他人の家の猫を…と躊躇していた私だが、
その家の住人は近所からの苦情に「うちの猫ではない」と言い逃れしているとかで、
もしもトラブルがあった時にはこの身勝手な言い分を頼りに、
子猫の保護もあるかとひとり向ったのであるが…。
その家の辺りには猫が日向ぼっこしていたり、塀の上に乗っていたり。
子猫はというと、蛇腹式の格子の門扉の向こうに目をしょぼつかせ、
大人猫に寄り添ってちんまりと座っていた。
ぐちゅぐちゅだった目はこの前よりも少しきれいになったようで、
まだ涙目っぽいけれど快方に向っているかに見えた。
よかったと少しほっとしたのであるが、何かちょっとおかしい。
左の瞳の位置がずれていたのだ。
よく見るブログにあった、ある病気の子猫の症状にとてもよく似ていた。
そんな…。
仮にこの病気であったならば、里親さんが見つかる望みはあまりないと思われ、
うちの子になってもらうにしても、帰省時に飛行機移動必須の我家では、
この病気の子にとてもそんな負担を強いることはできず、
この子のためにいい環境を与えてあげられそうにない。
どうする? どうしよう?
あってほしくないことばかりがぐるぐる…。
それまでの思いに正直迷いが生じた。
悄然としていると、大人猫が捕獲のために用意していたご飯に食いつき始め、
それにつられて子猫も道路をはさんだ駐車場に出てきた。
大人猫に混じってカリカリを夢中で頬張っている子猫。
今なら捕まえられる!
とりあえずは風邪の治療をと迷いを振り払うように自分を励まして、
素早く小さな体を掴んだ。
しかしこの小さな猫は予想外に力強い抗いと反撃を私にくらわせ、
驚いてひるんだ隙に身をよじって私の手をすり抜けてしまった。
なんという失態。
不慣れもあったが、私の中の迷いが手を緩めさせてしまったのだと思う。
情けない!
捕獲の失敗と迷いが生じたことへの情けなさに打ちひしがれて撤退…。
それから猫仲間に相談して、考えて悩んで…。
その間、別の猫仲間が状況を確認しに行ってくれたりもしたが、
悩んだところでこのまま見過ごせるわけもない。
まずは保護して風邪を治して、それから先のことはあとで考えようということになった。
人員のそろうのを待って、子猫の捕獲作戦を決行することにした。
3人くらいかと思っていた捕獲メンバーは、
猫仲間の近所の会社の社員さんたち数名も参加してくださって、
当初予想の倍以上の大掛かりな作戦になった。
とはいっても、相手は子猫。
それも家宅侵入にならないためには門の外に出たところを狙うか、
手の届く所に寄って来たのを捕まえるしかない。
人数頼みというよりは、チャンス頼み。
他の猫にかまったりご飯をふるまったりしながら、子猫が誘いに乗ってくるのを待った。
としばらくたって、チャンス到来!
門扉に近づいてきたところをひとりが手を伸ばして捕獲に成功~!
ほっと一同喜んだのもつかの間、
キャリーケースに移しかけたところで子猫に脱走されてしまった。
子猫はすばしっこい逃げ足で斜向かいの家の物陰に逃げ込んだ。
落胆の空気。
さらに困難な状況、出て来るのを待つしかない。
しかしいつ出てきてくれるか、あるいは別のどこかへ逃げているか、
これは戻ってくるかどうかもわからないな…。
そんな気の緩みを見透かしたのか、子猫が急に飛び出してきて、
待機していたメンバーたちの間を縫って一直線に家族のもとへ駆け戻って行った。
ああ…。 住宅街の一画をたむろしている女子数名…かなり不審だ。
途中おまわりさんが通りかかってびびった時もあった。
一度失敗しているし陽が傾いてきたし、今回は諦めた方がいいかも。
そんな気がしかけた頃、外国人の親子が通りかかった。
以前からそこの猫を知っているらしく、門扉に寄りかかって猫たちを見ていた。
誰かがその外国人女性に、「子猫を捕まえたくて…」みたいなことを話したらしい。
するとその女性は「OK~!」と何の躊躇もなく門扉を開けて入っていくではないか。
私たちが超えられなかった禁断の一線をいともあっさりと…。
そして門の奥に進んで速やかに子猫を捕らえると、
おちゃめな笑顔で目をぱちくりさせながら、驚いてことを見守っていたひとりに手渡してくれた。
一同肩透かしをくらったように拍子抜けしてあっけにとられて、
このあまりの予期せぬ展開に私は笑いさえ込みあげてきた。
その女性もまたこの子猫の様子にずっと心を痛めていたのだろう。
まあ、人命ならぬ猫命救助のための緊急避難的措置と考えれば、
動物保護の法令や意識も変わってきた昨今、例え犯罪に問われたとしても、
これを大義名分としてお目こぼしをいただけるのではないか?
