000000 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

弁護士YA日記

PR

Profile


YYY0801

Calendar

Category

Free Space

〒420-0837
静岡市葵区日出町5-3
TEL 054-269-4590
FAX 054-269-4591
http://hinodecho-law.jp/
日出町法律事務所
2019年6月より1年間、日本弁護士連合会客員研究員としてイリノイ大学アーバナシャンペーン校に留学中です。
弁護士葦名ゆき(あしな・ゆき)

全29件 (29件中 1-10件目)

1 2 3 >

読書日記

2019.01.23
XML
カテゴリ:読書日記
2019年も、もう20日以上、経過してしまいました。
今年、私は、今まで以上に、日々一瞬を大切に過ごしていきます。

さて、今日は、日本文学史上の不朽の名作「苦界浄土」(1969年、石牟礼道子)について書きたいと思います。私が「苦界浄土」を読んだのは、著者の石牟礼さんが昨年2月にお亡くなりになってから後のことでした。お名前も作品名も良く存じ上げていましたが、何故か手にとらないまま生きてきてしまったことをとても恥ずかしく感じ、以降、何度も読み返し、読む度に、心が震えてしまいます。

話は変わりますが、「本を積んだ小舟」(1995年、宮本輝、文春文庫)という本があります。作家の宮本輝さんがご自身で選書された32もの作品をご紹介して下さるという、宮本輝さんのファンは勿論、本が好きな人にとってもたまらない一冊ですが、この中で、深沢七郎さんの「楢山節考」が取り上げられています。姥捨山伝説を下敷きに、宮本さんの表現をお借りすれば「どこか乾いているような冷めているような、それでいて登場人物も読者を突き放しているとは思えない不思議な文章によって書かれた」これもまた不朽の名作として永遠に残り続ける作品です。
宮本さんは、この「楢山節考」を中央公論新人賞の選者として読むことになった正宗白鳥さんの選評を次の通り引用して、この作品の魅力を伝えていらっしゃいます。

今年の多数の作品のうちで、最も私の心を捉えたものは、新作家である深沢七郎の「楢山節考」である。(中略)私は、この作者は、この一作だけで足れりとしていいとさえ思っている。私はこの小説を面白ずくや娯楽として読んだのじゃない。人生永遠の書として心読したつもりである。

長々と引用しましたが、私は、「苦界浄土」を読んだ時に、石牟礼さんは、苦界浄土を書くためにこの世に生まれてきたのだ、とでもいうべき心の奥底が震えるような感覚を感じると共に、「この作者は、この一作だけで足れり」と言い切った正宗白鳥さんの言葉が蘇りました。ああ、正宗さんは、きっと今私が感じているような深い感動を、楢山節考をお読みになったときにお感じになったのだろうと思ったのです。

「苦界浄土」は、「わが水俣病」という副題がついている通り、石牟礼さんの視点で、水俣病の患者さんに寄り添って書かれた文章なのですが、実際の患者さんをモデルにしているのに、ノンフィクションでもなければ、小説ともいえない、既存のジャンルに当てはめることができない不思議な作品で、良く石牟礼作品の枕言葉につけられる「魂の文学」という言葉ですら、その奥深く深遠な本質に辿り着いていないような感じがする石牟礼さんにしか書けない唯一無二、空前絶後の作品です。

水俣病の病状の凄まじさ、ここまで言葉でえぐり出したことにまず圧倒されます。死んで終わる苦しみですらない、諦めることができる筈もない底知れぬ絶望を一歩も引くことなく逃げることなく、患者さんの心の中にまで入り込んで描き出しています。すみません、私は、患者さんの苦しみを描写した部分はどこを引用すべきか選べませんでした。とても切り取れないのです。そのまま丸ごと受け入れるしかないのだと思います。

石牟礼さん自身が次の通り、表現されている通り、生き地獄の中でもがき苦しむ患者さんの魂が石牟礼さんに移り住んでしまったから、生まれた文章だったのでしょう。石牟礼さんものたうちまわったのではないかと思います。でも、だからこそ、我が苦しみとして書かずにはいられなかったのではないかと思います。

この日はことにわたくしは自分が人間であることの嫌悪感に、耐えがたかった。釜鶴松のかなしげな山羊のような、魚のような瞳と流木じみた姿態と、決して往生できない魂魄は、この日から全部わたくしの中に移り住んだ。
(ゆき女きき書)

それ程鬼気迫る惨状の中だからこそかもしれません、石牟礼さんにしか書けない、奈落の底の絶望から浮かび上がってくる患者さんたちの中に、確固として存在する人間としての矜恃、尊厳・・・どういう言葉で表現するべきか悩みますが、人間の気高さと悲しみが匂い立つ瞬間は、私の心を揺さぶり続けました。

たとえば、患者さん達が、語る「水俣病前」の生活、当たり前の日常の生活は、「郷愁」等という既存の言葉で評価することはできない現実世界を凌駕した幻想的な美しさです。今は理不尽にもなくなってしまった幸せ、でも、確かに存在した過去の幸せが宝石のように結晶化したからこそ生まれるこの世のものとは思えない美しさだと思います。
私の筆力でこの美しさを説明したり、再現したりすることは不可能なので是非本文にあたって頂きたいのですが、ほんの少しだけご紹介します。私は、今まで生きてきて、これほどまでに心打たれる日本語に出逢ったことはありません。

ぐるっとまわればうちたちのなれた鼻でも、夏に入りかけの海は磯の香りのむんむんする。会社の臭いとはちがうばい。
海の水も流れよる。ふじ壺じゃの、いそぎんちゃくじゃの、梅松じゃの、水のそろそろと流れてゆく先ざきに、いっぱい鼻をつけてゆれよるるよ。
わけても魚どんがうつくしか。いそぎんちゃくは菊の花の満開のごたる。海松は海の中の崖のとっかかりに、枝ぶりのよかとの段々をつくっとる。
ひじきは雪やなぎの花の枝のごとしとる。藻は竹の林のごたる。
海の底の景色も陸の上とおんなじに、春も秋も夏も冬もあっとばい。うちゃ、きっと海の底に龍宮のあるとおもうとる。夢んごでうつくしかもね。海に飽くちゅうこた、決してなかりよった。
どのようなこまんか島でも、島の根つけに岩の中から清水の湧く割れ目の必ずある。そのような真水と、海のつよい潮のまじる所の岩に、うつくしかあをさの、春にさきがけて付く。磯の香りのなかでも、春の色濃くなったあをさが、岩の上で、潮の干いたあとの陽にあぶられる匂いは、ほんになつかしか。
そんな日なたくさいあをさを、ぱりぱり剥いで、あをさの下についとる牡蠣を剥いで帰って、そのようなだしで、うすい醤油の、熱いおつゆば吸うてごらんよ。都の衆たちにゃとてもわからん栄華ばい。あをさの汁をふうふういうて、舌をやくごとすすらんことには春はこん。
自分の身体に二本の足がちゃんとついて、その二本の足でちゃんと体を支えて踏ん張って立って、自分の体に二本の腕がついとって、その自分の腕で櫓を漕いで、あをさをとりに行こうごたるばい。うちゃ泣こうごたる。もういっぺん-行こうごたる、海に。
(ゆき女きき書)

