000000 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

弁護士YA日記

PR

X

全33件 (33件中 1-10件目)

1 2 3 4 >

読書日記

2021.05.28
XML
カテゴリ:読書日記
Kindle Unlimitedという、月額980円で、電子本読み放題というサービスを利用して、手当たり次第に洋書を読む時間が、どんなに忙しい時も、そして、たとえどんなにわずかな時間でも、心を潤わせてくれます。

その中で、最近出逢った一冊が、1845年に書かれた件名の本です。アメリカで奴隷として生まれた後、転売先の女性主人が短期間ではあったものの文字を教えてくれたという偶然のきっかけとご本人の凄まじい努力で文字を覚え、後に、奴隷制廃止運動活動家として有名になったフレデリック・ダグラス氏の自伝です。

大長編なので、まだ全部は読めていないのですが、元奴隷で、虐げられた弱者が、自らの言葉で書く悲惨な現実に、息を呑むというか、恐怖で凍ります。白人の視点からじゃない、後から時代を俯瞰した歴史家の視点じゃない、虐げられて、踏みつけられて、人間の尊厳をすべて奪われた当事者の視点から見る奴隷制度はここまで過酷なものだったとは。同じ出来事を言葉に残すにも、どの立場の人が残したかで,読む側の印象は大きく変わります。言葉は、マイノリティや抑圧された側にとってこそ武器になることを実感しました。でもだからこそ、権力を掌握する側は、抑圧される側に、文字を教えない、与えない。奴隷制においても、奴隷に読み書きや教育を与えることは厳しく禁止されていました。世界中で繰り返されてきた、言葉を奪い、言葉を抑圧する歴史が何故実践されてきたか、彼の自伝が1つの答えだと思いました。

奴隷所有者による、奴隷が血飛沫を上げるのを見たいためのリンチ、奴隷の子は奴隷所有者の所有物になるという法律に基づき、所有する奴隷を増やすために、女性の奴隷に対して毎夜繰り返されるレイプ、衣類が特に子供には配給されないために、ほとんど裸で過ごすしかなく、夜寒さに震えて穀物用の空袋にくるまって寝る日々、奴隷所有を正当化するキリスト教の教え(所有者、管理者の白人は、皮肉なことに、日に何度も祈りを捧げる信心深い人が多いかったようです)、本当に読んでいて胸が苦しくなります。
そういえば高校の時の世界史のH先生が、キリスト教が支配者にとって都合の良い理屈を正当化するために使われてきた歴史を、情熱溢れる口調で教えてくださいました。ふとあの時の教室の空気が甦ります。私はあの時ローマ時代にタイムスリップできました。

1845年に書かれたということも関係しているのか、すっと読みこなせる文体ではないものの、何故自分は奴隷に生まれてしまったのか、何故こんな不条理が許されるのか、心の底から湧き上がる怒りの叫びが、文章にほとばしっており、目に心に飛び込んできます。日本語の本も一言一句読むというよりは、なんだか良くわからなくても、前へ前へと読み進められる的な不思議な吸引力がある本に出逢うことがありますが、日本語の本だけじゃなくて、英語でもこんな体験ができるんだということに自分で感動しました。

本物の言葉は、古くても言葉の壁を超えてでも迫ってくるのだと痛いほど感じました。
これからも沢山、本物の言葉に触れていきたいです。






Last updated  2021.05.29 05:21:03


2020.12.19
カテゴリ:読書日記
ここ数日、突然寒くなりました。さすがに静岡では雪は降らないものの、朝晩の冷え込みが強く、この情勢下、換気もしなければならないので、事務所全体が暖かくなるまで結構時間がかかります。冷え性の私、一番困るのは、手がかじかんでパソコンが打てなくなること。昨日は、思い立って、カイロを買ってきて指先を温めたところ、ようやく手が動くようになりました。


さて、そんな寒い中ではありますが、先日、子どもたちが通う小学校の絵本読み聞かせボランティア活動のミーティングがあり、参加してきました。
本好きなお母さん(よく考えたらお父さんが何故いないんだ!?とふと思ったり)が、毎月1回、それぞれが選書した絵本2,3冊を、始業前の15分間を利用して、各クラスに出向いて読み聞かせるイベント、私が加入したのはここ数年ですが、とっても長い歴史があるみたいです。今のメンバーは、40人くらい?とお聞きしていますが、ボランティアですので、出られるペース、出られるタイミングで出たら良いよ、 という縛りの緩い活動です。


このボランティアに、昨年から、フィリピンからいらしたお母さんが二人参加されており、昨年ははらぺこあおむし、今年はスイミーを英語で読み聞かせて下さっています。スタイルとしては、フィリピンのお母さんと日本人のお母さんがペアになり、英語版→日本語版を続けて読むスタイル。私は、留学体験があるということで、ここ2ヶ月は、このペアでの日本語版朗読を担当しました。



感動しているのは、英語版スイミーの美しさ。日本語版は、あの谷川俊太郎さんが訳されてるだけあって勿論素晴らしいのですが、ああ、原語ではこういう表現なんだ、というのは新鮮な驚きです。
たとえば、スイミーのクライマックス、小さな赤い小魚が大きな一匹の魚の形作るシーンで、スイミーが「ぼくがめになろう」という台詞。“I'll be the eye.”なんですが、これを英語で聞くと、小さなスイミーの断固とした決意が、静かな迫力と共に伝わってきて、ちょっと鳥肌が立つような感じがするのです。


もちろん、これだけ感動できるのは、黙読ではなく読み聞かせの魔力。私が組ませて頂いたMさん、どれほど熱心に練習してこられたのだろうと思う程、読むのがお上手で、心を込めて世界観を伝えようとしている姿勢が教室中に広がります。子どもたちも引き込まれているのがよく分かります。
醸し出された雰囲気を壊さないように今度は私が日本語版を読むのですが、直前に聴いたオリジナル絵本の世界観を意識しながら読むという幸せな体験ができます。


先日のミーティングは、1月~2月に、全28コマ、どのクラスの担当をするかの担当決め。スイミーは、6年生、5年生が終わりましたので次の2ヶ月で4年生、3年生と進みます。


