三猫珍道中 ~ 壮大なる計画
益比の八人の仲間も揃い、いやそろったはいいが一向に益比の言う四百年前の計画が何だったのか分からずじまいだった。仙人にしてはあまりにも頼りない益比(ますぴ)がこの八人の仲間探しの発端で、その仲間が悉く益比の大昔の計画の事は覚えていないようだ。山に住み鍋料理大好きの土鍋焦玖斎(どなべこげくさい)は、益比の言う計画についてはおぼろげながら、何かしたような気はするらしいのだが、分からなかった。分からないどころか山の仙人のくせに笑い茸を見分けられずに、五人で朝まで別におかしくもない夜を笑い通してしまった。次に会った鬼首山に住む身の丈一間七寸(2メートル)の平来栖(ひらくるす)は伝説の勇者と呼ばれた男のくせに、まるっきり意気地なしで鬼首山の名の所以となった一間二尺(2メートル40センチ)の鬼退治に選ばれたが、怖くて逃げだしたとき、転んだはずみに握っていた刀が飛んで行き鬼の首を切り落としたのだ。道中で襲われている村娘を助けようと飛び出したが、彼が真っ先に逃げ出し結局娘たちの代わりに捕まってしまいひどい目になった。次に会ったのは何でもぺらぺら思ったことは正直に話してしまう渡宵子(わたしよいこ)という、仙人と言っても若い娘のようだった。町で雷が強盗が今や店を襲おうとしているところを見破り、逃げ足の速い平来栖が番所に知らせに言ったが、その前に彼女が強盗たちにそのことをペラペラ話してしまったために強盗たちは逃げ出し、三猫が間違ってつかまりそうになってしまった。その次は世紀の大天才と言われた嵯菅野典斎(さすがのてんさい)という男は、天空の動き、はるか彼方の星のこと、光の屈折で生まれる夕焼けの現象や、動植物の生態までなんでも知っているのに、昼に何を食べたか、食べたかどうかさえも覚えていないという、世間の事にはまったく疎く、当然益比の言う計画の事はとんと覚えていなかった。次は馬爺さん(マジーサン)と呼ばれる中国から来た男だが、魔法使いと自称するわりに見せるものはタネも仕掛けもある手品ばかり。益比の四百年前の計画の事を訊かれるとしどろもどろになるくせに、全員思い出せないと聞いた途端、安心して自分も知らないと言い出す始末。そもそも十年前に会っただけなのに四百年前の事を知っている訳がないのだが、益比が計画の事を彼に話したかも知れないというだけで仲間になった怪しい男。次は柿野タネ(かきのたね)という魔法役作りでは名の通った婆さんだが、三猫たちが途中で出会った父五里姉妹の次女喜利の腹痛を治すのに腰痛の薬を飲ませてしまった。益比が何度も彼女に喜利は食あたりだというのに、次の瞬間それを忘れてしまう婆さんで、とても四百年も前のことなど覚えているはずがなかった。最後に会ったのは一度覚えたら永遠に決して忘れない茂野覚江(ものおぼえ)という知的な美人の女性だった。八人が会ったのは四百十三年二か月と3日前に伊豆の旅籠屋湯園屋『踵腓の間』で、その時食べた料理の献立を詳細に覚えており、仲間の目じりの皺の数まで覚えており大いに期待させた。だが実は彼女、物覚えが悪くなかなか覚えられないらしい。だが一旦覚えると永遠に決して忘れないという事で、益比の計画の事はとんと記憶になかった。そんなこんなで里見八犬士とは雲泥の差の益比八仙人が一堂に介したものの、結局その計画の事は分からずじまい。益比八仙人は、これから百年の歳月をかけて、四百年前の計画が何だったのか話し合うことになった。こうして四百足す百の五百年にわたる、壮大なる計画が話し合われることになった。なんとも暇仙人だと三猫は思いながら、目的の地鈴茂林へと去って行った。「兄さんたち、早く早く。」連は急勾配の山道を一気に駆け上がり、頂上で振り向くなりどうだとばかり腰に両手を当てて、胸を大きく張って背中をのけ反らせた。黒猫の彼の胸には白い毛でハートの模様が大きく描かれていた。「おい、連。お前ちょっと元気ありすぎだぞ。」連よりわずか三歳上の後ろ頭にハートの模様を持つ千代でさえ、息を切らし、喘ぎながら坂道を登り、こう言うのがやっとだった。「まったくだ。千代坊、こいつを連れてきたのは間違いだったかなあ?この分じゃこっちの身が持たない。」一番上の兄貴分の顔にハートの模様を持つ雷はそう言って、二人に続いて頂上に達し、両ひざに手を突きゼエゼエと荒い息をした。彼らはようやく鈴茂林にたどり着いた。 - 完 -