ゆらのと徒然草425 「物語 チシマザクラ」7 1月30日更新
イラスト つぐみ 「物語 チシマザクラ」7 1月30日更新 目次11 根室から帰りのウララ5月25日の早朝、ウララは前日、次郎からもらった桜餅を食べると、は花咲港を出て、北極を目指して、泳ぎ始めた。 海上に顔を出すと、海の向こうの高台に花咲灯台が見えた。 「次郎さん、ありがとう。次郎さんも、人魚の男のように逞しい人になってね。いつか、アイスランドで会いましょう!」 ウララが言った時、次郎は花咲港の岬で、「さくら さくら」の歌をハモニカで吹いていた。五回吹き続けたけれど、ウララには聞こえなかった。 キタキツネのジロリンは側でたたずんで聞いていた。 「よーし、今日から学校に行くぞ! 言葉がすぐ言えなくとも気にしないぞ!」 次郎はひとりごとを言った。家に帰り、朝食を食べると、久しぶりに学校へ行った。ウララは納沙布岬を過ぎると左側に国後島が見えた。 国後島で生まれたチシマザクラが咲いていないか、と時々、海面から顔を出して見たが、見当たらなかった。 北極に向かって泳ぐのは海流を逆手に泳ぐので、来る時より時間もかかるし、疲れた。 国後島の先の択捉島(エトロフ)を通って、カムチャッカ半島の北東部のベーリング海に入るまで、根室を発ってから3日後の昼過ぎだった。 夜になると、海草の茂みに寝て、お腹が空くと、プランクトンや海草のサラダや実を食べた。 ベーリング海には、どこの国の船だか分からない大型漁船が往来していた。 その辺りはタラバガニがたくさんいた。 ウララは漁船の網に引掛かかると大変だと思って,海底に潜ると、難破した漁船が怪物の死骸ように沈んでいた。 ウララは疲れたので、少し休もうと思って、岸辺に近づくと、平らな岩の上にオットセイがいっぱい横たわって昼寝をしていた。ウララも久しぶりに陽を浴びて昼寝をした。 2時間ほど経って目を覚ますと、側に、オットセイの爺さんが不思議そうにウララを見ていた。 「私はアイスランドの海に住んでいる人魚のウララです。日本へ行った帰りなんです。お爺さん、教えてください。ベーリング海峡はまだ遠いですか?」 「あなたは人魚だったんだね。私は人間の娘さんかと思ったよ。私はゴリキーと言うんだ。ベーリング海峡はまだ、ずっと北極の方で、そこを渡るのは大変だよ。今日はチュコト半島の手前のナバリン岬に着くのがやっとだ。岬の近くに海流が穏やかな所に洞窟があるから、そこで泊るといいよ。ウララさん、だいぶ疲れているね。顔色も悪いよ」 「そうなんです。毎日、一生懸命泳いでいるので、疲れているんです」 「ちょっとまって。元気が出る薬と美味しい物をやるよ」 ゴリキー爺さんは岩穴の中から、天日干ししたキングスサーモン(サケの種類)とオットセイの体の一部から造った力が付く薬を持って来てくれた。 ウララはお腹が空いたので、いっぱい食べると、薬を飲んだ。昼寝をしたし、カロリーの高い物を食べたので、泳ぎに力が入った。 その晩はナバリン岬の海底の洞窟に泊った。 翌朝、ベーリング海の美味しいプランクトンを食べてから、ゴリキー爺さんからもらった力が付く薬を飲んだ。4時間ほど泳ぐとお腹が空いたので、海底のプランクトンを食べてから、浜辺で一休みしようと思って、地上に上がった。 浜辺は白い砂浜で、誰もいなかった。ベーリング海の太陽がキラキラ光っていた。 ウララは仰向けになって目を閉じると、眠ってしまった。 「ジッ ジッ ジッ」と、超音波の危険信号がウララの頭の中に響いた。 人魚は危険な時、超音波の危険信号をキャッチできるのだ。 ウララは目を覚ますと、白い岩のような物が近づいて来る。 浜辺の砂が白いので、それが何だか分からない。 30メートル近くなって、それが白クマ(北極熊)だと分かった。 「キャアー!」 ウララは急いで海中に潜った。海に潜れば、白クマは追いかけて来ないと思ったが、白クマはどんどん、泳いで追いかけて来た。 