私が切望していたのは、色んな方々に英語リーディングペアを担当頂くことでした。
そう、去年のはらぺこあおむしも今年のスイミーも、英語が使える人が固定でペアをしていたのですが、2回担当してみて上記のような素晴らしい体験をしていた私としては、この感動を他のお母さんに味わってほしいと強く思ったのです。国籍も言葉も超えて、本が好きだということだけで響き合うもの、この人たちなら絶対に分かる筈だという確信がありました。それに、現実問題としても、日本語の日常会話はほぼ支障ない方々なので、英語を使う必要なんてありません。


また、何より、勇気を出して日本人コミュニティに入ってきたフィリピンのお母さんたちにとって、英語リーディングが、在校生のお母さんと知り合い触れ合い感動を分かち合う機会になって欲しいという強い想いがありました。


実は、私も昨年留学していた際、何事も体験と思って子どもたちが通っていた小学校のPTA活動に参加してみたのですが、正直なところ、ロースクールのトピックが分かっている講義よりも、お母さんたちのお喋りの方がよほど難易度が高くて、英語も速くて全然分からなくて、でも分からないのは自分だけなんだろうし、と流れを止めることもはばかられて、ただニコニコしていました。心が笑っていないニコニコって本当に惨めなんですよね・・・。
でも、そんな時に、あるお母さんが、「この小学校の図書館、日本語の本も結構あるんだけど、全然読めないから整理もできなくて。手伝ってもらったりできる?」みたいなことを言われて、心にぱっと光が差し込むような気がしました。わあ、こんな私でも役に立てますか?加われますか?って思ったのです。残念ながら、その後パンデミックなどもあり、日本語の本整理は実現しなかったのですが、あのとき話しかけて下さったお母さんの笑顔とその時の私の救われた気持ちは今でも鮮やかに覚えています。

という想いが背景にあったので、担当決めの時に、ちょっと良いですか?と上記のようなお話をさせて頂いたところ、なんと、1月2月は、今まで一度も英語リーディングを担当したことがない方4人が手を挙げて下さったのです!ありがとうございます、とても嬉しかったです!絶対に感動するので楽しみにしていらして下さいね!

留学したことで体験したマイノリティ体験は、簡単に「良かった」と総括できるような内容ではありませんでしたが、自分の周囲の今まで当たり前と思っていた日常を見る視点が変わっているのを感じますし、その視点の変化が、日常をささやかに変えていくきっかけになっていって欲しいと思います。

寒い日々ですが、心暖まる経験も、こうして文字に残して刻んでいきたいと思います。           






Last updated  2020.12.19 06:19:26
2020.08.06
カテゴリ:読書日記




広島に原子爆弾が投下された日。
先日、小さい頃に読んで強く印象に残っていた「おこりじぞう」を図書館で発見した。

原爆投下直後、優しい笑顔のお地蔵さんを、はぐれた母親と間違えて、みず、みずとねだる女の子。
どんどん細くなる女の子の声を聞いたお地蔵さんの顔がみるみる憤怒の表情に変わり、怒りで見開いた目から、玉の涙が転がり出て、女の子の口に入る。水を飲んだ後、息絶えた女の子を見届けて、憤怒の地蔵の顔が崩れていく。

子供時代の鮮やかな記憶そのままの場面。ここまで人の心に強烈な体験を焼き付ける文学の力は凄いと思いながら読了すると、後書きに、こんな一節があり、なるほど、確かにこの作品には、原爆の持つ醜さが、まさしく「はりつけ」になっていると、腑に落ちた。

…児童文学の仲間うちで、原爆の民話を書きたい、と一人が提案し、すぐにみんな賛成しました。わたしも賛成しました。けれど、民話というものは、長い年月を風雨にさらされ、気がついてみたら残っていた、というものではないかとも思いました。それでも民話風の語り口、方法というものは、原爆という、人間の生活とは百パーセント反発する醜悪なかたまりを、原稿用紙にはりつけにしてしまいたい、というときの一つの道になるかもしれない、と考えました。

ずっと語り伝えなければならない日。
心を込めて家族で合掌しました。






Last updated  2020.08.06 19:04:24
2020.07.29
カテゴリ:読書日記
​​​​​​​​​​​​​留学中に、Kindleの便利さに目覚めました。持ち運びに苦労することなく、どこにいても、タブレットさえあれば日本語でも英語でも本が読め、何よりかさばらない。本当に便利で、読みたい!と思った時の「でも置き場所は?」という逡巡がなくなり、より沢山の本を気兼ねなく読めるようになりました。

今回、この傑出した政治家の本も、日本語版、英語版共に、Kindleで購入し、まずは日本語版を、一気にまさしく引き込まれるように読みました。

著者は、Hillary Rodham Clinton(ヒラリーさんと呼ばせて頂きますね)。彼女のことを知らない人は世界中にほとんどいないんじゃないんでしょうか。それくらい有名な方ですよね。

弁護士、ファーストレディ、上院議員、国務長官等を歴任といった華やかなキャリアもさることながら、なんといっても、4年前、女性初の米国大統領になりそうだったのになれなかった、という悲劇の経験が、彼女を世界的に有名にしたと思います。

・・・ただ、恥ずかしながら、私は彼女がどんな人か、何を考えて生きている方かはまったく分かっていませんでした。でも、今回アメリカでPandemicを経験して、もし、この危機に立ち向かうのがヒラリー大統領だったら、ということは考えずにはいられなかった。対外的にも国内的にも、トランプ政権とは確実に異なる対応になったのではないかということは直感的に感じ、人間として、リーダーとしての内面をもっと知りたくなっていました。

このWhat happenedは、4年前の挑戦の過程で彼女が経験したこと、感じたことが、ヒラリーさんの肉声で語られています。悔しさ、怒り、悲しみは勿論そのままに、でも、一方でとても冷静な視点で、何故私は大統領になれなかったんだろうということも分析してあります。
心揺さぶる本物の言葉に、彼女の知性、タフさ、視野の広さ、真面目さ、感受性の豊かさ、優しさが溢れ出ていて、私も感情移入してしまいました。

まず、彼女の人生に対する姿勢が分かる記載をいくつかご紹介します。
天性の才能に恵まれている方でしょうに、繰り返し努力をし、欠点に対応するための対応を考え続ける真摯な姿勢に共感します。

903​(*これらの数字は、Kindleの位置No.と呼ばれるもので、紙の本のページ番号とは異なるようです)​
大統領候補、リーダー、いや誰であっても、本当に問うべきなのは「欠点があるかどうか」ではない。「欠点について、どう対処するか」だ。間違いから学習することができるか? それとも自己改善を拒否して、他者を貶めて自分より悪くて劣った奴らだと主張するか?

