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マスP文庫

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ニャン騒シャーとミー八犬伝

2020.06.28
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「氷垣様、お初にお目にかかりまする。里見義成であります。氷垣様はわが父義実とともに結城合戦を戦われた盟友とお聞きしております。この度は到着が遅れ、多大な苦難を与えてしまったことを私自らお詫び申し上げます。」

そう言って、里見義成は両手をついて深々と頭を下げた。

「おお、里見様。おやめくだされ。」

残三は慌てて義成のもとに走り寄り義成の手を取った。

「ここ穂北荘と安房の国の間には上総千葉家がおり、さぞ難儀をされたこととご察しいたします。よくここまで援軍を差し向けていただいた。感謝申し上げます。」

 

「氷垣様。悪いのは私にございます。三か月もあれば容易に戻れると言いながらこの体たらく、お許しください。」

毛野が深々と頭を下げて、ブルブルと床に付いた両腕を震わせた。

「毛野様、あなたの責ではりませぬ。我らすべてあの化け狸、妙椿めにまんまとたぶらかされた故にござりまする。我らすべての責でござりまする。」

そう言って親兵衛は毛野の肩に手を掛けた。

「だがその化け狸も、己が見事に討ち取ったと言いたいのであろう?」

道節がそう言って親兵衛に見得(みえ)を切りながらおどけて言った。

「いや、その・・・・」

親兵衛は頭を掻いた。

「がしかし、親兵衛の働き誠に見事だった。まだ五歳にも拘わらず。」

「あっ、それは・・・」

現八の言葉に親兵衛は顔を赤らめた。

「そのおかげで妙椿から抜け出た玉梓の怨霊は、八つの珠の力で退治することが出来た。」

信乃が庇った。

「そっ、そうですとも。」

親兵衛は少し安堵の表情を浮かべた。

一同は笑った。

織、瓜太、風、瓜太、山、九一の伏姫に仕える猫族も
吾妻、徹、比瑪の伏姫に仕える犬族も

雷、千代、連の三猫組も

佐飛、茶阿の螺良猫団も

蘭、喜利の父五里姉妹も

 

その時、蘭の目の前が真っ暗になった。

蘭はきゃっと思わず叫んだ。

誰かが彼女の目を塞いだのだ。

「母さん!」

喜利が大きな声で叫んだ。

蘭も目を覆った手を払い振り向いて喜びの声を上げた。

「母さん!妃(ひめ)母さん!」

二人の姉妹はそう叫ぶなり、がばっと妃に抱き着いた。

その勢いで妃ともども猫の親子はひっくり返ってしまった。

「ああ蘭、喜利、会いたかったよ。大きくなったね。あ、あ、あ。本当に会いたかった。すまなかったね、急に別れも告げずに逝っちまって。」

そう言って妃母さんは二人の娘をしっかり抱いて大粒の涙を流した。

妃は二人の乳母であり、二人を慈しみ、愛情込めて育ててくれたのだが、従姉の百合の兄である徹が亡くなった夜、後を追うように逝ってしまったのだ。。

そして今、彼らはみな伏姫様の所に集まっていたのである。

 

「蘭さん、喜利さん。私からもお礼を申し上げます。」

二人は名を呼ばれ、顔を上げ辺りを見回した。

すると一同が集まる部屋の片隅がぼんやりと明るく光りだし、そこに伏姫が現れた。

「あなた達がお父上のために買い求めた大事な蝦蟇の油もすっかり使い果たし、そのお陰でたくさんの人々が救われたのです。でもその薬も今はない。」

そう言うと彼女は懐から小さな小瓶を取り出して、傍に控えていたキジトラの猫族の女性に手渡した。

その女性は小瓶を大事そうにしっかりと胸に抱えてやって来て、蘭に手渡した。

「初めまして、蘭さん。私の事わかりますか?喜利さんには一度会いましたよね?」

蘭と喜利は怪訝な顔をして女性の顔を見つめたが、皆目見当もつかなかった。

「分かるはずないよね。お父さんと一度うちに遊びに来てくれただけだものね?」

そう言われて燃えるのが喜利である。

女性の顔をじっと見つめて、見つめて、見つめて・・・・

「あっ!もしかしてあなた、ま・め・っ・ち?えーっ?那須子親分さんちの?あなたもしかして・・・・」

まめっちは、ちょっと寂しそうな顔をして言った。

「そう、母とはお別れして伏姫様の所へ来たばかり。でも妃母さんや吾妻兄さんが優しくしてくださるわ。」

ここにもうれしい出会いがあった。

そんな彼女たちの様子を見ながら、伏姫は目を細めて言った。

「これは役行者様が二人のために薬草を煮出してくれた薬です。これをお父上に届けてあげなさい。効き目は・・・・・」

伏姫はそこで言葉を切り考えて、ちょっとおどけたように続けた。

「そう役行者様が八百歳を超える老人であることを見れば分かるでしょ?」

 

里見家を宿敵と狙う関東管領扇谷定正は一旦退いたが、滅んだわけではない。

いやこれからが関東大戦の本番である。

だが八犬士は里見義成の八人の姫とそれぞれ結ばれ、獅子奮迅の活躍でこれを退け安房の国に平和をもたらすこととなる。

その後、金碗の名を捨て僧となり八犬士探索の使命を果たした丶大は、伏姫受難の地、安房富山の洞穴の奥に姿を消した。
八犬士は彼の名を惜しみ金碗の姓を継いだ。
言い伝えによれば、年老いた後は子に家督を譲り、自らも安房富山に入り仙人となったという。
 