そら海の上はよかもね。
海の上におればわがひとりの天下じゃもね。
魚釣っとるときゃ、自分が殿様じゃもね。銭出しても行こうごとあろ。
舟に乗りさえすれば、夢みておっても魚はかかってくるとでござすばい。ただ冬の寒か間だけはそういうわけにもゆかんとでござすが。
魚は舟の上で食うとがいちばん、うもうござす。

沖のうつくしか潮で炊いた米の飯の、どげんうまかもんか、あねさんあんた食うたことのあるかな。そりゃ、うもうござすばい、ほんのり色のついて。かすかな潮の風味のして。
かかは飯たく、わしゃ魚ばこしらえる。
(中略)
あねさん、魚は天のくれらすもんでござす。天のくれらすもんを、ただで、わが要ると思うしことって、その日を暮らす。
これより上の栄華のどこゆけばあろうかい。
(天の魚)

・・・言葉が出ないですね。解説もいらないですね。ただただ圧倒されます。

私は、正宗白鳥さんではないですが、苦界浄土を「人生永遠の書」として大切にし続けたいと思います。
そして、私は、私自身が、石牟礼さんのいらした奈落とは違うけれど、私の違う奈落を体験していること、だからこそ、これほどまでに石牟礼さんに共振してしまったのではないかと感じることもあります。石牟礼さんの文章は、石牟礼さん固有の世界を描きつつも、人間誰もが抱えている生きることに必然的に伴う深い悲しみ、苦悩を揺さぶります。だからこそ、多くの人が衝撃を受けたのだと思いますし、どれほど時が経っても色あせないのだと思います。

​最後に、石牟礼さんと寄り添い続けた編集者である渡辺京二さんの石牟礼さん評をご紹介しておきます。一言一句同感です。

(2018年12月27日付朝日新聞)
誰よりも言語感覚に優れていながら、まるで無文学社会の民のような鋭敏な感性もあわせ持っていました。特に命を持つ者への共感能力ですね。幼いころ、精神を病んだ祖母の世話をして育ったことが大きかったのでしょう。その祖母や、近所の妓楼の遊女たちを見る大人たちの表情にも敏感だったはずです。
人の心は決して通じ合わずまるで引き裂けているような世界をこの目で見てしまったのでしょう。この世はいやだ、生まれてきたのはいやだ、とぐずり泣きしている幼女が石牟礼さんです。そこから歩み出した彼女が遺した小説からは、命を削っても表現したかったことがちゃんと伝わってきます。ぜひ読んで頂きたいと思います。







Last updated  2019.01.23 05:46:05
2018.11.15
カテゴリ:読書日記

​​少し前のことですが、皇后陛下が、84歳のお誕生日に際して公表された文書に下記の一節がありました。
https://www.asahi.com/articles/ASLBL535WLBLUTIL02J.html

皇太子妃、皇后という立場を生きることは、私にとり決して易しいことではありませんでした。与えられた義務を果たしつつ、その都度新たに気付かされたことを心にとどめていく――そうした日々を重ねて、六十年という歳月が流れたように思います。学生時代よく学長が「経験するだけでは足りない。経験したことに思いをめぐらすように」と云(い)われたことを、幾度となく自分に云い聞かせてまいりました。

「経験するだけでは足りない。経験したことに思いをめぐらすように」という言葉の深さにも、その言葉を「幾度となく自分に云い聞かせてまいりました」という皇后陛下の真摯で誠実な姿勢にも、心から感銘を受け、皇后陛下の公務に対する姿勢、ご自身の人生に対する姿勢と重なり、涙が溢れました。

皇后陛下のご経験とはとても比較になりませんが、私も、毎日色々なことを経験しています。
新しい出逢い、新しい出来事もありますし、いつも日常的にしていることもあります。

その様々な経験の中で、「新たに気付かされたことを心にとどめ」、「思いをめぐらし」、自分の心に組み込んでいく・・・という作業を経て、初めてその経験が自分のものになっていくのですね。ああ、その通りだ、と叫びたいような気持ちになりました。
感じたことをそのままにしてはいけない、逃してはいけない、自分の頭で考えて、自分の言葉で表現して、自分の中に取り込んでいきたいという切実な思いは、いつ頃からか、私の中にいつもあったような気がします。その大きなきっかけの一つは、間違いなく、東日本大震災と原子力発電所事故だったように思います。

今までなんとなく漠然と感じていた思いが、皇后陛下のお言葉によって、自分の中できちんと整理され、心の引き出しに納まった感覚があります。

この一節に限らず、皇后陛下のお言葉は、いつも皇后陛下の人生を体現されているような、唯一無二の知性が煌めく深遠さ、それでいてどこまでも透明な複雑なガラス細工のような繊細な美しさがあり、何度も読み返したくなります。

私の大好きな童話作家である安房直子さんが、まるで少女のように瑞々しい筆致で宮沢賢治の童話に対する限りない愛を語っているエッセイの中で、こんな風に書かれています(安房直子「私の宮沢賢治」ー「ものいう動物たちのすみか」306頁、2004年、偕成社)

賢治の童話が、あんなにも美しくて、すみとおっていて、そして力強いのは、もって生まれた才能のためだけではなく、あの人の生き方のためなのだと思います。賢治の童話は、彼の人生そのものからこぼれた、美しいしずくなのだと・・・。

