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弁護士YA日記

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2021.06.08
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カテゴリ:留学
GW明けから、司法修習生Aさんを受け入れています。
私もAさんも普段はお弁当持参なのですが、移動が多かった先日は、静岡駅でお昼ご飯をご一緒しました。他人様が作って下さるご飯の有り難みが、深く心に沁みるのは、お弁当組の特権ですね笑!
デザートの小さなあんみつも美味しかったです。白玉に寒天にあんこにきな粉。ああ、美味しい、、、和の甘味は移動疲れに良く効きます!





そして、おしゃべりは、留学話に。
私が留学しようと決意を固めたのは3年前のまさにちょうど今頃でした。留学を漠然と考えていたため、まずはTOEFLで今の実力を知ろう、と試しに受けたTOEFLが、信じられない程難しく(もちろんスコアも恐ろしく低く)、でもそこで逆に、「今年の日弁連留学の応募締め切りまで、まだ2ヶ月ある。まずはこの2ヶ月本気で勉強してみよう」と決意したのです。

その後、運(天)の助けと、沢山の方々の涙が出るほどありがたい支えや激励があり、留学することができ、また、無事に戻って来ているわけですが、今日、Aさんとお話ししていて思ったことは、留学それ自体は勿論人生の大きな転機でしたが、それ以上に、留学を具体的な目標として掲げたその瞬間が人生の転機だったということです。

あの瞬間から、今もずっと、ですが、人生が濃密になりました。
限られた時間をどう振り分けるか、大学受験や司法試験受験時以上に、やりたいこと及びやらなければならないことが沢山あったため、どうすれば勉強時間や研究時間が捻出できるのか、考えざるを得なくなったからだと思います。

勿論、人生が濃密になることと、人生がうまくいくことは全然違います。
うまくいかないこと、悔しい、情けないと思うこと、もっと成長しなければと思うことは、毎日沢山あります。そう思うことは、3年前より今の方が多いかもしれないです。

それでも私は、濃密な人生が好きです。
だから、何でも良い、目標を持つことそれ自体が、目標が達成できるかどうかよりもずーっと大事なことなんだと思います。

Aさん、聴いてくれてありがとう!
また一緒に成長していきましょう!






Last updated  2021.06.08 20:58:16


2021.05.28
カテゴリ:読書日記
Kindle Unlimitedという、月額980円で、電子本読み放題というサービスを利用して、手当たり次第に洋書を読む時間が、どんなに忙しい時も、そして、たとえどんなにわずかな時間でも、心を潤わせてくれます。

その中で、最近出逢った一冊が、1845年に書かれた件名の本です。アメリカで奴隷として生まれた後、転売先の女性主人が短期間ではあったものの文字を教えてくれたという偶然のきっかけとご本人の凄まじい努力で文字を覚え、後に、奴隷制廃止運動活動家として有名になったフレデリック・ダグラス氏の自伝です。

大長編なので、まだ全部は読めていないのですが、元奴隷で、虐げられた弱者が、自らの言葉で書く悲惨な現実に、息を呑むというか、恐怖で凍ります。白人の視点からじゃない、後から時代を俯瞰した歴史家の視点じゃない、虐げられて、踏みつけられて、人間の尊厳をすべて奪われた当事者の視点から見る奴隷制度はここまで過酷なものだったとは。同じ出来事を言葉に残すにも、どの立場の人が残したかで,読む側の印象は大きく変わります。言葉は、マイノリティや抑圧された側にとってこそ武器になることを実感しました。でもだからこそ、権力を掌握する側は、抑圧される側に、文字を教えない、与えない。奴隷制においても、奴隷に読み書きや教育を与えることは厳しく禁止されていました。世界中で繰り返されてきた、言葉を奪い、言葉を抑圧する歴史が何故実践されてきたか、彼の自伝が1つの答えだと思いました。

奴隷所有者による、奴隷が血飛沫を上げるのを見たいためのリンチ、奴隷の子は奴隷所有者の所有物になるという法律に基づき、所有する奴隷を増やすために、女性の奴隷に対して毎夜繰り返されるレイプ、衣類が特に子供には配給されないために、ほとんど裸で過ごすしかなく、夜寒さに震えて穀物用の空袋にくるまって寝る日々、奴隷所有を正当化するキリスト教の教え(所有者、管理者の白人は、皮肉なことに、日に何度も祈りを捧げる信心深い人が多いかったようです)、本当に読んでいて胸が苦しくなります。
そういえば高校の時の世界史のH先生が、キリスト教が支配者にとって都合の良い理屈を正当化するために使われてきた歴史を、情熱溢れる口調で教えてくださいました。ふとあの時の教室の空気が甦ります。私はあの時ローマ時代にタイムスリップできました。

1845年に書かれたということも関係しているのか、すっと読みこなせる文体ではないものの、何故自分は奴隷に生まれてしまったのか、何故こんな不条理が許されるのか、心の底から湧き上がる怒りの叫びが、文章にほとばしっており、目に心に飛び込んできます。日本語の本も一言一句読むというよりは、なんだか良くわからなくても、前へ前へと読み進められる的な不思議な吸引力がある本に出逢うことがありますが、日本語の本だけじゃなくて、英語でもこんな体験ができるんだということに自分で感動しました。

本物の言葉は、古くても言葉の壁を超えてでも迫ってくるのだと痛いほど感じました。
これからも沢山、本物の言葉に触れていきたいです。






Last updated  2021.05.29 05:21:03
2021.05.12
カテゴリ:弁護士業務
先日、とある用事で1時間ほどドライブ。綺麗な海を抜けて、上っていく山道の途中にぽつんとある一軒家が目的地。この距離感を実感して、「アウェイ」の事務所ではなく、「ホーム」のご自宅でお話をお伺いするからこそ、その場で紡ぎ出される言葉の本当の意味が実感できるし、言葉以外から吸収できるものも沢山ある。現場で、自分の五感がすっと研ぎ澄まされていく緊張感が好きだ。自分の思い込みや雑念が振り払われていく感じがする。現場は本当に大事だ。弁護士にとって基本中の基本。
この想いを大事に、謙虚に生きていこうと思う。自分が知っている、分かっている、と思っていることは、本質とまったくかけ離れているかもしれない、という疑いをいつも心の根底に持っていたい。






Last updated  2021.05.12 05:30:47
2021.05.08
カテゴリ:留学
​​​​留学時代の勉強仲間の櫻原達也さんが、母校の東大で、講義された際に用いたスライドを、公開されています。5月10日まで(あと2日!)なんていう短い期間ですが、とても心打たれる内容だったので、櫻原さんのご許可を得て、​こちら​でもご紹介させて頂くことにしました。

実は、以前、日弁連災害復興支援委員会でも、ご講演頂いたことがあり、その時もものすごく感動したのですが、母校の後輩に向けてのメッセージは、更に力強く、拝聴もしていないのに、圧倒されました。これを目の前(ZOOM)で聴いた方々がどれほど圧倒されたか、想像もつきません。

要約をするのは私の能力では到底無理なので、私が個人的に感動したポイントをいくつかご紹介します。でも、絶対に伝え切れないので、是非、原典を見てみて下さい!

