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弁護士YA日記

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〒420-0837
静岡市葵区日出町5-3
TEL 054-269-4590
FAX 054-269-4591
http://hinodecho-law.jp/
日出町法律事務所
2019年6月より1年間、日本弁護士連合会客員研究員としてイリノイ大学アーバナシャンペーン校に留学後、弁護士業務を再開しました。
弁護士葦名ゆき(あしな・ゆき)
2021.03.12
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カテゴリ:留学
​​先にご案内した報告書公開イベント​は、大変充実した内容となり、動画も公開されました(​英語版​・​日本語版​)。私は、30分過ぎにプレゼンし、1時間52分頃、2時間8分頃、それぞれで、質疑応答の回答者になっています。内容についても英語についても、悔しさも反省点は沢山ありますが、これが今の私の精一杯の実力です。もっと精進していきたいと改めて心に誓いました。

私の視点からの見所を敢えていうなら、下記でしょうか。

①30分過ぎから続く論文筆者たちのリレーによる論文内容のプレゼン
:非常に分かりやすい上に、全体で30分と短く、話者がどんどん変わるので飽きることなくストレスなく見られます。個人的には、私以外のプレゼンターの頭の良さ、回転の速さ、話の明晰さに、改めて畏敬の念を抱きました。
:福島事故→チェルノブイリ事故→スリーマイル事故→国境を越えた事故の損害賠償と聞いているうちに、世界史の中における福島事故という視点を持てます。特に日常的に損害賠償を取り扱っている法律家にとっては、損害賠償制度の比較法的視点を体験できる機会になるのではないかと思います。

②1時間過ぎから続く当事者からの発信
:早稲田大学須網先生のご紹介→浪江町町長→浪江町ご出身の訴訟原告代表お二人という流れですが、心に切々と入ってくる訴えです。
:「私たちはお金が欲しくて訴訟をしているのではない、ふるさとを元に戻して欲しいだけだ」というメッセージは、アメリカ拠点のプレゼンターやパネリスト、聴衆にも深い衝撃がダイレクトに伝わり、その後の質疑応答でも当事者への質問が集中しました。机の上で「専門家」たちが独りよがりの議論をしてはいけない、現実を目の前にした議論をしなくてはいけないということが本当に良く分かります。

ところで、そもそも、このイベントの目的は、米国、カナダ、日本の専門家で共同執筆した報告書の宣伝だったのですが、報告書もイベントと同時に公式にリリースされました。

https://nuclear-compensation.northwestern.pub/

5年前に最終形が見えないままに関わってきた企画が(舞台裏は​こちら​)、こうして一つの形になることが素直に嬉しく感慨深いです。今からご紹介するように、多様な視点からグローバルな事象を取り上げていることで、世界の中における福島事故の位置付け、導き出すべき教訓が浮かび上がってくるような、本当にユニークかつ意義深い内容だと思います。

ただ、結構大部であるということ、現時点では全編英語であることから、私の視点にはなってしまいますが、見所をご紹介させて頂きたいと思います。

まず、報告書本体は、​福島事故(2011)​、​スリーマイル島事故(1979)​、​チェルノブイリ事故(1986)​、​原子力事故による被害が国境を越えた場合​の4類型を、損害賠償という視点から掘り下げた論文4本から構成されています。
スリーマイル、チェルノブイリは、福島の3本の論文の詳細については、これらの論文を元に、私の考察も含めて、留学中に内輪の研究会で報告した内容を末尾に貼り付ける形でご紹介させて頂きます。また、国境を越えた事故の賠償問題についても、私なりに骨子をまとめましたので、上記に続いて末尾に貼り付けます。私としては、「原子力事故の被害が国内ではなく国外にも及んだ場合、誰がどこに賠償請求できるのか」という、このテーマ設定が余りにも鋭すぎて、本当に頭良いな、すごいな、とただひたすら感動しますね。
論文自体が大部なので、要約もかなり長いことをご容赦下さい。なお、考察部分は勿論、要約部分も、内容の正確性、切り取り方を含め、全責任は私にあります。