皇后陛下のお言葉も、皇后陛下の人生そのものからこぼれた美しいしずく、なのだろう、だから、こんなにも深く人の心に沁みていくのだろうと思いました。

私も私の持ち場で、大切に心を込めて、日々を過ごしていこうと思います。







Last updated  2018.11.15 05:41:56
2018.08.17
カテゴリ:読書日記
終戦記念日に、「火垂るの墓」を見た。
最初から最後まで、様々な想いが自分の中を駆け巡り、涙が止まらなかった。

14歳と4歳の兄妹の戦争下での生活を、何からも逃げずに丁寧に丁寧に映像化した30年前の作品。
 30年前の公開時に劇場で見て以来、テレビで断片的に見たことはあったかもしれないが、大人になってからしっかりと見るのは初めてかも知れない。

幻想的なまでの蛍の乱舞をはじめとする映像の圧巻の美しさ、幼女節子の佇まい、仕草の愛らしさ、はかなさ、つかの間の生の眩く吸い込まれるような輝き、そして、刻々と忍び寄る死の残酷さ、美化とは無縁のみじめさ、人間の醜さ、悲しさ、冷淡さ、浅はかさ・・・すべてが詰まった不朽の名作である。

4歳の節子は、しょっちゅう涙を流す。無理もない、本当に泣きたいことばかりだ。
14歳の清太は、滅多に泣かない。でも2回だけ、号泣する。

1度は、節子が火垂るの墓を作りながら、「おかあちゃんも、亡くなって、今はお墓の中にいるんだ」と吐露するシーン。幼い節子に母の死を隠し通していた清太は、節子が既に知っていたことに衝撃を受けて、涙が止まらなくなってしまう。

2度目は、畑を荒らしていることが所有者にばれて、さんざん殴られた末警察に突き出され、説諭を受けた後に痣やたんこぶだらけで交番を出たところで、心配して後をついてきた節子に声をかけられるシーン。
「おにいちゃん、どうしたの。大変、お医者さんに行って、注射してもらわないとね」

飢えと栄養失調でやせ細った節子に自分の怪我を心配された瞬間、清太の心が決壊し、しゃくりあげるように泣いてしまう。人生を懸けて誰かを守ろうとしている人は、実は、他の何よりも、守りたい人に、自らの心を支えられているのだ。
守りたい何かがあるから、人は強くなれるし、孤独にも耐えられる。

DVDの付録として収録されていた原作者野坂昭如さんの寄稿したエッセイもまた何度も読み返させる魂の言葉が綴られていた。

 「生きているぼくもまた、節子と共に死んだ」
「節子と一緒に死んでしまったのだから、余生のはずはなく、もし生きているのなら、戦後といわれるこの43年間は、夢に違いない」
「ぼくにとって、ぼく以外の人間は、節子しかいない」
「ぼくが、節子にとっての全世界だったのではなく、実は逆だったのだ」
「ぼくは、餓死を望んでいる、節子と同じように死ななくてはならぬ。そして、ようやく醒めるのだ、海へ行く、野荒らしの収穫を一緒に食べる、蛍を見る」

この文章は、最早、誰かのために書いているのではない。
ご自身のために書いている文章だからこそ、読む人の心を貫き、揺すぶり、魂をえぐる。

本当に心を打つ文章は、何でもそうかもしれない。
究極的には書き手の内面や魂を、「言葉」に置き換えることが書き手にとって切実に必要な瞬間に、歳月の経過で決して風化しない文章が誕生するのだと思う。

野坂さんは平成27年、高畑さんは今年、お亡くなりになった。
原作者も監督もこの世にいなくなっても、「火垂るの墓」は永久に残る。
誰かの記憶ではなく、我が記憶として、心に刻み続けたい。






Last updated  2018.08.17 04:59:35
2018.06.04
カテゴリ:読書日記
​山梨からの帰路、甲府駅のホームで、ふと目にとまった本を買いました。
いつもより長い旅だからこそ、読みたい、読もうと思っていた本がトランクに沢山あったけれど、急に旅先で出逢った本を読みながら帰りたくなったからです。

動き始めた特急電車から見える風景は緑に溢れていて、いつもの新幹線だと速すぎて、すり抜けていってしまうような風景が、目にも心にも優しく流れて心が濾過されて澄んでいくような感覚を味わいました。

こんな環境と著者の宮下さんの瑞々しく繊細なタッチの清涼感のある文章がとてもマッチして、とても幸せな読書時間となりました。
今度映画化されるベストセラーの本だということですので、お読みになった方も多いかもしれませんね。

ピアノの調律師さんという職業をテーマとしたお話なのですが、調律のことは何にも分からない私でも、主人公の青年の大きな目標、憧れ、への迫り方、挑み方に逡巡する想いが、自分の日々の仕事にも変換できるような言葉で紡いであって、共振する瞬間が沢山ありました。

たとえばこんな箇所(134~135頁)。
「一歩一歩」の苦しさと愛しさが、すっと心に入ってきます。少し涙が出てしまう程に。

 森に近道はない。自分の技術を磨きながら一歩ずつ進んでいくしかない。
 だけど、ときおり願ってしまう。奇跡の耳が、奇跡の指が、僕に備わっていないか。
ある日突然それが開花しないか。思い描いたピアノの音をすぐさまこの手でつくり出すことができたら、どんなに素晴らしいだろう。目指す場所ははるか遠いあの森だ。そこへ一足飛びに行けたなら。

(中略)
 
 もしも調律の仕事が個人種目なら、飛び道具を使うことを考えてもいい。歩かずにタクシーで目的地を目指したってかまわない。そこで調律をすることだけが目的であるなら。
 でも、調律師の仕事は、ひとりでは完成しない。そのピアノを弾く人がいて、初めて生きる。だから、徒歩でいくしかない。演奏する誰かの要望を聞くためには、ひと足でそこへ行ってはだめだのだ。直せないから。一歩ずつ、一足ずつ、確かめながら近づいていく。その道のりを大事に進むから、足跡が残る。いつか迷って戻ったときに、足跡が目印になる。どこまで遡ればいいのか、どこで間違えたのか、見当がつく。修正も効く。誰かのリクエストを入れて直すことだってできるんじゃないか。たくさん苦労して、どこでどう間違ったか全部自分の耳と身体で記憶して、それでも目指すほうへ向かっていくから、人の希望を聞き、叶えることができるのだと思う。