1097
それから50年近くが経ち、勝っても負けても、「夢中でやってみる」のが大切だというのが、わたしや家族のマントラになった。選挙に勝とうとするか、何百万人もの人を救えるような議案を通すか、友人を作るか離婚を回避するか、何をするにしても成功する保証はない。だがやってみなければならない。何度でも、繰り返し。

大統領選の最中、彼女は、大規模な集会よりも、小さなタウンミーティングを好んだそうです。
なぜなら、一方的に話すより対話の方が、学ぶことが多かったから。私も同感です。自分にはない視点を持っている方々と話すことで、これまでどれほどハッとさせられる気付きがあったか言い尽くせません。

1181
​マスコミはこれらの会話の行なわれる会合に飽きてしまうようだった。批評家たちは、こうした会合はあらかじめ演出され、注意深く管理されているとして片づけた。だがわたしは飽きなかった。人々に向かって話すのではなく、一緒に話したかった。それによって学ぶことも多かった。わたしにとっては、これこそが、大統領に立候補するということの主要な意義だった。​

チームヒラリーは、6000人!ボーイング機をチャーターした上で、総選挙に向けたスローガン「一緒のほうが強い」という意味のstronger togetherを書いて、全米を飛び回りました。
本物さながらの討論会の準備や、タウンミーティングで得られた学びを政策に活かすために奔走します。特にページ数を割いて言及されているのが、貧困にも見舞われているミシガン州フリントの水が汚染された結果、沢山のこどもたちが鉛中毒になってしまったという問題です(No.3522~)。この問題を放っておく訳には行かないと動く彼女に私利私欲があったとは私には思えません。彼女の情熱は、公害で苦しむ被害者を救うために奔走する弁護士の姿と重なります。

そして、彼女は、踏み込みます。
女性である故に存在する圧力にどう立ち向かってどう感じてきたか。ここまで正直に書いてくれたことにまずは感謝です。そして、深く頷き共感できる箇所がいくつもありました。

まず、ヒラリーさんは、大統領選を通して、この上なく辛い現実、「私は皆に嫌われている」に向き合わざるを得ませんでした。

6531
そのうえで、わたしは多くの人が――それこそ何百万人もが――わたしのことを嫌いなのだという結論に達した。これがどんな気分のものか、想像してみてほしい。受け入れがたいことだった。だが避けることはできない。

その上で、彼女は、同じ舞台に立っていても、女性が求められることは男性よりもずっと多いということも併せて指摘します。本当にそうだ!!と頷きすぎて、顎が首にめり込みそうでした(笑)
女性だけに完璧さが求められるのは何故なんだ、と思う機会が多々ありました。

2069
政治において女性が身につけなければならないバランス感覚は、どんなレベルにおいても難しいものだが、地位が上がるにつれてますます困難になる。印象が強すぎると、好かれない。優しすぎると、重大な問題に関われない。熱心に働きすぎると、家庭を顧みないことになる。家庭を優先すると、真剣に仕事をしていないことになる。職歴を積んで子どもがいないと何か問題があるということになるか、その逆か。もっと重要な役職を求めると、野心家だと批判される。

時には、男性なら許される、男性なら好意的に評価される資質までもが、女性であるために、批判される・・・余りにも理不尽だけど、でも、私たちの身近でも、こういう傾向ってありますよね。弁護士経験で身につけた慎重な言葉遣いのくだりは、自分に引きつけて考えてしまいました。

2089
なぜわたしはそれほど評価の分かれる人物になり、たとえばジョー・バイデンやジョン・ケリーはならないのか? 彼らは大統領に立候補した。彼らは政府の高い位置で仕事をした。彼らはあらゆる種類の投票をし、その中にはわたしと同じように、後悔しているものもあるはずだ。なぜわたしだけが、怒りの避雷針になるのだろう?  本気で訊きたい。途方に暮れている。

2121
冷静な態度も関係しているだろう。わたしはよく、常に警戒していると言われるが、これは本当だ。話す前に考える。頭に浮かんだことを、やみくもに口に出したりはしない。生まれつきそういう傾向があったのに加えて、弁護士として訓練を受け、何十年も公衆の目にさらされ、一言一句を穿鑿されてきた結果でもある。だが、なぜそれが悪いことなのだろう? 上院議員や国務長官――そして何よりも大統領――は、自らの言葉の持つインパクトを自覚して、思慮深く話をするべきなのではないか?  オバマ大統領はわたしと同じくらい、もしかしたらそれ以上に抑制している。ものすごく気を遣って話をする。時間をかけて、言葉を吟味する。これは一般に知的で厳格な態度だと、正しく評価される。彼は深刻な事柄を真剣に話す人物だ。それはわたしも同じだ。だがわたしがそうすると、しばしば否定的に受け取られる。

でも、皮肉なことに、女性が、チームの一員として、誰かのために「内助の功」を果たした時は評価されるのですね。自分が主人公になると野心家と批判されるのは何故なのでしょう。

2183
シェリルはもう一つ洞察している。女性は他者を擁護すると好意的に見られ、自分たちを擁護すると否定的に見られる。たとえば、男性であれば昇給を求めても悪いことはない。望み通りになるかどうかはともかく、何かを求めたことで罰せられはしない。同じことを女性がすると、危険が伴う。給料は上がるかもしれないが、評判は落ちる。例外は、女性が他の誰かのために昇給を求める場合だ。その場合はチームの一員と見なされ、寛大に受け取られる。これもまた、胸に響いた。誰かの支援をする役割のときは、わたしは人に好かれる。夫のための選挙運動や、オバマ大統領の内閣で働いていたときだ。こうした能力で評価された場合は大丈夫だった。だが立ち上がって、「これからはわたしが主導します」と言ったとたん、全てが変わった。  あの日、困難な登山が待っていると、シェリルに警告された。「奴らは、まるで容赦がないわよ」

 

なお、ここで出てくるシェリルは、Facebook のCEOで素晴らしいトークをTED で披露しています。
https://www.ted.com/talks/sheryl_sandberg_why_we_have_too_few_women_leaders

こんな体験を重ねるうちに、いつしか女性は、自信をなくす。生まれた時は一緒だったのに。でも、、、、本当だ。私も、こんな体験を仕事を任す側、任される側双方で体験しています、悲しいことに。