白クマは陸の動物でも、一日に50キロメートルも泳げるのだ。 ウララは急いで自分から海中の生物に危険信号の音波を出した。 「人間の娘だな。俺は人間に恨みがあるんだ。おれたち白クマを捕まえて連れて行くんだ」 「私は人間じゃありません。人魚です。海底に住んでいる人魚です」 「どっちだって構わない。おれはセイウチを食いたいんだが、この頃、セイウチも減って食っていない。腹が空いているからお前を食うぞ!」 ウララはガタガタ震えて、いつものように速く泳げない。 後ろから、白クマがウララの右腕に噛みついて、自分の方に引き寄せようよした。 「誰か助けてー!」 と言うと、ウララは気を失ってしまった・ 目次12 ウララと白イルカの出会いその時、バッシッ バッシッと白クマをノックアウトした生き物がいた。 その生き物は北極の白イルカで、海の生物の中で、一番、頭がいいと言われている、人間と同じ哺乳類だ。 白イルカは、ウララの近くを泳いでいたので、ウララの悲鳴も聞いたし、危険信号の超音波もキャッチしたのだ。 白クマは白イルカにノックアウトされて、ふらふらとなって、噛みついたウララの腕を放した。海の中では、白イルカに勝てないと思い、諦めて逃げて行った。 白イルカはウララに近づいて、うららの頬を優しくなでた。「人魚姫さん。もう大丈夫です。目を開けてください。白クマは逃げて行きました」 ウララは話す声に気づいて、そっと目を開けると、ウララの顔の前に心配そうに覗き込んでいる若者がいた。 「あなたは誰ですか? ここはどこですか?」 「僕は北極の白イルカのベルーカです。あなたの悲鳴と危険信号の超音波を聞いて助けに来たのです」 「あなたが私を助けてくれたのですね。ありがとう。私はアイスランドの海に住んでいる人魚のウララです。日本に桜を見に行った帰りなんです」 「えっ! 本当ですか? 日本はここから遠いし、アイスランドもここから遠いのに、若い女性が一人で泳いで旅をするなんて驚きました」 その時、べルーカは、ウララの右腕の血が未だ止まっていないのを気づいた。 べルーカは、急いで、超音波を出して仲間の白イルカを呼ぶと、近くにいた若い白イルカが来た。 「何かご用でしょうか? ベルーカ隊長」 「人魚姫は怪我をしているので、私の家に連れて行くのだが、急いで、海の底に潜って、長くて丈夫な昆布を2本と、滑らかな昆布を一本、採って来てくれないか」 「はい、分かりました。直ぐ採って来ます」 白イルカは全部で6頭集まった。 ベルーカはみんなを集めて言った。 「人魚姫が出血をしているので、ネズミザメが血の匂いを嗅いで、やって来る。来たら、ノックアウトして気絶させてやれ」 白イルカの若者たちは、久しぶりにネズミザメとレスリングができると喜んで、トレーニングを始めた。 「ベルーカ隊長、私を人魚姫と言いましたが、私は姫ではなくて、普通の人魚です」 「そうでしたか。僕は姫でも姫でなくても、危険な時はみんな助けます」 海底に昆布を採り行った白イルカが戻って見た。 ベルーカ隊長、これで良いでしょうか」 ベルーカはそれを見て、満足して、礼を言った。 滑らかな昆布で怪我をした右腕を強く三重に巻いて結んだ。 二本の長い昆布を結んで、一本の帯にすると、中ほどをウララの腰に巻き付けて結び、両端のひもを自分の腰に巻き付けて固く結んだ。 「さあ、これで準備はできた。人魚姫の周りをガードしてくれ。スタート!」 ウララの腕の出血は昆布の包帯で、きつく縛ったので、大分止まったが、ネズミザメは血の匂いを嗅ぎつけて、近づいて来た。 「あっ、ネズミザメだ! みんな、構えろ」 ジョージという白イルカが叫ぶと、イルカたちはレスリングの構えをした。 「ウララさん、ベーリング海峡とチョコト湾にはネズミザメという怖いサメがいます。ネズミというと、小さいと思うかも知れませんが、顔がネズミに似ているだけで、身長は2メートル以上もあり、人間を襲う事もあります」 「まあ、怖い」 ウララは怖くなって、震えながら言った。 