私も一歩一歩頑張っていこうと思いました。
お勧めです。








Last updated  2018.06.04 00:29:10
2017.11.19
カテゴリ:読書日記

敬愛する石田武臣弁護士が、弁護士生活50周年を迎えられたことを記念して、総勢24名の弁護士が執筆者として名を連ねている「弁護士っておもしろい!」という題名の本が出版された。

https://www.nippyo.co.jp/shop/book/7591.html

私は、この本を新幹線の中で読み、一章読むごとに心をゆさぶられ、涙した。
弁護士魂が詰まったこの本、現役のすべての弁護士、法曹を目指す若者はじめ、一人でも多くの方に読んで頂きたいと思う。

以下は、本の出版記念パーティーを兼ねた石田先生の弁護士生活50周年を記念するイベントで、私がお話させて頂いた内容です。大切な石田先生のために心を込めてお話したので、せっかくなので、ブログでもご紹介させて頂きますね。

**********

弁護士の葦名と申します。
私は56期、弁護士15年目に入ったところです。
元々富山県出身ですが、大学から上京しまして、弁護士になったばかりの最初の事務所が東京パブリック法律事務所、その後、相馬ひまわり基金法律事務所への赴任を経て、ちょうど10年前から静岡に移り、現在に至ります。

石田先生は、私が東京パブリック法律事務所に入所した際に、所長をおつとめになっていました。私にとっては、一番最初のボスで、どんなときも太陽のようなまぶしい明るさ、依頼者、弁護士、その他関係者問わず、人の心にぐいぐい迫る圧倒的な説得力、そしていつの間にか誰もが巻き込まれざるを得なくなっていく豪腕さを兼ね備えた敬愛する大切な永遠のボスです。

心から敬愛する石田先生にどんなお祝いの言葉がふさわしいのか自分なりにいろいろと考えまして、石田先生の弁護士50周年を記念して出版された「弁護士っておもしろい!」を拝読して触発されて生じた私の思いをお伝えすることで、お祝いの言葉にさせて頂きたいと思いました。

「弁護士っておもしろい!」の執筆者は、それぞれの専門分野の最前線で活動されている方々ばかりで、編著者の石田先生ご自身を含め、同業者にとってはまばゆいような憧れの存在がずらり並んでいる、非常に豪華な本ですが、その内容は、深い苦しみ、悲しみを抱えつつ、それでもなお、その現実の中で生きなければならない人に、弁護士として以前に、一人の等身大の人間として圧倒され、心を揺さぶられ、すべての悲しみ苦しみを取り除くことができないことを自覚しつつ、懸命にできることを模索し、決して諦めないで進む人間のネバーエンディングストーリーでした。

私は、新幹線の中で、この本を拝読したのですが、大波小波のように打ち寄せてくる怒濤の人間の物語に、ずっと涙が止まらない中、自分の弁護士人生を振り返り、自分も自分のネバーエンディングストーリーを紡いでいける弁護士になりたいと思いました。

冒頭に申し上げた通り、私は富山県出身です。
立山連峰、日本海などの雄大な自然に恵まれ、空気も清々しく綺麗で、魚介類を中心とする海の幸が美味しい素晴らしい場所ですが、亜熱帯地域と揶揄される静岡県とは比べものにならないのが厳しい冬です。今、晩秋を迎え、冬に向かって加速するこの季節、私が実際に見たわけではないのに、不思議と心に立ち上ってくる風景があります。

それは、まだ私が生まれてさえいなかった50年ほど前のこと、凍るように寒く真っ暗な部屋で、全身をくの字に折り曲げてうめき続ける女性の姿です。
彼女の口から、立ち上る白い息とともに発せられる言葉は、ただひとつ。
「いたいいたい」「いたいいたい」
四大公害病の一つであるイタイイタイ病は、カドミウムを長年摂取したことで、全身の骨がもろくなり、次々と骨折していく病気です。患者の方々が、全身を襲うあまりの痛みに、「どこが痛いの」「どのくらい痛いの」と聞かれても、「いたいいたい」しか答えられなかったことが病名の由来です。

原因が判明するまでの長い間、イタイイタイ病の患者さんは、風土病、業病の偏見に苦しみました。家族は患者を隠すために、陽光がささない暗い部屋に患者を閉じ込めていました。

皆様ご存じの通り、イタイイタイ病は、その後、加害企業相手の裁判に勝訴し、その判決を元に、国と、治療費等の助成はもちろん、発生原因対策等も交渉し、2013年、初提訴から45年の歳月をかけて、加害企業の全面謝罪、汚染土壌の復元、潜在性の腎障害の患者にも見舞金が支払われる等が盛り込まれた合意を経て、完全決着しました。つい4年前のことです。

いたいいたい、いたいいたい。
暗く寒い部屋であまりの体の痛みで痛い痛いしか言葉にならない人々の傍で、体は痛くなかったけれど、心が痛くて、あまりにも心が痛くて、いてもたってもいられなかった、動かないではいられなかった、動き続けずにはいられなかった人々の中に、沢山の弁護士がいたことに私は深く心を動かされずにはいられません。

そして、私は、この本を読みながらも、イタイイタイ病のようにわかりやすい形でなくても、目の前の人の声にならない「いたいいたい」を心で受け止め寄り添い圧倒的な現実を前にそれでもなお進む変わらぬ弁護士魂、弁護士スピリットを強く感じました。私たちが、大きな歴史の流れの中で今を生きていることを実感します。
 
今後も、声なき声に耳を傾け続けること、その声を言葉と理屈にして発信し続けること、そして、決して諦めないこと。この本を拝読しながら立ち上がってきた想像の中での原風景と共に大切に進んで参りたいと思います。

この本の共同編著者である寺町東子先生が、後書きで、石田先生のことを「若者たちの心に火をつけ、人と人とを結びつけ、化学反応を巻き起こしていくインフルエンサーとしての存在感が類い希な魅力」と評されていましたが、まったく同感です。
本書に触発されて私がまた新たに大きなエネルギーを得て、今後の弁護士人生を歩んでいくことを、石田先生に火をつけられた「元若者」の一人として、お誓い申し上げて、先生へのお祝いの言葉とさせて頂きます。

