テーマ:暮らしを楽しむ(383606)
カテゴリ:☆落窪物語 少し簡略化した訳で
<落窪物語 第一巻 その4>
その翌朝、父中納言が樋殿(注1)に行かれるついでに、落窪をのぞいてご覧になると、装束がとてもひどいことになっているけれど、髪はたいへん美しげにかかっているのを見て、姫君が可哀想に思えました。 「装束がとても悪いですね。可哀想に思いますが、まずは大事にしないといけない子供たちのお世話をしないといけないので、このような事情を知らなかったのです。何か良いと思うことがおありでしたら、そのようにしなさい。このようにしてらっしゃるのがお気の毒です。」 と、中納言がおっしゃったが、姫君は恥ずかしくて、何もおっしゃいません。 中納言が戻って、北の方に、 「落窪をのぞいてみたら、困っているようだ。白い袷(綿の入っていない着物)を一枚しか着てない。子供の古着でもないか。あったら着せてやりなさい。夜はどんなに寒いだろう」 とおっしゃると、北の方は、 「いつも着せて差し上げるのですが、捨ててしまわれるのでしょうか、一枚のものをずっと着続けるということがないのですよ。」 「なんと、ひどいことだ。母親に早く死なれたので、分別がしっかりしていないのだろう。」 と中納言は、北の方の言うことをそのまま信じてしまいました。 婿の少将の君の表の袴を縫わせようと、北の方がやってきて、 「これは、いつもより上手に縫いなさい。褒美に衣を着せておあげしましょう。」 と言われるのを聞いて、姫はとてもうれしく思われた。それで、とても速く、立派に縫い上げてさしあげると、北の方は、自分が着古した綿入れを姫にお着せになった。風が強くなるにつれ、どうしようと姫は思っていたのだけど、少しうれしいとつい思ってしまうのは、心がいじけてしまったのだろうか。 この袴をもらった蔵人の少将は、悪い事はうるさく言うが、良いことも大げさに褒める人だったので、 「とても素晴らしい。よく縫ってある。」とほめちぎりました。女房たちが北の方に、蔵人の少将がこのようにおっしゃったことを伝えると、北の方は 「あぁ、声が高い。そのことを落窪の君に話してはいけないよ。思いあがるからね。あのような者はいじけさせておくのが良い。それが幸福で人の役に立つことです。」とおっしゃる。 女房たちの中には、 「ひどいことをおっしゃいますね。」 「惜しい姫君なのに。」 などと、北の方に聞こえないところで話す女房もありました。 (注1) 樋殿(ひどの)というのは、ようするに、トイレです。当時はまだ厠のようなものはなく、広い屋敷の一角に、すだれや屏風で仕切りをした一畳ほどの場所にに樋箱(ひばこ)というおまるを置き、そこで用を足していました。その箱がいっぱいになると、樋洗(ひすまし)と呼ばれる人が、川まで捨てにいったのだそうです。 つまり、落窪の君は、そんなトイレに近い、寝殿(正殿)から離れた場所に住まわされていたということですね。きっと排泄物の匂いもしたことでしょう。 一般庶民は、穴を掘って用を足したり、道端で排泄したり。それで、着物のすそをよごさないために、高下駄を履いている人もあったようです。 ですから、京の都の路地には、たくさんの排泄物が落ちていたということですね。このことは、のちにまた、落窪物語に出てきます。 では続きです。 少将は、一通目の手紙の後、また、お手紙をすすきにつけてお贈りになりました。 穂に出でて 言ふかひあらば 花すすき そよとも風にうちなびかなむ お返事はありません。 また時雨の激しく降る日 雲間なき 時雨の秋は人恋ふる 心のうちも かきくらしけり また、お返事はありません。そして、また 天の川 雲のかけはし いかにして ふみみるばかり 渡しつづけむ というように、毎日ではないけれど、絶えずお手紙を差し上げるのに、いっこうにご返事はない。(注2) 少将が、 「姫君は、非常に遠慮深く、このような恋文もまだ知らないので、どのように返事を書いたらよいのかも、知らないのだろうね、情を解する方だと聞いていたのに、どうして、ほんのわずかでもご返事をくださらないのだろう。」 とおっしゃると、 「ぞんじません。北の方は、ひどく性格が悪くて、『私が許さないことを少しでもしたら、ひどい目にあわせてやる』といつも思ってらっしゃるので、それでおびえて遠慮しておいでになるのでしょう。」 と帯刀は答えました。 「私をなんとかして、姫に逢わせろ。」と少将が言い続けるので、帯刀もこっそり隙はないかと邸の様子を伺うようになりました。 (注2) それまで、いろんな女性とお試しの恋をしていた少将ですが、この落窪の姫にはびっくりしたことでしょう。普通の女性なら、いいかげんお返事をして、少将を部屋に入れるところです。なぜかというと、この少将は、左大将の長男で帝にも気に入られている方。妹は帝の妃となり、これまた寵愛を受けているということで、将来高い役職につかれるのは明らかなのです。少将からのお手紙があれば、とびつくようにお返事を書く娘ばかりだったはずですね。 高貴の血をひく姫が、継母からひどいめにあっていることに対する正義感もあったでしょうし、なかなか返事をくれないことで、意地になり、よけいに惹かれていったのではないかと思われます。 さて、チャンスは来るでしょうか。つづく。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2016.10.06 10:29:40
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