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弁護士YA日記

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日出町法律事務所
2019年6月より1年間、日本弁護士連合会客員研究員としてイリノイ大学アーバナシャンペーン校に留学後、弁護士業務を再開しました。
弁護士葦名ゆき(あしな・ゆき)
2014.02.13
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カテゴリ:弁護士業務
先日、敬愛する後藤昭先生の最終講義に出席した。

後藤先生は、大学、大学院を通じての指導教官であると同時に、大学院修了後も、折に触れて、様々なことをご相談させて頂いてきた、人生の師でもある。

新幹線の車中では、先生との余りにも多い思い出が心に溢れ返り、涙がとまらない。

後藤先生の研究室は、一橋大学西キャンパス、図書館棟の一角にある。
後藤先生の座右の銘である、

There are two kinds of lawyers,gentlemen.There are my kind and there are parasites on society.My kind of lawyer is going to be a social engineer.

と書いてある紙が貼ってあるドアをノックすると、どんな時も後藤先生が穏やかな微笑みで迎えて下さった。

私にとって、あの研究室は、滅多にお訪ねできなくても、この世に存在しているというだけで心を支えてくれるふるさとだった。
もう、国立に行っても、後藤先生にはお会いできないと思うとたまらなかった。


緑溢れる西キャンパスに足を踏み入れると、「後藤昭教授 最終講義」の看板がお出迎え。
折しも看板には、眩い光が差し込んでいる。
「法科大学院と刑事訴訟法学」という演題が、いかにも後藤先生らしいなあ、と思いながら、講義が行われる大教室へ向かう。

看板

現役ロースクール生も多数参加しているのだろう、若い学生が沢山座っている。
講義が始まる頃には、大教室は真剣な眼差しの人々で一杯になった。

教壇に立つ後藤先生は、最終講義という気負いがあるようには見えない、いつも通りの穏やかな笑顔で口を開かれた。

「最終講義では、自身の専門領域の歴史を振り返り、そこに自分の研究がどう位置付けられるかという内容が多いようです。しかし、私には、そのような講義は似つかわしくない。この講義では、普段余りお話ししてこなかった、私が日々どんなことを目指してどんなことを考えて過ごしてきたか、論文というよりもエッセイ的な内容をお話ししたいと思います」

講義の内容については、参加されていた酒井圭弁護士が、ご自身のブログで詳細にご紹介されている。
この記事を読めば、いつでもあの最終講義にタイムスリップできるようなとても素敵な記事です。
酒井先生のご許可を得て、ご紹介しますので、是非、ご一読下さい。

http://kouendori.jugem.jp/?eid=120

教壇に立たれる後藤先生を拝見すること自体、余りにも久々で、それだけでも胸が一杯だった上に、ご自身の信念と生き方を語るという講義内容には、とにかく心が震え続けた。

特に、「大きな目標に向かって自分に何ができるか」という項目で、「自分の存在基盤を裏切ることなく譲れない一線を保つ」とお話された際には、道中どんなに泣いたとしても、先生にとって大切な講義で泣いてしまうことだけは避けようと自分に言い聞かせてずっとこらえていた涙が溢れ出てしまった。

私が、12年前に一橋大学を旅立つ際に、後藤先生が同じ言葉を贈って下さったからだ。

「理想を持つことは大事です。でも、譲れない一線を持つことも同じくらい大事です。理想通りにいかないことがあっても投げ出してはいけない。自分が何故弁護士を目指したのか、何故この仕事に取り組んでいるのかに立ち戻って、どこまでが許されるギリギリの妥協なのか、譲れない一線はどこなのか、それを考えられる法律家にならなければならない」

この言葉については、そういえば、以前も記事にしたことがある。

http://plaza.rakuten.co.jp/yyy0801/diary/201111130000/

弁護士になってからの10年間、どれほど、この言葉に支えられてきたことだろうか。
何もかも投げ出したくなる苦しい場面で、「この局面でどこまで妥協すれば譲れない一線を守れるのか」と考えたことは幾度もある。

特に、東日本大震災後は、常にこの言葉と共に生きてきたといっても過言ではない。
現実と理想の余りにも凄まじい乖離に、それでも譲れない一線を探そうと、今ももがき続けている。

講義の最後は、先にご紹介した先生の座右の銘が出てくる映画の一場面の上映で締めくくられた。
何という演出、これには、私だけではなく、周囲に座っていた後藤ゼミの先輩Mさん、後輩Wさんも涙腺が崩壊したらしく、泣き虫仲間が増殖、私だけが泣いているという事態は避けられたようだ(笑)。


感動的な講義の後は、こじんまりとした懇親会。
中国や台湾からも、後藤先生の教え子が駆けつける心温まる会合となった。

私にとっても、大学、大学院時代を共に過ごした沢山の仲間に再会するという貴重な機会になった。
心から笑い合えると共に、率直な批判もし合える、心をさらけ出せる仲間というのは何とありがたい存在だろう。特に東日本大震災後、何かといつも闘っているような気がしていた私にとって、かけがえのない安らぎの時間を過ごせた。

この懇親会では、後藤先生と写真を撮ろうと試みる。
後藤先生の素敵な笑顔を写真に残したくて「先生、ぜーったい、笑ってくださいよ!私だけ笑っていても、何の意味もないんですからね!」と「はいはい、笑ってますよ」というやりとりを経て写真を撮ったのに、肝心の先生は、ほのかな微笑みで、私は大笑いの表情。うーん・・・。

3ショット


一緒に写っているのは、大学院の同期生、笹倉香奈さん(現在、甲南大学准教授)。2年間、切磋琢磨した仲だが、彼女の力量には色々な意味でかなわない、と心から尊敬している存在の1人だ。

何が凄いって、超高速回転の頭脳の持ち主で、彼女との会話は、一瞬たりとも気を抜けない。
「ちょっと~、笑ってばかりいたら、コンタクトがずれちゃったんだけど!」
「どうりで、さっきから、葦名さんの言動がずれてきたと思った~!」
といった会話が延々と繰り広げられ、笑ってばかり。彼女とは、学生時代も常に大笑いしていた気がしますね。

懇親会の席上では、後藤先生に教えを受けた方々が次々にスピーチ。つくづく、後藤先生は、本当に沢山の方に敬愛されているのだなあとじーんとした。ちなみに、私も突然「次、お願いね」と突然スピーチをふられ、大あわてでぐだぐだのスピーチをさせていただきました。

なんとスピーチの締めは、後藤先生のお母様!
先生が小学校低学年のときは「物知り博士」、高学年になると「裁判官」(近所のお堂で、もめ事の仲裁をされていたとのこと)というあだ名で呼ばれていたという超秘蔵エピソードに、心がほんわかしました。

後藤先生は、今後も、都内の私大ロースクールで教壇にお立ちになるそうです。
先生、本当に長い間、お疲れ様でした&ありがとうございました。
そして、今後とも、末永くご活躍下さい。

次の記事では、後藤ゼミOBOG一同から、先生にお贈りした文集に私が寄稿した文章をご紹介しておきます。一つの記事に収めたかったのですが、字数制限で、次の記事になってしまいました。
この程度の文章では先生に対する想いは書き尽くせませんが、心を込めて書きました。
次の記事は、こちらです。

http://plaza.rakuten.co.jp/yyy0801/diary/201402140000/





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Last updated  2014.02.14 10:49:05
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