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カテゴリ:お宿奇談(お宿の怖い話・不思議な話)
[怖い話 不思議な話 幽霊] 2011年10月20日更新
[関東 某旅館] 私と、ある霊感の強い方 5年前の8月15日、海沿いの旅館。夕食後ロビーで一服している時、私は46歳の山下さんという霊感の強いご夫婦と知り合いになった。ご主人の霊感は特に強く、いつでもどこにでも霊はいるという。霊と言ってもピンからキリ、たいていは害は無く、正しいことを教え諭すとすぐに正しい場所へ行ってしまうという。恐怖話に出てくるような怖いものはごく少数、中には素敵な霊もいるそうだ。 さて今日は旅館の夏祭り、7時半頃、前の広場から突然大音量の炭坑節が聞こえてきた。 「盆踊りとは懐かしいですね。私たちの町ではとっくにやらなくなっています。」と山下さん。 「ええ、私のところでもそうですよ。」 「じゃ、私たちも参加してきましょう。久しぶりに女房と踊ります。でも盆踊りでは結構霊もいるんですよ。あの方々は悲しい目にあっていますから、こういう楽しそうなところを目指して出てくるんです。」 私は興味がわいてきた。 「もしそんな方がいたら教えて頂けませんか。」 会場ではもう2、30人が踊っていた。広場の中央にやぐらが立ち、6人の女性が菅笠をかむって踊っている。広場の片隅に広い台が設けられ、山のように景品が並んでいる。昔ながらの懐かしい光景だった。メロディは炭坑節がほとんど、旅館では各地から人が来るので、地方独自の民謡はやりにくいのだ。しかし時々そんな民謡も流していた。 私たちは一時間ほど踊り、ベンチに座り一服した。 「どうですか。霊の方はいますか。」と私。 「ええ、あの若い女の子がそうですよ。」 見ると美しい女の子だ。薄い紫地のすそにピンクの芙蓉を描いたきれいな浴衣を着ている。年は18前後。目鼻立ちが整った上品な物腰。 「なにか危険な雰囲気は有りますか。」と私が聞くと、 「ははは、あの子は大丈夫ですよ。」 私は好奇心一杯で女の子の後ろに入り一緒に踊った。しばらく踊っていると、踊りで中央を向いた時、ふと目が合った。その子はすぐ前と同じように踊っていたが、やがて列を抜け海の方へ歩いてゆく。私も数m離れてその後についていった。まあ、生きている人にこんなことをすると問題だろうね。でもとにかく霊と話がしてみたかった。やましいことは何も考えていなかった、と言えばウソになるかな。その子は大変美しくて魅力的だったのだ。 その子は旅館前の階段を降りてゆく。薄暗い遊歩道まで出て海側のガードレールの前で止まった。ガードレールの前は数十m幅の大きい岩だらけの海岸。岩の向こうは海。漆黒の中に波の音が聞こえる。 私はその子の横に立ち、しばらく沈黙していた。何を話しかけようか迷っていたのだ。その子を見ると海を見つめていた。海からの風が彼女の長い髪を揺らしている。とその時、彼女の方から話しかけてきた。 「あなた、私を助けてくださるの?」 「私には強い力は無いよ。でも相談に乗ることならできるかもしれない。」 「そうね。いいの。それで。」 「君はいつ亡くなったの。」 「50年前、私は両親のヨットに乗っていたわ。突然ヨットが岩に乗り上げたショックで私だけ水の中に落ちてしまったの。その後捜索は長い間続けられたけど、その辺りは潮の流れが早く、体が遠くまで運ばれて、とうとう見つけてもらえなかったのよ。」 「そうか。君は体が有る場所を詳しく言えるのかい。そうしたらもう一度探しに行けると思うけど。」 「ううん、もういいの。白い骨だけだもの。それに私が生きていれば70近いおばあちゃん、そろそろお迎えが来てもいい頃だわ。」 「はは、人の心は肉体じゃないんだねえ。君を見ているとそう思うよ。で、そのほかに何か相談が有るのかい。」 「ええ、私、好きな人がいたの。俊夫さんて仰ってね、とってもやさしくてちょっと強引な人。ある時夏祭りに誘ってくれたのよ。太鼓が上手で聞きに来いって。太鼓を叩く俊夫さんは素敵だったわ。それから一緒に盆踊りで踊って。でもあの人ったら、みんな前を向いて踊るのに、向かい合って踊れって言うのよ。私恥ずかしくって下を向いて踊っていたわ。