2534
何年にもわたって、わたしは若い女性や男性を雇い、応援してきた。多くの場合は、こんな具合だ。
わたし:あなたにもっと大きな役を任せたいの。

若い男性:すごい。がんばります。落胆はさせません。
若い女性:本当に大丈夫かしら? 自信がないわ。一年後にしたらどうでしょう?  
こうした反応は先天的なものではない。生まれつき、男性のほうが女性より自信があるわけではない。男性は自分を信じろと言われ、女性は自分を疑えと言われる。若いころから、何百万回も言われ続けるのだ。わたしたち一人ひとりが改善していかなければならないことだ。

そんな彼女を支えてきた夫、クリントン元大統領と、一人娘のチェルシーさんに対する彼女の愛情にも、心打たれました。

2613
娘は特別な存在だ。生まれた直後から、女性として教えておきたいことがたくさんあった。勇敢であること、本当の自信を持ち、場合によっては自信のあるふりをし、深刻になりすぎずにプライドを持ち、自分を愛し、愛するように努力し、寛大な心で他者を愛し、強いけれど優しくもあり、どの意見を重んじ排除するかを判断し、何を言われようと自分を信じる。わたし自身は、こうした事柄を身につけるのに苦労したが、もしかしたらチェルシーはあっという間に自分というものを確立していたのかもしれない。

2769 
彼は人生のパートナーであり、出会った瞬間から最高の存在だった。彼には、仕事を控えてくれと言われたことがない。彼の人生や野望の妨げになるからという理由で――仕事でも政治でも――競争相手にならないでくれと言われたこともない。彼の仕事のほうがわたしのものより重要だった時期はあったが、それでも彼は何も言わなかった。常に平等だと感じさせてくれた。

家族をはじめ、沢山の仲間に精力的に支えられて迎えた開票の日、まさかの敗戦を喫した状況がリアルタイムで綴られていて心が痛くなる。それでもヒラリーさんは、呼びかけます。小さな女の子では最早ない私も、心に響くメッセージです。

2472
「これを見ている小さな女の子たち、あなたが価値のある力強い存在で、この世界で夢を追いかけて達成するチャンスに恵まれるべきだということを、けっして疑わないでほしい」

全身全霊で挑戦して傷ついてきた彼女の人生だからこそ、終盤に出てくるヒラリーさんの友人の言葉は、とてつもない重みで迫ってきます。私も、ツルツルした表面上の美しさよりも、いくつもの深い傷を負い、その傷を乗り越えてきたからこそ発光する内面からの輝きに、強く心惹かれます。
ここは、せっかくなので、オリジナルの英語もご紹介します。

7542
「傷のあるエメラルドは傷のないものより良いとされることがあります。傷が、本物であることの証拠だからです」​​​​​​​​​​​​​​​

“Flawed emeralds are sometimes even better than flawless ones,” Tala went on, “because the flaws show authenticity and character.”

本当に素晴らしい読書体験でした。
お勧めです!






Last updated  2020.07.29 19:38:05
2019.01.23
カテゴリ:読書日記
2019年も、もう20日以上、経過してしまいました。
今年、私は、今まで以上に、日々一瞬を大切に過ごしていきます。

さて、今日は、日本文学史上の不朽の名作「苦界浄土」(1969年、石牟礼道子)について書きたいと思います。私が「苦界浄土」を読んだのは、著者の石牟礼さんが昨年2月にお亡くなりになってから後のことでした。お名前も作品名も良く存じ上げていましたが、何故か手にとらないまま生きてきてしまったことをとても恥ずかしく感じ、以降、何度も読み返し、読む度に、心が震えてしまいます。

話は変わりますが、「本を積んだ小舟」(1995年、宮本輝、文春文庫)という本があります。作家の宮本輝さんがご自身で選書された32もの作品をご紹介して下さるという、宮本輝さんのファンは勿論、本が好きな人にとってもたまらない一冊ですが、この中で、深沢七郎さんの「楢山節考」が取り上げられています。姥捨山伝説を下敷きに、宮本さんの表現をお借りすれば「どこか乾いているような冷めているような、それでいて登場人物も読者を突き放しているとは思えない不思議な文章によって書かれた」これもまた不朽の名作として永遠に残り続ける作品です。
宮本さんは、この「楢山節考」を中央公論新人賞の選者として読むことになった正宗白鳥さんの選評を次の通り引用して、この作品の魅力を伝えていらっしゃいます。

今年の多数の作品のうちで、最も私の心を捉えたものは、新作家である深沢七郎の「楢山節考」である。(中略)私は、この作者は、この一作だけで足れりとしていいとさえ思っている。私はこの小説を面白ずくや娯楽として読んだのじゃない。人生永遠の書として心読したつもりである。

長々と引用しましたが、私は、「苦界浄土」を読んだ時に、石牟礼さんは、苦界浄土を書くためにこの世に生まれてきたのだ、とでもいうべき心の奥底が震えるような感覚を感じると共に、「この作者は、この一作だけで足れり」と言い切った正宗白鳥さんの言葉が蘇りました。ああ、正宗さんは、きっと今私が感じているような深い感動を、楢山節考をお読みになったときにお感じになったのだろうと思ったのです。

「苦界浄土」は、「わが水俣病」という副題がついている通り、石牟礼さんの視点で、水俣病の患者さんに寄り添って書かれた文章なのですが、実際の患者さんをモデルにしているのに、ノンフィクションでもなければ、小説ともいえない、既存のジャンルに当てはめることができない不思議な作品で、良く石牟礼作品の枕言葉につけられる「魂の文学」という言葉ですら、その奥深く深遠な本質に辿り着いていないような感じがする石牟礼さんにしか書けない唯一無二、空前絶後の作品です。

水俣病の病状の凄まじさ、ここまで言葉でえぐり出したことにまず圧倒されます。死んで終わる苦しみですらない、諦めることができる筈もない底知れぬ絶望を一歩も引くことなく逃げることなく、患者さんの心の中にまで入り込んで描き出しています。すみません、私は、患者さんの苦しみを描写した部分はどこを引用すべきか選べませんでした。とても切り取れないのです。そのまま丸ごと受け入れるしかないのだと思います。

石牟礼さん自身が次の通り、表現されている通り、生き地獄の中でもがき苦しむ患者さんの魂が石牟礼さんに移り住んでしまったから、生まれた文章だったのでしょう。石牟礼さんものたうちまわったのではないかと思います。でも、だからこそ、我が苦しみとして書かずにはいられなかったのではないかと思います。