だが、彼らの影で彼らを支えた、ハートの模様を持つ八人の猫族の者たちの事を忘れてはならない。


ご出演者(敬称略)
パパゴリラ!ご一家
ラン、キリ、セリ、ユリ
父五里夫婦、母五里夫婦
(特別出演)
姫ママ(作中:妃)、山、クー、あづま、てつ

ララキャットご一家
サビママ、チャー、千代坊、ララ、ナナ、クウ、モモ、ネネ、キジオ、ロージー、メー(ピョン)、マリー、ダミ子

空夢zoneご一家
ライ
(特別出演)
ふう

おり2002ご一家
ひな、れん
(特別出演)
おり、うり太

simo2007ご一家
レオ、さくら

himekyonご一家
(特別出演)
姫(作中:比瑪)

busbusご一家
ウギ、ホノ

なすこの親分ご一家
(特別出演)
まめっち

皆さん、ご出演およびご協力ありがとうございました。
ニャンちゃん、ワンちゃん元気で、またいつか他の作品にご出演お願いします。

最後に
2012年秋に「マスP文庫」という本を文芸社から自費出版したことがあります。
2019年春にアマゾンのKindle書籍の無料出版機能を使い、マスP文庫レーベルで「ワンマンバンド」、「昨日の明日」、「癒しの部屋」という短編を出しました。
今回「ニャン騒シャーとミー八犬伝」の原稿を見ると約8か月の間に10万文字程度になっていました。
そこで同じくKindle出版で無料出版しようかと考え始め、5月20日から公開を始めました。
ただ、楽天ブログを見れば無料で読めることになります。
従って、10話くらいを追加しました。
里見軍に帰参した八犬士が穂北荘にいきなり現れるのはそのためです。
その中で海戦あり、陸戦ありで、還俗した丶大こと金碗大輔や八犬士が軍を率いて大活躍。
何といっても八犬伝の元凶となる怨霊玉梓の退治がなければ八犬伝は終われません。
そこに八ニャン士も絡んでいますが、
ご容赦を。







最終更新日  2020.06.28 01:55:35
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2020.06.25

氷垣残三は砦の中ほどにあるわずかな空き地にみなを集めて最後の言葉を振り絞ろうとしていた。

みなと言っても残る兵士は三百に満たない。

しかも、手負いで疲れ果てて、空腹に気力を失いかけた兵ばかりであった。

八犬士が霧の中に消えてはや五か月を迎えようとしていた。

約束の三か月に大きく後れ、未だ里見からの援軍は来ない。

丶大が結城家に働きかけて向かわせた二千の兵も、これを察知して急行した扇谷の軍に足止めをくらい、市川のはずれでにらみ合いを続けていた。

猫族の雷、千代、連が手分けをして伝令の役を買って出てくれたが、どの知らせも日を追うごとに心が曇るものばかりであった。

一番の誤算は怨霊の玉梓がのりうつる安房の国の富山の古狸妙椿の妖術で、里見勢が散々混乱に陥れられ行軍が停滞していることだろう。

 

残三は砦の屋根に上りみなを見回した。

彼の目の先、砦の外一里に満たないところに扇谷軍の旗がそびえるのが見えた。

刻一刻とこの砦に押し寄せているのだろう。

もはや後三日、いや明日にでも押し寄せるかも知れない。

残三は大きく息を吸い込み、腹の底に力を込めた。

「うっ。」

その時、彼自身受けた脇腹の矢傷が百足に噛まれたときの様に鋭い痛みを走らせた。

彼はそれでももう一度腹に力を込めて声を振り絞った。

「みな、ここまでよく耐えた。未だ里見の援軍は姿を現わさぬ。私がかつて仕えた結城からの援軍も千代の報告によれば市川の先に留まったまま動けぬ状態であり、里見に至っては更に遠く、四十里先に留まっていると聞く。私の視線の先には扇谷軍の無数の旗が見える。おそらくこの砦を攻め落とすために、刃を研いでいるのであろう。この砦は最後の砦であり守りも固い。だがしかし、この砦の後ろにはもはや逃げ道はない。もはやみなを救うという約束は果たせぬかも知れぬ。だが私はそのために腹を切るつもりはない。私自身が先頭に立ち、戦い、みなの盾となる。援軍が到着する一縷の望みにつなげるために。」

 

その時荷車が空き地へと入って来た。

犬族の徹、吾妻、比瑪が運んできた食糧だ。

彼らは砦から扇谷軍の目をかいくぐり、扇谷の目の届かない遠く離れた山里から食料をかき集め運んできたのだ。

荷車を運び込んだ途端、比瑪がばたりと倒れてしまった。

見ると左足に深い傷を負っていた。

途中扇谷の兵士に見つかり襲われたものの、どうにか逃げおおせたのだという。

すぐさま浜路が駆け寄り手当てを始めた。

「かたじけない犬族の方々。みな彼らが命がけで運んでくれた食糧だ。ありがたくいただくのだ。」

集まった者たちは手に手に食糧を受け取り、見張りの兵士たちにも配り始めた。

だが一刻の後、ときの声が砦の外から沸き上がった。

遂に最後の総攻撃を仕掛けて来たに違いない。

残三は先頭に立ち、櫓の上から矢を放ち、石を投げおろし、それも尽きると他の兵士とともに門の前へと最後の戦いに備えた。

残って戦える兵士は百ばかり。

中には自ら農具を武器に集まった農民もいた。

火の矢が撃ち込まれていたが、そちらは女、子供が必死に消し止めていた。

 

ドン、ドン、ドン

 

門を突き破る音が響き始めた。

そして、再びときの声が上がった。

いよいよ氷垣残三最後の戦いの時を迎えようとしていた。

仕える結城家が滅亡の淵に立たされ、里見は安房の国に落ち延びるきっかけとなった結城合戦からはや四十年余り、遂にこの地で果てるときが来たのだ。

 

ドン、ドン、ドン

 

遂に門は突き破られ、一気に門を通って扇谷の兵がなだれ込んで来た。

遂にこの砦に扇谷の旗が掲げられる日が来たのだ。

 

しかし、一部の兵は門の外に向き直り武器を構えた。

既にこちらの兵とつばぜり合いは始まっていたが何か様子がおかしい。

すると門の外から扇谷の兵士を蹴散らして見慣れた男たちが飛び込んで来た。

道節だ、小文吾もいる、現八も、大角も。

彼らは扇谷の兵士たちを倒し、振り向き走り出て行った。

残三たちが後を追うと、道節たちが率いてきたと思われる百ばかりの里見の旗を掲げる兵士と、遠く山の麓から駆け上がる里見の旗が細い山道で身動きの取れない扇谷の兵士たちを挟み撃ちに戦っているではないか?

