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カテゴリ:我が良き虫の世かな
森の奥である昆虫画家の個人展覧会があり、沢山の虫に招待状が届いた。しかしその招待状の出品者名をめぐって一騒動が起きた。 作品の絵は前衛的な色使いの幾何学的な背景の真ん中に、精緻に描かれた超写実的な花の絵を描き、抽象絵画と写実絵画の融合が見事に織り成された画風で虫達を魅了した。 しかしその招待状の画家名の所が、印刷の汚れで蛾(が)か蚊(か)かよく分からなくなっていた。 蛾の仲間は、こんな前衛的な絵を描けるのは我々蛾族しか有り得ないと、 蚊の仲間は、こんな繊細な絵を描けるのは我々蚊族にしか出来ないと、 互いに主張し合った。 蛾の仲間は、蚊にはこんな美しい花は描けまい。せいぜい血の滴る牛肉位しか描けないだろうとせせら笑った。 蚊の仲間は、蛾にはこんな前衛的な色使いの幾何学模様は無理だろう。せいぜい自分の羽の模様を描き写す位の独創性しかないだろうとやり返した。 他の虫達も、蛾と蚊のとんだ中傷合戦にうなづいたり、眉をひそめたりしたが、確かに絵画の出来自体は素晴らしいとしか言いようがなかった。 そこで幼虫時代から数えると虫歴7年のクマゼミ親分が一肌脱いでこう提案した。 「まあまあ蛾さんも蚊さんも、ここはワシに免じて下駄を預けてはくれねえかい?ワシワシ」 これには蛾も蚊も、クマゼミ親分の言うからにはと一旦引き下がる事になった。 そこでクマゼミ親分は招待状の印刷元であるシロアリ印刷店に出掛けて、シロアリ爺さんに尋ねる事にした。 シロアリ爺さんは暗い作業場のくたびれた椅子に座り、分厚い眼鏡の底からクマゼミ親分を見つめて、すまなそうに言った。 「すまねえクマゼミ親分。最近は一段と目も耳も遠くなっちまってなあ。なんだって?」 クマゼミ親分は先程から辛抱強く、個展の招待状を見せたり、大きな声で何度も繰り返して聞くのだが埒があかない。堅気にはめったに取り乱さないクマゼミ親分も、遂に切れてついつい大声で怒鳴った。 「ワシワシワシワシ、あのなあ爺さんよく聞けワシワシワシワシ、この招待状のなあワシワシワシワシ、ワシが聞いているのはなあワシワシワシワシ、こう言う事だワシワシワシワシ!」 クマゼミ親分は招待状を振りかざし、「ワシワシワシワシ、この招待状の『画家が、蛾が画家か?蚊が画家か?』てえ事だ!!」 哀れなシロアリ爺さんは訳が分からず、「が?か?が?か?・・・」と繰り返し、目をパチクリするだけだった。
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