また、この論文集には、Appendix(補遺)として、過去のMeridianでなされた原子力エネルギーに関する議論(​Appendix One​)、様々な専門家にインタビューした内容(​Appendix Two​)も収められており、法律家の役割については、私の​インタビュー​も収録されています。2012年に最初にMeridianに寄稿した文章と、翌2013年12月、宮崎先生が来日された際に収録頂いたインタビューの2本で、読み返すとタイムカプセルを開くような気持ちになります。

そして、この報告書の​表紙写真​は、公私ともにもっとも信頼し敬愛する友人である渡辺淑彦弁護士が​提供​してくれました。渡辺さん、忙しいのに、突然の依頼に応じて下さってありがとうございました。論文を書くにあたって、貴重な情報を提供して下さった​日本弁護士連合会災害復興支援委員会の皆様への謝辞​も入れて頂きました。

改めて本当に沢山の方々が関わって作成されたレポートであることを実感します。
特に編集の宮崎先生は、この数ヶ月、寝る暇もないお忙しさで、全体を統括されていました。宮崎先生は、どんな方のどんな立場からのお話しも、いつもまっすぐに誠実に偏見なく、全身で傾聴されます。その態度が、原子力推進側、反対側といった単純な立場を越えて、多くの人を惹き付ける場を形成したのだと思います。

貴重な機会に関わらせて頂いたことに感謝し、私も、10年目のこの節目で、10年間を振り返りつつも新たな歩みを、守りたい誰かのために、自分の成長のために、進めていきたいと思います。

***********************
(スリーマイル、チェルノブイリ、福島)

【本報告の目的】
1,TMI(1979)、チェルノブイリ(1986)、福島(2011)の賠償スキームの比較検討
2,原発事故がもたらす「被害」と「損害賠償」による対応可能性の検証
3,日本の原発事故損害賠償制度の課題

Ⅰ スリーマイル島事故(March 28,1979)

一、法律の枠組み:Price Anderson Law(以下「PA法」、1957)
1,内容
:目的は、賠償額のリミットを決めることにより、原子力産業、民間保険会社に参入を促すこと。賠償の責任を負うのは、Operatorのみと定め、賠償コストは保険が引き受けるという枠組み。部品やデザインの供給業者、輸送業者は責任を問われない。
:賠償額上限は、1957年当時は、メルトダウン発生時に少なくとも発生すると見積もられていた賠償額70億ドルを大幅に下回る、$560 million 、現在は、$13billion
:ただし、賠償上限額を超える見込みの場合は、大統領が議会に補償計画を提出し承認を得ることにより、公的資金の支出も予定される。
2,賠償を取り扱う窓口
:保険会社であり連邦や州等の政府機関ではない
:訴訟になった場合の相手方は形式Operator、実質保険会社、弁護士費用も保険から支出
3,損害賠償の請求方式
(1)直接請求:上記の通り、保険会社にて対応
(2)訴訟:通常の不法行為法が適用。州によって時効期間がバラバラだったが、事故と傷害との因果関係を原告に課すことは共通しており、原告にとって非常に大きなハードルになるであろうことは当初から予想できていた。ただし、PA法にて、ENO, Extraordinary Nuclear Occurenceの場合、傷害を知ってから10年に時効が延長される特則あり(通常は3年)。
4,事故前の運用実績
:1957年~1979年まで、28件、$1,453,911、作業員からの請求しかなく、訴訟に持ち込まれたことも皆無。


