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テーマ:旅のあれこれ(10763)
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ボリビアの首都ラパスの近郊には、インカ時代の前のティワナク遺跡がある。
![]() photo: Bolivia 現在復元をしながら発掘を続けていて、民家の下にも遺跡は広がっている。 ![]() お次は、月の谷へ。 ![]() チリで見た月の谷とは違って、こちらは小規模。 さて翌日。 「晴れてくれないなあ」と、言いながら私達はバンへ乗り込んだ。 今日は、標高5000メートルの山から、マウンテンバイクで下る予定。 バンはボリビアの首都ラパスの街中を抜け、雲の中を頂上へ向かっていく。 一時間程で、バンは大きな岩のある所で停車。 「朝食です」と、ガイドの青年。 車の戸を開けると共に、冷たい風が車内へ流れ込んできた。 「ところどころ、青空があるけど」と、言いながら私は車から降りた。 ガイドがプラスチックのテーブルを車から出してきた。 そうしている間にも、青空がどんどん広がってきた。 朝食の準備が出来た頃には、すっかり晴天!! ![]() photo:artitude 5000m 「山頂でこんな風に朝食なんて、これはいいね~」と、まあくんは言いながらホットティーをつくりだした。 「うんうん!こんな経験、今までに無い!」と、私。 ![]() photo :breakfast at the top of the mountain そして食後は、マウンテンバイクのギアチェンジの説明をうけた。 「途中、上りがあるので苦しくなったらいつでも後方にいるバンに乗って下さい。無理をすると高山病の症状がでてきます」と、ガイドの青年。 ガイドの青年の後に続き、いざ、出発! 二人は緩い舗装道路を、あっという間に数百メートル先へ行ってしまった。 ![]() かつてマウンテンバイクを担いで富士山の山頂まで上り、降りてきたまあくんにとって、こんな山はちょちょいのちょい。 私は構わず慎重に降りていった。 車の通りは少ないので、慣れてくると次第にスピードもあがる。 標高5000メートルの山は、空気も澄んでいて非常に気持ちが良い。 ところどころ、まあくんと、デジカメを片手に持ったガイドの青年が私を待っててくれる。 「ちょっとおお。一緒に降りていこうよ!」と、私はまあくんに言った。 「俺はスピードをだしたいの!」と、まあくんは再びあっというまに、姿を消した。 ふん。 気分転換に、私は一人でコンドルの歌を歌いながら下っていった。 そのうち上りになった。 ただでさえ標高の高さで、すぐ疲れるってのに。 苦しい。 全然進まないなあ。 私はバイクから降りて、高校時代のバスケ部の練習を思い出しながら、必死に押した。 ゼエハアゼエハア だめだ、このままじゃあ高山病になっちゃう。 ゼエエハアアゼエエハアア た、助けて~! そうだ!車に乗っちゃおっと!! 私は後ろに控えてたバンに合図をしてバイクを積み、さっさと車へ乗り込んだ。 ああ、楽ちんっ!さっさと諦めて良かったあ~ しかし、部活ではで苦しみに耐えるのが美徳だったのに、なんだったんだ? 人生ただでさえ難しいんだから、敢えて苦しむ道を選ぶより、楽な道を選んだ方がいいに決まってるっ! がむしゃらに耐えるのが人生ではない!! より良いものを選択していくのが人生だ! と、独自の人生論を構築しながら、私は水を飲んだ。 暫くすると、まあくんの後ろ姿が見えてきた。 あははっ、頑張ってる! 車は距離をおきながら、まあくんの後ろを走る。 やっと登り切ったまあくんのバイクが、今度は勢いよく下る。 暫くして、休憩ポイント。 「お疲れ~」と私は言いながらバンから降りると、ガイドが「この先がDEATH ROAD(死の道)です」と言った。 見ると、舗装道路の脇に幅3メートル程の砂利道がある。 「10ヶ月前に舗装道路が完成する前までは、全ての車がこの道を通っていました。当時は崖から何台もの車が落ちて、毎年数百人が亡くなってました」とガイドは穏やかな表情で言う。 数日前に、ガードレールのない崖の道を、大型バス2台がギリギリにすれ違ってる衝撃的な写真を見た。 ちょっとハンドルを誤ると、谷底へ転落するのだ。 にしても、年間数百人が亡くなるとは…..予想以上に危険。 とはいえ、マウンテンバイクにはあまり関係ない。 いざ、出発! 砂利道にもかかわらず、二人はものすごいスピードで視界から消えた。 ![]() photo:DEATH ROAD :most dangerous road in the world そういう私も大分慣れてきて、スピードアップ。 全身で砂利道の振動を感じながら坂道を下って行と、次第に左側の道が噂の崖になってきた。 過信すると、結構危ないなあ。 ちょっと減速しよっと。 右カーブにそってハンドル切ると、視界の悪い道は予想以上のカーブ。 おおっと!