 

半日後には勝敗は決していた。

扇谷軍は散り散りとなり陣へと引き返したが、そこへ里見の別の部隊が駆けつけ挟まれることを恐れ、撤退して行った。

 
里見の旗が砦に高くそびえた。







最終更新日  2020.06.25 00:37:06
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2020.06.21

扇谷定正のもとに物見の家来が走り込んで来た。

「お知らせいたしまする。穂北荘に至る道が晴れましてござりまする。」

それまで突如の深い霧に、扇谷軍は進軍もままならず立ち往生していた。

地形を熟知した穂北荘の兵は、例え深い霧であっても、いやそれを利用して神出鬼没に振る舞うことが出来、いつ奇襲を仕掛けられるかと、防御を固めるしかなかったのである。

だが今や霧はようやく退き始め、穂北荘への道も再び姿を現したというのだ。

「よし、兵を勧めよ。一気に押しつぶせ。我が方の六千の兵をもってすれば、八百の兵など物の数ではない。他の陣にも伝えよ、かねてからの手はず通り三方から穂北荘を攻める。」

定正は一進一退を重ねながら、多勢を頼りに徐々に敵の兵を減らすに至り、今こそ打って出る好機と見ていた。

開戦当初扇谷定正と山内顕定と足利成氏の軍、合わせて七千五百と圧倒的な兵力を持つ連合軍が、二千五百の穂北荘の兵にてこずっているでは示しがつかない。

定正は苛立ち、焦りを感じていればこそである。

三つに分かれて陣を張る丘からはそれぞれ穂北荘の本拠へ至る道があるが、いずれも途中には両肩を小高い斜面で見下ろされる小道を抜ける必要がある。

散々に矢を射かけられることは必定。

だがここを抜けることが出来れば、あとは平地となり本拠までの道のりは隠す物もなく裸同然である。

しかも八百余りと数を減らした敵が三方に兵を配置するなら、それぞれ百程度という所だろう。

一気に駆け抜ければ活路は開ける。

「進め、全力で駆け抜けろ!」

隊長の号令の下、扇谷軍の各隊が三方から一斉に両肩を丘に挟まれたそれぞれの小道になだれ込んだ。

兵は駆ける、駆けにかけ続ける。まだ反撃はない。

そしていつまでも。

兵の列は長く引き伸ばされ、その先頭の五十ばかり兵が平地に躍り出たとき情勢が変わった。

途中の小道の脇に高くそびえる杉の木が、次々と倒れ積み重なり行く手を塞ぎ、あっという間に高々とそびえる城壁と化してしまった。

行く手を突然遮られた兵は、立ち往生した蟻の行列の様に一か所にひしめく形となった。

そしてそこに丸太落としや岩石落としが押し寄せてたくさんの兵士が圧死と重症の憂き目にあった。

先頭近くに分断された百ばかりの兵は前後からほんのわずかな手勢に挟み撃ちされあっけなく倒れた。

だがそのわずかな手勢も、後は構わず一斉に穂北荘の最後の砦へ向けて走り去って行った。

 

「みなよくやった。だがあの策は最後の策。二度と使えぬ。敵があの障害を取り除けばいずれここに押し寄せよう。しかし、ここは難攻不落。簡単に落とせるものではない。耐え抜くのだ。無駄死にするでない。最後まで生き延びた者が勝ちと思え。」

氷垣残三はこう言って兵たちを鼓舞した。

浜路も蘭も喜利も村の女たちもこの檄を聞きながら負傷した者たちの手当てに当たった。

村人も交えて立て籠もった砦は満杯の状態だったが、村人たちも手に手に車で運び込んだ自分たちの食い扶持を合わせれば、数か月は持つであろう。

ただその数か月が二か月か三か月か四か月か?

果たしてそれまでに里見や結城の援軍は到着するのか?

 

ここはまだ深く白い霧の中。

白い霧の中にふわふわと黒い模様が踊るように揺れながら進む。

かつて浜路が付き従った瓜太の背中のハートの模様だ。

二、三人がひと塊となり、決して目を逸らすなという織(おり)の言葉を守り、前へ前へ、ひたすら前へと進んでいた。

やがて先頭を行く信乃と大角の行く手には、何か黒い影が見え始めた。

影は横に長く、草原に横たわる木立の様に横に長く横たわっていた。

そしてその影が近付くにつれ、たくさんの影の集まりであることが分かった。

ひとつの影は目の高さより少し高く、更にその陰の上にもう一つの影が。

 

馬だ。馬にまたがる甲冑の武士の姿だ。

一気にはっきりした姿が八犬士と丶大の前に現れた。

それは壮大な兵を率いる一大武士団の姿と変わった。

先頭の信乃がふと足元に目を向けるとまだ二つの影が。

いやその影は元々真っ黒だった。

二人の黒猫の男たちだった。

黒猫の一人が前に進み出て信乃を見上げ、こくりと頭を下げた後言い始めた。

「伏姫様に仕える九一という者。こちらにおわすは伏姫様の弟君である里見義成様です。安房の国を治める君主様であります。」

それを聞き、八犬士と丶大は跪づき首を垂れた。

跪いた信乃の耳元にもう一人の黒猫が近付きそっと耳打ちをした。

「わしは山。わしらは蘭と喜利の伯父なのだ。彼女たちは元気にしておるかの?」

 

中央に立つ馬から武将が降り立ち、犬士の前に立ち言った。

「私がその里見義成だ。八犬士よ我が甥たちよ、よくぞ苦難の道を乗り越えてここまでたどり着いた。願わくば我らの力となり、安房の国が見舞われた苦難に共に立ち向かってもらいたい。」