まず、3.11までの櫻原さん。「原子力という学問分野が好きだから」というお気持ちで、知的好奇心をのびのび膨らませて随分多様な挑戦をされてきたんだな、凄いなあ、めっちゃ頭良いなあって素直に思います。もちろん、私には、研究分野の専門用語はほぼ全然分かりません(^_^;

でも、3.11後の苦悩と試行錯誤の中で、どう原子力と向き合ってきたのか、というあたりから、一人の人間としての苦悩がガンガン伝わってきて、専門を超えて、胸に迫ってくる絶望感、もがく葛藤を感じます。特に根本にある問題意識「これまで学んできた原子力工学は間違いで、今後学び続けてきたところで、世の中のために何の役にも立たないんじゃないか」は、「原子力工学」を「法学」とか「不法行為法」等と置き換えると、私もあのとき幾度となく叫びたかった、と分野は違いますが、シンクロする思いがあります。自分の信じてきた土台が崩れる感覚は、私にも分かります。

ただ、櫻原さんの本当の真価(進化、深化)は、そこからで、​「福島第一原発事故で明らかになった日本の原子力工学の不都合な事実を深く理解し、それを受け入れ、次の一歩を踏み出すための方法を模索するプロセス」​​に踏み出すのです。こんな壮大なテーマに取り組むことに、何が待っているか分からない未来を選ぶことに、凄いと思いつつも、大丈夫?と、心配になって、思わず引き留めたくなってしまいます。

でも、そこからは、心を鷲掴みにされる宝石みたいな言葉とか行動の連発です。海外の専門書を50冊以上徹底的に読み込んで、原子力以外の本も意識的に読んで、広く深い知識の習得を目指して、基礎研究も専門分野もきっちり勉強し、対外的には勉強会や研究会を活発に行い、徹底的に考えて考え抜いて、被害現場に除染ボランティアとして行く。そういう中で、感じ考えたことを、自分の言葉にして、自分の行動に繋げていく。この過程そのものに、私は涙が出ます。以下は、スライドにあった櫻原さん自身の言葉です。

・批評家ではなく、「批判される側」に立ち続けよ、批評からは何も生み出されない
・原発事故の社会的影響を数字だけ(線量、避難者数、経済的損失etc.)で語ってはいけない。失われた目に見えないもの(コミュニティの絆、生き甲斐etc.)があまりにも多すぎる。
・このような事故を二度と起こさないことが原子力利用の前提条件。それが担保できないなら原子力発電からは撤退するべき。
・福島の知り合いの方々に真正面から説明できないような言動は生涯絶対やらない。

この過程の中で、海外での学びを目指すようになった櫻原さん、博士課程から、米国有数の原子力工学部があるイリノイ大学アーバナシャンペーン校をに進学され、現在は、UIUCでReserch Assistant Professorとして教員をされています。

締めくくりは、下記、後輩に向けてのアドバイス。私、後輩じゃありませんが、実践したい!と思いました(笑)。

Vision & Whosを持つべし!
Visionは、長期的(5~10年後)にどういう人間に成長し、社会に如何に貢献したいか、目的意識を明確に持つ。
Whosは、自分のVision/Goalの達成を手助けできる人は誰か?と考え関係構築の努力をする。

本当に良質な目が覚めるような質の高い講義をスライドだけでも存分に味わえて、とても幸せです。
私も、高い目標を失わずに、日々一瞬を一生懸命生きていこうと思います。
櫻原さん、本当にありがとうございました。​​​​​​​​​






Last updated  2021.05.08 05:18:22
2021.04.19
カテゴリ:カテゴリ未分類
​​​​4/13付けの朝日新聞に、スピードスケート選手の​小平奈緒選さんのインタビュー記事​が掲載されていた。短いインタビューなのに、非常に深みのある内容で、とても心に残った部分のみ書き留めておきたい。

まず、コンマ何秒の差で、絶対的な結果がつく世界で、彼女は、​「ありのままを見てもらい、私の生き方を表現できればと考えるようになりました」​という。結果だけではなく過程を重視したいと。お母様の「一生懸命滑っている姿を見て頂くことが唯一奈緒にできることだよ」というお声がけも本当に素晴らしい。

そして、そのような過程の充実が、どう勝負に生きるのかという記者の問いに、彼女は、内面から紡ぎ出された言葉で答えていく。

「勝負では『自分はできる』と信じることが大切です。私はただ練習をこれだけしたから、というところに自信を求めません。やっぱり人生の選択の局面を自分で決断し、生き方を自分で決めてきたということに尽きます。覚悟が宿り、選んだ道だからこそ成功ではなくても、正解と思えます」

「成功ではない道が人生において不正解という考えはないんです。創造の創って『きず』って読みますよね。傷つくからこそ最善の道ではなかったと気付き、修正の道に進んで新たな自分を“創る”ことができます」

いつもつらい道を進んでいませんか?という問いには、こんなお答え。

「それは違います。自分が進みたい方向が苦しい道だったということです。行って苦しいと思ってもいったんは受け入れることが大切。多くはそこで逃げてしまいますから」

「人生の岐路では、周囲に流されず覚悟をもって突き進まない限り開かれない道があり、人のまねでは乗り越えられないものも出てきます。自分の人生を自分で歩むからこそ成長することができ、人間として深みも出てくるんだと思います」

過程そのものを大切にすること、自分自身が選択した道で傷つきながら成長していくことが大切であること、だから自分で選択した道は、成功か不成功かにかかわらず「正解」であること。
本当にその通りだと、心の底からそう思う。
今日も沢山傷つきながら成長していきたい。​






Last updated  2021.04.19 17:50:12
2021.04.10
2016年から5年間、日出町法律事務所で執務してきて下さった横山友子弁護士が、お連れ合いの転勤に伴い、4月から福島県郡山市の​渡邊真也法律事務所​に移籍されました。





日出町法律事務所は、2015年開設ですので、私と間さんにとっては、横山さんは、もういてくださって当たり前という存在になっていました。同僚でもあり、妹でもあり姉でもあり(私よりお若いのですが、私よりはるかにしっかりされています!)、かけがえのない友人でもあり、という存在でした。
お引っ越し当日のお見送りの際にも、全然お別れの実感が湧かなくて、またすぐに明日にでもお会いできる気がして、泣かずに笑顔で送り出せて本当に良かった!なんて思っていたのですが、今週事務所に出て、そうだ、横山さんがいないんだ、ということを、毎日じわじわ実感し、しみじみ寂しく思っているところです。

この5年間、事務所では、毎年のように修習生を受け入れていた他、スタッフ弁護士も2名養成しました。また、一昨年からは、私が勝手なことに一年のアメリカ留学に行き事務所を留守にしました。これだけの事実だけでも、横山さんがもしいてくださらなかったら、なんて、ちらりと一瞬考えるだけで、ひょえー、そんなことを考えるのはやめておこう!という気持ちになる程恐ろしく、横山さんは、神様が特別に日出町法律事務所に遣わした天使だったのではないかと思っております。職場だけではなく、家族ぐるみで楽しくお付き合いさせて頂いたことは、私たちにとって一生の思い出です。

また、横山さんは、私と間さんにとって、なくてはならない人だった以上に、依頼者の方々にとって、唯一無二の素晴らしい弁護士でもありました。私は、横山さんがご担当されていた案件を何件か引き継がせて頂いたのですが、前々から分かってはいたことではありましたが、依頼者の方が、横山さんを深く信頼され、慕っておられる様子を目の当たりにして、横山さんがどれほど全身全霊で弁護士業務をされてきたか、一人一人の依頼者を大切にされてきたか、心で実感し、本当に敬服しました。

暖かで優しくてチャーミングなお人柄、でも、強くて緻密で切れ味鋭い主張をきっちり展開できる卓越した能力を併せ持つ横山さん、郡山でも多くの方々に愛され、更にご成長されること、確信しております。

そんな横山さんが在籍される渡邊真也法律事務所の所長、渡邊真也先生は、私が、相馬ひまわり赴任時代から、本当にお世話になり続け、心からご信頼ご尊敬申し上げている弁護士のお一人です。相馬時代には、困難な事件処理の相談を何度もさせて頂きましたし、事件数や重責に押しつぶされそうになる私を、折に触れて、明るく支え励まして頂きました。また、原発事故後は、困難な賠償問題にずっと立ち向かい続けながら、周囲の人を心からほっとさせる笑顔を絶やさない先生に、いつも沢山のエネルギーを頂き続けてきました。
素敵な真也先生と、素敵な横山さんを通じて、またご縁が深まることもまた、心より嬉しく思っております。

福島県弁護士会の先生方、福島県の皆様、どうぞ、横山さんのことを宜しくお願い申し上げます。

そして、横山さん、どうぞお元気で、そしていつまでもお幸せに!!!
事務所一同、心から、お祈りしております。また是非お会いしましょう!!!






