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カテゴリ:お宿奇談(お宿の怖い話・不思議な話)
お宿の 怖い話 不思議な話 幽霊話 2011年10月20日更新
[東北 某旅館] 50代男性4人 わたしら4人、近所の店仲間兼飲み仲間です。渓流釣りが好きでしてな。年に一回、店をかみさんとバイトに任せて、遠くの川へ旅行に行っとります。あれは8年ほど前、東北へ行った時のこと。 宿は川近くで安いとこならどこでも良かったんですわ。そこで、その旅館に決めました。開湯300年とか書いて有りました。結構大きな旅館で、どっしりした門構え、いかにも由緒ある感じ。でも2食付きで7500円と手頃。評価がちょっと悪いのが気になりましたけどね。 東北へ着くなり朝から夕方まで釣りをして、大漁、大漁と大喜びで宿へ入ったのが午後6時半。いい湯に入って、うまいもんも食べ、極楽気分で酒盛りしていました。 と、その時一人が「あれっ?」と立ち上がり、入り口の障子をするりと開けました。 「どないしたんや。」 「いや、いま障子の前、だれか通らへんかったか?」 「仲居さんやろ。あんまり気色悪いこと言わんといてえな。」 「でもなあ、すぐ開けてもだれもいーへんかったぞ。」 私たちの部屋は和室で、高級料亭の一室のように入り口は障子でした。すぐ前が縁側、縁側の前は庭になっていて、その中央に明かりが一つ有りました。 「まあまあ、こんな旅館やし、なんか1、2匹いてもおかしくないやろ。どないや、もう寝えへんか。わしは疲れた、もう寝るわ。」 私はこう言って布団を敷きはじめると、みんなも渋々あとに続きます。 夜中の2時すぎ、私はトイレをもよおして一度目が覚めました。酒盛りのビールが効いてきたんでしょうね。でも寂しい廊下を歩かなければならないし、さっきの話もあって、ちょっと迷っていました。朝まで持たんやろなあ、なんて思いながら、薄暗い部屋の中を眺めていました。 と、その時、足元の壁に何かぼんやり、薄く光るものが有るのに気付いたんです。はじめは街灯の明かりが映っているのだと思いましたけどね。でもそれは、見つめているとかすかに動くんです。それと同時に、かすかなんですが、お経らしき声も聞こえる。「きみょう・・・むりょう・・・じゅにょらい・・・」 これは確か浄土真宗正信偈ですね。実家が信徒なんで分かります。私はしばらくトイレも忘れて見入っていました。 そのうち、光るものはゆっくりと形を変え、もやもやとして、だんだん人型のようになってゆくんですわ。そうしてやがて目鼻がはっきりとして、ゆっくりと壁から動き出し私の横を歩いてゆくんです。いや歩くというより上下の動きがなく、ただ動いてゆくという感じ。無表情で、ただ前を向いてゆっくり、ゆっくりと動き、やがて入り口の障子の中へ消えていってしまいました。まだ若い男です。年は30ぐらい。髪は短く、後ろは刈り上げです。 私は我に返ると他の3人をたたき起こしました。 「おい、見たでー。」 次の朝早く、ほとんど眠れなかった私たちは、宿の主人へ直談判に向かいました。 60過ぎくらいのご主人と女将さんは、私たちの話を丁寧に聞いてくれました。でも、何もかも分かっている様子なんです。下を向いていた女将さんは突然、 「清さん・・・」といって顔を覆ってしまいました。 その後ご主人は「大変に申し訳ないことを致しました。私の娘むこでございます。」と畳に頭をこすりつけ謝罪をし、こんな話をしてくれたんです。 『10年ほど前、この旅館に清さんという板前がいた。石川県の寺の長男だったが、寺を継ぐのを嫌がり板前修業に入ったらしい。石川旅行をしていたご主人が、ある小さな料亭で彼の料理センスの良さを見抜き、給料を上げる約束で東北へ連れてきたのだ。主人が見込んだとおり、清さんは働き者だった。物腰も柔らかいし、料理の工夫もいいし、清さんが来てから、その旅館は勢いが付き、いつも満員で全盛期だったそうだ。 あるとき、清さんは、ひどくかしこまってご主人の部屋に入ってきた。ご主人の娘さん、佐代子を嫁にしたいと言う。ご主人は躊躇した。娘が普通の体なら願っても無いこと。しかし佐代子はある重大な病にかかって寝たきりなのだ。医者の手当ても効かず、体はやせ細ってゆく。