二 時系列
1,事故発生
:1979.3.28事故発生 事故の規模は、チェルノブイリ、福島と比べてずっと軽く、大部分の放射性物質は施設内に留まったとされる。
2,避難勧告
:1979.3.3 5マイル圏内の妊娠している女性、子供に避難勧告(advise)、圏内の学校を閉鎖、144,000人が避難(5マイル圏内の人口の39%)
3,賠償受付開始
:すぐに、保険会社が直接請求の窓口設置、5マイル圏内の住民に、11日間の避難勧告期間分の避難費用、休業補償を支払う。3,806件、$1.3million
4,住民の不信感と健康被害
:放射性物質を追跡する技術の欠落、線量計不足等で住民の不信感が非常に大きかった。事故進行中に変な味や匂いを感じたり、紅斑ができたり、吐き気を催す人もいた。
:もっとも、1980年の政府特別委員会報告書は、放出された放射性物質は、一人当たり年間1ミリシーベルトにすぎず、身体の不調を引き起こすことは考えられないとした。この報告書が、後の訴訟においても、OperatorのGeneral Public Utilities Corporation(GPU),保険会社にとって非常に有利な材料になった。ただし、この報告書作成にあたって、住民の健康調査、染色体検査などを実施しなかった上に、ヒアリングもほとんどなかったため、多くの住民は、報告書を信頼できなかった。
5,クラスアクション提訴&最初の和解
:1979年春に、住民はクラスアクションを使って提訴
:1981年に和解成立。内容は、以下。
①これまで5マイル圏内だった被害者を25マイル圏内まで広げて総計$20million(経済的損失)を支払う
②ただし、傷害については住民に争う権利を留保
③別途$5millionのPublic Health Fund for medical and environmental monitring設置
6,健康被害に関する訴訟
:最初の和解から数年の間に、被ばくと関連した健康被害を訴える人が続出し、1985年までに2,000件以上が健康被害で提訴。政府報告書に不信感一杯の原告たちは自力で証拠を集め、先行和解の結果もたらされた基金によって独自報告書を作成、政府報告書の問題点を指摘した。
:GPUは、連邦裁判所にすべての訴訟を併合したがったが、州裁判所の方が有利な判決が出やすいと考えた原告側が反発、最終的に、PA法上、連邦裁判所に管轄がないということで州裁判所に集約。
:1985年までに、訴訟費用と判決リスクを恐れたGPUは$14.25milionを280人に対して支払う和解をした。
7,連邦地裁への集約
:その後法改正がなされて、連邦地裁への管轄が遡及的に認められたため、和解のプレッシャーはなくなり、ゆっくりとディスカバリなどのプレトライアル手続きが連邦地裁で始まった。
:1995年になってようやく、裁判所は、原告らは、被ばくに関する科学的証拠を提出する必要がある、少なくとも10rem(100ミリシーベルト)の被ばくをした証拠が必要である、立証責任を果たしていないと判示した。そのため、原告側の弁護士は、専門家に莫大な費用をかけて調査を依頼する必要が生じた(成功報酬制のため弁護士の自腹)
:長く続いた訴訟のため、1986年のチェルノブイリ事故のデータや専門家証人も提出できた。その他、医師、獣医、疫学者、放射線専門家、学術機関、私的研究所、等あらゆる専門家証人を活用し、遡及的な調査も行った。その結果、かなり沢山の、人間、植物、動物に放射性物質が与えた影響に関する証拠を準備することができた。
:しかし、代理人が、正式な報告書の形ではなく、断片的な証拠を不十分な形でしか出さなかったことや裁判所の定めた期限を徒過したことも影響し、ほとんどすべての証拠が排斥された。排斥の理由は、政府報告書であり、被告が終始依存していた証拠だった。原告代理人は怒りまくり、裁判官の個人攻撃に終始、裁判官も同情の余地なしという態度だった。原告は低線量被ばくによる傷害の可能性は示せても確実性を示すことができなかったと評価されている(The plaintiff's experts had established the possibility of a large exposure,but not its plopability)。結局、被告を勝たせるsummary judgementでpretrialは2002年に終了。

三 教訓と課題(被害者の視点から)