Last updated  2021.04.12 11:08:03
2021.03.12
カテゴリ:留学
​​先にご案内した報告書公開イベント​は、大変充実した内容となり、動画も公開されました(​英語版​・​日本語版​)。私は、30分過ぎにプレゼンし、1時間52分頃、2時間8分頃、それぞれで、質疑応答の回答者になっています。内容についても英語についても、悔しさも反省点は沢山ありますが、これが今の私の精一杯の実力です。もっと精進していきたいと改めて心に誓いました。

私の視点からの見所を敢えていうなら、下記でしょうか。

①30分過ぎから続く論文筆者たちのリレーによる論文内容のプレゼン
:非常に分かりやすい上に、全体で30分と短く、話者がどんどん変わるので飽きることなくストレスなく見られます。個人的には、私以外のプレゼンターの頭の良さ、回転の速さ、話の明晰さに、改めて畏敬の念を抱きました。
:福島事故→チェルノブイリ事故→スリーマイル事故→国境を越えた事故の損害賠償と聞いているうちに、世界史の中における福島事故という視点を持てます。特に日常的に損害賠償を取り扱っている法律家にとっては、損害賠償制度の比較法的視点を体験できる機会になるのではないかと思います。

②1時間過ぎから続く当事者からの発信
:早稲田大学須網先生のご紹介→浪江町町長→浪江町ご出身の訴訟原告代表お二人という流れですが、心に切々と入ってくる訴えです。
:「私たちはお金が欲しくて訴訟をしているのではない、ふるさとを元に戻して欲しいだけだ」というメッセージは、アメリカ拠点のプレゼンターやパネリスト、聴衆にも深い衝撃がダイレクトに伝わり、その後の質疑応答でも当事者への質問が集中しました。机の上で「専門家」たちが独りよがりの議論をしてはいけない、現実を目の前にした議論をしなくてはいけないということが本当に良く分かります。

ところで、そもそも、このイベントの目的は、米国、カナダ、日本の専門家で共同執筆した報告書の宣伝だったのですが、報告書もイベントと同時に公式にリリースされました。

https://nuclear-compensation.northwestern.pub/

5年前に最終形が見えないままに関わってきた企画が(舞台裏は​こちら​)、こうして一つの形になることが素直に嬉しく感慨深いです。今からご紹介するように、多様な視点からグローバルな事象を取り上げていることで、世界の中における福島事故の位置付け、導き出すべき教訓が浮かび上がってくるような、本当にユニークかつ意義深い内容だと思います。

ただ、結構大部であるということ、現時点では全編英語であることから、私の視点にはなってしまいますが、見所をご紹介させて頂きたいと思います。

まず、報告書本体は、​福島事故(2011)​、​スリーマイル島事故(1979)​、​チェルノブイリ事故(1986)​、​原子力事故による被害が国境を越えた場合​の4類型を、損害賠償という視点から掘り下げた論文4本から構成されています。
スリーマイル、チェルノブイリは、福島の3本の論文の詳細については、これらの論文を元に、私の考察も含めて、留学中に内輪の研究会で報告した内容を末尾に貼り付ける形でご紹介させて頂きます。また、国境を越えた事故の賠償問題についても、私なりに骨子をまとめましたので、上記に続いて末尾に貼り付けます。私としては、「原子力事故の被害が国内ではなく国外にも及んだ場合、誰がどこに賠償請求できるのか」という、このテーマ設定が余りにも鋭すぎて、本当に頭良いな、すごいな、とただひたすら感動しますね。
論文自体が大部なので、要約もかなり長いことをご容赦下さい。なお、考察部分は勿論、要約部分も、内容の正確性、切り取り方を含め、全責任は私にあります。

また、この論文集には、Appendix(補遺)として、過去のMeridianでなされた原子力エネルギーに関する議論(​Appendix One​)、様々な専門家にインタビューした内容(​Appendix Two​)も収められており、法律家の役割については、私の​インタビュー​も収録されています。2012年に最初にMeridianに寄稿した文章と、翌2013年12月、宮崎先生が来日された際に収録頂いたインタビューの2本で、読み返すとタイムカプセルを開くような気持ちになります。

そして、この報告書の​表紙写真​は、公私ともにもっとも信頼し敬愛する友人である渡辺淑彦弁護士が​提供​してくれました。渡辺さん、忙しいのに、突然の依頼に応じて下さってありがとうございました。論文を書くにあたって、貴重な情報を提供して下さった​日本弁護士連合会災害復興支援委員会の皆様への謝辞​も入れて頂きました。

改めて本当に沢山の方々が関わって作成されたレポートであることを実感します。
特に編集の宮崎先生は、この数ヶ月、寝る暇もないお忙しさで、全体を統括されていました。宮崎先生は、どんな方のどんな立場からのお話しも、いつもまっすぐに誠実に偏見なく、全身で傾聴されます。その態度が、原子力推進側、反対側といった単純な立場を越えて、多くの人を惹き付ける場を形成したのだと思います。

貴重な機会に関わらせて頂いたことに感謝し、私も、10年目のこの節目で、10年間を振り返りつつも新たな歩みを、守りたい誰かのために、自分の成長のために、進めていきたいと思います。

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(スリーマイル、チェルノブイリ、福島)

【本報告の目的】
1,TMI(1979)、チェルノブイリ(1986)、福島(2011)の賠償スキームの比較検討
2,原発事故がもたらす「被害」と「損害賠償」による対応可能性の検証
3,日本の原発事故損害賠償制度の課題

Ⅰ スリーマイル島事故(March 28,1979)

一、法律の枠組み:Price Anderson Law(以下「PA法」、1957)
1,内容
:目的は、賠償額のリミットを決めることにより、原子力産業、民間保険会社に参入を促すこと。賠償の責任を負うのは、Operatorのみと定め、賠償コストは保険が引き受けるという枠組み。部品やデザインの供給業者、輸送業者は責任を問われない。
:賠償額上限は、1957年当時は、メルトダウン発生時に少なくとも発生すると見積もられていた賠償額70億ドルを大幅に下回る、$560 million 、現在は、$13billion
:ただし、賠償上限額を超える見込みの場合は、大統領が議会に補償計画を提出し承認を得ることにより、公的資金の支出も予定される。
2,賠償を取り扱う窓口
:保険会社であり連邦や州等の政府機関ではない
:訴訟になった場合の相手方は形式Operator、実質保険会社、弁護士費用も保険から支出
3,損害賠償の請求方式
(1)直接請求:上記の通り、保険会社にて対応
(2)訴訟:通常の不法行為法が適用。州によって時効期間がバラバラだったが、事故と傷害との因果関係を原告に課すことは共通しており、原告にとって非常に大きなハードルになるであろうことは当初から予想できていた。ただし、PA法にて、ENO, Extraordinary Nuclear Occurenceの場合、傷害を知ってから10年に時効が延長される特則あり(通常は3年)。
4,事故前の運用実績
:1957年~1979年まで、28件、$1,453,911、作業員からの請求しかなく、訴訟に持ち込まれたことも皆無。