最終更新日  2020.06.21 00:00:21
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2020.06.18

ひと際大きく、重々しい鈴の響きと共に彼女は体を開き、両手を広げ、両足を広げ、胸を張った。

 

そして、そのとき・・・・

 

白猫の雛が大きく両手を広げ、両足を広げ、胸を張ったそのとき、伏姫たち一行の周りを濃い霧が立ち込め、それは次第に地上に降り立ち、地を這い、野を覆い、川を渡り、山を飲み込んだ。

扇谷連合軍が陣を張る丘も今はすっかり深い霧に追われ、一間先も見通せないほど辺りはすっかり白い雲に包み込まれてしまった。

扇谷連合軍の兵士たちは一歩も動くことが出来ず、その場に立ち尽くすのみで、指揮する者たちもなすすべがなかった。

 

雛の兄の織(おり)は八犬士たちの前に進み出て告げた。

「私の兄弟の瓜太が皆さんを安房の国までお連れします。背中の模様を頼りにお進みください。目を逸らしてはなりません。ひたすら前に進むのです。」

 

「だが私たちが去ったあと、穂北荘の人々はどうするのだ?」

信乃は織に尋ねた。

「今この雲は扇谷の陣の者たちを深く包み、一歩も進むことはできません。一日の間は。その間に兵や村人たちを引き連れ一先ず獅子落谷の砦まで退くのです。そこに籠城し、それを追って来た扇谷軍を八犬士が里見軍を引き連れ背後から挟み撃ちにするのです。」

織の言葉に大角は反論した。

「穂北荘の民を囮にせよと?」

「囮ではありません。これは策です。」

織はきっぱり言った。

「我々が里見軍を引き連れここに戻るまで、砦は持つのか?食料は?」

荘助の尋ねには今まで八房の傍に控えていた吾妻(あづま)が答えた。

「心配には及びません。それは私と徹、そして比瑪の犬族の者が日夜お運びいたします。」

「しかも、今砦には四か月分の食糧が蓄えられています。これで少なくとも半年は十分持つはずです。」

徹が言った。

「然らば、半年の間に我々は里見軍を引き連れて戻ればよいのだな?」

道節の言葉に毛野は言った。

「三か月で十分。知略を以って、必ずや私が導きます。」

「その間に扇谷軍が一気に攻め寄せたらいかがする。我が兵は一歩も退かぬが、いつまでも持つものではない。」

娘の重戸(おもと)の肩を抱いた残三の言葉には丶大が答えた。

「筑波よりこちらに参る途中、結城家に働き既に二千の兵がこちらに向かっております。」

残三はこれを聞き、希望の光を見るように丶大の横顔を見つめた。

里見義実も参戦した結城合戦での敗退を機に、衰退した結城家ながらこの機に巻き返しを図り、縁故の者や新たな兵を集め、この穂北荘に援軍を送ってくれているのだ。

恐らく持てる力のすべてを尽くして。

「ならば我らは扇谷の陣に忍び込みかく乱するとしよう。茶阿いいね?ほかのみんなも。」

佐飛は螺良猫団の手下に向かって固い決心を伝えた。

「じゃおいらと千代と連は、里見軍との間を行きかい伝令を務めよう。」

雷はそう言って千代と連とうなずき合った。

「私たちには戦うことはできないけれど、今までの様に負傷された方たちの介護をいたします。この蝦蟇の油は父のために手に入れたものですが、父もきっと分かってくれるはず。」

扇谷の命で民は往来を禁じられ、もはや帰る術を失った蘭と喜利は、ここで自分たちがなせることをなすと誓った。

「必ず三か月で里見を引き連れここへ戻る。」

現八も小文吾も親兵衛も覚悟の言葉を発した。

 

それまで皆の覚悟を推し量るように黙って聞いていた伏姫がついに口を開いた。

「里見八犬士よ、我が子らよ、そなたらの使命を果たしなさい。ここは私たちが必ず守り抜きます。」

 

「信乃様、私も父五里姉妹とここへ残り、皆様のお役に立ちとうございます。」

信乃は浜路の気丈な気持ちを察し、彼女の手をしっかり握ってうなずいた。

こうして瓜太の背中のハートの模様を目印に八犬士と丶大の九人は霧の中へと消えて行った。







最終更新日  2020.06.18 00:00:20
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2020.06.14

虹色に入り乱れる霧の中から、三つの影が近付いてくる。

猫族の小さな体。黒い影、

次第に近づき、次第に表情が見え始める。

 

真ん中で先頭を歩いて来たのは、精悍な顔つきのキジトラの猫。

「兄さん。織(おり)兄さん。」

連が生まれるずっと前に亡くなった兄に、巫女の雛が叫んだ。

 