1,訴訟に要する莫大な時間とコスト
:"a series of long,arduos,costly,and ultimately unsuccessful legal disuputes"
:提訴から23年、コストは、tens millions dollarsにのぼった。
:訴訟で当事者の主張を闘わせた上で裁判所が和解基準を作り、クラスアクションを通じて被害者全体に適用されるというプロセスは当事者参加、透明性の確保という点では評価し得るが、立証責任を乗り越えることができなかったため、ありきたりで平凡な基準しか生まれなかったことに留意すべき。
:なお、原子力産業、保険会社は、PA法に基づくTMI事故処理を成功例と考えている。
:$71million,($29millionの被告側弁護士費用含む)が保険から払われた。ただし、廃炉作業や保険掛け金のために支払われた税金は莫大な額に上ることに注意。


2,立法目的とプロセスの正当性
:PA法の目的が被害者保護ではない。上限を設けることが正当化できるか?
:被害者側は、立法プロセス、損害賠償手続きプロセスを原子力産業側に支配されていると感じ、強い不信感を抱いている。「誰よりもリスクに耐えてきたのにいざ事故が起きると市民権を剥奪される(disenfranchisement)怒り」にどう対応すべきか?


3,訴訟以外の請求手段の必要性?
:1990年には、大統領諮問機関が、賠償を迅速化し、原告の立証責任を軽減し、潜在的な被害の賠償も受けられるような行政主体の紛争解決機関を設けるべきだと勧告したが、結局、議会でそのような立法はなされなかった。
:もちろん、そういった機関も、距離にせよ、被ばく量にせよ、常に、「被害者」資格、賠償すべき「被害」をどう定義すべきかが問題になる。
:被害者が保険で自身を守ることすらできない。保険会社が、二重払いを防ぐために、対象から除外している=賠償で獲得するしかない。


4,低線量被ばくによる健康被害という主張に対する対応
:23年間、世界中とありとあらゆる知見をかき集めて立証できず。訴訟では立証責任を持つ者が立証できなかった時点で負ける。しかし、原発事故において人々が抱く放射性物質による健康被害への不安にゼロ百ベースで対応すべきなのか(後述)
:訴訟の中で、Public Health Fundが作られたことは評価すべき。アメリカのmass tortにおいてしばしば見られる和解条件。
*democratic,participatry, and anticipatry processの重要性

Ⅱ チェルノブイリ事故(April 26,1986)
一、事故前後の法律の枠組み
1,旧ソ連時代
:事故発生時に原発事故に特化した「賠償」制度はなく、給付金制度(entitlements)のみ。舞台は司法でなく行政。ソ連では、基本的に既存の社会保障の枠組みを被害者のために活用しようとした(退役軍人、低所得者層、高齢者、障害者向けの既存の制度)。具体的には、公共機関の無料パス、政府提供住宅、医療費無償等。
:1990年4月25日になって初めて原発事故に対応する包括法ができ、被害者も被害地域も定義された。12段階で賠償のランク(詳細不明)や受けられる社会保障を定める方式。
:ただ、12段階に分ける前提として必要な「被ばく量」をどう測定しどう評価するのかというレベルで問題が起きた。モニタリングも不十分で、モニタリングを実施する財源もなかった。現に後継国家のロシアは、モニタリングデータが不正確だとして、一度認めた特権を取り上げようとした。
:ソ連の崩壊迫る中、法律を定めたところで賠償金や社会保障の財源がなく、実行可能性を失っていた。賠償として割り当てられた金の官吏による使い込みなど汚職も横行した。
:一旦避難した何百万人もの住民も、職を求めて避難地域に戻ることを強いられた。除染も十分にされないまま放置された。