二 時系列
1,事故発生
:1979.3.28事故発生 事故の規模は、チェルノブイリ、福島と比べてずっと軽く、大部分の放射性物質は施設内に留まったとされる。
2,避難勧告
:1979.3.3 5マイル圏内の妊娠している女性、子供に避難勧告(advise)、圏内の学校を閉鎖、144,000人が避難(5マイル圏内の人口の39%)
3,賠償受付開始
:すぐに、保険会社が直接請求の窓口設置、5マイル圏内の住民に、11日間の避難勧告期間分の避難費用、休業補償を支払う。3,806件、$1.3million
4,住民の不信感と健康被害
:放射性物質を追跡する技術の欠落、線量計不足等で住民の不信感が非常に大きかった。事故進行中に変な味や匂いを感じたり、紅斑ができたり、吐き気を催す人もいた。
:もっとも、1980年の政府特別委員会報告書は、放出された放射性物質は、一人当たり年間1ミリシーベルトにすぎず、身体の不調を引き起こすことは考えられないとした。この報告書が、後の訴訟においても、OperatorのGeneral Public Utilities Corporation(GPU),保険会社にとって非常に有利な材料になった。ただし、この報告書作成にあたって、住民の健康調査、染色体検査などを実施しなかった上に、ヒアリングもほとんどなかったため、多くの住民は、報告書を信頼できなかった。
5,クラスアクション提訴&最初の和解
:1979年春に、住民はクラスアクションを使って提訴
:1981年に和解成立。内容は、以下。
①これまで5マイル圏内だった被害者を25マイル圏内まで広げて総計$20million(経済的損失)を支払う
②ただし、傷害については住民に争う権利を留保
③別途$5millionのPublic Health Fund for medical and environmental monitring設置
6,健康被害に関する訴訟
:最初の和解から数年の間に、被ばくと関連した健康被害を訴える人が続出し、1985年までに2,000件以上が健康被害で提訴。政府報告書に不信感一杯の原告たちは自力で証拠を集め、先行和解の結果もたらされた基金によって独自報告書を作成、政府報告書の問題点を指摘した。
:GPUは、連邦裁判所にすべての訴訟を併合したがったが、州裁判所の方が有利な判決が出やすいと考えた原告側が反発、最終的に、PA法上、連邦裁判所に管轄がないということで州裁判所に集約。
:1985年までに、訴訟費用と判決リスクを恐れたGPUは$14.25milionを280人に対して支払う和解をした。
7,連邦地裁への集約
:その後法改正がなされて、連邦地裁への管轄が遡及的に認められたため、和解のプレッシャーはなくなり、ゆっくりとディスカバリなどのプレトライアル手続きが連邦地裁で始まった。
:1995年になってようやく、裁判所は、原告らは、被ばくに関する科学的証拠を提出する必要がある、少なくとも10rem(100ミリシーベルト)の被ばくをした証拠が必要である、立証責任を果たしていないと判示した。そのため、原告側の弁護士は、専門家に莫大な費用をかけて調査を依頼する必要が生じた(成功報酬制のため弁護士の自腹)
:長く続いた訴訟のため、1986年のチェルノブイリ事故のデータや専門家証人も提出できた。その他、医師、獣医、疫学者、放射線専門家、学術機関、私的研究所、等あらゆる専門家証人を活用し、遡及的な調査も行った。その結果、かなり沢山の、人間、植物、動物に放射性物質が与えた影響に関する証拠を準備することができた。
:しかし、代理人が、正式な報告書の形ではなく、断片的な証拠を不十分な形でしか出さなかったことや裁判所の定めた期限を徒過したことも影響し、ほとんどすべての証拠が排斥された。排斥の理由は、政府報告書であり、被告が終始依存していた証拠だった。原告代理人は怒りまくり、裁判官の個人攻撃に終始、裁判官も同情の余地なしという態度だった。原告は低線量被ばくによる傷害の可能性は示せても確実性を示すことができなかったと評価されている(The plaintiff's experts had established the possibility of a large exposure,but not its plopability)。結局、被告を勝たせるsummary judgementでpretrialは2002年に終了。

三 教訓と課題(被害者の視点から)

1,訴訟に要する莫大な時間とコスト
:"a series of long,arduos,costly,and ultimately unsuccessful legal disuputes"
:提訴から23年、コストは、tens millions dollarsにのぼった。
:訴訟で当事者の主張を闘わせた上で裁判所が和解基準を作り、クラスアクションを通じて被害者全体に適用されるというプロセスは当事者参加、透明性の確保という点では評価し得るが、立証責任を乗り越えることができなかったため、ありきたりで平凡な基準しか生まれなかったことに留意すべき。
:なお、原子力産業、保険会社は、PA法に基づくTMI事故処理を成功例と考えている。
:$71million,($29millionの被告側弁護士費用含む)が保険から払われた。ただし、廃炉作業や保険掛け金のために支払われた税金は莫大な額に上ることに注意。


2,立法目的とプロセスの正当性
:PA法の目的が被害者保護ではない。上限を設けることが正当化できるか?
:被害者側は、立法プロセス、損害賠償手続きプロセスを原子力産業側に支配されていると感じ、強い不信感を抱いている。「誰よりもリスクに耐えてきたのにいざ事故が起きると市民権を剥奪される(disenfranchisement)怒り」にどう対応すべきか?


3,訴訟以外の請求手段の必要性?
:1990年には、大統領諮問機関が、賠償を迅速化し、原告の立証責任を軽減し、潜在的な被害の賠償も受けられるような行政主体の紛争解決機関を設けるべきだと勧告したが、結局、議会でそのような立法はなされなかった。
:もちろん、そういった機関も、距離にせよ、被ばく量にせよ、常に、「被害者」資格、賠償すべき「被害」をどう定義すべきかが問題になる。
:被害者が保険で自身を守ることすらできない。保険会社が、二重払いを防ぐために、対象から除外している=賠償で獲得するしかない。


4,低線量被ばくによる健康被害という主張に対する対応
:23年間、世界中とありとあらゆる知見をかき集めて立証できず。訴訟では立証責任を持つ者が立証できなかった時点で負ける。しかし、原発事故において人々が抱く放射性物質による健康被害への不安にゼロ百ベースで対応すべきなのか(後述)
:訴訟の中で、Public Health Fundが作られたことは評価すべき。アメリカのmass tortにおいてしばしば見られる和解条件。
*democratic,participatry, and anticipatry processの重要性

Ⅱ チェルノブイリ事故(April 26,1986)
一、事故前後の法律の枠組み
1,旧ソ連時代
:事故発生時に原発事故に特化した「賠償」制度はなく、給付金制度(entitlements)のみ。舞台は司法でなく行政。ソ連では、基本的に既存の社会保障の枠組みを被害者のために活用しようとした(退役軍人、低所得者層、高齢者、障害者向けの既存の制度)。具体的には、公共機関の無料パス、政府提供住宅、医療費無償等。
:1990年4月25日になって初めて原発事故に対応する包括法ができ、被害者も被害地域も定義された。12段階で賠償のランク(詳細不明)や受けられる社会保障を定める方式。
:ただ、12段階に分ける前提として必要な「被ばく量」をどう測定しどう評価するのかというレベルで問題が起きた。モニタリングも不十分で、モニタリングを実施する財源もなかった。現に後継国家のロシアは、モニタリングデータが不正確だとして、一度認めた特権を取り上げようとした。
:ソ連の崩壊迫る中、法律を定めたところで賠償金や社会保障の財源がなく、実行可能性を失っていた。賠償として割り当てられた金の官吏による使い込みなど汚職も横行した。
:一旦避難した何百万人もの住民も、職を求めて避難地域に戻ることを強いられた。除染も十分にされないまま放置された。