石田先生、どうぞいつまでもお元気でいらしてください。
そして、これからもずっとご指導よろしくお願い申し上げます。







Last updated  2017.11.19 01:01:30
2017.07.16
カテゴリ:読書日記

最近、平野次郎・鈴木健士「英語で聴く世界を変えた感動の名スピーチ」(2014年、株式会社KADOKAWA)に、はまっている。

アウンサン・スーチー、ネルソン・マンデラ、バラク・オバマ、マザー・テレサ等の17人の著名人の演説のスクリプトと日本語反訳が本文に掲載されていて、それぞれのスピーチのCDもついている(ゴルバチョフやガンジーのように、元々のスピーチが英語以外の言語でなされている場合は、英語に翻訳されている)という、1冊で色々な楽しみ方ができる本なのだ。

元々世界史が胸が熱くなるくらい大好きだったし、英語の勉強にもなるし、通勤時間や隙間時間が無駄にならないし、位の軽い気持ちで購入したのだけど、「時間が無駄にならない」どころか、始終聴いていたいくらい、日々、心が揺さぶられている。

遠い世界だった方々がまるで耳元で話して下さっているような臨場感を感じながら、話者の境遇や心情に想いを馳せる体験をしつつ、世界中を旅しているような気持ちになれるのは、もうひたすらに、話者それぞれの体験の持つ力、言葉の力、そして誰にも真似できない圧倒的に人を惹き付ける魅力があるからに他ならない。

まだ全部を聴けているわけではないため、本全体の論評はできないが、心の底から凄いと思ったのは、ミハイル・ゴルバチョフ大統領(1991年12月25日当時)の「辞任演説」。

崩壊していく運命が分かっている超大国ソビエト連邦の最後の大統領という、これ以上考えられないほど難しい立場で、厳しい現実とこれまで取り組んできた改革の到達点を分析したスピーチには、彼の卓越した頭の良さや多方面への配慮を怠らない人間性もさることながら、どんな逆風の中でも揺らぐことのない強固な信念を感じ、もっと、彼の言葉を聞きたいと思った(というわけで、彼自身の回想録を取り寄せてみました!読むのがとてもとても楽しみです!)。

それで、今日、洗い物をしながら聴き始めたのが、最早、知らない人がいない偉人、ヘレン・ケラーが若干16歳の時に「米国聴覚障害者言語指導促進協会」で演説した時のスピーチだった。
ヘレン・ケラーは、この時、「聴力障害者が、話ができるようにするための教育を受けることがいかに大切か」というテーマで話しているのだが、彼女自身の言葉の一つ一つに、彼女自身の体験に裏打ちされている本物の煌めきが宿っており、強烈に惹き付けられる。

奇跡の人、と呼ばれる彼女ではあるが、実際のところ、奇跡どころか、凄まじい努力を、

One can never consent to creep when one feels an impulse to soar.
(空高く舞い上がりたいという衝動があれば、地を這うことに納得することなどできないのです

という強い想いだけで続けてきて、その想いを実現するための努力の原動力が、

the thought of the pleasure it would give my mother to hear my voice once more
(もう一度私の声を聞くことができたら母はどんなに喜ぶだろうと考えること)

にあったというくだりには、涙が出てきてしまった。

そして、彼女は、彼女自身の挑戦に限らず、挑戦することそれ自体がどれほど人生を豊かにするかということについても、万人を勇気づけるメッセージを送っている。

Do not think of today‘s failures,but of the success that may come tomorrow.
You have set yourselves a difficult task,but you will succeed if you persevere,and you will find a joy in overcoming obstacles - a delight in climbing rugged paths,which you would perhaps never know if you did not sometimes slip backward - if the road was always smooth and pleasant.
Remenber,no effort that we make to attain something beautiful is ever lost.

(今日の失敗ではなく、明日やってくるかもしれない成功に想いを馳せましょう。皆さんは自らに試練を課したわけですが、辛抱すれば成功しますし、障害を乗り越える喜びを見いだせるでしょう。それは、険しい坂道を登ることで得られる喜びであり、平坦で快適な道を時折滑り落ちることもないまま歩き続けた場合には、決して経験することができないような喜びです。忘れないで下さい、素晴らしいものを目指す努力が無駄になることはないということを)

私は、この部分を聞いていて、自分にとって、たとえ難しく遠い目標であっても、真摯に果敢に挑戦する自分でいたいと強く思った。

そして、そう思ったことを、書き留めておきたいと思った。
毎日、頑張ります。







Last updated  2017.07.16 01:15:24
2017.07.02
カテゴリ:読書日記

 心も体も疲れてきたとき、色んな元気の出し方があると思いますが、私は、自分の想いを自分の言葉で表現することで、とても心が軽くなります。

 「書く」ということだけでいえば、お仕事上、朝から晩まで、といっても過言でない程、書いていますが、当然のことながら、お仕事でお引き受けしている「書く」の場合は、ご依頼頂いている方の主張や想いを正確、的確に代弁することにありますので、自分の想いを自分の言葉でフリーに書いているわけではありません。

 お仕事での、いわば、誰かのための「書く」は、私にとって最早、私の人生の一部に揺るぎなく結合している、大変やり甲斐を感じると共に、学ぶことも多いかけがえのない大切な作業ですが、それでも、こうして自分の想いを自分の言葉で表現するためにパソコンに向かっている時間、そう、自分のために「書く」時間、私は誰にも何にもとらわれていない、心を解き放たれている幸せを感じます。言葉は、私の人生の翼です。本当にそう思います。

 さて、先日、遠方での調停があり、往復時間だけではなく、調停待ち時間も利用して(諸事情で依頼者が来られなかったため)、前から読みたかった本、森千香子氏著「排除と抵抗の郊外 フランス(移民)集住地域の形成と変容」(2016年、東京大学出版会)に一通り目を通すことができました。

 この本は、題名の通り、フランスにおけるマイノリティの方々が集中して暮らす地域が、歴史的に、政策的にどのように形成され、そのことがどのような現象をもたらしているかを詳細に分析するというテーマで書かれているのですが、根底に次の普遍的な問題意識が流れていることが冒頭で宣言されているため、私は、フランスのことではなく「我がこと」という意識を持って、興味深く集中して読み進めることができました。

「本書はフランスの事例を対象としているが、考察の根底にはひとつの普遍的な問題意識がある。それは『異なる人びとが、どのようにしてともに暮らし、社会を構築できるのか』という問いである」(本書26頁)

