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石川県 旅館 ホテル 心に残る旅の宿

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お宿奇談(お宿の怖い話・不思議な話)

2010.07.26
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お宿の 怖い話 不思議な話 幽霊話 お宿奇談


下のお話は、私(ケイ)が旅先で聞いたちょっぴり怖い感動話です。少しでも楽しんで頂ければうれしいです。

旅館の夏祭りで美しい女の子の幽霊に出会った。
その女の子からお願いされたこと
→  夏祭り

婚約者と行った田舎の旅館。
蛍とともに、不思議なことに出会った 
→ 蛍の宿

できたばかりのリゾートホテル。
石を抱いた女の幽霊が出るという 
→ 石を抱く女

一生独身で通した旅館の女将さん。
その訳は不思議なことが教えてくれた 
→ 二週間の恋

シベリアンハスキー犬のマサゴロ。
冬山遭難時に不思議な現象が起こった 
→ 犬のマサゴロ

知恵遅れの双子の兄弟の一生。
二人亡き後、彼らが残したものは 
→ 嘉平と伊平

防波堤で亡くなってしまったみいちゃん。
早く成仏したらいいのに 
→ みいちゃんの話

女子大生3人組のぼろ寺体験。
彼女らの泊まった部屋とは 
→ ぼろ寺民宿/

古い立派な旅館での出来事。
宿泊者がはっきりと見てしまった 
→ 
見たでー

あるペンションでの怖い体験。
さまよう自殺者の霊現象 
→ 二つの目

霊感の強い方の体験談。
世にも恐ろしい狂霊がいるという 
→ ペンションの化け物

庖丁に宿った邪悪な狂霊。
これまで何人も死んでいるという 
→ 呪いの包丁

女子3人、男子2人の肝だめし。
廃ペンションで見たものとは 
→ 肝だめし
☆☆☆ 石川県 旅館 ホテルご紹介☆☆☆

[金沢駅前] [金沢繁華街中心街郊外] [河北郡] [七尾市] [鳳珠郡能登町]
 
[能登町 農家民宿] [珠洲市] [輪島市 (1) (2)] [羽咋郡] [羽咋市] [白山市] 

[小松市] [加賀市]

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Last updated  2014.05.08 19:12:59
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2010.07.10
[お宿の怖い話 不思議な話 幽霊]

[中部地方 某民宿]
 40代の男性

 私はある山岳地帯のふもとで民宿を経営しています。山岳ガイドの資格が有り、時々お客さんとともに山に登ります。ガイドの途中、一度だけ死を覚悟したほどの事故にあい、大事に育てていたシベリアンハスキー犬のマサゴロを亡くしてしまいました。その時に不思議なことが有りましたのでそれをお話しします。
 
 マサゴロがまだ生まれたばかりの頃、あるブリーダーの方から安価に譲って頂きました。名前は尊敬する亡き祖父の名前から取りました。小さい頃は実にやんちゃであちこちひっくり返してばかりいましたが、私たちには全く面倒なんて思えないほど可愛い犬でした。

 大きくなるにつれ落ち着いてきて精悍な風貌に変わってきました。それに大変頭がいい犬でした。私は山登りの時たいてい一緒に連れて行ったんですが、数度歩いただけでその道を覚え、危険な場所を回避できます。私がいなくても山岳ガイドができたんではないでしょうか。

 6年前の2月10日、私は50代のご夫婦を冬山登山ガイドする予定になっていました。冬山の登山は大変危険、念には念を入れた準備が必要です。その日は高気圧に覆われて快晴、山の様子も穏やかです。私は地元警察へ通知し、午前9時出発、山頂に至るのは午後12時半頃、山頂でしばらく写真を撮ったりして、午後1時に山頂出発、午後4時半ふもと着という予定を立てました。

 外へ出て「マサゴロ」と呼ぶと「うおん」と答えて走ってきます。
「わあ、可愛いワンちゃん。」と奥さん。
「シベリアンハスキーのマサゴロ、7歳です。人間で言うと50歳位かな。今日はご一緒させて頂きます。充分頼りになりますよ。もしかしたら私よりガイドが上手かもしれません。」
「それは心強い。うーむ、きれいな銀の毛並みですね。私たちもこんな犬がほしいな。」と旦那さん。
 お二人ともマサゴロが気に入ってくれたようです。

 私たちは定刻に出発しました。山頂までは何事も無く到着。しかし帰途につくと、次第に風が出てきました。山の風は大変危険です。足元をすくわれると一瞬のうちに谷底へ転落してしまいます。しばらくの間注意しながら歩くことができましたが、午後2時頃からますます強風になり、歩くのを断念、体温低下を防ぐためテントを張り一休みすることにしました。

