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石川県 旅館 ホテル 心に残る旅の宿

石川の妖怪たち全集1

石川の妖怪たち全集1

1: [火取り魔(ひとりま)]
山中温泉こおろぎ橋近く姥の懐と呼ばれる場所で、夜、人が提灯を持って通りかかると、提灯の火がまるで吸い取られるように細くなり、そこを通り過ぎると再び元通り明るくなるといいます。土地の人々は、「火取り魔」という妖怪の仕業と考えており、またキツネが悪さをしているとも、河童の仕業ともいう人がいます。一度こおろぎ橋の付近を提灯を持って歩いてみるのもいいですね。妖怪「火取り魔」については江戸時代り浮世絵作家 山東京伝や漫画家水木しげる氏が描いたものなどいくつか有ります。下に情報や写真をご紹介します。
[山中温泉こおろぎ橋] クリック2回で最大画像になります

写真提供:石川県観光連盟
[火取魔 山東京伝『妬湯仇討話』より]

他の写真をご紹介します。リンクするのは失礼だと思いますので、矢印のあとをコピーし、検索窓に貼り付け、そのトップをご覧ください。
(写真)→ 火取魔《ひとりま》今昔百物語拾遺
       ↑(写真をクリックすれば拡大します)
□□山中温泉宿泊施設□□
→ [山中温泉 (1) (2)]


2: [海鳴り小坊主]
石川県羽咋市「気多大社(けたたいしゃ)」に伝わる妖怪。気多大社の裏に「入らずの森」という場所があり、その森で時々ガヤガヤと音が聞こえるので、地元の人はこの名で呼んで恐れています。昔、上杉謙信の軍勢に攻められ、海に身を投げて命を落とした僧兵たちの亡霊の仕業ではないか、僧兵の亡霊たちが成仏しきれないで海から陸へと這い上がり、森の木々にしがみつき、木を鳴らして音を立てているのではないかと言われています。また、一の宮村では僧兵たちの上げる悲鳴が海鳴りになって聞こえると言います。気多大社は万葉集に出てくるほど歴史は古く、能登のパワースポット、縁結び神社として全国的に有名。たくさんの魑魅魍魎たちが救いを求めて集まってくるのでしょうか。
[気多大社] クリック2回で最大画像になります

写真提供:石川県観光連盟
□□羽咋市の宿泊施設□□。 
→ [羽咋市]


3: [白粉婆(おしろいばば)]
ジャラジャラと鏡を引きずって現れる老婆の妖怪。顔一面にゴテゴテと雑におしろいを塗りたくっていて、見るだけで恐ろしい。民俗学者・藤沢衛彦の著書『図説民俗学全集』によれば、石川県能登地方で雪の降る夜に酒を求めて現れるそうです。鳥山石燕 『今昔百鬼拾遺』にはひどく腰の曲がった老婆が、大きな破れ傘を頭に被り、右手で杖をつき、左手には酒徳利を持っている姿が描かれています。同書の解説文→「紅おしろいの神を脂粉仙娘と云 おしろいばばは此神の 侍女なるべし」とあり、白粉の神に仕えている侍女であることが述べられています。この白粉婆、奈良の長谷寺にも現れたとのことです。
[白粉婆]今昔百鬼拾遺 

白粉婆に関する他の写真をご紹介します。リンクするのは失礼だと思いますので、矢印のあとをコピーし、検索窓に貼り付け、そのトップをご覧ください。
(写真)→ 白粉婆 OCN


4: [蟹坊主(かにぼうず)]
蟹の化物の妖怪で、石川県珠洲郡珠洲市飯田の永禅寺、富山県小矢部市の本叡寺、岩手県西磐井郡花泉町の寛法寺、山梨県山梨市万力の長源寺、その他各地に伝わっているものです。長源寺の境内には化け蟹の爪跡がある石が残っています。

寺の伝えによると、ある時、住職のもとを見るからに怪しい怪僧が訪ねて問答を申し込んだ。「両足八足、横行自在にして眼、天を差す時如何」。答に詰まった住職をその僧は殴り殺して立ち去る。その後も代々の住職が次々に死んでしまい、とうとう寺は無人となってしまった。話を聞いた法印という旅の僧がここに泊まったところ、例の怪僧が訪ねて来て同様の問答を仕掛けた。旅の僧は「お前はカニだな」と言って独鈷(密教で用いる法具)を投げつけると、その僧は4メートルはあろうかという巨大なカニの姿となり、裂けた甲羅から汁を流しつつ逃げ去った。以来、その寺には何も起こらなくなり、旅の僧が住職となったという。