2,ソ連崩壊(1991年)後
:ソ連崩壊後、ロシア、ベラルーシ、ウクライナは、それぞれ法制度を発展させた。米国やヨーロッパに習い、賠償の上限を決め、自然災害、テロ、戦争等の免責条項を定めた。
:三国では、大きく分けて2つの政策で原発事故に対応した。1つは、除染、もう一つが社会保障。3つの国で社会保障の基準が微妙に違い、ロシアは最低賃金・ベラルーシは物価スライド制に基づく割増金・ウクライナは月額の給与(前提知識がないためこの基準の意味はよく分からない)
:三国とも、距離や土壌汚染の程度に応じて、4~5つに被害地域を分けた。ただ、特にベラルーシは、賠償や検診の費用が出せないのが分かっていたので、強制避難地域を狭く定義したり、科学的証拠を無視する傾向があった。
:三国に共通するソ連時代からの課題として、距離でも被ばく量でもきちんとしたモニタリングがなかったため、住民の不信感が非常に強かった(実際、最初のデータが変造されたりもした)。また、結局、どの国も資金不足で、立てた政策を実行できなかった。被害地域の分け方には、国によって、被ばく量アプローチも地理的アプローチもあったが、放射性物質の複雑な特性及び十分な実態調査がなかったことを踏まえると信用に値しない定義と言わざるを得ない。
:原発事故の社会心理学的な悪影響や後々まで残るトラウマもソ連崩壊の混乱の中で増幅された。

二 教訓と課題(被害者の視点から)

1,正確なデータ収集、開示が不可欠
:チェルノブイリ事故処理は、科学的なデータの収集・開示という点で、決定的な出遅れがあり、被害地域、被害者の定義すべてに影響し、すべての政策を停滞させた。
:一方で仮にどれほど正確なデータが提供・開示されようと、原発事故の特性として、住民の不信感、不安感を払拭することはできない、むしろ、不信感と不安感を受容する前提に立った上で、対応を考える必要性は強調したい。

2,資金の確保
:経済的な混乱期だったために、決定した政策のほとんどが実行可能性を失っていた。賠償に備えての資金計画をどうするかを事故「前」に決めておく必要がある。そのためには、壊滅的な事故を本気で賠償しようとした時に、どのくらいお金が必要なのかを事前にシミュレーションしておく必要がある(スリーマイル、福島は、世界に対して、賠償や除染、廃炉等のためにどれくらいのコストがかかるのか、正確な情報開示をする責任がある)

3,社会保障の枠組みについての評価
:社会保障の枠組み(公共機関の無料パス、政府提供住宅、医療費無償等)を原発事故の被害者に適用した点は、ソ連及び後継国家のユニークな特徴といえる。賠償とは別の枠組の社会政策として検討する余地は十分にあるのではないか。
:ただし、賠償との棲み分け、予算の割り振り、国の担当機関がどこであるべきか等は課題である。


Ⅲ 福島事故(2011)


一 法律の枠組み
1,原子力損害賠償法
:第3条1項「原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる」と定めているため、「原子力事業者」たる東京電力ホールディングス株式会社(以下「東京電力) が、損害賠償責任を負っている。
:ただ、損害賠償の総額があまりにも大きく東京電力の支払い可能額を超えているため(東京電力の公表によれば2020年1月10日現在で約9兆3,157億円≒85billion dollars、米国が想定している上限金の約6.5倍)、国の支援がなされることを定めた原賠法第16条に基づき、2011年8月に原子力損害賠償支援機構法が制定・同年9月に原子力損害賠償支援機構(現在の名称は、原子力損害賠償・廃炉等支援機構)が設立され、同機構を通じて、国が賠償資金を供給している。