この日はことにわたくしは自分が人間であることの嫌悪感に、耐えがたかった。釜鶴松のかなしげな山羊のような、魚のような瞳と流木じみた姿態と、決して往生できない魂魄は、この日から全部わたくしの中に移り住んだ。
(ゆき女きき書)

それ程鬼気迫る惨状の中だからこそかもしれません、石牟礼さんにしか書けない、奈落の底の絶望から浮かび上がってくる患者さんたちの中に、確固として存在する人間としての矜恃、尊厳・・・どういう言葉で表現するべきか悩みますが、人間の気高さと悲しみが匂い立つ瞬間は、私の心を揺さぶり続けました。

たとえば、患者さん達が、語る「水俣病前」の生活、当たり前の日常の生活は、「郷愁」等という既存の言葉で評価することはできない現実世界を凌駕した幻想的な美しさです。今は理不尽にもなくなってしまった幸せ、でも、確かに存在した過去の幸せが宝石のように結晶化したからこそ生まれるこの世のものとは思えない美しさだと思います。
私の筆力でこの美しさを説明したり、再現したりすることは不可能なので是非本文にあたって頂きたいのですが、ほんの少しだけご紹介します。私は、今まで生きてきて、これほどまでに心打たれる日本語に出逢ったことはありません。

ぐるっとまわればうちたちのなれた鼻でも、夏に入りかけの海は磯の香りのむんむんする。会社の臭いとはちがうばい。
海の水も流れよる。ふじ壺じゃの、いそぎんちゃくじゃの、梅松じゃの、水のそろそろと流れてゆく先ざきに、いっぱい鼻をつけてゆれよるるよ。
わけても魚どんがうつくしか。いそぎんちゃくは菊の花の満開のごたる。海松は海の中の崖のとっかかりに、枝ぶりのよかとの段々をつくっとる。
ひじきは雪やなぎの花の枝のごとしとる。藻は竹の林のごたる。
海の底の景色も陸の上とおんなじに、春も秋も夏も冬もあっとばい。うちゃ、きっと海の底に龍宮のあるとおもうとる。夢んごでうつくしかもね。海に飽くちゅうこた、決してなかりよった。
どのようなこまんか島でも、島の根つけに岩の中から清水の湧く割れ目の必ずある。そのような真水と、海のつよい潮のまじる所の岩に、うつくしかあをさの、春にさきがけて付く。磯の香りのなかでも、春の色濃くなったあをさが、岩の上で、潮の干いたあとの陽にあぶられる匂いは、ほんになつかしか。
そんな日なたくさいあをさを、ぱりぱり剥いで、あをさの下についとる牡蠣を剥いで帰って、そのようなだしで、うすい醤油の、熱いおつゆば吸うてごらんよ。都の衆たちにゃとてもわからん栄華ばい。あをさの汁をふうふういうて、舌をやくごとすすらんことには春はこん。
自分の身体に二本の足がちゃんとついて、その二本の足でちゃんと体を支えて踏ん張って立って、自分の体に二本の腕がついとって、その自分の腕で櫓を漕いで、あをさをとりに行こうごたるばい。うちゃ泣こうごたる。もういっぺん-行こうごたる、海に。
(ゆき女きき書)

そら海の上はよかもね。
海の上におればわがひとりの天下じゃもね。
魚釣っとるときゃ、自分が殿様じゃもね。銭出しても行こうごとあろ。
舟に乗りさえすれば、夢みておっても魚はかかってくるとでござすばい。ただ冬の寒か間だけはそういうわけにもゆかんとでござすが。
魚は舟の上で食うとがいちばん、うもうござす。

沖のうつくしか潮で炊いた米の飯の、どげんうまかもんか、あねさんあんた食うたことのあるかな。そりゃ、うもうござすばい、ほんのり色のついて。かすかな潮の風味のして。
かかは飯たく、わしゃ魚ばこしらえる。
(中略)
あねさん、魚は天のくれらすもんでござす。天のくれらすもんを、ただで、わが要ると思うしことって、その日を暮らす。
これより上の栄華のどこゆけばあろうかい。
(天の魚)

・・・言葉が出ないですね。解説もいらないですね。ただただ圧倒されます。

私は、正宗白鳥さんではないですが、苦界浄土を「人生永遠の書」として大切にし続けたいと思います。
そして、私は、私自身が、石牟礼さんのいらした奈落とは違うけれど、私の違う奈落を体験していること、だからこそ、これほどまでに石牟礼さんに共振してしまったのではないかと感じることもあります。石牟礼さんの文章は、石牟礼さん固有の世界を描きつつも、人間誰もが抱えている生きることに必然的に伴う深い悲しみ、苦悩を揺さぶります。だからこそ、多くの人が衝撃を受けたのだと思いますし、どれほど時が経っても色あせないのだと思います。

​最後に、石牟礼さんと寄り添い続けた編集者である渡辺京二さんの石牟礼さん評をご紹介しておきます。一言一句同感です。

(2018年12月27日付朝日新聞)
誰よりも言語感覚に優れていながら、まるで無文学社会の民のような鋭敏な感性もあわせ持っていました。特に命を持つ者への共感能力ですね。幼いころ、精神を病んだ祖母の世話をして育ったことが大きかったのでしょう。その祖母や、近所の妓楼の遊女たちを見る大人たちの表情にも敏感だったはずです。
人の心は決して通じ合わずまるで引き裂けているような世界をこの目で見てしまったのでしょう。この世はいやだ、生まれてきたのはいやだ、とぐずり泣きしている幼女が石牟礼さんです。そこから歩み出した彼女が遺した小説からは、命を削っても表現したかったことがちゃんと伝わってきます。ぜひ読んで頂きたいと思います。







Last updated  2019.01.23 05:46:05
2018.11.15
カテゴリ:読書日記

​​少し前のことですが、皇后陛下が、84歳のお誕生日に際して公表された文書に下記の一節がありました。
https://www.asahi.com/articles/ASLBL535WLBLUTIL02J.html

皇太子妃、皇后という立場を生きることは、私にとり決して易しいことではありませんでした。与えられた義務を果たしつつ、その都度新たに気付かされたことを心にとどめていく――そうした日々を重ねて、六十年という歳月が流れたように思います。学生時代よく学長が「経験するだけでは足りない。経験したことに思いをめぐらすように」と云(い)われたことを、幾度となく自分に云い聞かせてまいりました。

