想いをめぐらしている。



言葉 その3
at 2002 05/22 17:43

私がガイアックスのサイトを立ち上げて間もない頃、
私はあなたを傷つけるような言葉をおいてしまった。
それは、単純に心に感じたままの言葉を置いたから。
そのことがきっかけで、もう一悶着があって
あなたは、長い時間、私に説教をした。
「ごめんなさい」ってしか言いようがなかった。
その言葉を書いたとき、私は傷つけるつもりで
書いたわけではなかったの。
ただ、私はあなたのことを知りたかったの。
あなたのことをあまり知らないから。
「なんでそんなに一生懸命になるんだ」って
あなたは言った。
「電源を切ったらおしまいなのに」
そう・・・・
確かに、ネットの世界は、現実とは違う。
でもね、想いは通うことができる。言葉という媒介を通して。
時には、言葉をかわさなくても、
想いを通わせることもできるけど、それでも、言葉は大切だわ。
あなたのいない、この空間の中で、それでも私は想いを綴り続けている。



自己実現するということ
at 2002 05/26 18:24

夢は大事だと思うの。
夢をどれだけ実現できるかってことが、
自己実現につながると思うから。

私が夢を実現することを考え始めたのはね、
2人の子どもが喘息になってからのこと。
2人を保育園に預けて働きに出始めたところ、
順番に喘息が発症したの。
長女は4歳。次女は、1歳になると同時でした。
長女はさておき、次女はまだ体力もない頃で、
保育園に通わせるには、無理がありました。
それで、私は3月に退園を決めました。
そして、共働きができない時期に、
その時にしかできないことをしようって決めたの。
最初に始めたのが、喘息の通信を発行すること。
育児サークルの会報に呼びかけて、
喘息の子どもを持つお母さんたちにアンケートに答えてもらって、
それを通信にまとめて発行したの。
年4回、二年間発行したけど、
子どもによって症状も違い、薬の出方も違うので、
逆にいろんな人の体験を知ったことで勉強になったな。
それから、育児サークルの会報の発行を手伝ううちに、
鳥取の子育てサークルのネットワークの運営に携わるようになったの。
その傍らで、SOHOの仕事をしながら、
自分の活動費とワープロ、パソコンなど
自己投資の費用を作り出していったの。
それと同時にフリーマーケットに出店し、
そのうちに始めたのが手作りの販売。
最初は、ビーズや髪留めの小物だったけどね、
次にカントリードールやカントリーの雑貨に発展していって、
今はちいさな委託販売のお店にも置いています。
そして、その趣味が高じて、今度は、生地がやまのようにたまって、
現在はパッチワークにはまっているって訳なのです。
子育てサークルの運営に携わることがなかったらね、
子育てアドバイザーにも意識がいかなったでしょう。
今は、アドバイザーの事業のかたわらに、
パッチワークをするのが手一杯な状態。
そしてね、まだまだ夢の途中なのです。



混乱
at 2002 06/01 17:12

混乱
しています
心の中が・・・
言葉にできないくらいに。
どうか、
言葉を
ください
もう一度
私の心に
届く
言葉を。



ネットは壮大なキャンバス
at 2002 06/14 09:33

ネットは壮大なキャンバス
そこに彩りをそえるのは人々の想い・・・
悲しみの想い
喜びの想い
猜疑心の想い
怒りの想い
憤りの想い
うっぷんばらしの想い
愛する想い
愛せない想い
理解されない想い
理解したい想い・・・
様々な想いが交錯して、
今日も様々な作品が作られる



つながり
at 2002 07/18 01:35

次元が変わったら、地球はどうなるのかなあ。

宇宙のエネルギーが人々に降り注ぐようになり、
それを受けるだけの器を持ちえていなければ、
精神的にアンバランスになる・・・ということは、
聞き覚えているのですけど。

でもむずかしいわ・・・現実的にはそういう次元を
受け入れられる準備が整っていないですものね。
経済、教育、介護の問題、それから、愛・・・
どの局面をとりあげても、厳しさばかりが目について
しまいます。
ただ、ネットをしている限りは、心ある人たちとのつながりを
得ることができるので、それだけが支えです。


シーン 1
at 2002 07/10 23:47

小学生の時に見た夢・・・
私は病にかかっていた。
不治の病。
私の母は、私を病院に連れて行ってくれた。
医師は、私に治らない、と宣告したわ。
・・・帰り道、周りに自分と同じように苦しんでいる人々がいた。
そして、母は私を置き去りにして去っていった。
残された私は一人、そこに
泣き崩れるように倒れた。

・・・次に目覚めた時、
私は、空を飛ぶ列車の中にいた。
目の前には、白い衣を来た人たちが立っていて、
私にこう言ったの。
「もう苦しまなくてもいいのよ。」

誰も、この夢を気に止めなかったけど、
ただ一人だけ、気に止めてくれた人がいたの。
私の心が消えないうちに、
お願いだから、もう一度、
助けにきて・・・



幻魔大戦
at 2002 07/10 23:51

光と影。
全ては表裏一体。
どちらが正しいとか、
どちらが間違っているとか、
そういう問題ではないの。

ただ、その人の心が
どういう感情に覆われているか・・・
その状態を示しているにすぎない。
どうか、
自分を知ってください。



強がり
at 2002 07/21 03:05

強がっている自分。
本当はたおれそうなくらい、
悲しいくせに
ただ、耐えている。



新しい流れ
at 2002 07/23 16:36

もし、もう一度生まれ変わっても、
私は今と同じ人生を歩むだろう、と思っていました。
失敗だらけの人生だけど、
その経験がなければ、学べない自分というものを
感じていたのです。

でもね、今は違う。
もう私は、同じ選択をしないでしょう。
今の私はそう、言い切れるだけの
変化を感じているのです。
人に合わせて、情に流されてばかりいた、私。
その人情ゆえにいっぱい傷ついて、
それでも、相手を恨まないで、
生き続けてきた、私の過去。

私が変わったのは、
私らしくあることを学んだから。
だから、もう相手に合わせることで、
自分を見失う生き方を選択することはないはず・・・



自然のままに・・・
at 2002 07/24 15:40

私は、ただ流れにまかせるだけ。
何も考えない。考えてもエネルギーを消耗するだけ。
自然のままに、流れにのっているときは心は穏やかでいられる。
逆らう思考をすると苦しくなる。
答えのない問いを考えるようなもの。



自我
at 2002 07/24 01:12

私の自我は、小さな枠の現実の中で右往左往して、
いろんな感情の中で体験をしている。
そして、その体験の中で得たものを魂は吸収している。
生きるとは、本来魂がのぞんいでいる、
自己を実現すること。

今はそんな風にとらえているかな。
地球の思考、日本の、鳥取の、家族関係の
小さな思考の枠組みにとらわれがちな自分だけど、
精一杯生きている自分が今は好きです。



言葉遊び
at 2002 07/30 18:34

壊れてしまった、私の心を
つなぎ合わせたら、
元に戻るかしら・・・・
同じ形をしていても、
違う私になっているでしょう。

昨日の私と、今日の私でさえ、
違うのかもしれない。
今の私と、次の瞬間には、
変化しているのかもしれない。
どんなに言葉をつなぎ合わせても、
もう過去には帰れない。



大人になるということ
at 2002 07/28 16:02

そうなんだよなあ、
大人にならなきゃ・・・と思う部分と、
夢を見失いたくない、と言う部分が
葛藤を続けております。

大人になるってことは、
現実をそのまま受け入れて、
社会的に適応するってことなんだろうか。
でも、私は尾崎豊ように、
まだ戦っているようです。





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