2,ソ連崩壊(1991年)後
:ソ連崩壊後、ロシア、ベラルーシ、ウクライナは、それぞれ法制度を発展させた。米国やヨーロッパに習い、賠償の上限を決め、自然災害、テロ、戦争等の免責条項を定めた。
:三国では、大きく分けて2つの政策で原発事故に対応した。1つは、除染、もう一つが社会保障。3つの国で社会保障の基準が微妙に違い、ロシアは最低賃金・ベラルーシは物価スライド制に基づく割増金・ウクライナは月額の給与(前提知識がないためこの基準の意味はよく分からない)
:三国とも、距離や土壌汚染の程度に応じて、4~5つに被害地域を分けた。ただ、特にベラルーシは、賠償や検診の費用が出せないのが分かっていたので、強制避難地域を狭く定義したり、科学的証拠を無視する傾向があった。
:三国に共通するソ連時代からの課題として、距離でも被ばく量でもきちんとしたモニタリングがなかったため、住民の不信感が非常に強かった(実際、最初のデータが変造されたりもした)。また、結局、どの国も資金不足で、立てた政策を実行できなかった。被害地域の分け方には、国によって、被ばく量アプローチも地理的アプローチもあったが、放射性物質の複雑な特性及び十分な実態調査がなかったことを踏まえると信用に値しない定義と言わざるを得ない。
:原発事故の社会心理学的な悪影響や後々まで残るトラウマもソ連崩壊の混乱の中で増幅された。

二 教訓と課題(被害者の視点から)

1,正確なデータ収集、開示が不可欠
:チェルノブイリ事故処理は、科学的なデータの収集・開示という点で、決定的な出遅れがあり、被害地域、被害者の定義すべてに影響し、すべての政策を停滞させた。
:一方で仮にどれほど正確なデータが提供・開示されようと、原発事故の特性として、住民の不信感、不安感を払拭することはできない、むしろ、不信感と不安感を受容する前提に立った上で、対応を考える必要性は強調したい。

2,資金の確保
:経済的な混乱期だったために、決定した政策のほとんどが実行可能性を失っていた。賠償に備えての資金計画をどうするかを事故「前」に決めておく必要がある。そのためには、壊滅的な事故を本気で賠償しようとした時に、どのくらいお金が必要なのかを事前にシミュレーションしておく必要がある(スリーマイル、福島は、世界に対して、賠償や除染、廃炉等のためにどれくらいのコストがかかるのか、正確な情報開示をする責任がある)

3,社会保障の枠組みについての評価
:社会保障の枠組み(公共機関の無料パス、政府提供住宅、医療費無償等)を原発事故の被害者に適用した点は、ソ連及び後継国家のユニークな特徴といえる。賠償とは別の枠組の社会政策として検討する余地は十分にあるのではないか。
:ただし、賠償との棲み分け、予算の割り振り、国の担当機関がどこであるべきか等は課題である。


Ⅲ 福島事故(2011)


一 法律の枠組み
1,原子力損害賠償法
:第3条1項「原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる」と定めているため、「原子力事業者」たる東京電力ホールディングス株式会社(以下「東京電力) が、損害賠償責任を負っている。
:ただ、損害賠償の総額があまりにも大きく東京電力の支払い可能額を超えているため(東京電力の公表によれば2020年1月10日現在で約9兆3,157億円≒85billion dollars、米国が想定している上限金の約6.5倍)、国の支援がなされることを定めた原賠法第16条に基づき、2011年8月に原子力損害賠償支援機構法が制定・同年9月に原子力損害賠償支援機構(現在の名称は、原子力損害賠償・廃炉等支援機構)が設立され、同機構を通じて、国が賠償資金を供給している。

2,賠償の基準-中間指針-
:東京電力が、損害賠償を実施している基準は、主として、原賠法18条に基づき設置された原子力損害賠償紛争審査会が公表した「中間指針」に依拠している。
:中間指針等は、画一的・明確な基準を提示することで、被害者にとって最低限の簡易迅速な損害賠償を実現するために策定された基準であり、本来、最終的な賠償基準を定めたものではない文字通り「中間的な指針」の位置付けだった。
:特徴としては、①避難指示がなされたかどうかの区域設定と賠償の有無、金額が連動している、②金額が画一・明確である(たとえば「精神的損害」の賠償額は、原則として一人月額10万円に設定されている)、③避難指示が解除されると原則として賠償も打ち切られる、等。
:すなわち、中間指針等は、どの地域に住んでいたかによって、受けられる賠償項目や賠償金額が画一的に決まる基準と言い換えることができる。避難指示区域外に居住していた住民は、原則として賠償が認められないし、避難指示区域の中でも、帰還困難区域、居住制限区域、避難指示解除準備区域のどこに居住していたかによって、賠償額が大きく異なる。そして、避難指示区域が解除されると、原則として賠償は受けられない。
:しかし、現実の被害は、中間指針等が定める程、単純に類型化、画一化できない。同じ帰還困難区域内の住民であっても、家族構成、職業、生活実態はそれぞれ異なる以上、事故により受けた被害もそれぞれ異なる。避難指示区域外の住民であっても、自主的に避難する選択をする人も相当数存在し、彼らは、事故がなければ決して避難等しなかったにもかかわらず、中間指針等では、原則として賠償の対象から除外されている。
:中間指針等が、個々人の多様な被害を個別事情に応じて救済する基準ではないことは明らかである以上、少なくとも、金銭に換算できる被害については、「中間指針等で受けられる損害の賠償」と「個々人によって異なる損害の賠償」をオーダーメイドで組み合わせることが必須といえる。
 

3,賠償請求の手段
(1)東京電力への直接請求
:規定の書式に記入するだけで賠償請求ができるため、簡易な手続で迅速な支払いが受けられるというメリットがある
:一方、中間指針等で定められた基準以上の賠償は一切受けられないというデメリットがある。
:中間指針等で「被害者」から除外されている人々は、そもそも、この手段を用いることはできない。
(2)原子力損害賠償紛争解決センターへの申立
:原子力損害賠償紛争審査会の下に設置されている裁判外の紛争処理を担当する仲裁機関で、(1)の手続で合意できなかった場合や個別の事情を斟酌した損害賠償を求める被害者に利用されている。
:センターでは、数百人の弁護士が、仲介委員や調査官として勤務しており、被害者の申立を受け付けると、内容を審査し、東京電力側の意向も聴取しながら、センターが適切だと判断する和解案を提示する。
:和解案は、中間指針等には必ずしもとらわれないため、東京電力が認める以上の金額の損害賠償が受けられる可能性があるという意味では、被害者に大きなメリットがある手続の筈である。
:もっとも東京電力は、センターが設置された当初は、提示された和解案は受諾すると宣言し、現実にも、すべて受諾していたが、東京電力が、センターの提示した和解案の受諾を拒否するという事態が、特に大規模な申立において2014年春頃から散見されるようになった。
:また、東京電力が和解案を受諾を拒否し始めたことと連動して、センターが、東京電力に拒否されないと想定できる範囲内での和解案を提示するといった萎縮効果も生まれており、センターの和解案に当事者に対する法的拘束力がないために、センターの紛争解決機能は全体として低下している。
(3)訴訟
:(1)、(2)のいずれの手段でも救済を受けられない被害者が唯一選択できる手段で、分かっている範囲でも、全国18都道府県で訴訟が継続しており、原告総数は1万人を超えている。
:直接請求、センターへの申立は、最終的には東京電力の合意が存在しなければ、損害賠償を受けられないという限界があるところ、訴訟の場合は、裁判所が、双方の合意がない場合は、裁判所による「判決」が受けられる。
:もっとも、訴訟の場合、手続が煩雑で相当時間が掛かること、被害者の求める判決が出る保証がないこと等、被害者の立場に立つと、非常に使いづらい手続。
(4)コンビネーションが本来的には望ましいこと
 被害者が、損害賠償を請求する際に、(1)の直接請求のみでは満足を受けられない場合が多く、(2)のセンターへの申立、ないし、(3)訴訟提起を併用することが望ましいが、現実的には、センター申立、訴訟の上記デメリットは、物理的心理的に非常に大きく、(1)の直接請求のみ行っている被害者が大多数である。