「経験するだけでは足りない。経験したことに思いをめぐらすように」という言葉の深さにも、その言葉を「幾度となく自分に云い聞かせてまいりました」という皇后陛下の真摯で誠実な姿勢にも、心から感銘を受け、皇后陛下の公務に対する姿勢、ご自身の人生に対する姿勢と重なり、涙が溢れました。

皇后陛下のご経験とはとても比較になりませんが、私も、毎日色々なことを経験しています。
新しい出逢い、新しい出来事もありますし、いつも日常的にしていることもあります。

その様々な経験の中で、「新たに気付かされたことを心にとどめ」、「思いをめぐらし」、自分の心に組み込んでいく・・・という作業を経て、初めてその経験が自分のものになっていくのですね。ああ、その通りだ、と叫びたいような気持ちになりました。
感じたことをそのままにしてはいけない、逃してはいけない、自分の頭で考えて、自分の言葉で表現して、自分の中に取り込んでいきたいという切実な思いは、いつ頃からか、私の中にいつもあったような気がします。その大きなきっかけの一つは、間違いなく、東日本大震災と原子力発電所事故だったように思います。

今までなんとなく漠然と感じていた思いが、皇后陛下のお言葉によって、自分の中できちんと整理され、心の引き出しに納まった感覚があります。

この一節に限らず、皇后陛下のお言葉は、いつも皇后陛下の人生を体現されているような、唯一無二の知性が煌めく深遠さ、それでいてどこまでも透明な複雑なガラス細工のような繊細な美しさがあり、何度も読み返したくなります。

私の大好きな童話作家である安房直子さんが、まるで少女のように瑞々しい筆致で宮沢賢治の童話に対する限りない愛を語っているエッセイの中で、こんな風に書かれています(安房直子「私の宮沢賢治」ー「ものいう動物たちのすみか」306頁、2004年、偕成社)

賢治の童話が、あんなにも美しくて、すみとおっていて、そして力強いのは、もって生まれた才能のためだけではなく、あの人の生き方のためなのだと思います。賢治の童話は、彼の人生そのものからこぼれた、美しいしずくなのだと・・・。

皇后陛下のお言葉も、皇后陛下の人生そのものからこぼれた美しいしずく、なのだろう、だから、こんなにも深く人の心に沁みていくのだろうと思いました。

私も私の持ち場で、大切に心を込めて、日々を過ごしていこうと思います。







Last updated  2018.11.15 05:41:56
2018.08.17
カテゴリ:読書日記
終戦記念日に、「火垂るの墓」を見た。
最初から最後まで、様々な想いが自分の中を駆け巡り、涙が止まらなかった。

14歳と4歳の兄妹の戦争下での生活を、何からも逃げずに丁寧に丁寧に映像化した30年前の作品。
 30年前の公開時に劇場で見て以来、テレビで断片的に見たことはあったかもしれないが、大人になってからしっかりと見るのは初めてかも知れない。

幻想的なまでの蛍の乱舞をはじめとする映像の圧巻の美しさ、幼女節子の佇まい、仕草の愛らしさ、はかなさ、つかの間の生の眩く吸い込まれるような輝き、そして、刻々と忍び寄る死の残酷さ、美化とは無縁のみじめさ、人間の醜さ、悲しさ、冷淡さ、浅はかさ・・・すべてが詰まった不朽の名作である。

4歳の節子は、しょっちゅう涙を流す。無理もない、本当に泣きたいことばかりだ。
14歳の清太は、滅多に泣かない。でも2回だけ、号泣する。

1度は、節子が火垂るの墓を作りながら、「おかあちゃんも、亡くなって、今はお墓の中にいるんだ」と吐露するシーン。幼い節子に母の死を隠し通していた清太は、節子が既に知っていたことに衝撃を受けて、涙が止まらなくなってしまう。

2度目は、畑を荒らしていることが所有者にばれて、さんざん殴られた末警察に突き出され、説諭を受けた後に痣やたんこぶだらけで交番を出たところで、心配して後をついてきた節子に声をかけられるシーン。
「おにいちゃん、どうしたの。大変、お医者さんに行って、注射してもらわないとね」

飢えと栄養失調でやせ細った節子に自分の怪我を心配された瞬間、清太の心が決壊し、しゃくりあげるように泣いてしまう。人生を懸けて誰かを守ろうとしている人は、実は、他の何よりも、守りたい人に、自らの心を支えられているのだ。
守りたい何かがあるから、人は強くなれるし、孤独にも耐えられる。

DVDの付録として収録されていた原作者野坂昭如さんの寄稿したエッセイもまた何度も読み返させる魂の言葉が綴られていた。

 「生きているぼくもまた、節子と共に死んだ」
「節子と一緒に死んでしまったのだから、余生のはずはなく、もし生きているのなら、戦後といわれるこの43年間は、夢に違いない」
「ぼくにとって、ぼく以外の人間は、節子しかいない」
「ぼくが、節子にとっての全世界だったのではなく、実は逆だったのだ」
「ぼくは、餓死を望んでいる、節子と同じように死ななくてはならぬ。そして、ようやく醒めるのだ、海へ行く、野荒らしの収穫を一緒に食べる、蛍を見る」

この文章は、最早、誰かのために書いているのではない。
ご自身のために書いている文章だからこそ、読む人の心を貫き、揺すぶり、魂をえぐる。

本当に心を打つ文章は、何でもそうかもしれない。
究極的には書き手の内面や魂を、「言葉」に置き換えることが書き手にとって切実に必要な瞬間に、歳月の経過で決して風化しない文章が誕生するのだと思う。

野坂さんは平成27年、高畑さんは今年、お亡くなりになった。
原作者も監督もこの世にいなくなっても、「火垂るの墓」は永久に残る。
誰かの記憶ではなく、我が記憶として、心に刻み続けたい。






Last updated  2018.08.17 04:59:35
2018.06.04
カテゴリ:読書日記
​山梨からの帰路、甲府駅のホームで、ふと目にとまった本を買いました。
いつもより長い旅だからこそ、読みたい、読もうと思っていた本がトランクに沢山あったけれど、急に旅先で出逢った本を読みながら帰りたくなったからです。

動き始めた特急電車から見える風景は緑に溢れていて、いつもの新幹線だと速すぎて、すり抜けていってしまうような風景が、目にも心にも優しく流れて心が濾過されて澄んでいくような感覚を味わいました。