…とは後に考え至ったことである。
こうして一喜一憂一笑して、子猫の捕獲を完了した。
本当に皆さんお疲れ様で、ご協力ありがとうございました。
その後すぐに子猫を近くの動物病院に連れて行った。
さっきの今で、多分何が起こったのか理解する間もなくであろうけれど、
3号ちゃんと仮に名付けられたこの子猫は抵抗することなく声ひとつあげなかった。
風邪は薬の集中投薬でよくなるとのことで
問題の目は何かで傷を負ったせいによるものとわかった。
極一部の角膜の白濁と左目の瞳孔の収縮にいびつさが見られるが、
傷は固まっており視力に問題はないということでほっとした。
家の明かりくらいではほとんど気づかないほどだが、
強い光の中で瞳が縦に細くなる時、傷のある方の目はうまく細くなりきれずに、
左右の位置がずれているように見えるのだ。
視力に支障はないし、私には気にならないくらいだけれど、
とらちょに里親さんがなかなか現れなかったのは、
ほんのちょっとの瞬膜のせいもあったのではないかと思っていたので、
このことを厳しく受け止めた。
でも、わかってくれる人はいるはず。

3日間入院して風邪の治療をしてもらい、その後私が預かるつもりだったが、
ちょうどダンナの帰国中にかかっており家を空けることも多く不安なので、
しばらく協力くださった他の方に預かってもらうことになった。
その間お決まりの駆虫でかなりエグイ場面に
何度か立ち合せることになってしまったのを申し訳なく思う。
暖房機をわざわざ用意してくださるほど気遣っていただいて、
3号ちゃんは暖かいおうちで温かい人の手を知ることができた。
風邪も順調に治っておもちゃで遊ぶことも覚え、少しずつ人とのふれあいもできてきた。
そんな3号ちゃんにいつまでもこのままではと預かりさんが「てん」と名付けてくださった。
天の恵みを受けられるように…。
てんちゃんが私のところへ移動することになった時には涙ぐまれて、
短い間にてんちゃんにたくさんの愛情を注いでくださったことに感謝した。
おかげ様で私の家に引越して来てからはすぐに馴れて、
子猫らしい愛らしさを振り撒いてくれるようになった。
そして縁あって、てんちゃんの姉にあたる猫さんのいるお宅でお試しに入っている。
てんちゃんとは追いかけあったりして仲良くしてくれているそうだ。
私がてんちゃんの幸せ探しのお手伝いの役目を正式に解かれるのも近いだろう。
目のことでてんちゃんには里親さんはなかなか現れないだろうと思っていただけに、
正月も一緒に過すつもりでいたので、そんな私の中の心積もりが急に消えてしまい、
まだ何もしてあげられていないのに…というのが心残りでならない。
てんちゃんと初めて会ってからちょうど一ヶ月で里親さんのおうちへ行ったことになる。
私のところにいたのはたった一週間。
躊躇っていた私に応援するからと猫友に背中を押されたのがこの顛末の始まりで、
その間に自分の度量のなさを思い知らされることになり、
猫が好きというだけで支えあえる繋がりのありがたさを知り、
てんちゃんのおおらかさとたくましさに励まされ、
てんちゃんには貴重な経験をさせてもらったとありがたく思っている。
てんちゃんに天の恵みが降り注ぎ続けることを祈って