2,賠償の基準-中間指針-
:東京電力が、損害賠償を実施している基準は、主として、原賠法18条に基づき設置された原子力損害賠償紛争審査会が公表した「中間指針」に依拠している。
:中間指針等は、画一的・明確な基準を提示することで、被害者にとって最低限の簡易迅速な損害賠償を実現するために策定された基準であり、本来、最終的な賠償基準を定めたものではない文字通り「中間的な指針」の位置付けだった。
:特徴としては、①避難指示がなされたかどうかの区域設定と賠償の有無、金額が連動している、②金額が画一・明確である(たとえば「精神的損害」の賠償額は、原則として一人月額10万円に設定されている)、③避難指示が解除されると原則として賠償も打ち切られる、等。
:すなわち、中間指針等は、どの地域に住んでいたかによって、受けられる賠償項目や賠償金額が画一的に決まる基準と言い換えることができる。避難指示区域外に居住していた住民は、原則として賠償が認められないし、避難指示区域の中でも、帰還困難区域、居住制限区域、避難指示解除準備区域のどこに居住していたかによって、賠償額が大きく異なる。そして、避難指示区域が解除されると、原則として賠償は受けられない。
:しかし、現実の被害は、中間指針等が定める程、単純に類型化、画一化できない。同じ帰還困難区域内の住民であっても、家族構成、職業、生活実態はそれぞれ異なる以上、事故により受けた被害もそれぞれ異なる。避難指示区域外の住民であっても、自主的に避難する選択をする人も相当数存在し、彼らは、事故がなければ決して避難等しなかったにもかかわらず、中間指針等では、原則として賠償の対象から除外されている。
:中間指針等が、個々人の多様な被害を個別事情に応じて救済する基準ではないことは明らかである以上、少なくとも、金銭に換算できる被害については、「中間指針等で受けられる損害の賠償」と「個々人によって異なる損害の賠償」をオーダーメイドで組み合わせることが必須といえる。
 

3,賠償請求の手段
(1)東京電力への直接請求
:規定の書式に記入するだけで賠償請求ができるため、簡易な手続で迅速な支払いが受けられるというメリットがある
:一方、中間指針等で定められた基準以上の賠償は一切受けられないというデメリットがある。
:中間指針等で「被害者」から除外されている人々は、そもそも、この手段を用いることはできない。
(2)原子力損害賠償紛争解決センターへの申立
:原子力損害賠償紛争審査会の下に設置されている裁判外の紛争処理を担当する仲裁機関で、(1)の手続で合意できなかった場合や個別の事情を斟酌した損害賠償を求める被害者に利用されている。
:センターでは、数百人の弁護士が、仲介委員や調査官として勤務しており、被害者の申立を受け付けると、内容を審査し、東京電力側の意向も聴取しながら、センターが適切だと判断する和解案を提示する。
:和解案は、中間指針等には必ずしもとらわれないため、東京電力が認める以上の金額の損害賠償が受けられる可能性があるという意味では、被害者に大きなメリットがある手続の筈である。
:もっとも東京電力は、センターが設置された当初は、提示された和解案は受諾すると宣言し、現実にも、すべて受諾していたが、東京電力が、センターの提示した和解案の受諾を拒否するという事態が、特に大規模な申立において2014年春頃から散見されるようになった。
:また、東京電力が和解案を受諾を拒否し始めたことと連動して、センターが、東京電力に拒否されないと想定できる範囲内での和解案を提示するといった萎縮効果も生まれており、センターの和解案に当事者に対する法的拘束力がないために、センターの紛争解決機能は全体として低下している。
(3)訴訟
:(1)、(2)のいずれの手段でも救済を受けられない被害者が唯一選択できる手段で、分かっている範囲でも、全国18都道府県で訴訟が継続しており、原告総数は1万人を超えている。
:直接請求、センターへの申立は、最終的には東京電力の合意が存在しなければ、損害賠償を受けられないという限界があるところ、訴訟の場合は、裁判所が、双方の合意がない場合は、裁判所による「判決」が受けられる。
:もっとも、訴訟の場合、手続が煩雑で相当時間が掛かること、被害者の求める判決が出る保証がないこと等、被害者の立場に立つと、非常に使いづらい手続。
(4)コンビネーションが本来的には望ましいこと
 被害者が、損害賠償を請求する際に、(1)の直接請求のみでは満足を受けられない場合が多く、(2)のセンターへの申立、ないし、(3)訴訟提起を併用することが望ましいが、現実的には、センター申立、訴訟の上記デメリットは、物理的心理的に非常に大きく、(1)の直接請求のみ行っている被害者が大多数である。