左に続いて来たのは、気品が漂う美しきサバトラの猫。

「風(ふう)じゃないか、あの時おいらを助けてくれた。」

山賊の弓矢から救ったあとに、突然姿を消した風をみて雷は言った。

最後に右から現れた、いつも穏やかな微笑みを絶やさない白地に黒の猫。

「瓜太さん。」

浜路はそう言って思わず駆け寄った。

それは遂に八犬士が揃い、各々が持つ仁義八行の珠をそれぞれ高く空に掲げた時のことだった。

八つの珠は眩しく光り、光は一つに集まり、集まった光は徐々に天に上り、天からも光が舞い降り一つになり、そこから七色の雲が湧きだし、霧となって彼らを覆い尽くした。

天から現れたそれは、始めは小さな点と思われたものが次第に近づき像をなし。

それは明らかな姿と変わった。

八つの牡丹の花のような斑を持つ八房に跨った伏姫である。

「伏姫様。」

丶大こと金碗大輔はそっと跪いた。

かつては主君里見義実から、伏姫の夫に望まれながら彼女の非業の死の後、丶大と名を変え僧として八犬士探索の流浪の旅に出てはや二十五年の歳月が流れていた。

八房の両脇に二人の白い犬族の男が付き従っていた。

「吾妻(あづま)兄さん。」

蘭が叫んだ。

「徹(てつ)兄さんも。伏姫様の所に二人とも一緒にいるの?」
喜利が叫んだ。
「俺だけじゃないよ。妃(ひめ)母さんが俺を伏姫様の所にいる山おじさんや九一おじさんに会わせてくれたんだ。二人とも今は里見のお殿様にこのことを伝えに行っているよ。」
徹はそう言って目を細めた。
「そのうち妃母さんも会いに来るとさ。」
吾妻も後に続けた。
従妹の母五里百合の兄たちが二人とも亡くなったことから母五里夫婦が父五里夫婦と行商に出るときには、百合は蘭の元に身を寄せることになったのだ。
ここに百合がいたなら、彼女はどんなに喜んだことか。
 

雛と連の兄、織は言った。

「真の八犬士となった伏姫様の子らよ、今、安房里見義成様の下に帰参するのだ。」

雛は織に尋ねた。

「兄さん、どうやって?ここは武蔵の国、安房の国ははるか彼方。間には扇谷に与する上総の国千葉家がいるのよ。」

織は精悍な顔を崩して、妹の額に自分の額を押し当ててささやいた。

「今、お前の霊力が必要なのだ。お前の神技で安房への道を開くのだ。」

そう言って織は目を閉じた。

織が離れると、雛は突然何かにとりつかれたように立ち尽くし、やがてそれを見守る八犬士へと振り返り直立した。
 

突然両腕を大きく横に大きく広げ、体を後ろにのけ反らせ、顔を天に向け、そのまま爪先立ち、今にも空に舞い上がりそうな次の一瞬、大きく前に飛び出すと背を屈めた。

腕は鳥が空を飛ぶが如く、大きく肩の後ろに高く広げた。

シャン、シャン、シャン

彼女が懐から取り出し鈴の音が、厳かに鳴り渡る。

シャン、シャン、シャン

シャン、シャン、シャン

左足で体を支え、右足をその更に左へと長く伸ばし、両腕は右へと力強く突き出す。

シャン、シャン

シャン、シャン

今度は反対に手足を伸ばす。

シャン、シャン

シャン、シャン

彼女の体は次第に熱を帯びたように赤く染まり、光を放つ。

シャン、シャン

シャン、シャン

雛はひとしきり舞ったのち、両腕を抱え込むように抱きかかえ、何かを必死に願うように口の中で唸りを上げた。

 

シャン

 

ひと際大きく、重々しい鈴の響きと共に彼女は体を開き、両手を広げ、両足を広げ、胸を張った。

 

そして、そのとき・・・・






最終更新日  2020.06.14 00:00:20
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2020.06.11

氷垣残三は各隊の頭、七犬士、螺良猫団の佐飛、茶阿の他に雷も参加して軍議を開いていた。

穂北荘の兵は未だ士気は衰えることなく奮闘はしているものの、やはり数の優位と、最近定正に追加で招集され身体万全の新たな三千の兵の勢いで、劣勢の様子が見え始めたからだ。

 

「みなも知っての通り、戦況ははっきり言って芳しくない。螺良猫団の方々からもたらされる情報も、最近敵も感づき始めており警戒も厳しくなってきている。そこでみなに集まってもらい、何か良い案はないか知恵を出し合ってもらいたい。」

そう言って残三は唇を噛んだ。

だが、なかなかいい案など出るものではない。

「ここは一度、思い切って打って出るか?」

定正憎しの道節は言った。

「いや、ここは先に動いた方が大きな痛手をこうむることになる。」

慎重な荘助は反対した。

「氷垣様。私が配下の者と密かに敵の背後に回り、時を同じくして奇襲をかけては。」

この地を知り尽くした侍頭の弥平が言った。

「今、敵は三つの峠に陣を構え、お互いを守り合っている。三つの陣の背後に回り、それぞれの陣に向かって正面から挟み撃ちにするには、余りにも我が方の兵は足らぬ。」

残三は否定した。

「私たち螺良猫団が各陣に火を掛け、混乱に乗じて攻めては。」

佐飛の意見に現八は反対した。

「いや佐飛さん。あの間抜けな扇谷の者たちも、最近そなたたちの存在に気づき始めている。初めの頃は兎も角、今はあまりにも危険すぎる。」
八犬士帰還の後、里見軍の軍師として部類の活躍を見せることになる毛野もこの時ばかりは考え込んでしまった。

 

行き詰った雰囲気の中で腕組みをして途方に暮れかけた残三がふと目を上げると、娘の重戸が誰かを案内して部屋に入ってきた。

彼は続いて入って来た旅の僧に気付いて立ち上がり思わず叫んだ。

「おお、丶大様。」

これには当然七犬士たちも一斉に振り向いた。

丶大は静かに足を踏み入れた。

そしてその次に若い武者が続いた。

七犬士には、この若武者が誰なのか見当もつかなかった。

彼らは犬江親兵衛はまだ四、五歳の童と聞いていたからだ。

その後ろに続くのは犬族の比瑪。

さらに姿を現したのは父五里姉妹の次女である喜利。

「喜利さん、どうしてここへ?」

信乃だ。

信乃は山賊山烏一家に捕らえられたとき、喜利に守られ、脱出の手伝いをしてもらったのだ。そのとき、喜利と連絡し合って信乃を山から村まで案内してくれたのが雷だ。

最後に入って来たのは喜利の姉、長女の蘭だ。

蘭は崖から落ちて気を失った道節を救ってくれた。

逆に小文吾は喜利の妹、三女の芹と山で拾った幼い猫の子ども芽恵を山賊から守ってくれ、従妹の百合と共に蘭の元へ無事送り届けてくれた。

 