Ⅳ 原発事故がもたらす「被害」と「損害賠償」による対応可能性の検証

一 被害の種類
:前提として、「被害」とgeneral damage と「損害」compensatory damageの言葉の使い分け必要。「被害」のすべてが賠償され得る「損害」になるわけではない。
1,放射線被ばくそのもの
2,放射線被ばくに対する継続的・恒久的不安
3,避難による人生破壊
4.避難による地域破壊

二 損害賠償による被害への対応可能性

1,放射線被ばくそのもの
:立証できれば、「損害」になるが、立証の壁は非常に厚い
:TMI事故では、23年間闘って、世界中のありとあらゆる証拠を集めても低線量被ばくによる損害は立証できず。
:被害者の立場からは非常に立証し難い被害であるため、損害賠償での救済だけではなく、2と併せての政策的対応が必要。

2,放射線被ばくに対する継続的・恒久的不安
:TMI、チェルノブイリ、福島に共通して見られた住民の不安感、不信感は、は、原発事故における中心的被害を形成しており、この不安感、不信感を合理的な被害ととらえて誠実に対応することが不可欠である。
:経済的には風評被害という形で顕出され、福島では「賠償」の対象となった。
:もっとも原則としては、不安を「損害」として立証・評価するのは非常に難しい。賠償の枠組みで対応すべき被害ではない(私見)。
:この被害の保護は、損害賠償ではなく、社会政策、社会保障保障的な枠組みによってなされるべきではないか。cf:TMIの基金、チェルノブイリの医療費無料等の社会保障

3,避難による人生破壊
:「避難」は、よほど短期間であることが事前に想定されたものでない限り、後に解除したとしても、避難者及び滞在者の人生を根本から破壊してしまうことが、福島における大きな教訓。
:また避難地域の認定も困難。データがなかったチェルノブイリは勿論、データがあっても自治体内で線引きすることの是非も含め、福島においても、いずれも苦しんできた課題
:とはいえ、避難地域の認定、避難の必要性、継続性にはある程度線引きせざるを得ず、どう線引きしても必ず不満が生じることは絶対に避けられない。
:もっとも立証の難易度は様々にせよ、賠償可能な被害であり、この被害をいかに迅速に効率的に賠償できるかは、司法が追求すべき課題である(*私の元々の直接の研究テーマです)
:避難に伴う人生破壊の程度は、個々人、個々の会社によって異なるため、画一的な基準+オーダーメイド基準を組み合わせて、ベストの賠償額を目指すしかないと思われる(福島が目指すべき賠償実務)。

4,避難による地域・コミュニティ破壊
:原発事故特有の問題としては、避難に伴う地域の面的破壊であるところ、この個人に還元できない被害を個々人に権利が属することを前提とする不法行為に基づく損害賠償のみで対応するのは絶対的に無理がある。
:地域の復興のために、どこが所管し、どんな政策を実施していくのかが課題となる。


Ⅴ 日本の原発事故損害賠償制度の課題

1,評価すべき点
(1)潤沢な賠償資金
:上限がなく(アメリカは上限あり)、東電+政府援助により、9兆を超える賠償が実現されている(チェルノブイリは資金不足で賠償不可)
(2)直接請求によって迅速・画一・定型的な賠償が広く実現された
:中間指針は2011.8月公表、直後から中間指針に基づく賠償受付が始まる(TMIでは5マイル圏内、避難費用&休業補償のみ、事故直後、直接請求による賠償が実現した)
(3)直接請求を、訴訟より迅速かつ柔軟に補完するADRセンターが新設された
:精神的損害等一部の類型において中間指針を超える賠償基準を公表した。
:避難指示区域以外の賠償において個別柔軟な対応を行った。
*アメリカでは、訴訟以外にこの種の制度を新設すべきではないかという議論あり。

2,日本の損害賠償制度の問題点
(1)資金計画につき国民的議論、合意が形成されていない
:現時点で9兆3億円の賠償資金の出所は、大半が税金であるところ、いつまでいくら支払うことになるのか、納税者への説明がない。
*アメリカは上限を超える賠償が必要な場合は、大統領が議会の承認を経て税金の支出範囲を決めるプロセスが予定されている
(2)賠償の基準作成のプロセスが透明化・民主化されていない。
:「中間指針」作成過程で、避難者含む被害者の意見が反映されていないために、被害者の納得を得られていない。
:事故「前」に立地自治体の住民が賠償基準作りに参加できるプロセスが設けられるべきではないのか?
*アメリカでは、TMI後だがクラスアクション内で和解により基準が作成された。
(3)ADRセンターの機能不全
:和解案に拘束力がないため、東電の和解拒否事例が激増し、解決機能が大幅に低下している。
:特に集団申立案件の遂行が和解拒否に遭うために、一律に賠償基準を引き上げる解決がなされない。
(4)訴訟の紛争解決機能が元々低い
:訴訟は、基本的に個別案件、個別立証、個別拘束力しか持たず、裁判所は「基準を作る」機能がない。
:特に、アメリカと異なり、mass tort(class action, multi-distlict litigation)の受け入れ体制がない。そのため多数の被害者を類型化したり、基金を設置する等の柔軟な和解ができない。
:時間とコストの増大は、日本においては、原告側の方により不利に働きやすい。ディスカバリ、contempt of courts(法廷侮辱罪)、punitive damage(懲罰的損害賠償)もないため、企業にとって、訴訟に進むデメリットは少ない(同時に和解で解決しようとする動機付けが下がる)
*ただし、四大公害訴訟、薬害肝炎訴訟、ハンセン病訴訟等、過去のいわゆる政策形成訴訟の取り組みから学ぶべき点はあると思われる。
(5)賠償以外の方法で向き合うべき原発事故「被害」への対応の欠如
:弁護士が、損害賠償にあまりにも忙殺されており、大局的な視点から原発事故「被害」にどう向き合うべきか、どのような政策が望ましいかの議論に参加できていない。


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(国境を越えた事故の賠償問題)

国際条約は、原子力産業の責任を限定する目的から始まり、public safety の保護は目的ではない
国際条約は全部で11あるが、加盟状況には国ごとに大きな差がある

Paris, Vienna, CSCは、民間企業の民間人に関する責任限度を定めたもので、国と国との関係を規定する条約ではない
どの条約も製造責任を免除し、運営会社の責任額を限定している
一方で、訴える当事者の立証責任を軽減もしている

これらの条約それ自体や加入状況をめぐる問題点は下記

1、中国韓国などNPP保有国が加盟していない
2、民間業者対民間人の関係のみが規定されており、国対国の関係を規定していない。たとえば、日本政府が中国で起きた原発事故被害を国として中国に賠償請求する事態は想定されていない。
3、想定されている保険金額が、過酷事故で想定される賠償額総計より遥かに低い
4、NPPの製造、供給会社の責任が産業参入を促す目的で免責されている
5、どの国の司法手続きを使うのかなど請求する際の手続き面への言及がない
6、併存する条約同士で、金額や責任規定が異なり、同時適用が想定される場合の紛争が不可避
7、NNPを持たず条約批准国ではない国の市民が、どのような救済を受けられるか不明である
8、直接損害(人的物的損害)以外の精神的損害や環境に与えた損害が対象になっていない
9、放射性物質汚染の性質上、いつどんな形で害がもたらされるのか予測がつかず、立証が難しい

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Last updated  2021.04.21 18:20:36
2021.03.08
カテゴリ:留学
今週3月10日、7時~9時に、下記のオンライン報告に、プレゼンターの一人として参加します。Agendaにプログラムの詳細があります。
この報告会は、米国、日本に拠点を置く様々な分野の専門家が執筆した、Nuclear Compensation:Lessons from Fukushima(原子力損害賠償:福島の教訓)と題する報告書をオンライン公開する記念に行われるもので、私も執筆者の一人として参加しました。報告書は、近日中に全文が公開される予定で、今のところ全編英語ですが、日本語にも翻訳出来たら良いなあと思っています。報告書が公開されましたら、私の視点からの見所をご紹介しますね。