蟹坊主に関するサイト写真をご紹介します。リンクするのは失礼だと思いますので、矢印のあとをコピーし、検索窓に貼り付け、そのトップをご覧ください。
(写真)→ 人を食らう妖怪・蟹坊主のなぞかけ「長源寺」html
(グーグルマップ)→ 石川県珠洲市上戸町寺社 永禅寺 
□□永禅寺最寄りの宿泊施設□□
[民宿長浜荘] 600m 海辺 料理が評判だが設備はかなり古い

→ [珠洲市の旅館]


5: [高尾の坊主火(たかおのぼうずび)]
石川県野々市町に出る火の妖怪。加賀一向一揆で滅ぼされた富樫政親の怨念が火となって現れたもの。正親は圧倒的な敵の数を知り自害して果てたと言われています。春や秋の夜、高尾にある城山の頂上に火が現われ、昔有った野々市町の政親の館の方向へ飛んで行きます。この火の玉は現在でもたくさんの目撃例が有るそうです。富樫家の館跡は野々市町住吉町で発掘されました。高尾の城は住吉町から2kmほど離れた金沢市高尾町の丘に有り、今は石川県教育センターが建てられています。
[野々市町小史より]
「政親亡びてから四百六十年余猶ほその亡霊の出現を見る。即ち春秋の夕暮に高尾山に怪火現われ、其火一本のタイマツの如く、旧道鶴来往来より稍高き所に見え、終始野々市の館址の方面に向って走って来る。人是れを高尾の坊主火と称し、政親の亡霊野々市の館址に通うと今に伝わる。」

□□最寄りの宿泊施設□□
最も近いのは金沢国際ホテルです。
野々市町は金沢の隣ですから金沢からもすぐです。
[金沢国際ホテル] 城跡まで600m、富樫館跡まで2km程度

[金沢駅前] [繁華街] [中心街] [郊外]


6: [海月の火の玉(くらげのひのたま)]
元文年間、加賀国(現在の加賀市大聖寺)に現れたというクラゲの火の玉。夜中に大聖寺の侍・小原長八が全昌寺の裏手を歩いていると、生暖かい風とともに火の玉がゆらゆらと飛んできてあたりを明るく照らす。血気盛んな長八はこれをヤッと切りつけたところ、手応えは無く火の玉は2つに割れ、ねばねばとした赤く透き通ったものが顔に貼り付いた。両目を開けるとそれを透かして周囲が赤々と見える。翌朝、海辺のじいさんに訪ねたところ、「それはクラゲが風に乗ってさまよっているのだろうよ」と言ったという。江戸時代の奇談集『三州奇談』に名が見られます
「海月の火の玉」に関するサイト写真、情報がありますのでご紹介します。リンクするのは失礼だと思いますので、矢印のあとをコピーし、検索窓に貼り付け、そのトップをご覧ください。
(写真)→ 水木しげるの大百怪 第三巻 海月の火の玉
(写真)→ 全昌寺 松尾芭蕉 奥の細道を訪ねて
(グーグルマップ)→ 石川県加賀市大聖寺 全昌寺
□□全昌寺最寄りの宿泊施設□□
[アパホテル加賀大聖寺駅前] 600m 安価なビジネスホテル



7: [黒手(くろて)]
黒手(くろて)は石川県戸板村(現在の金沢市の一部)に現れたとされる妖怪。江戸時代の随筆『四不語録』6巻「黒手切り」に記述があります。

慶長年間のこと。笠松甚五兵衛という村人の家で、妻が便所に入ると何者かに尻を撫でられた。甚五兵衛は狐狸の仕業と思い刀を持って便所に入ると、毛むくじゃらの手がぬっと出てきたので、これをエイと切り落とした。それから数日後、3人の僧が家を訪ねてきた。その僧たちは「この家に怪しい相が出ておるぞ」と言うので例の手を見せると、僧の1人が「これは人家の便所に住みつく黒手という妖怪じゃ」と言う。そしてもう一人の僧が手を受け取ると、突然「これはお前に斬られた我が手! 悔しいぞ!」と叫び、3m近くのでかい正体を現し、手を奪って消え去ってしまった。後日、甚五兵衛が家への帰り道を歩いていたところ、突然空から布団のようなものが降りてきて彼を包み込み、2mも宙に持ち上げ下に落とした。気づいたときには甚五兵衛の懐から、黒手を斬った刀が奪われていたという。

(グーグルマップ)→ 石川県金沢市 戸板
□□金沢市戸板 最寄りの宿泊施設□□
戸板村という地名は合併により現在残っていませんが、小学校名、施設名などにいくつか名前が残っています。金沢駅から1,5km程度です。→ [金沢駅前のホテル]

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