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弁護士YA日記

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〒420-0837
静岡市葵区日出町5-3
TEL 054-269-4590
FAX 054-269-4591
http://hinodecho-law.jp/
日出町法律事務所
2019年6月より1年間、日本弁護士連合会客員研究員としてイリノイ大学アーバナシャンペーン校に留学後、弁護士業務を再開しました。
弁護士葦名ゆき(あしな・ゆき)
2013.04.03
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カテゴリ:弁護士業務
先日、1年ぶりに、相馬入りした。
私が初代所長を務めた相馬ひまわり基金法律事務所の引継ぎ式と新しく開設される南相馬ひまわり基金法律事務所の開所式が行われるためだ。

今回、相馬ひまわり三代目所長を退任する米村俊彦弁護士(以下親しみを込めて「米村さん」と呼ばせて頂く)は、赴任後1年で、東日本大震災発生。ご家族を避難させて、ご自身は単身で速やかに事務所復帰、以後2年間にわたって、最前線の現場で、被災者支援に奮闘された。

慣れない土地でご家族と離れて、未曾有の災害に苦しむ人々に寄り添い続けた二年間、どれほどご苦労されただろうか。
米村さんの引継ぎ式でのご挨拶は、誠実なお人柄そのままの非常に感動的な内容だった。時間制限により、短縮されたという挨拶の全文につき、掲載の許可を頂いた。末尾に貼り付けたので、是非ご一読頂きたい。

特に私が涙を堪え切れなかったのは、

私の前任の渡辺淑彦先生からは、震災後、相馬ひまわりの所長に誘ったことを恨んでないかと何度も何度も会うたびに言われました。全く恨んでおりません。むしろ感謝しております。

という部分。
私も、東日本大震災後、渡辺さんと同じ質問を米村さんにしたかった。もっと言うと、ずっと、二代目所長の渡辺淑彦弁護士(相馬ひまわり基金法律事務所退任後、故郷であるいわき市にて浜通り法律事務所開設)にも聞きたかった。「相馬ひまわりに赴任したこと、後悔していないですか」と。

東日本大震災後、米村さん、渡辺さんの人生は一変してしまった。
家族と離れての孤独な生活、津波と原発事故の二重苦に襲われ、先が見えない希望の光が見えない地域での弁護士業務は、2人の高い能力を持ってしても過酷な日々だった筈だ。
あの当時の二人の頑張りを綴った拙い文章は下記。

http://hoyukai.jp/XoopsCubeLegacy/modules/d3blog/details.php?bid=209

相馬ひまわりができなければ、赴任さえしなければ、米村さんも渡辺さんも、こんなに辛い思いをしなくて済んだ。後任所長2人は、最前線の現場で筆舌に尽くし難い苦労を重ねている。私だけ、家族と一緒に遠く離れた安全な場所で暮らしている・・・。

2人の顔を見る度に「辛い思いをさせてごめんなさい、相馬ひまわりに赴任したこと、後悔していませんか」と聞いてみたいと思いつつ、怖くてとても聞けなかった。

でも、米村さんは、後悔するどころか、感謝しています、とはっきりと言って下さった。高い壇上でぱっと顔を上げて、私の横に座っていた渡辺さんの目をまっすぐに見て、笑みさえ浮かべていらした。
ああ、そうなんだ、本当にそう思って下さっていたんだ・・・そう思うと涙が止まらなくなった。

内輪でのお疲れ様会で、「米村さんの挨拶に泣けて泣けて。赴任して良かったって言って下さってすごく嬉しかった。震災後、初めての嬉し泣きかもしれない」と話しているうちに、また泣いてしまう。斜め向かいの米村さんも、おしぼりを両手で目に当てて泣いている。隣の渡辺さんの目も、もう真っ赤だ。
こんな風に涙涙の時間もあったけど、同じ土地で暮らした者同士だからこそ共有できる楽しい話題も満載の、この上なく素敵な時間だった。