白イルカとネズミザメの闘いが始まった。 イルカは哺乳類でも、人間のように手はない。 ジョージはひれで、思い切り、ネズミザメの顔を叩きつけると、ネズミザメはめまいを起こして倒れた。後に続いていたネズミザメも、次々とノックアウトされた。 べルーカとウララはそれを見て、安心した。 白イルカのベルーカの家は大きな白い洞窟の立派な家だった。 到着すると、ベルーカは昆布の帯をといて、仲間に礼と言って解散した。 家にはべルーカの母親が優しく出迎えてくれた。 「私、アイスランドの海に住んでいるウララと言います。今日、白クマに襲われた時、ベルーカさんに助けてもらいました。ちょっと怪我をしたので、今晩、こちらでお世話になります」 「いらっしゃい。どうぞ、傷が治るまで、ゆっくり静養してください。私、ベルーカの母親のローラです。どうぞ、よろしく」 「お母さん、ウララさんは怪我をしていますから、すぐ、休んでもらいましょう」 「それがいいわ。夕食ができるまで休んでもらいましょう。ウララさんの怪我が治るように、美味しいご馳走を作るわ」 ローラは張り切って言った。 ウララは奥の寝室に案内されると、安心して、2時間ほど眠った。 目が覚めてから、白クマに噛まれた傷が心配で、昆布の包帯を解いて見たら、血は止まっていたが腕の痛みは少し残っていた。 夕食はウララは食べたことがない美味しいご馳走だった。 食事中、ウララはベルーカの父親のことを尋ねた。 「お父さんは今日は留守なんですか?」ローラは悲しそうに下を向いて、黙ったままだった。 「僕のお父さんはベーリング海峡で、事故で死にました。15年前、ベーリング海峡の近くで白イルカの子どもが遊んでいる時、激流に巻き込まれたので、助けようとしたら、そこに大きな漁船が通り、船のスクリューに挟まれてしまったのです。僕のお父さんはベイリング海峡の警備をしていたのです。 「そうだったんですか。私の父もアイスランドの海で、人魚の警備をしています。人魚の男はみんなそうです。お父さんの悲しいことを思いださせてすみませんでした」 ローラは、ようやく元気をとり戻した。 「ウララさん、怪我の方はどうですか?出血は止まりましたか?」 「ベルーカさんのおかげで、出血は止まりました。怪我した所を強く押せば、ちょっと痛みますが、この分なら、明日はベーリング海峡を越えられます」 「ウララさん、ベーリング海峡は世界一、怖い海峡です。海流は下る時と上る時とでは大違いです。完全に治してからでないと、アイスランドまで泳いで行けません。 ウララはそれを聞いて、がっかりした。 「自分の家だと思って、ゆっくりしてください。家族が一人増えたようで私も、べルーカも嬉しいわ」 ウララは決心して、怪我が治るまでお世話になることにした。 夕食後、緑の石を敷いたサロンで海草の、お茶をご馳走になった。 お茶を飲みながら。ウララがべルーカに尋ねた。 「ベルーカさんは、隊長と呼ばれて、偉い方なんですね」 「偉くなんかありません。海の警備が好きでやっているだけです。仲間がジョークで、『隊長』と言っているんです」 「ベルーカさんは本当に立派でした。白クマと闘った時も、私の怪我の処置も、ネズミザメが近づいた時の指示も見事でした。みんなから、隊長と呼ばれるのは当然です」 「そんなことないですよ、普通の白イルカですよ」 ベルーカは照れ笑いしたけれど、内心は嬉しかった。 翌朝、海の警備に出かけたべルーカは昼に戻って来た。 「ウララさん、昼食の後、家に閉じこもっているより、気分が晴れるので、イルカ村の公園へ行きましょう」 「今日はまだ、無理ですよ。家で安静にしていなければ」 ローラが引き留めると、ベルーカは残念そうだったが母親に従った。 翌日の夕暮れ前、ベルーカは帰ると、ローラは留守なので、ウララを誘い出した。 「、ウララさん、これから海底の公園に夕日を見に行きましょう」 「まあ嬉しい!。