國際經濟學會調査部譯編 昭和17年7月
〇目標のためには手段を選ぶな
今日においては金の力が自由主義の権力に代わってきた。昔は信仰がしつかり支配した時代もあった。だが、自由という考えでは物は適確にはきまらない、なぜならば、自由を適度に使うということはいかなる人もできないからである。
ある期間人民に自ら支配することを許してみると、彼らは腐敗する。そのときから尖鋭な競争が起こって、やがて社会闘争にまで発展して、ついには国家は火焔に包まれ、その権威は灰儘に帰してしまう。
国家が内部の欠陥のために弱められるにせよ、内乱に乗じた外敵に利せられるにせよ、もはや快復の途なき没落のほかはない。やがて我々ユダヤの権力下に入るのである。すなわち、資本がすべて我々の独裁下にあるので、これを投げてやると、溺れる者が投げられた板にしがみつくように、いや応なしにこれに飛びついて全滅を免れようとするのである。
諸君のなかには自由主義的な考え方で、私のこのような提案を悪辣、不道徳と評する者があるかも知れないが、これに対しては、私は次のように答える。
―国家には内敵外敵の二つの敵がある、そして外敵に対してはいかなる対敵手段を用いても、それは正当であって、不道徳とは認められない。例えば敵に我が攻撃計画を悟らしめないために夜襲をかけるし、優秀な兵力で急襲したりする。しかるに外敵よりもむしろ一層悪質の敵、すなわち秩序の紊乱者、安寧の妨害者に対して同じ方法を用いることがなぜ不道徳と認められるか―と。
[定本]『シオンの議定書』四王天延孝原訳 天童竺丸補訳・解説 成甲書房