こんな泣き虫だらけの相馬ひまわり歴代所長を引き継ぐ四代目平岡路子弁護士は、阪神大震災で被災した経験が原点となって法律家を目指し、この時期の相馬ひまわりの引継ぎに手を挙げて下さったという真摯な情熱の持ち主。阪神大震災時、すべてのインフラが止まった中、上空を旋回するヘリコプターに「助けて」と手を振った思い出が心に焼き付いている、自分も、声なき「助けて」に耳を傾ける弁護士でありたい、というお話には心打たれた。明るくてきぱきとしたしっかり者で、本当に何の心配もいらない方だ。

南相馬ひまわりの初代所長という重責を担うのは、石川裕介弁護士。東京の桜丘法律事務所で養成を受けた後、米村さんの厳しい指導の下、相馬ひまわり基金法律事務所で1年間執務を行い、独り立ちされる。「自分に自慢できるところはないけれど、自分の周りに素敵な人が沢山いることが自分の一番の自慢」と壇上で語っていらした。周囲への感謝を忘れない姿勢、今後も大切にして下さいね。

下は、相馬ひまわり初代、二代目、三代目、四代目の写真。指の形にご注目下さい!

歴代ひまわり所長

相馬ひまわりも、南相馬ひまわりもフレッシュな所長の下、船出をしたけれど、二人が漕ぎ出す海は、私が赴任した時とはまったく異なり、大波、荒波、高波の連続で海図もない。

二つのひまわりを全面的に支援する立場にある日本弁護士連合会(式典には、日弁連会長も事務総長も出席されていました)は、二つのひまわりを設置して事たれりとするのではなく、今後とも、二つのひまわりが被災者支援の拠点としてどのような役割を果たすべきか、常に問題意識を持って、継続したサポートをしていただきたいと思う。震災の被害は、数人の弁護士が奮闘して解決できるレベルでは到底ないことは誰が見ても明らかだ。

勿論、私自身も、二人の頑張りに頼りすぎずに、遠くからでもできること、ずっと続けていきたいと思う。

最後に、米村さん、本当にお疲れ様でした。これから一緒に相馬応援団を組める日を楽しみにしております!


本日は、遠路はるばる、多くの方にお越し頂き、本当にありがとうございます。このような式を催して頂いた、福島県弁護士会に改めて御礼を申し上げます。

私が、相馬に来たのは、平成22年の初めでした。平成22年4月に正式な任期が始まりました。
その頃の相馬・南相馬は、多くの方のご努力があり、弁護士の数が順調に増えてきていた時期でした。

相馬ひまわり基金法律事務所は公設事務所であり、公設事務所は、弁護士過疎・司法過疎の解消のための制度でありますが、弁護士過疎の解消というものは、単にその地域に弁護士がいるということだけで解消されるものではないと思います。今まで弁護士に何かを相談したり、頼んだりしたことなどない人がほとんどで、弁護士といえば、何か相談したら怒られる、とんでもない費用がかかる、解決までに何十年もかかると思っている人が今も多くいます。私も任期中に、相談者からそのように思っていた、実際びくびくしながら相談に来たら、そんなことはなかったと言われたことが多くあります。

そのような地域において、弁護士が依頼に来てくれた方のために、一件一件、誠実に事件に向きあっていくことを通じて、少しずつ少しずつ、弁護士が頼れる存在であることを分かって貰えるようになり、弁護士が本当に身近な存在になって、初めて弁護士過疎が解消するのではないかと、そのように思います。

そのようなことを思い、感じながら相馬での最初の1年間を過ごしてきましたが、平成23年3月11日、東日本大震災、福島第一原子力発電所事故がこの地域を襲いました。

多くの皆さんと同様、私もこの時のことは一生忘れることはできません。地震を事務所で迎え、事務所の被害状況をとりあえず確認し、事務職員に必要な指示を行った後、車で数分の自宅に、余震を気にしながら戻り、家族が何かの家具の下敷きになっていたらどうしようと生きた心地がしないまま、自宅のドアを開けたときに家族の声が聞こえたときには、全身が脱力するほどほっとしました。そのときのことを思い出すと今でも自然に涙が出てきます。

