少し前のことですが、皇后陛下が、84歳のお誕生日に際して公表された文書に下記の一節がありました。
https://www.asahi.com/articles/ASLBL535WLBLUTIL02J.html
皇太子妃、皇后という立場を生きることは、私にとり決して易しいことではありませんでした。与えられた義務を果たしつつ、その都度新たに気付かされたことを心にとどめていく――そうした日々を重ねて、六十年という歳月が流れたように思います。学生時代よく学長が「経験するだけでは足りない。経験したことに思いをめぐらすように」と云(い)われたことを、幾度となく自分に云い聞かせてまいりました。
「経験するだけでは足りない。経験したことに思いをめぐらすように」という言葉の深さにも、その言葉を「幾度となく自分に云い聞かせてまいりました」という皇后陛下の真摯で誠実な姿勢にも、心から感銘を受け、皇后陛下の公務に対する姿勢、ご自身の人生に対する姿勢と重なり、涙が溢れました。
皇后陛下のご経験とはとても比較になりませんが、私も、毎日色々なことを経験しています。
新しい出逢い、新しい出来事もありますし、いつも日常的にしていることもあります。
その様々な経験の中で、「新たに気付かされたことを心にとどめ」、「思いをめぐらし」、自分の心に組み込んでいく・・・という作業を経て、初めてその経験が自分のものになっていくのですね。ああ、その通りだ、と叫びたいような気持ちになりました。
感じたことをそのままにしてはいけない、逃してはいけない、自分の頭で考えて、自分の言葉で表現して、自分の中に取り込んでいきたいという切実な思いは、いつ頃からか、私の中にいつもあったような気がします。その大きなきっかけの一つは、間違いなく、東日本大震災と原子力発電所事故だったように思います。
今までなんとなく漠然と感じていた思いが、皇后陛下のお言葉によって、自分の中できちんと整理され、心の引き出しに納まった感覚があります。
この一節に限らず、皇后陛下のお言葉は、いつも皇后陛下の人生を体現されているような、唯一無二の知性が煌めく深遠さ、それでいてどこまでも透明な複雑なガラス細工のような繊細な美しさがあり、何度も読み返したくなります。
私の大好きな童話作家である安房直子さんが、まるで少女のように瑞々しい筆致で宮沢賢治の童話に対する限りない愛を語っているエッセイの中で、こんな風に書かれています(安房直子「私の宮沢賢治」ー「ものいう動物たちのすみか」306頁、2004年、偕成社)
賢治の童話が、あんなにも美しくて、すみとおっていて、そして力強いのは、もって生まれた才能のためだけではなく、あの人の生き方のためなのだと思います。賢治の童話は、彼の人生そのものからこぼれた、美しいしずくなのだと・・・。
皇后陛下のお言葉も、皇后陛下の人生そのものからこぼれた美しいしずく、なのだろう、だから、こんなにも深く人の心に沁みていくのだろうと思いました。
私も私の持ち場で、大切に心を込めて、日々を過ごしていこうと思います。