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カテゴリ:我が良き虫の世かな
何の疑問も持たず、ただアリ社会の中で働き詰めに働き、働き通して死ぬと無造作に捨てられる働きアリの一生に疑問を持ったアントンは捕らえられ、危険思想の持ち主として、他のたくさんのアリ達とともに箱に詰められ川に流される。箱を脱出して木切れに乗り移ったアントン達だったが、木切れは川岸にたどり着く事もなく海へと流され、ほとんどのアリは流されたり飢え死にしたりしながら、ようやくたどり着いた無人島ではイブリンというメスのアリとふたりだけになっていた。 そしてふたりの新しい生活、新しいアリ社会が始まったのだ。
5代目アントンのギド・アントンが困り果てた顔でアントンの所へやって来た。代々この国の王は元々の名前にアントンを付けて名乗り、女王はイブリンを付けて名乗ったが、彼と2ヶ月前に亡くなった妃は単にアントンとイブリンと呼ばれていた。
「アントンちょっとお話があります。実は山の畑で採れた野菜を隣通しのふたりがそれは自分の畑で採れたのだと言い張り埒があかないのです、聞いてやってくれませんか?」とギド・アントンは言った。 アントンはいつもの様ににこにこ微笑みながら、「連れておいで、聞こうじゃないか。」と答えた。 ふたりのアリはアントンの前に来るとそれぞれ自分の主張をがなり立て相手の言葉など聞こうともせず、いつまでも平行線で延々と口論が続いた。アントンは相変わらずにこにこしながら聞いていたが、アリのひとりが、「こんな世の中など消えて無くなればいいのだ。」と言った途端アントンの表情がガラッと変わり激しい口調で怒鳴った。 「今何と言ったお前?消えて無くなれだと?さっきから聞いていればふたりとも自分の事ばかり言いおって、ああ目障りだ気に食わないからふたりとも海に流してしまえ。」 ふたりのアリは青ざめ、ギド・アントンもこの言葉に驚いたが気を取り直すと逆にアントンに食ってかかった。 「これはアントンとも思えぬお言葉。気に食わないから海に流してしまえですと?見損ないましたぞ。」 ギド・アントンと初代アントンはしばらく険悪な表情で睨み合い、言い争っていたふたりは口論を忘れ、固唾を飲み仲良く並んで成り行きを見守った。 するとアントンは突然大笑いを始め、「よいよい、これでよいのだ。みんなが自分の言いたい事を言い、王たる者は相手が誰であろうと言うべき事は敢然と言う。それでよいのだ。これでこそこの国の5代目の王だ。」 この言葉に今度は3人とも仲良く唖然とアントンを見つめるのだった。 追放されたアリ社会の様にだけはしてはいけないと、この島に着いたときにアントンとイブリンが誓った、「みんなが自由に言い合える世界を作ろう。」という思いはちゃんと守られ、その意思は今の王にもちゃんと受け継がれていた。アントンは満足の眼差しを3人に向けていた。 それから1ヶ月後にアントンもイブリンのあとを追うように息を引き取った。 アントンの葬式には、最近発明された火を起こす方法で灯された松明に照らされ、長い行列が続いた。 社会の一部として何も言えない世界がどれほど不幸な事か、しっかりと伝えられたとしたら、アントンの一生はそれだけでもう何も思い残す事はなかった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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こんにちは ^^ ☆
平和なアリの国を築いたアントンとイブリン、とっても素晴らしい一生でしたよね。 人間社会も彼らを見習わなければいけませんよね!! (2020.12.13 14:04:40)
今の日本も、言った事が何も伝わらない国になってきたようです。
医師会、病院の方々、国民の者たちの事が国に伝わっていないようです。 (2020.12.13 16:28:06)
自由に発言できる社会で会って欲しいと願ったのっですね!
(2020.12.13 17:37:25)
simo2007さんへ
秀吉と家康の違いですがちゃんと後世に引き継ぐ体制を整えた時代の勝利という事です。 アントンの国は堕落せずいつまでも理想社会を保って欲しいものです。 人間とは違うのだから。 (2020.12.16 11:59:36)
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