Farewell, Mr.Richards 追悼:リチャード先生
突然、本当に悲しい訃報が飛び込んできました。アメリカ留学中に、ユタ州弁護士会にお招き頂き、私の研究テーマや日本の原発事故・災害対応につき、プレゼンする機会を頂いた際に、大変お世話になった、Richards弁護士が、8月11日、51歳の若さで、ご病気のため、帰らぬ人になってしまいました。https://www.larkinmortuary.com/obituary/view/-john-david-richards,-iii-88?fbclid=IwAR2-tLagNBMCQP9jtQ0lFaG0wb0dWO3rikt-fWLWsgX8YczTpcGmpB0QtJg動揺も悲しみも、今なお、まったく止まらないどころか、深くなるばかりですが、オンラインでお悔やみもお送りできるということで、下記お悔やみも急いでお送りしたところです。We are really sad to know Mr.Richards's sudden passing away. When we visited Salt Lake City in 2019, he entertained us with huge generosities and kindness. His love for Japan was so impressive and warm that our anxieties to stay in foreign country melt away immediately. As we truly appreciated for his hospitality , we all were looking forward to seeing him in Japan to reward his kindness.Our sadness is beyond description, but we would like to pray that his soul may rest in peace. We give our deepest sympathies to his family.Yuki Ashina, Susumu Tsukui, Toshihiko Watanabe, Kentaro Imada, Yusuke Kanda, Maiko Kudoリチャード先生の突然の訃報に接し、悲しみに暮れております。2019年に私たちがソルトレイクシティを訪問した際に、リチャード先生は、とても寛大にご親切に私たちをおもてなし下さいました。リチャード先生の深く暖かい日本に対する愛情に出迎えて頂いたお陰で、私たちの異国の地に滞在しているという不安は瞬時に溶けました。私たち全員、リチャード先生に深く感謝しており、日本で恩返しできる機会を心待ちしておりました。この悲しみは言葉に言い表せませんが、今は、先生が安らかにお休みになれるよう心からお祈りすると共に、ご家族の皆様に謹んで哀悼の意を表します。葦名ゆき・津久井進・渡辺淑彦・今田健太郎・神田友輔・工藤舞子ユタ州訪問は、元々、日弁連のネイティブチェッカーとして、私の研究計画にお目通し下さったユタ州のYoung弁護士が、ご自身が福島にお住まいになっていたことや、ユタ州の災害委員会にご所属だったというご縁で、私の研究内容を是非ユタ州弁護士会でもプレゼンしませんか、とお招き下さったことが始まりでした。その辺についての詳しいいきさつや、どれほどユタ州訪問が素晴らしい機会だったかについては、以前に一通りまとめて、ご紹介しています。ユタ州訪問時には、日弁連災害復興支援委員会の敬愛する仲間である津久井進・渡辺淑彦・今田健太郎・神田友輔・工藤舞子弁護士が、一緒にプレゼンに臨んでくれました。当時渡米してまだ3ヶ月ちょっと、研究どころか英語力もおぼつかない状態で、見知らぬ土地に飛んで、米国弁護士が聴衆のプレゼンを行うというのは、今振り返っても余りにもハードルが高い機会だったので、心から信頼できる仲間たちが一緒にいてくれたことは本当に心強く、超忙しいのに遠方まで駆けつけてきてくれたことに、感謝の想いしかありません。もっとも、上記の通り、私自身が自分のプレゼンの準備や、Young先生との日程や場所確認などの細々としたやりとりで一杯一杯で(英語力の不足がとにかく大きかったです、自分のスペックが100分の1程度に縮小するイメージですかね)、日本から駆けつけてくれる仲間のソルトレイクシティまでの移動や宿泊には全くタッチできませんでしたし、更に言えば、ソルトレイクシティに来て頂いてからの各種施設訪問や弁護士会訪問を、何時に誰がどうやって、なんてこともまったく手が回りませんでした(ごめんなさい!!!)でも、そこは、細やかで暖かな気遣いの塊のような素敵なYoung先生、日本から仲間が来てくれることをお伝えすると、とても喜んで下さり、「誰が何時にどう行動する」というような工程表を作って送って下さったのですが、そこに、日弁連の仲間達のアテンド役としてお名前があったのが、Richards先生でした。仲間達が、ホテルに着いた翌日に、Richards先生が朝8時半にホテルにお迎えに行って下さるみたい、ということを伝えることができただけでもほっとしました。でも、それ以上に、Richards先生が、本当に素敵な方で、日本や日本の文化を心から愛して下さって、日本語もとても堪能でいらっしゃる方であることにもっとほっとしました。時差ぼけや様々なハプニングを超えて異国に来るだけでも大変なのに、そこで、いきなり英語でコミュニケーションを取らなくてはいけないとなると本当に大変になることは容易に想像できたからです。下記が、お迎えに来て下さったRichards 先生!素敵な笑顔です!Richards先生は、弁護士会でのプレゼンは勿論、ユタ州災害管理の方との意見交換や、私たちの歓迎会にもご一緒下さり、ユーモア溢れるお話で、異国の地で萎縮しがちな私たちの心を、暖かく溶かして下さいました。日本のドラマやバラエティ番組を沢山見ていらっしゃるとのことで、とにかくとてもこなれた日本語をお使いになるので、全く言葉の壁は感じませんでした。こちらは、ユタ州弁護士会館前で。Young 先生撮影で、Richards 先生は左端です。こちらは歓迎会をして下さった時のお写真。Young 先生もRichards 先生もずっと日本語で対応してくださって、とっても楽しいひとときでした。それにしても、一面識もない外国人のために、多忙を極める弁護士が二日間もフルに日程を空けてアテンドすることがどれほど大変か、逆の立場で考えたらすぐに分かります。本当に何と感謝申し上げたら良いか、言葉が見つかりません。私自身は、家族と一緒にYoung先生のお父様のご自宅に滞在させて頂いていたため、Richards先生とは公式日程の時しかお会いできなかったのですが、日弁連の仲間達は、事務所訪問させて頂いたり、帰国後も、渡辺弁護士宛にRichards先生から、「マンション法に関する講演だったら日本に遊びに行った際にできるけど、そういう需要ってあるかな」みたいな動画メールが来て、感染状況が落ち着いたら是非やりたいよね、楽しみ!等と、ワクワクし合ったりして、繋がるご縁が嬉しく、とにかく必ず再会を果たせるだろうし、その時は、こちらが恩返しする番だ!ということを、誰もが信じて疑わない状況でした。こちらは、事務所訪問させて頂いた際の渡辺弁護士とのツーショット。お二人は同じお年だそうですよ。一生お返しできないようなご恩を受けながら、お返しする機会がないままに天国に逝かれてしまったこと、ただただ悲しく思います。この記事を書くために、先生との思い出のお写真を探した時も、涙が止まらない状態でした。リチャード先生。先生が既にいらっしゃらなくても、先生への感謝の思いは、一生忘れません。でこのご恩は、私たちの人生の中で、機会を見つけて、少しずつお返ししていきたいと思います。リチャード先生、本当に本当にありがとうございました。どうぞ今は安らかにお眠り下さい。