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カテゴリ:三猫珍道中
おなじみ三猫たちは道中であった仙人と称するおかしな益比とともに、彼の仲間だという土鍋焦玖斎を訪ねて鍋伏山までやって来た。
奥深い山に分け入ると、いかにも仙人の住みそうなうっそうとした木々が立ち並ぶ薄暗い森は秋とは言え肌寒さを感ずるほどだった。 四人は歩を進めすえた匂いの立ち込める山道を行くといきなり脇道から一人の老人がぬっと現れた。 三猫は思わず身構えたが、益比はすぐに気が付いてその老人につかつかと近づいて声を掛けた。 「おお焦玖斎、久しぶりじゃのう。わしじゃよ。」 このおっさんいつも自分のことをわしじゃよとしか言わない。 その老人も懐かしそうに益比を見つめて答えた。 「おお、これは誰かと思えばどなたじゃったかの?」 またまたおかしな人間が現れたものだ。 「わしじゃよ、わし。」 益比はまたいつものわしじゃよを繰り返すばかり。 「おお、そうだそうだ。わしさんだ、わしさんだ。」 老人もいい加減なもので分かっているようで全然わかっていない返答を繰り返した。 「益比仙人、自分の名前を名前を言わなきゃ。」 連に促されてようやく、わしとばかりで自分が名前を言い忘れていることに気づいたおとぼけ仙人は名乗った。 「わしじゃよ、わし。益比じゃ。」 「おお、益比、益比。お主は益比。今まで会うたことはあったかの?」 ううん、どこまで行っても訳の分からぬ爺さんだ。 さすがの益比もあきれたものの、話を進めた。 「焦玖斎、わしら八人の仲間でいつぞや何かしようと話したではないか?だが、その何かが何か忘れてしもうてな、お主に聞こうとこの猫さんたちについてやって来たのじゃ。」 「はて何をしようと話したのじゃったかな?」 そもそもこの老人に思い出してもらうことも怪しいものだが。 「ほら、四百年くらい前の事じゃ。」 うん、さすがに四百年も前のことならこの会話、あながちとぼけているとも言えないかも知れぬ。 いくら仙人と言えども、ひとのなれの果て。 あっ、仙人さん失礼。 「ところで焦玖斎ここで何をしちょる?」 焦玖斎は首を傾げてこう言った。 「今日はわしの好きな鍋料理にしようと思ってな、鍋にはやっぱりきのこが欠かせん。だがさっきから見つからんのでひと山超えて普段来ないこんなところまで来たという訳じゃ。」 それを聞き益比は辺りをきょろきょろ見回し、目ざとく群生しているきのこに目を留め言った。 「焦玖斎、お前もボケたのか?ほらそこにたくさん生えておるじゃないか?」 焦玖斎もそれに気づき嬉しそうな目で言った。 「おお、誠にまことに。あまり見かけんきのこじゃがこれで今日の鍋料理の材料はそろった。鍋にはきのこが一番じゃ。」 焦玖斎の庵で早速鍋料理の仕込みが始まった。 「焦玖斎さん、おいしそうなエノキタケですね?」 千代は先ほどから腹を空かせて焦玖斎に言った。 「エノキタケ?ちょっと違うような気もするがまあそうじゃの。一つ食べてみなされ。」 千代は促されきのこをひとつ手に取るとぱくりと食べた。 千代はきのこ特有の少しかび臭いながらも柔らかくほのかに甘いその味に目を丸くした。 「これはうまい。」 その晩、五人は秋の夜長にはなんともうれしい山菜鍋料理に舌鼓を打った。 しかし、 「おい千代坊、お前そんなにこの料理がうれしいのか?さっきからけらけら笑ってばかりじゃないか?」 雷は千代が笑い転げる千代を見て声を掛けた。 こうして五人は別におかしなこともないのに秋の夜長を虫たちとともに、朝まで笑い通した。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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