そしたら俊夫さん、私のあごをそっと持ち上げて笑って目を見つめるの。私、顔から火が出そうだった。 その時の強引さときれいな笑顔が忘れられなくてお付き合いを始めたのよ。ふふ、そしてね、僕を好きな時はいつでも言うんだぞって。でも好き、とか愛してるとか聞くと歯が浮いてとても持ちこたえられん。そんな時は、みんごみんごって言えって。その時の思い付きなんでしょうけど私笑ったわ。おかしくてとても言えるはずがないじゃない。 そしてとうとうその言葉を一度も言えずに私、水の中に沈んでしまったの。でも一度でいいから言いたかったわあ。みんごみんごって。たった一度、その言葉を伝えられたらそれでいいの。」 私は、すぐに引き受けた。そして俊夫さんの名字と美絵子さんという名前を聞きだした。するとその女の子は、 「ありがとう。あなたにお会いできて良かった。」 そう言って微笑み、再び海の方を向き、ガードレールをすり抜け、やがて薄くなり、海の上で消えていってしまった。 私はこんなどこにでも有る名前を探すのは大変だぞと思いながら盆踊り会場へ戻っていった。 「どうでした。やさしい子だったでしょう。」山下さんがニコニコして聞くので、 「ええ、とてもいい夜になりました。」 そう答えてその顛末を話していると、 「まてよ、その俊夫さんの名前は聞いたことが有りますよ。」と山下さんが言う。 「確か大手企業の社長さんの名前でしょう。」 私は宿のパソコンでその企業の社長の名前を調べた。すぐに見つかった。しかし、同姓同名ということも有る。次の日の朝、50年前の美絵子さんのことで、と電話して、早速その企業へ赴いた。しかし、こんな巨大企業の社長がこんな見ず知らずの男に会ってくれるものだろうか、またさまざまな情報を持ち込んで金を騙し取ろうとする輩もいるだろう、私の言うことを簡単に信じてくれるものだろうかと危惧が有った。ところが社長は私を待っていた様子で、出されたお茶を飲む暇も無く応接室に現れた。 「美絵子さんのことでお知らせしたくて参りました。」と言うと、 「ええ、その美絵子が何か有りましたか。」 「信じてもらえるかどうか分からないのですが、私、昨日旅館の盆踊りで、若い美絵子さんに会ったのです。50年前、海で事故にあわれたこと。体がとうとう見つけてもらえなかったこと。俊夫さんという好きな方がいたこと。詳しく話して頂きました。」 「うむ。」社長は真剣な顔つきで聞いてくれる。 「信じて頂くために、その時の美絵子さんの姿と様子をできるだけ詳細にお話します。」 そうして私は美絵子さんの着物の柄から、顔立ち、話す雰囲気、盆踊りの時の俊夫さんの強引な様子、その時の美絵子さんの思いまで、余すところ無くお話をした。社長は目を見開いて黙って聞いている。 「美絵子さんは一つだけ、俊夫さんに伝えたいことが有ったそうです。そのことが心にかかってどうしても正しい世界へ行けなかったようなのです。それは、みんごみんご、と言う言葉だそうです。」 その時、社長は取り乱した。顔をゆがめてぼろぼろと目から涙があふれてきた。 「こんな姿をお見せしてお恥ずかしい。あなたの仰る姿はまさに美絵子そのままです。私は美絵子を生涯の伴侶として決めておりました。多少強引に見えたかもしれません。でも私も考え抜いて一生懸命だったのですよ。そして今でも美絵子のことが心の隅から去らないのです。私がこの世での役目が終わった時、再び会う日を待ち望んでいます。あなたにお会いできて良かった。確かにその言葉をお聞きしました。今日は本当に有難うございました。」そう言って社長はテーブルに手を付き深々とお辞儀をした。 その時私は見つけた。美絵子さんが社長のかたわらに立って微笑んでいるのを。彼女も私へ深々とお辞儀をして、なんとも言えない美しい笑顔を残し、静かに消えていった。 [お宿奇談 目次] ホームへ戻る お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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2011.10.20 12:36:46
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