2016/10/03(月)16:25
落窪物語 その1
<第一巻 その1>
むかし、姫君をたくさん持った中納言がいらっしゃいました。大君(長女)と中の君(次女)には、婿を迎え、屋敷の西の対と東の対に、華やかに住まわせておいでになりました。「三、四の君の裳着(女性の成人式12歳から16歳くらい)をしてあげよう」と、たいへん大切にお世話していらっしゃいます。
中納言には、そのほかに、昔時々通っていた皇族の血筋の方(亡くなっている)がお産みになった姫君がいらっしゃいましたが、北の方は、この姫君のことを召使の女房たちほどにも思わず、寝殿から離れた場所の、間口二間で床が一段落ちくぼんでいるところに住まわせていました。
姫君とは呼ばず、まして、御方とも呼ばせることもない。名前をつけようとしたときに、さすがに夫の気持ちを考えて「落窪の君」と呼ばせることにしました。
この父親である中納言は、姫のことを小さい時から可愛いとも思わなかったのか、北の方の言うまま。しっかりとした世話をする人もなく、乳母もない。ただ一人、母君がまだ生きていらっしゃった頃から召し使っている童女で気が利いている者を「後見」と呼んでそばにおいているだけ。
姫君と後見は、同情しあって片時も離れることがない、この姫君の容姿は他の姫君に劣るわけでもないのに、人と交わることもないため、このような姫君がいると知る人もない。(注1)
姫君は、物心がついて行くに従い、世の中が悲しくつらいとばかり思って、嘆かれる。
日にそえて うさのみまさる世の中に
心づくしの身をいかにせん
(日がたつにつれて世の中の悲しみがつのっていくのに、心をすり減らすばかりのこの身をどうしたらよいのでしょう)
このお姫様は、何事にも聡明で器用。亡くなった母君に教えてもらった箏の琴をとても上手に弾くことができますし、つれづれに習ったお裁縫も、とても上手。
それで、北の方は、
「とても良いですね。何もとりえがない人は、何かをまじめに習うのがよいのです。」
と言って、上の二人の娘たちの婿の装束を次々に縫わせました。
少しでも遅いと
「この程度のことさえ、めんどくさそうにされるのは、なにを役目にされるつもりなのかしら。」
と、責め苛まれるので、姫君は「やはり、どうかして死んでしまいたい。」と嘆いていました。
三の君の裳着を終え、そのまま蔵人の少将と結婚させたので、ますます落窪の姫は忙しく、苦しいことが多くなりました。(蔵人の少将の装束も縫わせることになったから)
後見は、髪が長くとても美しいので、三の君のところに召し出されてしまいがち。後見はそれが不本意で残念に思い、
「あなたさまにお仕えしようと思えばこそ、親しい人が迎えに来ても行きませんのに、なぜ別の人にお仕えできましょう。」と泣くと、姫君は、
「なぜそんなことを言うの? 同じところに住んでいる限りは同じことだと思います。あなたの装束がとてもよくなったので、かえって嬉しく思います。」
と、おっしゃる。
そんな姫君のそばにいつもいようとするので、また北の方から
「落窪の君は、この人を今になつてもお呼び入れになる」と責められるのでした。
それで、落ち着いて姫君とお話することもできません。
後見(うしろみ)という名は不都合だということで、「阿漕(あこぎ)」と名前をおつけになりました。
(注1)
・なぜ、姫の存在が知られていないのかというと、裳着の祝いをしていないから。つまり、裳着(成人式)をきちんとしてお披露目することで、「この家には、結婚の対象となる姫がいますよ。」と世間に知らせることになります。それもしてもらえない姫。そして、まわりの女房たちもあまりやりたがらないお針子の仕事をされられるばかりの姫。姫の将来は、絶望的でした。
今回は、ここまで。
次は、阿漕の恋人帯刀(たちはき)が出てきます。