かつて里見義実が伏姫の夫にと望んだ里見家臣団きっての猛者金碗大輔こと僧丶大は、父親の病を治すために蝦蟇の油を求めて筑波山へ父五里姉妹に同行し、そこで犬江親兵衛に遭遇したことを説明した。

 

「穂北荘の方々、そして犬士の方々、私は犬江親兵衛と申しまする。以後よろしくお願いいたしまする。」

ほんの幼き童と聞かされていた犬士は、親兵衛の説明を聞き終わるまで信ずることはできなかった。







最終更新日  2020.06.11 00:00:25
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2020.06.07

佐飛たちが穂北荘へやって来て十日経った。

穂北荘軍と扇谷連合軍とのにらみ合いは相変わらず一進一退を繰り返していた。

がその間も、螺良猫団の者たちからの知らせは続々と届いた。

彼らの活躍で扇谷連合軍の情報は穂北荘軍に筒抜けで、今や兵の頭数では劣っても、士気と情報量では遥かに勝っていた。

何せ八犬士たちの事は知られていても、その陰で彼らを支える猫族の者たちの事はまったく知られていなかったから、出入りが自由にできたのだ。

おまけに彼らは元々義賊として、屋敷に忍び込んだり、暗がりに身を隠したり、言葉巧みに情報を聞き出したり、まことしやかにたぶらかしたりはお手の物なのだから。

 

そんなとき、そんな彼らに混ざって連も忙しく立ち働いていた。

犬坂毛野の宿敵に奉公していたがある日追い出されたのち、雷、千代と出会い、毛野を導き、助けたのが縁ではるばるこの地までやって来た。

だが今まだ幼さが残る連と言えど、大義のために働くことの喜びは何事にも代えがたく、例え奉公時代よりも過酷なことがあろうと勇気と希望を持って乗り越えて行くうちに、また一歩と大人への階段を上る実感を味わっていた。

 

連は今日も佐飛から地図を受け取り次なる使命の説明を受けているとき、背中に何か不思議な視線を感じて仕方がなかった。

佐飛の説明も終わり、彼女にポンと背中を叩かれて励まされたあと、その不思議な視線の方にゆっくりゆっくり振り返った。

彼は視線を次第に遠くに伸ばし、伸ばした先の猫族の女性を見て、立ち尽くした。

手に持っていた大事な地図を落としてしまったことにも気づかなかった。

 

「連?連じゃないの?」

彼女の問いかけに連は次の瞬間猛烈に走り出し、彼女の胸に飛び込んだ。

「姉ちゃん!姉ちゃん!」

周りの者は驚いてこの光景を遠巻きに見つめていた。

「連!」

その白猫の女性はそう叫んで、黒猫の連をしっかり抱きしめた。

あの秋祭りの夜、人さらいに一緒にさらわれた連の姉である雛だった。

その後二人は引き裂かれ、連は毛野の宿敵の屋敷で奉公させられていた。

雛も最初はある商家で奉公させられていたが、そこを逃げ出して、ここ穂北荘にたどり着いた後は、ある神社の巫女として仕えていた。

彼女はそれまで気が付かなかったのだが、その神社の神主に彼女に強い霊力が備わっていることを見定められたからだ。

 

そんな二人を遠巻きに見ていた穂北荘の人々は次第に輪を詰め、身を寄せ合い、二人を囲んで我が事のように涙を流し、肩をさすって、喜んで祝ってくれた。

二人は穂北荘の人々の温かい心の中で、嬉しさの余り泣き続けていた。

やがて白猫の白い顔の真っ赤に泣きはらした目に光がさして、姉は未だにすすり上げる黒猫の弟の目の端の涙を優しく拭いながらやさしく微笑みかけた。

 

その時、連の肩をたたく者がいた。

連が振り向くとそれは佐飛だった。

「連、良かったじゃないか?お前の仕事は空にやらせるから、お前は姉さんとしばらく一緒に過ごしな。」

暖かい思いやりの満ちた言葉に、しばらく連は佐飛を見つめていたがきっぱりこう言った。

「いや、佐飛母さん・・・」

もちろん佐飛は連の本当の母親ではない。本当の母親は毛野が必ず見つけ出してくれると約束してくれた。

「いや、佐飛母さん。これは俺の仕事だ。ちゃんと俺がやり遂げてみせるよ。」

佐飛は目を丸くして、でも嬉しそうに連を見つめておどけて言った。

「おやこの子ったら。やっぱり私の息子だよ。」

次の瞬間、佐飛はさっき連が落とした地図で彼の頭をぽかりと叩いて言った。
「お前、落とし物だよ。今度落としたら、螺良猫団から叩き出すからね。」







最終更新日  2020.06.07 00:00:22
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2020.06.04

関東管領の領内に食い込む形で独自の勢力を築いた武蔵国穂北荘では、犬江親兵衛を除く七犬士が互いの再会を喜び合っていた。

そして彼らはここを取り仕切る氷垣残三(ひがき ざんぞう)を助けながら、密かな活動の場とすることにした。

また、八犬士とはふしぎな縁で結ばれる八人の猫族も徐々に集結しつつあった。

今はまだ雷、千代、連の三人だが、このあと続々と集結することとなる。

 

一方、関東管領扇谷定正の威を借りた各地の陣代が悪行を繰り返しその煽りを受けて、信乃と浜路、荘助たちにも幾多の災難が降りかかり、道節の犬山家の主家が滅ぼされて以来道節は定正を仇と狙うようになった。

定正の家臣となっていた竜山免太夫は、かつて籠山逸東太と名乗り千葉家の重臣馬加大記に操られ毛野の父であり同じく千葉家の重臣である粟飯原胤度を殺し、一族も馬加により根絶やしにされた。

その仇である籠山逸東太は毛野によって討ち果たされたが、家臣を殺害された定正の怒りは八犬士、また彼らが縁を結び、かつての結城合戦からの宿敵安房里見家への憎悪となり、山内顕定と足利成氏らを引き入れ里見家討伐を旗印とした関東大戦を引き起こすこととなった。

