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カテゴリ:我が良き虫の世かな
街は華やかなクリスマスイルミネーションに満ち溢れていた。 ショーウィンドウも橋の欄干もタワーもホテルの屋上も光、光、光。 赤、青、黄色、様々なランプが自分こそが一番美しく輝いているのだと競い合っていた。
街は賑やかなジングルベルの曲が溢れ返り、デパートもおもちゃ屋もレストランも行き交う宣伝カーさえも、音、音、音。 ショーウィンドウは手を引かれた子供達に、「ここにこそ、君達の欲しい物がいっぱいあるんだよ。」と、呼びかけていた。
人はこの日をクリスマスイブと呼ぶ。
そして商店街に沿って並んだ街路樹は、それこそ光と音の一大ページェントだった。
木を二重三重、いや五重六重に、枝は一本一本に巻かれているのではないかと思われるほどのイルミネーションが、煌々と目まぐるしく点滅し、幹に縛り付けられた大音響のスピーカーが、声を限りにクリスマスソング・メドレーをがなり立てる。
街は待ちに待った楽しいクリスマスイブに酔いしれていた。
戯れ行く家族連れも、何やら冗談を言い合いながら黄色い歓声を振り撒く女子高生達も、腕を組み、肩を抱いて今夜のお楽しみをヒソヒソ話し合うカップル達も、それを呼び込む売り子達も、みんな笑顔、笑顔、笑顔。笑顔の洪水である。
しかし、人間達の自分勝手なお祭り騒ぎを、まさに地で行く苦虫をかみつぶしたような表情で、蔑む存在があった。
蛾である。彼の名はスズメガという。
「え?どこにって?そこ、そこの木の幹にしがみついて、完全な木肌模様にカモフラージュして、羽を広げてじっとしている.....彼が何かブツブツ言っています、耳をそば立ててちょっと聴いてみましょう。」
『ちぇっ、何だいこの騒々しさは?来年春まで温かくなるのをひたすら待ち侘び、空腹に堪え、寒さに堪えているこっちの身にもなれって言うんだ。ギラギラ眩しいは、ガチャガチャうるさいのは、堪んねぇぜ。さむいよ~、腹減ったよ~、春はまだか~~~?』
もし彼に歯があるなら、奥歯がガチガチいいそうな寒さの中で、春の香りをその敏感な触覚が捉らえるのをひたすら待ち続けるのであった。
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