やばいやばい! 一瞬ひやりとしながら、なるべく山側へ進路をとる。 無事にカーブを曲がりきると、二人が私を待っていた。 「ここでは以前、21才のイスラエル人の女性がマウンテンバイクで転落して亡くなりました」と、ガイドがお墓の前で説明してくれ、私はゾッッとした。 崖下を覗き込むと、草木で覆われていて底は見えない。 「あの辺の木とかに掴まれないのかなあ」と、まあくん。 「あの辺の木とかにグッサリささりそうじゃん!あそこのカーブはマジで危なかったよ。調度慣れてきた頃だし、調子乗ってスピード出したら曲がり切れないよ」 「でも、相当運動神経悪いとしか思えないけどなあ」 「友達から遅れをとらない様に必死だったんだよ」 私は気をひきしめて、再びバイクに乗った。 あっという間にいなくなる二人に「勝手に行ってろ」と言いながら、私はマイペースで漕いだ。 次第に、山側の草木が鬱蒼としてきた。 ところどころ湧き水が上方から流れている。 ![]() DEATH ROADとは想像つかないほど、日の光と水を浴びた草木は生き生きとしている。 と同時に、小さな十字架がコンスタントに視界に入ってくる。 ![]() photo:about 200 people died every year. 暫くすると、再び二人が私を待っていた。 「あそこ見て」と、まあくんが言う先を見ると、乗用車が一台、15メートル下方の崖の途中に、無惨な形で残っている。 「ここを運転する人達は、本当にクレイジーで、もの凄いスピードで曲がってくるんです。あの舗装道路ができてからは、この道は静かになってマウンテンバイクで降りていくのも楽しいですけど」と、ガイド。 「じゃあ、以前はバイクでも危なかったのね?」 「一度、女性二人と一緒にカーブを曲がってると、突然バスが前方から現れました。ハンドルを切ったバスはそのまま転落しました」 「目の前で!?」 「女性達はショックで泣き叫んで、私はロープで救助にあたりました。しかし、60人ほど乗ってた乗客は全員亡くなりました」 一瞬、言葉を失ってしまう。 「目の前で起きたのはその時だけですが、事故はよく起きてたので、何度も救助にあたってました」 「何回くらい?」と、まあくん。 「数えられません」 「何人かは助かりましたか?」 ガイドは首をふり、「一度転落したら、助かる人はいません」と言った。 「観光客が亡くなったことは?」と、私。 「私がガイドをしてる時は、一度もありません。でも、マウンテンバイクで亡くなった人は20人います。そのうち12人がイスラエル人です」 「どうして!?」と私は驚いた。 「兵役後の旅してるイスラエル人は、無茶苦茶なのが多いからなあ。マリファナやったり酒飲んでスピード出し過ぎたんじゃないの?」と、まあくん。 ガイドは頷きながら、「私と一緒の時は禁止です」と言った。 アホさ加減に呆れてしまう。 「この先のカーブで私がビデオを撮るので、一緒に来てください」と、ガイドは話を変えて先に行った。 「ビデオの前くらいは仲良く一緒に降りていこうね」と言いながら私はバイクにまたがった。 一緒に左カーブをいくと、道の上方が草木で覆われている。 木漏れ日の中、雨のように湧き水が滴り落ちている。 私はビデオの近くに行くと「わあああああああっ」と声をあげながら両足をあげて通りすぎた。 そして私達は200メートル程行った所で止まった。 一段と際だった崖の下を恐る恐る覗き込むと、ゆうに300メートルはある。 ![]() 「絶対に落ちたくないなああ」と私は思わず言った。 「10ヶ月前だったら、ここへは来てなかったね」と、まあくん。 そして更に先へ行くと、再びテーブルを出して一休み。 今度はハンバーガーがでてきた。 高度が下がってきたため暖かくなり、気分は最高! 軽食が終わるとガイドはバイクを持ち上げ、斜めになってるところにポンと置いた。 「こっちへ来てください!バイクの横へ行って!」 私達は斜めになってるバイクの横へよじ登って横になった。 ![]() まるで底へ落ちたかのような写真のできあがり。 「こんな風にとった写真を上司が見て、驚いてたんですよね~」と、無邪気にガイドは笑ってる。 更に下ること30分で終了。 そのままリゾートホテルへ行き、シャワーを浴びて昼食。 ![]() ガイドと運転手は、そのままプールで泳いでいる。 「あのガイド、いくつだと思う?」と、まあくんが私に聞いた。 「30くらい?」 ![]() 「21だって」 「マジで??随分落ち着きがあるなあ」 「相当修羅場をくぐってきたって感じだね」 「だろうね」と、私はソーダ水を飲み干しながら言った。 世界一危険と言われているDEATH ROADで、いくつもの死を目撃した結果ということか。 プールサイドには、色とりどりの花が咲き乱れていた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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