私、退屈していたんです。 イルカ村の公園には海底から生えた樹に花が咲いていた。夕日に照らされて、根室に咲いていたチシマザクラのようだった。 「まあ、美しい!日本で見た桜のようだわ」 ウララとべルーカは池の側のベンチに座った。 「ウララさん、この公園を好きですか?」 「はい、大好きです。こんな、すてきな公園に毎日でも来たいわ。 その時、ウララとベルーカの顔も夕焼けに染まった。 ベルーカは優しい目でウララをじっと見つめて言った。 「美しいのはウララさんです」 「そんなこと言われると恥ずかしいわ。ベルーカさんもハンサムですわ」 「ウララさん、僕のことをどう思っているか、聞かせてください」 ベルーカの声は緊張していた。 「べルーカさんは優しくて、逞しくて、頭もいいし、ハンサムですわ」 ウララは戸惑いながら言った。 「僕はウララさんが好きなんです。ウララさんを愛しています。僕と結婚してください」 ウララはびっくりして、聞き直した。 「僕と結婚してください、と言いました。僕はウララさんと結婚して、幸せな家庭を作りたいんです」 ウララはうつむいて、暫く何も言わなかった。 「突然、驚かせてすみません。僕の気持ちを伝えたかったのです」 ウララは顔を挙げて、ベルーカの目を見ながら、真面目に言った。 「私のことを愛していると言ってくださって、ありがとう。でも、私はベルーカさんと結婚はしません。私は人魚と結婚します。 私がベルーカさんと結婚すれば、別の種類の生物が誕生します。地球上には何百億という生物がいます。私は、どんどん、新しい、生物が生まれるのは好きでないんです。ベルーカさんがプロポーズしてくださったこと、嬉しかったです」 ウララは自分の意見をはっきり言った。 「ウララさんを驚かせてすみません。ウララさんの考え方が分かりました。ウララさんはしっかりした考えを持っていて、僕は恥ずかしいです。遅くなったので、帰りましょう」 帰りは、ウララもベルーカも黙って泳いだ。 家に着くと、ローラが海底の果物のジュースをもてなしてくれた。 「公園の夕日はどうでしたか?」 「とてもすてきでした」 ウララは、他は何も言わなかった。 ローラは、二人が気まずい雰囲気なので、ベルーカがウララにプロポーズして、断られたことに気づいた。 寝る前に、ウララが、ベルーカとローラにていねいに言った。 「みなさんのご親切で、私の怪我はすっかり治りました。ありがとうございました。 明日、私は一人で、ベーリング海峡を越えて、アイスランドへ帰ります。私の家族は私の帰りが遅いので心配しています」 「大丈夫ですか? すっかり治るまで居てください」 ローラが引き留めた、 「もう、治りました」 ウララは右腕を見せた。 「お母さん、ウララさんを無理に引き留めないでください。ウララさんが自分で決めたのですから」 「わがままを言ってすみません。明日の朝、こちらを発たせてもらいます」 その夜、ウララは、なかなか、眠れなかった。何だか、申し訳ない気持ちになっていた。 翌朝はいい天気だった。ウララは、いつもの元気な人魚に戻っていた。 ローラも明るく振舞った。 「べルーカはちょっと用が出来て、出かけましたが、すぐ戻って来ますので、先に朝食を食べましょう。これは海草の実から作ったパンですの。カロリーがあって、力が付くから、沢山、食べてください」 「まあ、美味しい。沢山いただきます」 食事をしていると、ベルーカが戻ってきた。食事をした時は明るい表情に戻っていた。 「ウララさん、ベーリング海峡は陸寄りの方が泳ぎ安いです。激流にはまらないようにしてください」 「分かりました。気をつけます」 朝食が終わると直ぐ、出発することにした。 ちょっと急用あるので、ここでさようならにしましょう」 ベルーカはひれでウララの手に触れると、自分の部屋に入って行った。 母親のローラが外まで見送ってくれた。 「ウララさん、気をつけてね。ウララさんお会い出来て、楽しかったわ。