今回の記事では、この報告書公開に至るまでの舞台裏を、ちょっと長くなりますが、私視点で振り返ります。


私にとっての始まりは、2012年、当時コーネル大学におられた宮崎広和先生から私宛に届いた一枚のFAXでした。


・コーネル大学を中心に、東日本大震災及び福島原発事故という危機に専門家がどう立ち向かうべきかという国際的なオンラインフォーラム​Meidian 180​を立ち上げている。29カ国の380以上の組織に属する、大学の研究者、弁護士、官僚、ビジネスマン、人類学者、コンピューター工学、経済学者、政治学者、社会学者、医療関係者等が参加している。
・葦名さんのブログを読ませて頂き、このオンラインフォーラムに是非参加して頂きたいと考え、ご連絡した。翻訳はこちらでするので、日本語で構わないので、是非寄稿して頂けませんか。


概ねこのような内容のとても丁寧なご連絡文書でしたが、私の弁護士としての日々雑多なめまぐるしい日常業務と、「危機に専門家がどう立ち向かうべきかを討論する国際的なオンラインフォーラム」、との距離が余りにも遠すぎて、まったくイメージが湧かず、戸惑ってしまったというのが正直なところでした。
ただ、当時、私の行き所のない悲しみや怒りを綴っていたブログの文章が、まったく思いがけないところで読んで頂いているということは、素直にとても嬉しく感じたので、宮崎先生には、すぐにお返事差し上げ、寄稿させて頂くことになりました。
また、当時は、英語と縁のない生活だったので、自分の文章が英語になれば、世界中に伝わるんだ、ということもとても新鮮に感じました。


なお、この最初の寄稿後、宮崎先生が来日される機会があり、Meridianの日本メンバーと東京のホテルで朝食会をするのでいらっしゃいませんか、と丁寧なお誘いを頂き、朝食会?というイベントすら初耳だった私だったのですが、何でも体験だと思い参加したところ、参加者の方々が、全員日本人なのに、皆様、大学教授や大手渉外事務所の弁護士やどこかの研究機関に所属されている(最早覚えていないのですが・・・)本当に偉い方ばかりで、当然のごとく、流暢な英語で自己紹介をされるので、とんだ場違いなところに来てしまったと、顔から火が出る思いでした。こんなところで背伸びしても仕方ないと覚悟を決めて、日本語で自己紹介をして、神々の話題に耳を傾けていた時間を、ほろ苦く懐かしく思い出します。ただ、この時、初めて、宮崎先生、そして、お連れ合いのAnnelise Riles教授にお目にかかることができました。お二人とも、ドキドキと小さく萎縮している私の心を、溶かすように、来て下さって嬉しいです、お会いできて本当に嬉しいです、というメッセージを全身で体現するように、優しく暖かくまっすぐに誠実に接して下さり、お二人のことが本当に大好きになったことは、とても嬉しいことでした。


それ以降、私は、このオンラインフォーラムMeridian180(今は拠点が、ノースウェスタン大学に移っています)のメンバーの一人となったわけですが、メンバーになったからと言って特に義務が生じるわけではなく、数ヶ月毎に変わるトピック(グローバルデータガバナンス、中央銀行をめぐる政治の変容、高齢化国家において民主主義は持続可能か、幸せとは何か等)で、色々な専門家が、色々な立場からコメントをしているのを何となく眺めるという感じの参加でした。多言語プラットフォームをその特徴の一つとするMeridianでは、日中韓英のそれぞれの言語に訳して配信されたため、議論の内容はなんとなく理解できました。ただ、それでも、積極的にコメントするのは難しかったです。トピックが高度かつ抽象的だったので、能力的にコメントが難しかったということも勿論ありますが、結論を出すことを目的としていない会議で、何故こんなに色んな人が、熱くコメントするのかが不思議で、コメントの仕方も良く分からなかったというのが正直なところです。目の前の依頼者を支えるために、日々何かしら決断して、何かしら結論を出していく私の日常からは対極の世界があるように感じられ、面白いとは思いましたが、自分の人生に引きつけて考えることがその当時はできませんでした。


オンラインフォーラムとして始まったMeridianですが、その後、Global Summitといういわゆるオフ会があるとして参加の呼びかけがあり、最初の開催地は、沖縄でした。2016年7月のことです。行こうと思えば行ける距離だったこと、何より会議のテーマの一つが原発事故だったことから、参加することにした私ですが、よく考えれば当たり前のことですが、世界中から集まった参加者数十人と思われる会合の共通語は当然英語で、とにかく言いたいことの1000分の1も発言できないことを本当に心の底から惨めに感じました。あのときの惨めさが、「英語でもなんとしても自分の言葉で話すんだ」という原動力になり続けているので、私にとっては必要な体験だったのですが。


ただ、言葉は分からなくても、オンライン上でも不思議に思っていた、結論を出すことを目的とせず、一つのトピックについて、それぞれの人がそれぞれの立場で発言していく会議のどこに行こうとするのかまったく読めないカオスな感じと共に、それでも言いたいことを言うことを諦めない情熱みたいなものを肌で感じられたこと、極めて稚拙ながらも自分が原発事故の被害者のサポートに取り組んでいる弁護士であることを仲間内の弁護士以外に話す機会があったことは、私にとって、得難い体験となりました。


また、その会議には、チェルノブイリ事故、米国の水爆実験、スリーマイル事故の研究をしている方々もいらしていて、当時、その方々と直接コミュニケーションを取るだけの力がなかったものの、その時私は初めて、原発事故というのは世界中で起きてきて福島事故もその歴史の中でとらえるべきこと、先進国日本で起きた苛酷事故かつ現在進行形の福島事故には非常に強い関心が世界中から寄せられていることを、心から実感しました。今振り返ると私にとって非常に大きな転機となった瞬間でした。私の悩みはドメスティックな枠の中に納まる悩みではないと思った瞬間でした。


そして、その会議の席上で、私からすると結構突然に、チェルノブイリ、スリーマイル、福島の損害賠償を比較した研究をしたら良いのではないかという話が出て、この会議に参加していた須網隆夫先生(早稲田大学)、高橋五月先生(法政大学)、藤永のぶ代さん(おおさか市民ネットワーク)と共に、私も福島チームの一員になりました。


福島チームとしては、ミッションが何かをイマイチ把握できなかったものの、そこは自分たちで考えるしかないのだろうという中で、現在進行形の事故で何が起きているかの全体像を他のチームに先駆けて早く示す必要があるのではないかということで一致し、その後、チームメンバーと何度か真剣な議論を重ね、今回公開する報告書の草稿に位置付けられる原稿を分担して書き上げました。ただ、この当時は、この研究の成果をどこかに公式に公開する予定は具体的には何も決まっておらず、あくまでもMeridian内輪で共有するくらいの認識でした。


しかし、その後、2回のGlobal Summit(2017年はブリュッセル、2018年は香港)の中で、ミニ報告会をしたりする中で、いつの間にか、出版する?みたいな話が出てきて、確か当時は、日本語版、英語版をそれぞれという話だった気がするのですが、とりあえず英語版を事故から10年の2021年3月に出版しようという計画に収斂していきました。福島チームの草稿は日本語だったので、そこを英語に直していくこと、内容を全面差し替えざるを得ない箇所やデータの更新もあり、自分たちでいうのも何ですがかなり頑張ったと思います!もっともどう考えても突出して一番大変だったのは、編集者の宮崎先生で、本当に細やかに四方八方に目配りされながら全体を統括されており、先生はいつ寝ていらっしゃるんだろうといつも心配していました。


