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2016.10.02
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<落窪物語 第一巻 その5>

少将は、十日ばかり手紙を書くのを我慢していたのですが、思い出したようにまたお手紙を書かれました。

「このところ

かき絶えて やみやしなまし つらさのみ
いとどます田の池の水茎


(書けば書くほど辛さが増すので、このまま終わってしまおうかと思っています)
がまんしていたのですが、がまんしきれずお手紙を差し上げるのは、お恥ずかしいことです。」

帯刀は、絶対に返事をもらってくるようにと言い含められて手紙を持たされてしまったので、あこぎに泣きつきました。
「今度こそ、お返事を差し上げてください。少将さまはこのようにおっしゃって、『お前に熱心さがないからだろう』と責められるのです。」
あこぎは、
「姫君は『まだどうお返事してよいかもわからない』と難しそうです。でもなんとかお願いしてみましょう。」
と言って、姫のところに行ってみたのですが、折り悪く、中の君の夫の右中弁が急にお出かけになるための、表の衣(うえのきぬ)をお縫いになっている最中で、お返事はありません。(注1)

少将は、
「ほんとうに返事の仕方を知らないのだろう。」と思い、姫は情け深いと聞いていたので、そんな姫にさらに惹かれました。
「帯刀、どうした、遅いではないか。」とお責めになりますが、ご姉妹がお住まいでとても騒々しく、人の出入りも多い邸なので、なかなかよい折りがない。


(注1)
この邸には、長女と次女が婿取をして、西の対と東の対に、それぞれ華々しく住まわせてあります。そちらの婿たちの出入りには、それぞれの従者たちの出入りも伴いますでしょうし、もてなしのためのいろんな品々の出入りもあったことでしょう。
おまけに、三の君、四の君の裳着(成人式)のこともあって、それこそたくさんの人々の出入りがあり、こっそり、目立たずに少将が入るチャンスがないのでしょう。



さて、そうこうするうち、乳中納言が願かけしていたことがかなったお礼参りにと、石山詣でをすることとなり、老女房でさえお邸に残るのは恥と思って詣でることになっているのに、落窪は数に入っていません。弁の御方が
「落窪の君もお連れなさいませ。一人だけお邸にお残りになるのは、かわいそうです。」
と申し上げると、北の方は、
「まあ、落窪の君がいままで旅をしたことがありましたか? 旅先には縫い物の用があるわけでもなし、落窪に閉じ込めておくのがよいのです。」
といって、お考えにもならない。でも、あこぎは三の君に仕えているので、きれいな服を着せてつれて行こうとすると、あこぎは落窪の姫がただ一人になられるのがとても気の毒に思い
「にわかに月の障りになりました。」と言って残ろうとすると、
「そんなことはないでしょう。あの落窪の君がひとり残るからそう言っているのに違いない。」
と、北の方が腹を立てました。あこぎは、
「とても無理なこと、こうしたことはよくあることでございます。どうしてもとおっしゃるなら参りましょう。このような面白いことを見たくないという人がありましょうか。老女房さえ行きたがるような道中ですのに。」(注2)
これをきいて北の方もなるほど、と納得し、あこぎを残してお出かけになった。



(注2)
石山寺は、安産や縁結び、厄除けなどで有名なお寺。また、当時外出することがほとんどなかった貴族の女性たちにとっては、まさに一大イベント。豪華に着飾り、車もきれいに飾り付けていたことでしょう。また、強盗に襲われたりしないように、警護の人たちにも、美しい衣装や立派な武器などを持たせていたようですから、それはそれは見事で、使用人たちにとっても、その一員となることも楽しみだったことと思います。牛車による旅では、石山詣では二、三日がかりの外出ですから、途中の宿泊もまた、楽しみだったことでしょう。

さて、いよいよ、少将にチャンスが訪れました。
それは、次の回で。






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Last updated  2016.10.06 16:04:20
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