ありがとう」 「お礼をいうのは私です。親切にしてもらったことを忘れません」 ウララの目に涙があふれた。ローラも同じだった。 べルーカが自分の部屋に入ったのは、逞しいべルーカはウララに涙を見せたくなかったからだった。 30分ほど泳ぐと、ベーリング海峡に入る所に来た。ウララは長い髪を丸めて束ねた。 すると、近くに一頭の白イルカがいた。それは、ネズミザメをノックアウトしたジョージだった。 「あら、ジョージさんじゃないの。先日は私を護ってくれてありがとう。朝早くから、どうして、ここに居るんですか?」 「えーっと、散歩です、散歩。おれは散歩が好きだからな」 「私、元気になったので、これから帰ります。私を護ってくれた皆さんによろしく言ってください。急いでいるまので、失礼します」 「ちょっと待った。おれは、ベーリング海峡を散歩するんだ。一緒に行こう」 「世界一厳しいベーリング海峡を散歩するなんて変だわ。もしかして、ベルーカさんに頼まれたんじゃないですか?」 「そんな事はない。ベルーカ隊長に頼まれない。レスリングのトレーニングに行くんだ」 ジョージは慌てて、言った。 ウララは、ジョージの言葉が嘘だという事が、すぐ分かった。 「はい。分かりました。そういうことにします。ベルーカさんて本当に親切ですね」 ウララは微笑みながら言った。 「ばれてしまったか。おれは、どうして、嘘がへたなんだろう」 ジョージは恥ずかしそうに言った。 ジョージが先に泳いで、ウララがその後に泳ぐと、海流の抵抗もないし、危険な時はジョージが護ってくるので、ガードとしては最高だった。 ベーリング海峡の中ほどで、一回休んだ。そこは、大きな岩の陰で、美味しいプランクトンが沢山あった。 「ウララさん。さっきは嘘を言ってご免な」 「ジョージさんとベルーカさんの友情って、素晴らしいわ。ベルーカさんの思いやり、嬉しかったわ。帰ったら、ベルーカさんに私が感謝していたと、伝えてください」 「おれはベルーカ隊長と今朝、会っていないことになっているんだぜ」 ウララとジョージは大笑いをした。 そして、また、激流を泳いだ。 ジョージが先に泳いでくれたので、予定していたより、早くベーリング海峡を越えて、東シベリア海に出ることが出来た。 「あの岬の向こうの石山の底に洞窟がある。美味しいプランクトンもいっぱいあるよ。じゃあ。おれは、ここで、さよならだ」 ジョージは振り向きもしないで、立ち去った。 ウララは、愉快なジョージを感謝の気持ちで見送った。 岬の側の洞窟は巨大なホテルのように広かった。 ベーリング海を乗り越えた、タラバガニやニシンや、サケが、疲れを休めていていた。 ウララは、海底から湧き出ている清水で顔を洗い、束ねていた髪をほどいた。 美味しいプランクトンを食べてから、海の生物と一緒に眠った。 翌朝から、東シベリア海を泳ぎ始めた。泳ぎながら、日本へ行く時、一緒に泳いでくれた、セミクジラのアルクを思い出していた。 それから一週間、ウララは日本へ行った時と同じ海路を一生懸命に泳いだ。 朝になると泳ぎだし、夜になるとねぐら(寝る所)を探して寝た。お腹が空くと、プランクトンや海草サラダや海草の実を食べた。 ようやく、バレンツ海に出て、スカンジナビア半島の近くまで来ることが出来たので、家族に向けて超音波を出した。 父親のロドリゴが超音波をキャッチした。 ボーイフレンドのアンドレも超音波をキャッチした。 アンドレは、ロドリゴの近くで警備していたので、ロドリゴの所に急いだ。 「ウララは元気だったんですよ。もう、近くの海まで来ています」 「おれもウララの超音波を聞いた。あの超音波は危険の超音波でない」 ロドリゴとアンドレは手を取り合って喜んだ。 「アンドレ君、君はウララを迎えに行ってくれないか。ノルウェー海で出会うと思う。おれはマリーの所に知らせに行く」 「お母さんも超音波をキャッチしてますよ」 「それが、マリーはウララの帰りが遅いので、心配して寝込んいるんだ。