こんな環境と著者の宮下さんの瑞々しく繊細なタッチの清涼感のある文章がとてもマッチして、とても幸せな読書時間となりました。
今度映画化されるベストセラーの本だということですので、お読みになった方も多いかもしれませんね。

ピアノの調律師さんという職業をテーマとしたお話なのですが、調律のことは何にも分からない私でも、主人公の青年の大きな目標、憧れ、への迫り方、挑み方に逡巡する想いが、自分の日々の仕事にも変換できるような言葉で紡いであって、共振する瞬間が沢山ありました。

たとえばこんな箇所(134~135頁)。
「一歩一歩」の苦しさと愛しさが、すっと心に入ってきます。少し涙が出てしまう程に。

 森に近道はない。自分の技術を磨きながら一歩ずつ進んでいくしかない。
 だけど、ときおり願ってしまう。奇跡の耳が、奇跡の指が、僕に備わっていないか。
ある日突然それが開花しないか。思い描いたピアノの音をすぐさまこの手でつくり出すことができたら、どんなに素晴らしいだろう。目指す場所ははるか遠いあの森だ。そこへ一足飛びに行けたなら。

(中略)
 
 もしも調律の仕事が個人種目なら、飛び道具を使うことを考えてもいい。歩かずにタクシーで目的地を目指したってかまわない。そこで調律をすることだけが目的であるなら。
 でも、調律師の仕事は、ひとりでは完成しない。そのピアノを弾く人がいて、初めて生きる。だから、徒歩でいくしかない。演奏する誰かの要望を聞くためには、ひと足でそこへ行ってはだめだのだ。直せないから。一歩ずつ、一足ずつ、確かめながら近づいていく。その道のりを大事に進むから、足跡が残る。いつか迷って戻ったときに、足跡が目印になる。どこまで遡ればいいのか、どこで間違えたのか、見当がつく。修正も効く。誰かのリクエストを入れて直すことだってできるんじゃないか。たくさん苦労して、どこでどう間違ったか全部自分の耳と身体で記憶して、それでも目指すほうへ向かっていくから、人の希望を聞き、叶えることができるのだと思う。

私も一歩一歩頑張っていこうと思いました。
お勧めです。








Last updated  2018.06.04 00:29:10
2017.11.19
カテゴリ:読書日記

敬愛する石田武臣弁護士が、弁護士生活50周年を迎えられたことを記念して、総勢24名の弁護士が執筆者として名を連ねている「弁護士っておもしろい!」という題名の本が出版された。

https://www.nippyo.co.jp/shop/book/7591.html

私は、この本を新幹線の中で読み、一章読むごとに心をゆさぶられ、涙した。
弁護士魂が詰まったこの本、現役のすべての弁護士、法曹を目指す若者はじめ、一人でも多くの方に読んで頂きたいと思う。

以下は、本の出版記念パーティーを兼ねた石田先生の弁護士生活50周年を記念するイベントで、私がお話させて頂いた内容です。大切な石田先生のために心を込めてお話したので、せっかくなので、ブログでもご紹介させて頂きますね。

**********

弁護士の葦名と申します。
私は56期、弁護士15年目に入ったところです。
元々富山県出身ですが、大学から上京しまして、弁護士になったばかりの最初の事務所が東京パブリック法律事務所、その後、相馬ひまわり基金法律事務所への赴任を経て、ちょうど10年前から静岡に移り、現在に至ります。

石田先生は、私が東京パブリック法律事務所に入所した際に、所長をおつとめになっていました。私にとっては、一番最初のボスで、どんなときも太陽のようなまぶしい明るさ、依頼者、弁護士、その他関係者問わず、人の心にぐいぐい迫る圧倒的な説得力、そしていつの間にか誰もが巻き込まれざるを得なくなっていく豪腕さを兼ね備えた敬愛する大切な永遠のボスです。

心から敬愛する石田先生にどんなお祝いの言葉がふさわしいのか自分なりにいろいろと考えまして、石田先生の弁護士50周年を記念して出版された「弁護士っておもしろい!」を拝読して触発されて生じた私の思いをお伝えすることで、お祝いの言葉にさせて頂きたいと思いました。

「弁護士っておもしろい!」の執筆者は、それぞれの専門分野の最前線で活動されている方々ばかりで、編著者の石田先生ご自身を含め、同業者にとってはまばゆいような憧れの存在がずらり並んでいる、非常に豪華な本ですが、その内容は、深い苦しみ、悲しみを抱えつつ、それでもなお、その現実の中で生きなければならない人に、弁護士として以前に、一人の等身大の人間として圧倒され、心を揺さぶられ、すべての悲しみ苦しみを取り除くことができないことを自覚しつつ、懸命にできることを模索し、決して諦めないで進む人間のネバーエンディングストーリーでした。

私は、新幹線の中で、この本を拝読したのですが、大波小波のように打ち寄せてくる怒濤の人間の物語に、ずっと涙が止まらない中、自分の弁護士人生を振り返り、自分も自分のネバーエンディングストーリーを紡いでいける弁護士になりたいと思いました。

冒頭に申し上げた通り、私は富山県出身です。
立山連峰、日本海などの雄大な自然に恵まれ、空気も清々しく綺麗で、魚介類を中心とする海の幸が美味しい素晴らしい場所ですが、亜熱帯地域と揶揄される静岡県とは比べものにならないのが厳しい冬です。今、晩秋を迎え、冬に向かって加速するこの季節、私が実際に見たわけではないのに、不思議と心に立ち上ってくる風景があります。

それは、まだ私が生まれてさえいなかった50年ほど前のこと、凍るように寒く真っ暗な部屋で、全身をくの字に折り曲げてうめき続ける女性の姿です。
彼女の口から、立ち上る白い息とともに発せられる言葉は、ただひとつ。
「いたいいたい」「いたいいたい」
四大公害病の一つであるイタイイタイ病は、カドミウムを長年摂取したことで、全身の骨がもろくなり、次々と骨折していく病気です。患者の方々が、全身を襲うあまりの痛みに、「どこが痛いの」「どのくらい痛いの」と聞かれても、「いたいいたい」しか答えられなかったことが病名の由来です。

原因が判明するまでの長い間、イタイイタイ病の患者さんは、風土病、業病の偏見に苦しみました。家族は患者を隠すために、陽光がささない暗い部屋に患者を閉じ込めていました。