しかし、この震災、原発事故が、この地域に与えた被害は甚大です。相馬ひまわり基金法律事務所の依頼者の方も何人も亡くなりました。私の子どもと同じ年の子どもを持つ元のお客さんが、そのお子さんを津波で失ったと話に来てくれたときには、相談室で一緒に泣いてしまいました。
先日、仙台フィルハーモニー管弦楽団の有志が、相馬で弦楽四重奏を聞かせてくれましたが、最後のアンコールでG線上のアリアが流れたとき、多くの人が涙を流していました。震災からまだ2年です。この地域で被害に遭われた方にとっては、全く過去の話ではありません。辛い記憶を早く忘れたいということもあると思いますが、それ以上に、未だ苦痛から解放されていない方が多くいると思います。福島県外、特に東北より外からお越し頂いた方々には、東日本大震災、原発事故を過去のものと思わず、関心を持ち続けていただければうれしいです。

私自身、平成23年3月11日を境に、弁護士としての活動内容も大きく変わりました。
震災に起因するローン問題や相続問題、離婚問題などの様々な問題の他、原発事故の被害者の方からの相談を多く受け、今もそれは続いています。原発事故の被害者の方は、少なくとも福島県内は全住民が被害者になるわけですから、この相馬地域だけでも、10万人はいるわけです。
東京電力が定めた賠償の基準が法律と同じで一切変えられないと思っている方や、原子力損害賠償紛争解決センターの存在を知らない方が多くいます。それは、残念ながらまだこの地域に真の意味で弁護士が根ざしているとは言えないということと切り離すことはできないと思います。弁護士の人数を増やすだけでは解決しない、本当の司法過疎に対して、どのように活動していけばよいのか、これからも私は考え、実践したいと思います。

震災後、福島県弁護士会災害復興支援対策本部に加えていただき、また、平成24年度は相馬支部長にも選んでいただき、福島県弁護士会の理事としても活動させていただきました。私のような者を福島県弁護士会の要職につけていただき、何かと勝手な意見を吸い上げていただくなど、福島県弁護士会の懐の深さに本当に感謝しておりますし、ずっと福島県弁護士会の一員でいたいという気持ちで一杯です。

福島県弁護士会相馬支部の先生方は、私も含めて、誰もこの地から離れず、震災から2週間が経った頃には、皆活動を再開しました。当初は毎週1回集まり、長い時間をかけて必要な活動を話し合いました。相馬支部の先生方との3年間、特に震災後の2年間は、これまでの私の弁護士人生の中でも特別に濃密な2年間でした。相馬支部の先生方にも、ここで御礼を言わせていただきたいと思います。

今は産休に入っていてこの場にはいませんが、事務職員の二人には、本当に3年間よく支えてくれました。この場を借りて御礼を言いたいと思います。現在職務中の○○さんにも、短い間ですがお世話になりました。今後後任の平岡先生を支えていってもらいたいと思います。

後任の平岡先生は,私とは違い、フレッシュで情熱溢れる弁護士です。私の力不足故に至らなかった活動に大いに取り組んで頂けると思います。夫を置いて一人で赴任ということになっていますが、震災後、家族が避難して単身赴任となった私のように、妻とのやりとりは携帯電話のメールだけということにはならないように気をつけて下さい。

原町ひまわりの初代所長となる石川先生は、この1年、相馬ひまわりで原発事故対応に取り組んでくれました。見かけは子どものようですが、大丈夫です。中身は大人だと思います。この1年見てきたこと、感じてきたことを糧としてこれからこの地域のために精一杯頑張って欲しいと思います。

私の前任の渡辺淑彦先生からは、震災後、相馬ひまわりの所長に誘ったことを恨んでないかと何度も何度も会うたびに言われました。全く恨んでおりません。むしろ感謝しております。

私は今後、東京に戻り、銀座東法律事務所に参加させて頂き、引き続き東京の地から、震災復興や原発問題に取り組んでいきたいと思っております。今後ともご指導ご鞭撻を頂きますようどうぞよろしくお願いいたします。

そして、相馬ひまわり基金法律事務所へ今後も、原町ひまわり基金法律事務所へはこれから、ご支援も頂きますようどうぞよろしくお願いいたします。
本日はありがとうございました。





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Last updated  2013.04.03 22:48:05
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