 

ここに扇谷定正たち連合軍と里見家との全面的な対決が繰り広げられることになった。

定正は手始めに里見家同様、定正に弓を引き結城に味方する氷垣残三が率いる穂北荘に向けて兵を進めていた。

そして文明十五年冬、ついに扇谷連合軍は穂北荘南部の三つの小高い丘の上にそれぞれ二千五百の兵を配置し陣を構え、氷垣残三率いる穂北荘二千五百の兵と対峙する形となった。

この戦が世にいう関東大戦の発端となったのである。
 

穂北荘の兵は扇谷連合軍の三分の一にも満たないが、士気は遥かに高く、この地は彼らが長年のあいだ智を巡らし、計を案じ、罠を仕掛けた場所。知らぬ者が容易に足を踏み入れること能わぬ場所だった。

そこへ集結した安房里見家のこれからを背負う精鋭八犬士のうち七犬士もそろい、彼らの存在は七千の味方を得たも同然の勇気を与えた。

 

とはいえ、数の上での兵力では圧倒的に扇谷連合軍側に利がある。

何度か扇谷連合軍が仕掛けて、それを穂北軍が押し返すという状況が続き、長期戦の様相を呈し始めていた。

 

そんなある日、犬士の下に二人の心強い味方が姿を現した。

義賊螺良猫団の中心となって生き抜いてきた佐飛と茶阿である。

「千代坊、元気か?お前、前よりもっと大きく逞しくなったようだなあ?」

従兄の茶阿はそう言って千代に駆け寄った。

「兄さんこそ、なんか前より一段と迫力が増したような感じじゃないか?」

千代の言葉に茶阿は得意そうに顔をほころばせ、くるりと背を向け一時は生死の果てをさまよった後、背中に残されたハートの模様を見せて言った。

「ほら、おれにも見事なハートの模様だ。」

 

佐飛は茶阿が大怪我をして死にかけたところを伏姫に救われ、彼女のお告げに導かれてここへやって来たことを話し、最後にこう結んだ。

「私たちは扇谷の権威をかたに横暴と略奪の限りを尽くす手下どもから富を奪い、苦しむ者たちを救済することに命を懸けてきたんだ。そして今、その使命を果たすためにここに来たのさ。今螺良猫団の仲間は各地に散らばり、様々な知らせをもたらす活動を始めたところさ。」

信乃の紹介を受けてこれを聞いていた氷垣は、大きな手で猫族の小さな佐飛の両手を包み込み、何度も何度もゆすった。

 

佐飛は一段高い場所に立ち、ぐっと胸を張りこう言った。

「土産にひとつ、いい話を持って来た。扇谷傘下のある役人のお方によると、扇谷家に属する者の中にも、最近の扇谷家に対して不信感を持つ者が増え始めているという事をお聞きした。つまり扇谷連合軍は一枚岩ではなく、扇谷家自体も決して一枚岩ではないという事さ。」

 
佐飛はかつて関東菅管領下の取締方の役人、志茂玲央とその妻咲良の下で奉公していたことがあったのだ。


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最終更新日  2020.06.04 00:00:21
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2020.05.31

山中で賊に襲われた折に、祖母妙真の腕の中から神隠しに合い姿を消した四歳の犬江親兵衛は伏姫の庇護により、役行者の課す三つの試練を乗り越えて今や十九歳の若者へと成長していた。

 

穂北荘には犬塚信乃、犬川荘助、犬飼現八、犬田小文吾、犬村大角の五犬士が揃った。

 

鈴茂林では犬山道節と旅する犬坂毛野が籠山逸東太(こみやま いっとうた)を討ち果たし、積年の宿願を成就させた。

 

ここに、関八州に散らばった伏姫の子たる八犬士がすべて連なることとなった。

そしてその時。

 

八犬士の掌の中で、それぞれの珠は光を増して燦然と輝いた。

 

それに導かれて八犬士は穂北荘へ向かって歩み始めた。

 

だがその陰で彼らを支えた、ハートの模様を体に宿す八人の猫族も穂北荘を目指す運命に身を委ねた。
 

雷、千代、連、瓜太、蘭、喜利の六人の猫族。

そして今、螺良猫団を引き連れる佐飛にもその呼ぶ声が届いた。

 