Ⅳ 原発事故がもたらす「被害」と「損害賠償」による対応可能性の検証

一 被害の種類
:前提として、「被害」とgeneral damage と「損害」compensatory damageの言葉の使い分け必要。「被害」のすべてが賠償され得る「損害」になるわけではない。
1,放射線被ばくそのもの
2,放射線被ばくに対する継続的・恒久的不安
3,避難による人生破壊
4.避難による地域破壊

二 損害賠償による被害への対応可能性

1,放射線被ばくそのもの
:立証できれば、「損害」になるが、立証の壁は非常に厚い
:TMI事故では、23年間闘って、世界中のありとあらゆる証拠を集めても低線量被ばくによる損害は立証できず。
:被害者の立場からは非常に立証し難い被害であるため、損害賠償での救済だけではなく、2と併せての政策的対応が必要。

2,放射線被ばくに対する継続的・恒久的不安
:TMI、チェルノブイリ、福島に共通して見られた住民の不安感、不信感は、は、原発事故における中心的被害を形成しており、この不安感、不信感を合理的な被害ととらえて誠実に対応することが不可欠である。
:経済的には風評被害という形で顕出され、福島では「賠償」の対象となった。
:もっとも原則としては、不安を「損害」として立証・評価するのは非常に難しい。賠償の枠組みで対応すべき被害ではない(私見)。
:この被害の保護は、損害賠償ではなく、社会政策、社会保障保障的な枠組みによってなされるべきではないか。cf:TMIの基金、チェルノブイリの医療費無料等の社会保障

3,避難による人生破壊
:「避難」は、よほど短期間であることが事前に想定されたものでない限り、後に解除したとしても、避難者及び滞在者の人生を根本から破壊してしまうことが、福島における大きな教訓。
:また避難地域の認定も困難。データがなかったチェルノブイリは勿論、データがあっても自治体内で線引きすることの是非も含め、福島においても、いずれも苦しんできた課題
:とはいえ、避難地域の認定、避難の必要性、継続性にはある程度線引きせざるを得ず、どう線引きしても必ず不満が生じることは絶対に避けられない。
:もっとも立証の難易度は様々にせよ、賠償可能な被害であり、この被害をいかに迅速に効率的に賠償できるかは、司法が追求すべき課題である(*私の元々の直接の研究テーマです)
:避難に伴う人生破壊の程度は、個々人、個々の会社によって異なるため、画一的な基準+オーダーメイド基準を組み合わせて、ベストの賠償額を目指すしかないと思われる(福島が目指すべき賠償実務)。

4,避難による地域・コミュニティ破壊
:原発事故特有の問題としては、避難に伴う地域の面的破壊であるところ、この個人に還元できない被害を個々人に権利が属することを前提とする不法行為に基づく損害賠償のみで対応するのは絶対的に無理がある。
:地域の復興のために、どこが所管し、どんな政策を実施していくのかが課題となる。


Ⅴ 日本の原発事故損害賠償制度の課題

1,評価すべき点
(1)潤沢な賠償資金
:上限がなく(アメリカは上限あり)、東電+政府援助により、9兆を超える賠償が実現されている(チェルノブイリは資金不足で賠償不可)
(2)直接請求によって迅速・画一・定型的な賠償が広く実現された
:中間指針は2011.8月公表、直後から中間指針に基づく賠償受付が始まる(TMIでは5マイル圏内、避難費用&休業補償のみ、事故直後、直接請求による賠償が実現した)
(3)直接請求を、訴訟より迅速かつ柔軟に補完するADRセンターが新設された
:精神的損害等一部の類型において中間指針を超える賠償基準を公表した。
:避難指示区域以外の賠償において個別柔軟な対応を行った。
*アメリカでは、訴訟以外にこの種の制度を新設すべきではないかという議論あり。