なお、福島チームのメンバーとは、この席でお会いしたのが初めてだったのですが、その後、研究内容を一から話し合ったり、オープンな研究会を開催して役割を分担し合ったり、ブリュッセル、香港に一緒に行ったりする中で、非常に仲良くなれたことは、幸せなことでした。また、宮崎先生やRiles先生が来日された際には、福島チームと一緒に研究会を開催したり、ご飯をご一緒できたりしたことも嬉しく、楽しいながらも、視野がぐーっと広がっていくような、ああ、もっともっと勉強したい、と心から思えてくるような時間を過ごせました。そういえば、宮崎先生、Riles先生とは、留学中も、ご自宅を訪問させて頂き、暖かくおもてなし頂きました。この場を借りて御礼申し上げます。


一連のMeridianの活動をこうしてまとめて振り返ることは自分でも初めてですが、目の前の課題を解決するために、今すぐ役立つ知識と情報を集めることは重要だけど、一方で、自分にとって「今」「すぐに」役立つ話が、豊かで深いとは限らない、多様で幅広く、すぐには結果が出ない「学び」こそ、本当に難しい課題に立ち向かっていくための本物の底力となるということを私はここ数年で学んできたのだとしみじみ感じます。


この学びの旅をどう進めていくのか、自分でも地図が描けているわけではないのですが、何事も体験だ、どんなことでも学ぶんだというわくわくした気持ちで、これからも頑張っていこうと思います。まずは、通過点の3月10日、充実した報告会になると良いなと思っています。






Last updated  2021.04.21 18:20:13
2021.01.28
カテゴリ:弁護士業務
​昨日、有識者委員の一人として、静岡県教職員コンプライアンス委員会に出席しました。
議題は、教職員の不祥事対策、今回のテーマは特に性的被害事案の不祥事増加を中心に対策を協議しました。
NHK静岡でも、​協議会の様子​が報道されました。審議内容は、県のHP上で後に公開される予定です。

有識者委員は、静岡県弁護士会の場合、弁護士会の推薦手続きを経て、任命されるものなので、私は、外部委員のお仕事には、弁護士の意見を代表するという感覚で、可能な限り、鋭くハッキリ発信したいという想いで臨みます。
昨日もそのつもりでご準備頂いたわかりやすい資料を読み込んだ上、事務局からの丁寧なご説明も拝聴した上で(ご準備ものすごく大変だったのではないかと思います、ありがとうございました)、概ね次のような意見を述べました。

1,アンケート調査を実施して、生徒が被害と感じる行為と、教員の認識にギャップがあることを可視化することは良い試みと思う。しかし、教師との疑似恋愛から発展する場合など、客観的には問題行為であるが生徒が認識できていない行為は、アンケートでは捕捉できない。この捕捉をどうやって行うか、難しいが取り組むべき課題である。

2,現場の実感では、教師への依存心が高まる背景には、家庭環境他、生徒の環境要因が非常に大きい。具体的には、家庭内で愛着が形成されず、自己の承認要求が満たされないために、教師に過度に依存し、頼られる教師も自身を救済者と勘違いしてしまい個人的な関係に至るという事例が珍しくない。このようなケースを防止するためには、教師への啓発は最重要としても、生徒の環境要因を改善する長期的な努力が不可欠である。地道ですぐに効果が上がらない対策かもしれないが、教育現場は生徒の福祉・環境改善のために長期的に何ができるかという視点を持って頂きたい。

3,研修に「被処分者の生の声を伝える」つまり、懲戒されると人生がめちゃくちゃになってしまう、ということを盛り込んでいるようだが、それはそれとして大事ではあることは事実であるが、問題の本質は、性的被害が、生徒の人生に長期的壊滅的な打撃を与えるという点ではないのか。そのときは大過なく過ぎたように見えても、数十年後にフラッシュバックするのが性的被害であり、被処分者の悲惨な人生以上に、被害者の悲惨さをきちんと伝えることが極めて重要ではないか。

4,懲戒処分までいってしまう事例は、氷山の一角であり、広大な暗数があることは確実である。お恥ずかしながら弁護士会でも、すべての問題事例が、懲戒処分までいくわけではなく、様々な事情で表沙汰にならないグレー案件がある。しかし、被害者のダメージが非常に大きい性的被害事案では、このグレー案件にどう対応されていくかが非常に重要であると思う。問題行為が疑われたものの、諸事情で、懲戒処分に至らず教壇に戻っていく方々にどう組織的にアプローチするか、難しい課題であることは分かるが、被害を拡大させないために、検討して頂きたい課題である。

​その他の有識者委員からは、

・現状を前提とした対策ではなく、構造を変革していく、たとえば、常に二人体制で物事にあたるとかはできないのか
・校長以下管理職のマネジメント能力を高めることが必要ではないか
・低学年の生徒にセクハラの意味を啓発することが重要ではないか
・SNS禁止といっても、現実性がない。学校専用の公用スマホを導入すべきではないか

等の意見が出ました。
短い時間でしたが、充実した議論ができたと思います。
でも、議論を形にしていくのは凄く大変ですよね・・・。
外部委員のできることは限られていますが、それでも、できることを今後も行いたいと思います。






Last updated  2021.01.28 19:14:21
2021.01.18
カテゴリ:留学
私は、留学中、偶然に、Stacey Abramsさんの大ファンになったのですが、先日、Amazon PrimeVideoで、彼女のジョージア州知事選での闘いを取り上げつつ、アメリカの選挙権に関する歴史を辿ったドキュメンタリー映画を発見しました。Staceyさんはどういう方かというと、2018年のジョージア州知事選で、共和党が圧倒的に強い地盤の中で、デッドヒートを演じつつも惜しくも敗れたという方です。
私は、この​スピーチ​を見てから、彼女の大ファンになりました。
今は、日本語字幕もありますので、是非是非!私が好きなところは、Do not allow setback to set you back!(挫折に負けてはいけません!)ですかね。でもまあ全部好きです。

昨年の大統領選では、副大統領候補にも最後まで名前が挙げられていたくらい​の民主党のホープです。

こちらは​予告編​ですが、とにかく、あまりにも凄い作品なので、本編を多くの人に見て頂きたいです!
アメリカ建国当時、国民全体の6%しか持っていなかった選挙権が、どのような闘いを経て、今まで広がってきて、今はどのような闘いが起こっているのか、見ていて息詰まる映画なのです。

ダイジェストでいうと、南北戦争後の国の分断の修復時期(Reconstruction)には、アフリカ系アメリカ人で選挙人名簿に登録されていた方は67%だったのに、その後、選挙税、読み書きのテストなどの一見もっともらしいけど、その狙いは選挙人名簿からマイノリティを駆逐することにある一連の政策のために、冷戦時期には3%まで減って、そこがまた市民権運動や、前科のある国民にも投票権を認めよう等の運動が粘り強く、時には命がけで行われて、でも、今なお、投票所を閉鎖したり、複数のIDを要求したり、集計機の台数を絞ったり等の選挙妨害は堂々と続けられている、Staceyさんは、その闘いの中心にいるんですよ、みたいな話です。ダイジェストすぎますが(苦笑)。

キング牧師にオバマ大統領など、スターが一杯出てきて、その映像にも、おおお!!!と思うし、やっぱり、スターは短い登場でも、オーラが違うよね、なんだこのオバマ大統領の華とスピーチのうまさは、等とも感動するのですが、私の心に一番心に残るのは、投票するために炎天下、寒い中、数時間以上じっと並び続ける無名の人たちであり、Staceyさんが「語る」映像にはないけれど、眼前にありありと浮かぶ祖母の姿-投票するために勇気を振り絞らなければならなかったけど報復されるかもしれないという恐怖で固まっていた-です。Staceyさんは、自分が見た光景を、ありありと他人の目のスクリーンに再生できる天才だと思います。

根源的な価値が大きく揺らぐアメリカ、私は、それでも、惹きつけられます。






Last updated  2021.01.18 18:51:20

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