医者もほとんど見離して、あとどれだけもつかと言うばかり。こんな娘をもらってくれても清さんは決して幸せになれるはずがない。 ご主人は一応この申し出を佐代子に伝える。佐代子が断ってくれれば清さんも諦めがつくだろうとも思った。しかし、佐代子はそれを聞くと悲鳴に似た声をあげた。 「いややあ・・・おとうちゃん、どうしたらいいの・・・」 そう言って泣きくずれるのだ。ご主人は、はじめて佐代子も清さんを強く思っていることを知った。 結局ご主人は結婚を許さざるをえなかった。佐代子の余命が少なくとも、ひとときでも今生の幸せを感じてくれることができるなら、こんなうれしいことは無い。こんな娘を見初めてくれた清さんに感謝してもし切れないほどだった。 ご主人は今すぐにでも祝言をあげてやりたかった。しかし、今は夏の一番忙しい時期、仲居たちは走り回っている。この忙しい時期は9月の中旬まで続く。そこで、9月の中旬過ぎの大安日を祝言の日と決めて二人に伝えた。 その日から清さんはかいがいしく佐代子の看病をした。ちょっとでも時間の都合がつくと佐代子の部屋へ走ってくる。佐代子は、この時、とばかり、起き上がり清さんに笑顔を向けた。二人だけのカレンダーを作り、祝言まであと何日と指折り数える。二人はこの時期が一番幸せだったのかもしれない。 だが、病魔は待ってくれなかった。佐代子は何度も喀血し、意識を失うことも多くなってきた。祝言まであと10日に迫ったころ、佐代子の意識はほぼ混濁状態になってしまった。宿のみんなは佐代子の部屋に集まり、悲嘆な表情をして見守っている。清さんはただ佐代子の手を握りしめ、ぼう然としていた。 と、その時、突然、佐代子の意識が戻ってきたのだ。彼女はやせこけたほほに精一杯の笑顔をためて、清さんに向かってこう言う。 「清さん、有難うね。でも・・・でも・・・私、まだ清さんにご飯の一つも作っていないわ・・・お洋服、洗ってあげたかった・・・」 「何を言う。そんなもん俺がする。おまえは俺の料理を食べてくれればいいんだ。佐代子、もう少し待つんだぞ。俺がきっと治してやる。」 そのときの佐代子の顔は、皮だらけで骸骨のようだった。しかし、その笑顔はじつに、じつにきれいだったそうな。 「清さん、有難う・・・じゃ、お洋服だけでも洗わせてね・・・」 そう言ったあとしばらくして、その笑顔のまま佐代子は息絶えてしまった。 その後、お葬式があり、清さんが坊さんとなって石川のしきたりでお経をあげた。しかし、清さんの意気消沈の姿はやはり相当のもの。宿の人には笑顔を見せ、普段どおりの姿を見せていたが、一人になると、深く考え込むことが多くなっていった。 そうしてある日、清さんはとうとう自分の包丁で首を切って亡くなってしまったのだ。』 宿のご主人は続けてこう言う。 「清さんが娘のあとを追い、娘に会えて、そのまま幸せでいてくれたなら、それは私どもも、うれしいことです。しかし、清さんはその後娘に会えていない様子なのです。何度も霊媒と仰る方に清さんの成仏をお願いしましたが、効き目は有りません。霊媒の方が仰るには、清さんが、この世の佐代子の思いや遺骸に執着するあまり、自らで身を粗末にしてしまい、佐代子とは違う世界に落ち込んだのではないか、その世界で佐代子をいくら探しても見つからず、悲しみのあまり佐代子を探して、ここに現れるのではないか、とのことです。どうか、どうか、娘が早く清さんを見つけて救い上げてくれることばかり願っています。」 私たちは、この話を聞いて、すごすごと引っ込んだ。違う世界に落ち込むってどういうことか分からなかったが、その二人が、ぜひ早く会えることを願わずにいられなかった。 ところで、私もみんなもこの宿が気に入った。来年も来るぞとみんなで約束したしたんだ。今度は障子に影があろうと、お経が聞こえようと、清さん頑張れよと声をかけてあげたいんだ。 [お宿奇談 目次] ホームへ戻る お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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2011.10.20 12:43:20
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