「母さん、痛えよ。俺、死ぬのかな?」

茶トラ猫の茶阿は言った。

実の母であるサビ猫の佐飛はハート模様の眉間に皺を寄せて息子の手を握った。

「死ぬもんか。あんたは私の倅だよ。絶対に死ぬもんか。」

そう言って彼女はぐっと唇を噛んだ。

茶阿は三日前、悪徳の限りを尽くして暴利を貪る代官の屋敷に忍び込み、お宝を盗み出そうとしたが、あいにく家来に見つけられ傍にあった油ごと火をかけられてしまった。

火だるまになった茶阿だが、必死に逃げて姿をくらまし、瀕死の重傷でここ螺良猫団の隠れ家までたどり着いた。

茶阿は体中に薬膏をすりこまれ、包帯を巻かれて三日間気を失ったままだったが、今どうにか気が付いたところだった。

周りでは頭領の螺良、仲間の菜奈、空、桃、寧々が心配そうに茶阿を覗き込んでいた。

それから三日、茶阿は火のような熱を出して気を失い再び眠り込んでしまった。

火傷を負って六日目の朝、茶阿はまだ外が明けきらぬ薄暗い部屋の中で目覚めた。

傍らでは佐飛がしゃがみ込み、前かがみにこくりこくりと眠り込んでいた。

彼女の手にはすっかり体温で生暖かくなったおしぼりが握られていた。

「母さん、佐飛母さん。」

茶阿は弱々しいがはっきりした声で母の名を呼んだ。

佐飛は呼び声にハッと目覚め、茶阿の傍へ慌てて身を寄せた。

「母さん、俺、夢を見たんだ。大きな犬に跨ったお姫様が俺と母さんに、武蔵の国の穂北荘まで来てもらいたいと言ったんだ。」

「穂北荘?」

佐飛は茶阿の言った言葉を繰り返し続けた。

「そんなこと言ったって、お前の体じゃ無理ってもんだよ。」

だが茶阿は起き上がると安心させるように体を捻りながら言った。

「そのお姫様が、俺を呼び戻して体を治してくれたんだ。俺、もうちょっとで川を渡れそうだったのに。」

眉間にハートの模様を持つ佐飛は目を丸くして叫んだ。

「お前、それ三途の川だよ。そのお姫様がお前の命を救ってくれたんだよ。」

茶阿は何も言わずうなずいた。

「きっと、私とお前にはまだ何かやることが残っているのかねえ?」

茶阿は首を傾けた。

「きっとそのお姫様は伏姫様に違いない。」

茶阿は納得したようにうなずくと、自分の羽織を取ろうと背を向けた。

「茶阿、お前の背中!」

佐飛は思わず叫んだ。
茶阿の火傷をした背中にはハートの模様が刻まれていた。







最終更新日  2020.05.31 00:04:04
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2020.05.28

「小文吾まで膝まづくから、てっきり私は浜路姫に大変な非礼を犯したかと思ったではないか?」

荘助は小文吾を睨んだ。

「いや、私も膝まづかなければ到底荘助も信じまいと思ったからだ。」
それを聞いて荘助は言い返した。

「そら、小文吾も私を騙そうとしたのではないか?」

「紛れもなく。」

小文吾の言葉に堪えきれず皆で笑った。久しぶりの安らぎのひと時だった。

 

「だが荘助、浜路は本当に浜路姫なのだぞ。私たちが子どもの頃から知る浜路が浜路姫の体の中にいるのだ。」

信乃の言葉に荘助もうなずいた。

「三人ともそれはそうと始めようではないか?」

大角に促され、小文吾は悌の珠を、信乃は孝の珠を、荘助は義の珠を大角と現八が稲荷大社から持ち帰った霊験あらたかな御神水に浸した。

三つの珠は御神水の中で互いに呼応し合い、まばゆく光った。

瓜太の言うには、こうして三日三晩珠を浸けておけば、珠の持つ霊力が御神水を満たし、その御神水で小文吾の目を清めれば、たちどころに小文吾の視力は回復するというのだ。

 

僧丶大(ちゅだい)と父五里二姉妹の蘭と喜利はようやく常陸国筑波山にたどり着こうとしていた。

彼女たちは父親の心の臓の病を治すために、蝦蟇の油を求めてはるか上野国荒芽山からやって来たのだ。

途中偶然にも、いや縁に導かれてというべきか、品川の宿で丶大と出会い、山賊退治で知り合う仲となった扇谷家の取締方の志茂玲央とも出会った。

丶大は女二人の旅は心許ないと同行することを申し出てくれ、玲央はそんな三人が筑波山まで何の差し障りもなくたどり着けるように通行証の札を持たせてくれた。

そうして三人はようやくこの地にたどり着いた。

 

蝦蟇蛙の皮膚から垂れる液には蟾酥(せんそ)と呼ばれる強心作用、鎮痛作用、麻酔作用、止血作用の効用をもつ成分が含まれ、それを集めて煮詰めたものが世にいう蝦蟇の油なのだ。

 

右目の周りにそして右後ろ頭にそれぞれハートの模様を持つ蘭と喜利は首尾よく蝦蟇の油を手に入れ、丶大と季節も頃合いの紅葉見物に出かけることにした。

紅葉は今が盛りと、目に痛いほどの真っ赤な葉をまるで花火の様に空を彩り、垣間見える真っ青な空がさらにそれを引き立ててくれた。

二人がその美しさに見とれていると、

ドン

誰かが急にぶつかって来た。

その勢いで小柄な猫姉妹は弾き飛ばされてしまった。

「おお、これは申し訳ない。怪我はありませぬか?あまりにも見事な紅葉で見とれて歩いていたもので。」

二人を起こしながら愛想の良い男が気遣った。

「ああ、私どもも同じく見とれてしまって。」

蘭はそう言ってニコリと微笑んだ。

「では私はこれで。」

男は何度も頭を下げながら紅葉の坂を下って行った。

三人は再び紅葉の坂を登り始めてしばらくして後ろから声を掛けられた。

「もし、猫族のお二方。」

三人が振り返ると若者が先ほどの男を羽交い絞めに立っていた。

「これはお二方の財布ではありませぬか?」

「まあ!!」

若者の言葉に蘭と喜利は懐を探って一緒に驚いた。

男はスリだったのだ。

懲らしめのために男の腕は折られ、これで当分は商売ができないだろう。

若者がその男を突き放すと、腕を抑え脱兎のごとく逃げ去っていた。

若者は僧に向かって言った。

「お気を付けください。折角丶大様が一緒におられるのですから。」

丶大は自分の名を知る若者をしばし見つめ、驚嘆の表情を浮かべた。

「し、し、親兵衛か?いやそのようなはずはない。親兵衛はまだ五つのはずだ。」

若者は膝まづき言った。

「はい、その親兵衛でございます。お久しゅうございます。」

 

「はい小文吾さん、済みましたよ。ゆっくり目を開いてみていただけますか?」

浜路は三つの珠を浸けた御神水を布に含ませ、小文吾の目を丹念に清め優しく促した。

小文吾は恐る恐る目を開くと、眩い光が一気に目の中に飛び込んで来て慌てて目を閉じ顔を背けたが、もう一度ゆっくり目を開くと、真っ白い光の中に次第に浜路の顔が像を結んだ。

「浜路さんですか?お初にお目にかかる。」

浜路は眉をちょっとすくめたが、思い直して座りなおすと両手を膝の前に揃えて、丁寧にお辞儀をすると言った。 
「お初にお目にかかります。私が浜路にございます。」







最終更新日  2020.05.28 00:00:19
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