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鉄鋼を製造するときに「石」のような物質が多くできます。シリカなどが主成分ですが、鉄鉱石中にも含まれていますし、製造にはなくてはならぬもので「スラグ」といいます。鉄鋼の生産高が大きいので、スラグの量も多く、一年に三〇〇〇 万トンも発生します。
環境関係の統計を見ますと、日本の鉄鋼生産に使われているスラグは一〇〇%「リサイクルされている」と記載されています。それでは何にリサイクルされているのでしょうか? 鉄鋼産業から排出されるスラグはもともと埋め立てに使用されていました。元来、スラグは土と同じものなので海を埋め立てて土地を創生するのは、環境をよく考慮して行えば問題はありません。スラグ中に含まれる毒物を環境基準以下にすることができますし、もちろん天然の原料であり、海も汚しません。リサイクル品を日常生活の中で使う危険性よりずっと安全な処理方法です。 しかし「埋め立て」という言葉の響きが悪いというだけで、最近ではこのスラグを道路に敷き詰めて舗装の役に立てています。路盤材としてスラグを使うのは社会にとって有効な使い方と思います。 もともと、リサイクルということが関心を呼ばなかった頃は、製造工程から出る副産物を何に使うかという場合はそれを「用途開発」と呼んだものです。もちろん、いまでもそれが正確ないい方です。 リサイクルとは「一度使ったものをもったいないから大切にするためにもう一度使う」という内容を持っているものでなければなりません。スラグは鉄鋼生産の副産物であり、スラグは製品として社会で一度も使っていないもので、それを何に使おうがリサイクルにはなりません。 鉄鋼スラグの例は「リサイクル」を考える上で別の教材になります。もともとリサイクル率を計算するときに、その人の人生観や社会への価値観が入っては不正確になります。この例では、スラグを埋め立てに使って新しい土地を作るのはスラグの「利用」ではないのでリサイクルとは呼ばず道路を造るために土を覆うのは「利用」であるのでリサイクルと呼ぶのですから、呼び方にその人の価値観が入っています。 なぜこのようないい換えが起こるのでしょうか? いい換えによって日本全体のリサイクル率を表面的に高めて自己満足に浸っても意味がありません。このようないい換えが起こる理由は、本来環境を改善するための目的を持っているリサイクルは、生産効率を上げる話とは違うのですから「目標管理」をしても仕方がないのですが、長い間の大量生産、大量消費の生活の間に、目標管理の癖がついてしまったこと、そして他人に迷惑を掛けるという点では、 「産業界はこのように鉄鋼スラグも一〇〇%リサイクルしている。だから鉄鋼をどんどん生産してもスラグで社会が汚れることはない」 ということになるのです。たまたま鉄鋼スラグのリサイクル一〇〇%の内容を知る機会を持てる人はよいのですが、普通の人はなかなかデータにアクセスできませんので、スラグのリサイクル率が一〇〇%だというと、スラグは何回か使えるようになった、リサイクルはできるのだ、と勘違いすることになります。その結果、本来リサイクルしてはいけないものまで間違えて一所懸命リサイクルすることにつながっているのです。 鉄鋼スラグについてもう一つ別の見方を示します。 従来はスラグを埋め立てに使って狭い国土を増やそうとしていました。埋め立てに対する環境アセスメントが多少不足してはいましたが、国土を増やすという目的自体はそれほど間違ってはいなかったと思います。しかし風向きが変わって、社会は短絡的になり、単に「埋め立て」という言葉 の印象が悪いというので、路盤材に応用するようになってしまったのです。鉄鋼スラグとほとんど同じことが、建築廃材についても行われようとしています。廃材を「埋め立て」として集中的に格納するかわりに「リサイクル」として日本の国土を廃材で覆い尽くすことになる可能性があります。 もしこのような考え方を推し進めると、日本はそのうち路盤材や廃棄されたコンクリートに表面を覆われた国土になるかもしれません。環境に良いだろうと思ってスラグやコンクリートを路盤材に使い、少しずつ日本の国土から「土」の見える風景を少なくしていくことにもなりかねません。その結果、緑豊かで土の香りのしていたこの国土をすっかり変貌させてしまう危険性があります。また、リサイクル品の毒物という視点から考えると、廃棄物はできるだけ私たちの身のまわりから遠ざけなければなりません。そのためには私たちの家の横にある道路に使えば、通行する車のクイヤとの間の摩擦で削れ、タイヤからのゴムとスラグからの粉が舞い上がります。感心した使用方法ではありません。 埋め立ての方が環境を守ることになるでしょう。 最後に「産業と生活」について短いコメントをします。 スラグは鉄鋼生産に必要なものですし、生産には価値のあるものです。そして私たちは鉄鋼生産の恩恵を受けているのですから、何も鉄鋼スラグを目の敵にする必要はないのです。家庭で出たゴミと同じように鉄鋼スラグを「自分のもの」と考えること、そして単に「埋め立て」という言葉に神経を使わず、何が環境に良いのか、自分たちは何を使っているのかを考える時代になっていると思います。 『リサイクル汚染列島』(青春出版社)武田邦彦著より お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022.06.26 00:00:19
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