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石川県 旅館 ホテル 心に残る旅の宿

お宿奇談9[呪いの庖丁]

[怖い話 不思議な話 幽霊話]

[関東 某旅館]
 50代男性 服役囚

 私は数年前大手旅館の料理長をしていました。ある休みの日に骨董屋で物色していた時、棚の隅に錆びてぼろぼろになった庖丁を見つけたんです。手に持つとズシリとした感触、私の体格にしっくりときます。値段を聞くとただ同然、私はすぐに買い求めました。
 
 早速家に帰ってガシガシと研ぎ進めました。やがて茶色の汁の中からギラリとした地金が現れると、これは!・・・と私の胸は躍りました。この地金の色は相当鍛錬したもの、かなり腕のいい職人作のはず。しかし、銘を見たら「堯」と有ります。私は庖丁には結構詳しかったのですが、こんな銘は見たことが有りません。
 
 その庖丁研ぎに、ほぼ半日かけました。仕上がりはやはり素晴らしいものでした。まさに芸術品と言ってもいい。手に何度も握り直し、何度見ていても飽きないのです。また切れ味もいい。紙が音も無くきれいな線を描いて切れてゆく。野菜など、刃が吸い込まれてゆくように小気味良く切れる。これは凄いものを手に入れたぞと私の胸は高鳴っていました。
 
 次の日、私はその庖丁を職場へ持ち込み、みんなに一通り見せびらかし、その庖丁を使い始めました。もう前の庖丁を使う気にならないほどの切れ味。肉も野菜もさらさらと切れていきます。と、その時、あっという間も無く私は指を切ってしまったのです。こんなことは十数年来無かったこと、すぐに応急処置をして料理を再開しました。ところがその後すぐ再び指を切ったのです。何と、2時間ほどのうちに3度も指を切りました。まな板はその都度血だらけです。
 
 私はいくらなんでもこれは変だと思いましたよ。料理しているうちに何か胸がもやもやと息苦しくなり、いつの間にか指を切る。そして、料理中、庖丁の動きを見つめていると、まな板の上に恐ろしい形相の目が見える気がして鳥肌が立つ。これはもしかしたら怖いものかも、と思い、すぐさま以前からの庖丁に変え、その後何事も無く料理を終えました。
 
 夕刻の最も忙しい時間が終われば、ひと時ゆっくりできます。私はその後、従業員へいろいろ指図して眠ることにしました。明日は仕入れ準備のため午前3時半起きだったのです。その頃は長期連休が始まったばかり、私は連休明けまで家に帰らず厨房の横にある仮眠室で寝起きすることになっていました。例の庖丁は、厨房に置いておくと嫌な気がしたので新聞紙でくるんで仮眠室へ持ち込み、私の枕元へ置きました。
 
 そうして夜中の2時ごろ、私はパトカー、救急車のサイレン、仲居のけたたましい叫び声で目を覚ましたのです。
「料理長、起きてください。大変です。元瀬さんが誰かに襲われました。」
 私は急いで現場へ着くと、そこは大変なことになっていました。玄関に近い庭がおびただしい血で染まり、何人もの警察が調べている最中でした。
「元瀬の容態はどうなんだ!」と怒鳴ると、
「分かりません。いま病院へ行ったばかりです。助かってくれればいいのですが。」
 元瀬というのは接客係、その日は夜勤で夜の十時から明け方6時まで勤務。夜の見回りの最中に襲われたのだ。まじめなやつで私が目をかけていた一人でした。
 
 次の朝私は元瀬の見舞いに病院へ行きました。彼はこん睡状態でいまだに目を開けていない。担当の医者に聞くと、肩口から尻まで数度にわたり鋭利な刃物でスッパリ切られたようだといいます。多量の輸血で今は安定している。数日様子を見なければならないが、それを超えると大丈夫かも、と言うので、私は少しほっとしました。
 