 このあまりにも壮大な問いは確かに一貫して根底に流れているものの、著者は、一足飛びにこの課題に飛びついて答えを出そうとしていません。
 著者は、著者の考えを押しつけようとしているのではなく、読者にこの壮大な課題に向き合う材料を提供し、読者の心に沸き上がってくる想いを尊重しているように感じました。一定の視点から歴史を丁寧に検証していく中で、じわじわと読者の心に浮かび上がってくる風景から、読者自身が自分で答えを出すことを求められているような、時折、はっと顔を上げて、心に浮かび上がってくる風景から自分の心が感じたことに向き合うために物思いにふけるような時間が何度もあるような、丁寧に綿密に言葉が選び抜かれ重ねられている本です。

 社会学の基本的な手法なのかもしれませんが、「移民」「エスニック・マイノリティ」「差別」「排除」「レイシズム」等の一つ一つの言葉を誠実に定義していく冒頭から引き込まれました。
 フランスの「郊外」に対する政策とその理念の歴史を追いつつ、一連の政策が「郊外」に住む(住まざるを得なかった)住民の方々に与えた影響が、「客観的な事実の指摘」と「マイノリティとされる人々の視点」を行き来しながら展開されていきます。

 名高い人権宣言発祥の地、フランスでは、同国憲法第1条で、同国が「一にして不可分」であり、市民は「出自、人種、宗教」の違いにかかわらず法の下での平等が保障されると定められています。このことは、公式には、あらゆる法律や政策において、人種、宗教などの集団間の差違を一切認識せずに平等に扱うという「建前」が徹底して公言されるという現象に繋がります。

 ただ、当該法律や政策が生まれてきた背景事情と実際の運用においては、明らかに特定の集団を意識し、その集団に何らかの対応をするために存在するという「本音」があるのです。

 そして、本書を読んでいて、フランスの場合、この「本音」が公式に出ることが、歴史的経緯から、他の国以上にタブーなのだろうと感じました。フランスの人々は、自分たちの国の歴史をとても良い意味で誇りに思っているのでしょう。日本の一部政治家の述べている浅薄で偏狭な「自国万歳・愛国主義」とは根本的に異なる印象を持ちました。

 この本音と建て前のずれがもっとも顕著に表れている分野の一つが、フランスの郊外政策で、結果的に、「『問題は移民・外国人といったエスニシティではなく、社会経済的困難なのです』という公的言説を掲げ、現実の人種差別の実態を否定することは,差別の問題を隠蔽することにもつなが」ってしまっているのです(本書137頁)。

 この結果、しわ寄せがいくのは、著者が「エスニック・マイノリティ」と定義する非ヨーロッパ出身者、かつ、支配-被支配構造における被支配者を構成する人々です。

 公然と差別されているわけではないのに、生活の拠点となる住宅政策においては、余りにも高くて、もう生まれついた時から(移民二世、三世の場合は、フランスで生まれているのに!だからフランス国民なのに!)超えることができないのだと思い知るしかないような(誰も「超えられない」とは公式には言わないけれど、何をしたってどんな努力をしたって「超えられない」と自分で悟っていかざるを得ないところが、かえって残酷だと私は思うのです)歴然とした壁が、マジョリティとの間にそびえ立っている現実の中で暮らすことで、どんな感情が生まれ、どんな言動に繋がっていくのか、他人事では到底いられないような危機感、臨場感が沸き上がってきました。

 「エスニック・マイノリティ」のやるせない悲しみと、行き先がない怒りと絶望を心で感じました。
 
 読了して、この本は、実は、マイノリティのための本ではなく、マジョリティ、ないしは、マジョリティだと思い込んでいる人のための本であるような気がしてきました。
 著者も、特に終章で、繰り返し、マイノリティの問題を他人事としてとらえるべきではないと述べています(本書284~287頁)。

「『マイノリティ研究』とは、『少数派だけにかかわる問題』を扱うのではなく『多数派にかかわる問題』を理解するための研究でもある」
「マイノリティが受ける差別や排除はマジョリティに属する人々にも及び得る」
「社会でもっとも周辺化され、弱い立場に置かれた層のみを排除するような施策が次第に別の層にも展開されることは・・・何度も繰り返されてきたのである」
「・・・私たちが暮らす社会の客観的な理解に到達する上で『マイノリティ』の視点について考察することが非常に助けになる」
「『よそ者』や『移民』、マイノリティの視座を志向し、それを通して『知っているつもりの社会』を見つめ直し、反省的な洞察を重ねることこそ、『客観性』に近づくための数少ない道ではないか、と筆者は考える」

 閉塞的な空気が私たちの社会を覆いつつある、息苦しい今日この頃です。
 でもこんな時だからこそ、一生懸命に考えること、真摯に学ぶことを、絶対に手放したくないと思います。
 そんな自分の中に沸き上がってきた想いを、自分に確認する機会を与えてくれた名著でした。
 お勧めです。







Last updated  2017.07.02 04:44:22
2017.05.03
カテゴリ:読書日記

70回目の憲法記念日に、私が心から感銘を受け、これからも一生、私を支え続けていくだろう大切な本をご紹介します。

日本を代表する憲法学者、佐藤幸治先生のご著書「立憲主義について 成立過程と現代社会」は、書名の通り、立憲主義の生成過程を紐解き、歴史を踏まえた上で、現代社会に置ける立憲主義の意義が書かれた本です。

ハードカバーではなく、約260頁とそれほどのページ数がない本の筈ですが、非常に濃密な内容で、イギリス、アメリカ、フランス、ドイツ、そして、日本、それぞれの歴史を俯瞰しての日本国憲法の位置付けが、どこまでも深く、あらゆる意味で「美しい」文章で綴られており、余りにも豊かな知性と教養に裏打ちされた迫力と説得力が、拝読する度に、私の心に迫ってきます。

初めて拝読したのは一年ほど前ですが、憲法学という学問の底知れぬ深味、佐藤幸治という知の巨人の凄みを、書いてあることのすべてを理解できたわけではとてもありませんが、思い知らされ、打ちのめされ、読み終わった後、しばらく呆然としていました。

見上げるほどの巨木も萌えいずる緑の若木もある、これほどまでに豊かで多様な森がこの一人の偉大な学者の中にあるのだろうともう本当にひれ伏すしかない知性で、この世にこんな人がいるのかと心から思いました。

ただ、私が驚き圧倒されている本質は、佐藤先生の圧倒的な知性と教養は勿論なのですが、合間合間に、鋭くほとばしる、そして、終章では隠さず綴られる佐藤先生の「日本国憲法」と「司法」に対する想いです。 特に明らかに相当の頁を割いている「弁護士」という職業が果たすべき役割につき、佐藤先生の想いを吐露されている下りには、もう終盤、自分がどの言葉に反応して泣いているのか自分でもよく分からなくなるくらい、心が熱くなりました。