病気の時は超音波はキャッチできないんだよ」 ロドリゴは嬉しそうに言って、家に帰った。 「マリー、ウララが帰って来るよ。もう、スカンジナビア半島の近くまで来ているんだ」 まあ、本当! あの超音波は、ウララだったのね。ジッ ジッ、と鳴るけど、誰だか分からなかったわ。寝てなんかいられないわ。ご馳走を作らなければ」 マリーは飛び起きて、台所へ行った。 アンドレはノルウエー海を東に向かって2時間ほど泳ぐと、だんだん、超音波の音が強くなった。アンドレも、ウララに超音波を出し続けた。ウララは近くまで来ていたのだ。 ウララは泳ぐのを止めて、髪の毛を整えた。そして、ポシェットから口紅を取り出して、唇に塗った。何日も泳いで、痩せたので、頬にも塗った。 ウララはさっそうと海面をクロールで泳いだ。 1ヶ月半ぶりのウララとアンドレの再会だった。 アンドレが先にウララを見つけた。 「おーい、ウララ、ここだよ」 ウララは右手を挙げてから、超スピードで、アンドレに向かって泳いだ。アンドレも同じだった。ウララとアンドレは無言で抱き合った。 「アンドレ、帰るのが遅くなってごめんね。みんな、心配していたでしょう?日本までは、思っていたより、ずっと遠かったわ。みんな元気だった?」 「みんな元気だったよ。僕はウララは必ず帰って来ると、信じていたよ」 アンドレは、母親のマリーが心配して寝込んだ事は言わなかった。 ウララも桜爺に会えなかった事や、白クマに襲われて、怪我をした事は言わなかった。 家に帰ると、家の前に大勢の人魚が出迎えていた。 人魚たちは、マリーから、ウララが日本へ行った事を聞いたのだ。 ウララはマリーが作った料理をいっぱい食べると、疲れが出て眠ってしまった。 翌日から、旅行のみやげ話を家族だけでなく、人魚たちにも話してやった。 2日後、良い天気だったので、灯台の下の石山に行けば、マンタ博士は甲羅干しに来ていると思って、出かけた。 思った通り、マンタ博士は岩山の上で甲羅干しをしながら昼寝をしていた。 ウララは久しぶりに、石山に上がって、マンタ博士の側に行った。 「マンタ博士、こんにちは。日本から戻って来ました。報告が遅くなってすみません」 「おお! ウララちゃんじゃないか。心配していたんだよ。無事に帰れて、良かった」 マンタ博士はウララの手を取って喜んでくれた。 「チシマザクラは見られたかい?桜爺さんに会えたかい?」 「チシマザクラは見ました。とても、すてきでした。でも、桜爺さんに会う事が出来なかったんです」 「いぇっ! 会えなかった? 日本人は約束を守るんだが、病気にでもなったのかな?」」 「私も、それを心配しているんです。私が帰りが遅くなったのは、実は、ベーリング海峡で、白クマに襲われたんです。白イルカたちが親切にしてくれので、助かりました」 「私が日本の桜を見ることを勧めて悪かったね」 「とんでもない。私は日本へ行かれて良かったです。みんな優しかったわ。桜爺さんには会えなかったけれど、次郎君という日本の少年と友達になりました」 「それは良かった! 日本人は優しいんだよ」 日本人だけでありません、出会った生物はみんな優しかったです」マンタ博士は、ウララが自分を恨んでいないことを知ってほっとした。 マンタ博士は、いつも、明るくて前向きなウララをますます可愛いと思った。 日本から戻ってから、ウララは前と同じように遠くまで泳いだり、友達と遊んだりした。 前と変わったのは、日本で学んだ「思いやり」を大切にしていた。-------------------------------------------お知らせ:次のブログ更新は2月2日の予定です。いよいよ桜爺の本格的登場です。目次は「その後の桜爺」,「桜爺が根室を訪ねた」,「桜爺と次郎の出会い」,「チシマザクラの種拾い」と、てんこ盛りです。毎日、4,50ずつ、アクセスが増えて、嬉しい限りです。ありがとうございます。 峰村剛