 ところがそれから二日後、もう1人襲われてしまったのです。それは私の部下でした。彼は明日の仕入れの表をもう一度確認するため、夜12時過ぎに厨房へ入ろうとしました。電気をつけると、中央に1人の男が立っていたそうです。体全体がもやもやと霧がかかったようにぼやけ、誰か分からない。目が釣り上がった形相をして右手に庖丁を握っていた。その男は、恐怖の叫び声をあげる部下へ突然切りかかってきたのです。部下の左頬が切れ、生暖かい血があふれ出てくる。部下はその時、周りの鍋やしゃもじを全て投げつけ、必死で逃げ出したのです。
 
 救急車で病院へ向かう部下からそう聞いた私は、思わずつぶやきました。
「庖丁・・・」
 その時、先日手に入れた庖丁が気にかかりました。すぐに仮眠室へ入り、枕もとの庖丁を見つめました。そして包んでいた新聞紙をこわごわ開けてみて、
「うう・・・」私は後ずさりしました。
 新聞紙の中は黒々とした血糊でべっとり・・・

 私の身はひどい悪寒で震えていました。この忌まわしい傷害事件はこの庖丁だったのか。これを一体どうしたらいい。これを知られては私にかかわってくる。私は血糊の付いた新聞紙をはがし、丸めてバッグに押し込み、荒い息を吐きながら庖丁を布でぐるぐる巻きにし、ヒモで何重にもきつく縛り付けました。そして朝、友人が知っているという霊能者に電話したんです。
 
 その霊能者は庖丁をひと目見るなりこう言いました。
「人見さん、これは大変なものです。決して持っていてはいけません。」
「でも何とか、あなたのお力で浄化して頂く訳にいきませんでしょうか。」
 私はこの包丁が惜しかった。こんな凄い庖丁は見たことが有りません。持っただけで私の体の一部のように軽やかにものを切り刻んでゆきます。浄化さえすればもう私の指を狙うことも、他人を狙うことも無くなると思ったのです。

「人見さん、残念ですが、この庖丁を浄化するのは私には力不足です。おそらく浄化できる方は今、この世にいないのではないでしょうか。この霊はあまりの悲しさと憎悪に狂っているんです。これは日本で作ったものでは有りません。おそらく60から70年前、中国かモンゴル、それもどこか宮廷のように格式高い家へ献納されました。
 ここに見えるのは女性です。何か政治的意図があって自分の子供を軽く焼却炉へ投げ込まれました。その時の衝撃と、夫の冷淡さのために次第に薬物に蝕まれ、狂っていったようです。そしてまだ若くしてこの庖丁で自分の胸を突き刺して亡くなっています。その時の憎悪がそのままこの庖丁に宿っているんです。
 この庖丁は第二次世界大戦後、誰かによって日本へ持ち込まれたようです。そしてその時十数人の命を奪っています。それからのち、血糊でだんだん錆びてきて憎悪も封印されたようになっておりました。それを人見さん、あなたが再びよみがえらせたようですね。」

「女性? しかし、この庖丁を持って現れたのは男だったと聞いています。」
 その霊能者は一呼吸置いてから言いました。
「人見さん・・・その男はあなたですよ。」
「!・・・・・・・」
「あなたが眠っている時に包丁が意識を支配したんです。こんなことは決してあなたのせいでは有りませんが、この世のことはこの世のこととして処理されます。やがて司直の手があなたへ及ぶでしょう。しかし、遠い世界の歴史を動かしていた人の思いです。冷たい言い方で申し訳有りませんが、どうかあなたの命の一滴を、供養としてこの方へ捧げて頂けたらと思います。」
 
 その霊能者はそう言って立ち上がり、台所から大きい砥石を持ってきました。その意図を察し、私は恐怖に顔がゆがみました。
「やめてくれー、頼む・・・・・」
「てぃんでぇー、ちんちゃおー・・・・・」
 私の声と同時に私の胸に女性の叫びが響き渡りました。
 霊能者はそんな言葉を無視して庖丁の刃を立て砥石で削ります。
「ぎゃああ・・・あああ・・・」
 私の身はもだえ、長い叫びがいつまでもいつまでも私の胸に続いていました。



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