実は、私は、東日本大震災後、弁護士という進路選択は正しかったのだろうか、と根本から悩んだ時期があります。国家公務員のように大きな制度設計に携わるわけでもない、医師のように命と直接向き合えるわけでもない、私達は何のために誰のためにどこに向かって仕事をしているのだろう・・・そんなことがいつも心の底に流れていました。
そんな折に、この本を拝読したので、佐藤先生が、明らかに弁護士を対象に、大きな期待と励ましを格調高く綴って下さっていることが、心に本当に染み入ったのですね。


また、法科大学院の取り組みを紹介する下り(243頁)の注217で、私の敬愛する恩師である後藤昭先生の最終講義に触れられており、私が、最終講義当日も涙した「専門家を目指すというのは、つまり他人のために勉強する責任を自分が引き受けることだと思います」という言葉に、よりによって、佐藤幸治先生のご著書の中で再会するとは思いがけない不意打ちで、「あなたは他人のために勉強する責任を果たしていますか」という後藤先生の声が本の中から聞こえてきて、「ごめんなさい、もっと頑張ります」と心の中で返事をする、というサプライズもありました。

以来、この本は私の宝物になったのですが、私のような若輩者が、佐藤先生のご本の書評を書くのは恐れ多すぎると思い、自分の心に大切にしまっていた本でした。
では、何故、一年も経ってから、急に?ということなのですが、実は、先日、とある機会に、佐藤幸治先生のご講演を拝聴する機会に恵まれ、本の核心部分が肉声で心に届く事態に、一年前をはるかに超える感動に襲われ、ああ、もう、この感動を言葉にどうしても留めたいという衝動にかられてしまったのです。

御年80歳の佐藤先生は、当初、座って講演を始められたのですが、5分も経たないうちに「演台が低いですね」と仰り、すっと立ち上がられました。
それから約90分間、佐藤先生は、澄んだ瞳で、背中をすくっと伸ばして、現状の政治状況、法の支配のあるべき姿、法の支配を真の意味で実現するための司法改革の理念、法曹養成の現状への憂い・・・等を、静かな口調で、でも、ひたひたと聴く者の心に迫ってくる迫力で、お話しされました。 
憲法学者としての人生を懸けていらっしゃるような真摯な空気が、会場全体を蔽っていたあの時間は、夢のように幸せな時間でした。


本の中に、終戦直前に亡くなった哲学者西田幾多郎氏の「本当の日本はこれからと存じます」という言葉を佐藤先生ご自身が心深く受け止め、この言葉の意味する世界は憲法前文の世界観にあるのではないかと書いていらっしゃる下りがあるのですが(「立憲主義」218~219頁)ご講演を拝聴して、佐藤先生自身、西田氏はじめ、絶望的な状況の中で、なお、日本の未来を思って亡くなった知性を心に受け継ぎ、今を生きていらっしゃるのだなあと改めて感じ、帰宅してからも、しばらく涙が止まりませんでした。

私の心に、佐藤先生の高潔な佇まいと眼差しが刻まれてしまい、思い出す度に、背筋が伸び、心が引き締まり、私の責任を果たさなければという気持ちになります。

ご講演後、サインも頂きました!ものすごく緊張しましたが、本当に本当に嬉しかったです。
佐藤先生、お疲れのところ、本当にありがとうございました!



 この時代に生まれ合わせた法曹としての責任を、私なりに誠実に真摯に全力で果たしていきたいと思います。
改めて自分に言い聞かせる70回目の憲法記念日でした。








Last updated  2017.05.03 00:51:18
2017.01.03
カテゴリ:読書日記

あけましておめでとうございます。

新年は、年内に一応は読了したものの、二巡目に入った本書、山下祐介・市村高志・佐藤彰彦「人間なき復興 原発避難と国民の『不理解』をめぐって」(株式会社筑摩書房、2016年)のご紹介からスタートします。

この本は、原発事故二年後に単行本として出版されていたが、昨年11月に文庫本として再度世に送り出された。私は、この本の存在を文庫本となってから初めて知り、移動中に読み始めたが、手のひらサイズの文庫本とは思えない濃密な言葉の積み重ねに日々圧倒され続けていた。

「濃密」といっても、難しい言葉や専門用語が連ねてあるわけではない。「広く一般の読者を想定している」(本書32頁)本であり、著者が願うように、専門家、一般市民を問わず、一人でも多くの方々に手を取って頂きたい著者らの「等身大」という平易な言葉が連ねてある良書である。

本書の「濃密」さの源泉は、「分かっていないことを、あたかも分かっているように書かない」という著者らの姿勢が滲む誠実な言葉が本書全編に満ちていることにある。

表題にもある「不理解」は、本書では「本当の理解ではない」という意味で「無理解」とは敢えて区別して使用されている。専門家を含む多くの国民が「理解していないにもかかわらず、したつもりになっていることが問題だ」「『私はわかっていますよ』と言うことが、原発避難問題をめぐっては、様々な暴力につながる可能性がある」(本書36頁)という指摘は、著者らが本書で最も伝えたいことの一つであろうと推測される。

その上で、本書は、言葉の裏にひそむ「不理解」を、可能な限り丁寧に検証していく。たとえばこんな言葉が対象だ。

「もう帰れませんよね」
「帰還が復興である」
「何をすればいい?」
「賠償もらってよかったね」
「生活再建したいなら、早く和解したら?」
「ふるさとに束縛されないほうがいいんじゃないですか?」

一つ一つの言葉にひそむ広大な「不理解」を被災者の立場、そして、「今いる存在の場所からだけではなく、様々な視点や時間軸の中から現象を切り取り、それが存立している構造を明らかにする」学問である社会学(本書28頁、同じ文系ですが、「法学」とはアプローチの仕方が随分違うことがこの定義でよく分かりました、「社会学」凄い!)の視点から本質に迫っていく過程を、私は、頁を繰る手がもどかしいような気持ちと「ちょっと待って、今の言葉、分かったような気持ちで進まないでもう一度読んでみよう」という自分自身の「不理解」を避けたいという気持ちがごちゃ混ぜになるような不思議な感覚で読み進めていった。