2,日本の損害賠償制度の問題点
(1)資金計画につき国民的議論、合意が形成されていない
:現時点で9兆3億円の賠償資金の出所は、大半が税金であるところ、いつまでいくら支払うことになるのか、納税者への説明がない。
*アメリカは上限を超える賠償が必要な場合は、大統領が議会の承認を経て税金の支出範囲を決めるプロセスが予定されている
(2)賠償の基準作成のプロセスが透明化・民主化されていない。
:「中間指針」作成過程で、避難者含む被害者の意見が反映されていないために、被害者の納得を得られていない。
:事故「前」に立地自治体の住民が賠償基準作りに参加できるプロセスが設けられるべきではないのか?
*アメリカでは、TMI後だがクラスアクション内で和解により基準が作成された。
(3)ADRセンターの機能不全
:和解案に拘束力がないため、東電の和解拒否事例が激増し、解決機能が大幅に低下している。
:特に集団申立案件の遂行が和解拒否に遭うために、一律に賠償基準を引き上げる解決がなされない。
(4)訴訟の紛争解決機能が元々低い
:訴訟は、基本的に個別案件、個別立証、個別拘束力しか持たず、裁判所は「基準を作る」機能がない。
:特に、アメリカと異なり、mass tort(class action, multi-distlict litigation)の受け入れ体制がない。そのため多数の被害者を類型化したり、基金を設置する等の柔軟な和解ができない。
:時間とコストの増大は、日本においては、原告側の方により不利に働きやすい。ディスカバリ、contempt of courts(法廷侮辱罪)、punitive damage(懲罰的損害賠償)もないため、企業にとって、訴訟に進むデメリットは少ない(同時に和解で解決しようとする動機付けが下がる)
*ただし、四大公害訴訟、薬害肝炎訴訟、ハンセン病訴訟等、過去のいわゆる政策形成訴訟の取り組みから学ぶべき点はあると思われる。
(5)賠償以外の方法で向き合うべき原発事故「被害」への対応の欠如
:弁護士が、損害賠償にあまりにも忙殺されており、大局的な視点から原発事故「被害」にどう向き合うべきか、どのような政策が望ましいかの議論に参加できていない。


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(国境を越えた事故の賠償問題)

国際条約は、原子力産業の責任を限定する目的から始まり、public safety の保護は目的ではない
国際条約は全部で11あるが、加盟状況には国ごとに大きな差がある

Paris, Vienna, CSCは、民間企業の民間人に関する責任限度を定めたもので、国と国との関係を規定する条約ではない
どの条約も製造責任を免除し、運営会社の責任額を限定している
一方で、訴える当事者の立証責任を軽減もしている

これらの条約それ自体や加入状況をめぐる問題点は下記

1、中国韓国などNPP保有国が加盟していない
2、民間業者対民間人の関係のみが規定されており、国対国の関係を規定していない。たとえば、日本政府が中国で起きた原発事故被害を国として中国に賠償請求する事態は想定されていない。
3、想定されている保険金額が、過酷事故で想定される賠償額総計より遥かに低い
4、NPPの製造、供給会社の責任が産業参入を促す目的で免責されている
5、どの国の司法手続きを使うのかなど請求する際の手続き面への言及がない
6、併存する条約同士で、金額や責任規定が異なり、同時適用が想定される場合の紛争が不可避
7、NNPを持たず条約批准国ではない国の市民が、どのような救済を受けられるか不明である
8、直接損害(人的物的損害)以外の精神的損害や環境に与えた損害が対象になっていない
9、放射性物質汚染の性質上、いつどんな形で害がもたらされるのか予測がつかず、立証が難しい

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Last updated  2021.04.21 18:20:36
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