皆様ご存じの通り、イタイイタイ病は、その後、加害企業相手の裁判に勝訴し、その判決を元に、国と、治療費等の助成はもちろん、発生原因対策等も交渉し、2013年、初提訴から45年の歳月をかけて、加害企業の全面謝罪、汚染土壌の復元、潜在性の腎障害の患者にも見舞金が支払われる等が盛り込まれた合意を経て、完全決着しました。つい4年前のことです。

いたいいたい、いたいいたい。
暗く寒い部屋であまりの体の痛みで痛い痛いしか言葉にならない人々の傍で、体は痛くなかったけれど、心が痛くて、あまりにも心が痛くて、いてもたってもいられなかった、動かないではいられなかった、動き続けずにはいられなかった人々の中に、沢山の弁護士がいたことに私は深く心を動かされずにはいられません。

そして、私は、この本を読みながらも、イタイイタイ病のようにわかりやすい形でなくても、目の前の人の声にならない「いたいいたい」を心で受け止め寄り添い圧倒的な現実を前にそれでもなお進む変わらぬ弁護士魂、弁護士スピリットを強く感じました。私たちが、大きな歴史の流れの中で今を生きていることを実感します。
 
今後も、声なき声に耳を傾け続けること、その声を言葉と理屈にして発信し続けること、そして、決して諦めないこと。この本を拝読しながら立ち上がってきた想像の中での原風景と共に大切に進んで参りたいと思います。

この本の共同編著者である寺町東子先生が、後書きで、石田先生のことを「若者たちの心に火をつけ、人と人とを結びつけ、化学反応を巻き起こしていくインフルエンサーとしての存在感が類い希な魅力」と評されていましたが、まったく同感です。
本書に触発されて私がまた新たに大きなエネルギーを得て、今後の弁護士人生を歩んでいくことを、石田先生に火をつけられた「元若者」の一人として、お誓い申し上げて、先生へのお祝いの言葉とさせて頂きます。

石田先生、どうぞいつまでもお元気でいらしてください。
そして、これからもずっとご指導よろしくお願い申し上げます。







Last updated  2017.11.19 01:01:30
2017.07.16
カテゴリ:読書日記

最近、平野次郎・鈴木健士「英語で聴く世界を変えた感動の名スピーチ」(2014年、株式会社KADOKAWA)に、はまっている。

アウンサン・スーチー、ネルソン・マンデラ、バラク・オバマ、マザー・テレサ等の17人の著名人の演説のスクリプトと日本語反訳が本文に掲載されていて、それぞれのスピーチのCDもついている(ゴルバチョフやガンジーのように、元々のスピーチが英語以外の言語でなされている場合は、英語に翻訳されている)という、1冊で色々な楽しみ方ができる本なのだ。

元々世界史が胸が熱くなるくらい大好きだったし、英語の勉強にもなるし、通勤時間や隙間時間が無駄にならないし、位の軽い気持ちで購入したのだけど、「時間が無駄にならない」どころか、始終聴いていたいくらい、日々、心が揺さぶられている。

遠い世界だった方々がまるで耳元で話して下さっているような臨場感を感じながら、話者の境遇や心情に想いを馳せる体験をしつつ、世界中を旅しているような気持ちになれるのは、もうひたすらに、話者それぞれの体験の持つ力、言葉の力、そして誰にも真似できない圧倒的に人を惹き付ける魅力があるからに他ならない。

まだ全部を聴けているわけではないため、本全体の論評はできないが、心の底から凄いと思ったのは、ミハイル・ゴルバチョフ大統領(1991年12月25日当時)の「辞任演説」。

崩壊していく運命が分かっている超大国ソビエト連邦の最後の大統領という、これ以上考えられないほど難しい立場で、厳しい現実とこれまで取り組んできた改革の到達点を分析したスピーチには、彼の卓越した頭の良さや多方面への配慮を怠らない人間性もさることながら、どんな逆風の中でも揺らぐことのない強固な信念を感じ、もっと、彼の言葉を聞きたいと思った(というわけで、彼自身の回想録を取り寄せてみました!読むのがとてもとても楽しみです!)。

それで、今日、洗い物をしながら聴き始めたのが、最早、知らない人がいない偉人、ヘレン・ケラーが若干16歳の時に「米国聴覚障害者言語指導促進協会」で演説した時のスピーチだった。
ヘレン・ケラーは、この時、「聴力障害者が、話ができるようにするための教育を受けることがいかに大切か」というテーマで話しているのだが、彼女自身の言葉の一つ一つに、彼女自身の体験に裏打ちされている本物の煌めきが宿っており、強烈に惹き付けられる。

奇跡の人、と呼ばれる彼女ではあるが、実際のところ、奇跡どころか、凄まじい努力を、

One can never consent to creep when one feels an impulse to soar.
(空高く舞い上がりたいという衝動があれば、地を這うことに納得することなどできないのです

という強い想いだけで続けてきて、その想いを実現するための努力の原動力が、

the thought of the pleasure it would give my mother to hear my voice once more
(もう一度私の声を聞くことができたら母はどんなに喜ぶだろうと考えること)

にあったというくだりには、涙が出てきてしまった。

そして、彼女は、彼女自身の挑戦に限らず、挑戦することそれ自体がどれほど人生を豊かにするかということについても、万人を勇気づけるメッセージを送っている。

Do not think of today‘s failures,but of the success that may come tomorrow.
You have set yourselves a difficult task,but you will succeed if you persevere,and you will find a joy in overcoming obstacles - a delight in climbing rugged paths,which you would perhaps never know if you did not sometimes slip backward - if the road was always smooth and pleasant.
Remenber,no effort that we make to attain something beautiful is ever lost.

(今日の失敗ではなく、明日やってくるかもしれない成功に想いを馳せましょう。皆さんは自らに試練を課したわけですが、辛抱すれば成功しますし、障害を乗り越える喜びを見いだせるでしょう。それは、険しい坂道を登ることで得られる喜びであり、平坦で快適な道を時折滑り落ちることもないまま歩き続けた場合には、決して経験することができないような喜びです。忘れないで下さい、素晴らしいものを目指す努力が無駄になることはないということを)

私は、この部分を聞いていて、自分にとって、たとえ難しく遠い目標であっても、真摯に果敢に挑戦する自分でいたいと強く思った。

そして、そう思ったことを、書き留めておきたいと思った。
毎日、頑張ります。







Last updated  2017.07.16 01:15:24

全33件 (33件中 1-10件目)

1 2 3 4 >


© Rakuten Group, Inc.