私にとって初めて学んだ「不理解」も勿論沢山あったが、それは「不理解だ」ということが私にも分かっていた思考回路もいくつかはあり、そのことを本書で改めて指摘されたことで、触れないようにしてかばっていた心をえぐられるような気持ちになったこともあった。その「不理解」を発信するのは、私の役割でもあったのではないか、という意味で。

私は、ここ数年、原発事故の本質的な部分について、言葉にすることを意図的に避けてきた。言葉を武器にする法律家としては、恥ずべきことだと思っている。

自分が本質から逃げ続けていることは自覚していた。
何かに取り組む苦しさは経験してきたつもりだったが、取り組めない苦しさがこれほど辛いとは思わなかった。

それでも言いたい。
私は、あの日、白煙に包まれる原子力発電所の映像を観た日以降、原発事故を忘れたことは一度もない。また、私の法律家としての基盤を作ってくれた福島県とそこに住む人々(もちろん全国に避難した人々を含む)を、事故前も事故後も変わらずに愛している。

「言葉」にできなかったのは、歳月の経過で、原発事故の被害者が本当に多種多様な選択をせざるを得なくなり、その中で「人間関係や社会関係にも多様な裂け目を生じさせており、人々の間には、もはやそれを越えてゆくことはほとんど無理ではないかと思えるほどの多重の溝が張り巡らされてしまった」状態(本書20頁)を本能的に感じ取っており、この状態において、どの立場でどんな発言をしても、他の立場の誰かを傷つけてしまうという恐怖心が常にあったからである。不用意な発言が、守りたい誰かを傷つけてしまう恐れは、私の心と行動をこの上なく強く縛り、当たり障りのないことだけしか対外的に出せなくなっていた。

本書は、私の勝手な呪縛を解いてくれた。

まず、私の本能が私の心と行動を縛ったことを、自分で責めすぎてはいけないということ。意欲的な本書ですら、「この原発事故問題は、個人で引き受けるにはあまりにも責任が重すぎるものだということ。この問題は、たった一人の言説で支えるには、あまりにも苛烈で深刻だ。これを3人で支え合うことによって、問題を論じる責任の重さを分散しようと考えた」と、共著の理由を説明している(本書29頁)。
苛烈で深刻な問題に一人で立ち向かう必要はないんだ、と本当にほっとした。

あと、もう一つ。言葉にひそむ「不理解」に立ち向かう武器は、やはり「言葉」しかないと再度自覚したこと。怖さも重さも変わりなくても、言葉にしていかないと、やっぱり現状を変えていくきっかけすら作れない。

年末、とある研修会で、災害復興法分野の第一人者で敬愛する津久井進弁護士と本当に短い時間だがお会いする機会があり、本書をお読みになったことがあるかお尋ねしたところ、さすがに単行本時代にとっくに読んでおられて、後ほど、「私を含め、誰もが『不理解のカタマリ』なのだろうと思います。でも,これを解きほぐす一つの武器は、やはり「言葉」だと確信します」というメッセージを頂き、ますます勇気を得た。

というわけで、今年は、言葉をとりわけ大事に、どんな困難にも正面から取り組む自分でありたいと思います(年賀状にも書きました)!

周囲への感謝をいつも忘れずに、今年も、一生懸命に日々を積み重ねて生きたいと思います。


今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。







Last updated  2017.01.03 13:56:33
2016.09.17
カテゴリ:読書日記
先日、「あかり」(文: 林木林 絵: 岡田千晶、光村教育図書、2014年)という絵本を読んだ。
赤ちゃんの誕生日に贈られたろうそくが、赤ちゃんが成長し年老いるまでずっと成長を見守っていく情景を、あたたかでで繊細な文章と絵で表現した温もりに満ちた良書である。

でも、私は、ろうそくが吐露した一節に、声も心も詰まりそうになった。
ろうそくの気持ちが、痛いほど、よく分かったから。

風が強い夜。

こんやは めずらしく にわに つれだしてもらいました。
うれしそうに みんなの かおを てらしていると、きゅうに かぜが ふいてきて 火が きえてしまったのです。

あたりが まっくらになった そのとき、くもから 月が かおをだし、にわじゅうが あかるくなりました。
みんなは うつくしい月を ながめて うっとりしています。

ろうそくにも また 火が ともりました。
けれど みのまわりしか てらせない じぶんが、とても ちっぽけに おもえてなりませんでした。


嵐が吹き荒れた夜。

あれくるう うみを てらす とうだいの あかりが まどに かすかに にじんでいます。
あらしに うたれながら ふねの ために あかりを とどけているのです。
「わたしの 火も あんな 力つよい あかりに なれたなら。そうしたら どんなに この子を はげまして あげられるかしら」

どんなに深い闇の中でも白銀の輝きを放つ月、どんな暴風雨の中でも揺るぎなく船を導く灯台。
人の心にまっすぐ届いて、闇に打ち克つ、限りなく強くあたたかく美しい光。

私の周りにもこんな光を放つ人が何人かいる。
どうしたらこんな光を発する人になれるのだろう、と思うような強い人がいる。

私は、自分の能力と実力を顧みず、このような光に憧れてしまうことがある。
私はろうそくの光さえ点せていないのに、灯台や月、太陽のような光になりたいと願い、自分の日々の取り組みに何の意味があるのだろうかと思うこともある。

ただ、劣等感とやるせなさ、情けなさが混じり合ったような気持ちは、日々の取り組みの中で次第に軽くなっていくことも事実である。目の前のことに全力で取り組んでいるとき、私は、自分が今、光を点せているか、その光がどんな強さの光か、等と考えていない。より正確に言うならば考えている暇はない。必死だからだ。

そして、私が憧れる強く暖かい光を放つ人たちも、おそらく、自分がどれほど強い光であるかを意識していない。自分が守りたいもの、あるいは、目指したいと思うもののために全力で立ち向かっている姿が結果的に眩しい程の光を放ち、人を惹き付けるのであって、自分の評価を高めることは目的ではないのだ。その姿勢が、背中が、私の目標となる。

自分が日々取り組んでいることの意味など、永遠に分からないかもしれない。
でもだからこそ、日々、一生懸命に、ひとつひとつのことに取り組む自分でありたいと思う。








Last updated  2016.09.18 00:00:17
このブログでよく読まれている記事

全29件 (29件中 1-10件目)

1 2 3 >


Copyright (c) 1997-2019 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.