 山側の雪を掘り上げ、二人分のテント用穴を空け、雪を積み風除けにします。しかし、そうしているうちにも風はさらに強まってきます。方向の無い縦横無尽な強風が設営中のテントを襲い、容赦なく引き剥がそうとする。頬を張り倒すほどの力が私たちを襲う。テントの目前は谷底、舞い上がった粉雪が斜面で渦を巻いて荒れ狂っている。風にさらわれあそこへ落ち込んでしまったら、途中の段差で体は宙を舞い、ただ死有るのみです。

 ようやくテントを張り終え、私とマサゴロ、ご夫婦お二人がテントに入り込みました。強風は衰える気配がありません。私は過去およそ30回冬山へ登っています。しかし、このような強風に出会ったは初めてです。テントは揺れかしぎ、谷底からヒョオー、ヒョオーと魔物の遠吠えのような激しい音が聞こえます。

 それからおよそ1時間後、隣からご夫婦の叫び声が聞こえました。私はテントから顔を出すと、ご夫婦のテントがゆがんでいるのが見えました。テントを支えていた紐が切れたようです。あのままでは二人とも飛ばされる。私は急いでテントを出て紐をつかみました。
「長谷川さん、いったんテントを出てください!」
 二人とも装備を持って出てきた直後、強烈な突風がテントをもぎ取っていきました。と同時に私のテントもぐにゃりとゆがみました。そして雪面から離れようとした瞬間、マサゴロが私のテントに噛み付いたのです。
「マサゴロ、やめろ!」
 まだその言葉も言い終わらないうち、マサゴロとテントは宙高く舞い上がり、谷底へ滑り落ちてゆきました。

 しかし私たちにはマサゴロをゆっくり悼む余裕もありません。ご夫婦が持ってきたテントは一張り、これで私たちのテントは無くなった訳です。このままの状態が長く続けば体温が奪われ凍死の可能性があります。それに私は先ほどの騒動で足をくじいたようです。足首が見る間に腫れ上がり、動かすと激痛が襲います。これでは私の下山は無理、一刻も早く救助隊を呼ばねばなりません。雪洞を掘ろうとしましたが、この強風では危険です。私たちは穴の壁に身を寄せてひたすら風がやむのを待っていました。

 そうして午後4時頃、風が幾分おさまってきた時、ご夫婦だけ下山してもらうことにしました。私は、ご夫婦にこう伝えました。ふもとで救助隊へ連絡し、すぐに助けに来てもらえば大丈夫、日頃それくらいのことは鍛えてあるからと。しかし、これはご夫婦にあわてず最も安全に降りて頂くための方便です。ここからふもとまで普通に歩けば2時間半くらい、だがこの風の中、これから次第に薄暗くなる。おそらく3時間以上かかるだろう。救助隊がすぐに出発しても、真っ暗な中を登ってくることになる。およそ4時間はかかるだろう。その7時間以上の間、テントも無く夜の寒さで体が持つはずが無い。私はすでに死を覚悟していたんです。

 ご夫婦からありったけの毛布を頂き、体中に巻きました。しかし夕刻が迫っており、気温が次第に下がってきます。氷点下20度以下、立ち上がって雪洞を掘ろうとしました。しかし、片足ではどうしても思うように掘れません。私は体温を上げようと、ごろごろ転がり体を動かしました。そのうち体の感覚が無くなってきます。顔をたたいても痛くありません。猛烈な眠気も襲ってきます。眠ったらおしまい、そのまま目が覚めないのです。そうやって三時間以上頑張りましたか。しかし、私の戦いもそこまで。体を動かすことに疲れてちょっと一呼吸した時、そのまま意識が無くなりました。

 私は夢を見ていました。妻の祥子と出会ったこと、子供たちが生まれたこと、その時の祥子の満足そうな顔、そんな私が辿ってきた人生がフィルムの映像のように目の前に現れます。ああ、こちらへ走ってくるのはマサゴロだ。尻尾を振って私へ飛びついてきて甘えます。マサゴロにはずいぶんお世話になったなあ。ご褒美に体中をなぜてやりました・・・

 ところが、私は人の声で目を覚ましたのです。担架へ乗せられ運ばれてゆく途中でした。救助隊が間に合ったのです。
「おお、気がつきましたか。よくあんなところで体が持ちましたな。」
 私は感謝の言葉を出そうとしましたが口が動きません。
「ところで、日高さん、あなた、犬をお連れでしたか。われわれが明かりの中にあなたを見つけた時、大きい犬があなたの上に寝そべっていたように見えたんですがね。でも不思議なんですよ。周りの状況を調べるため明かりを一瞬はずし、もう一度照らした時もういなくなっていたんです。」
『マサゴロ!・・・お前か・・・・』
 私は運ばれていく途中、涙ばかり流していました。

[お宿奇談 目次] 

 






Last updated  2014.04.19 23:01:24
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2010.07.01
お宿奇談 13 石を抱く女(2) 2011年10月20日更新

 部屋に帰って私は山下さんに今回疑問に思ったことを質問した。(1)あの女の人は地獄のようなところにいるが、今地獄に落ちているならなぜあんなところにいるのか。そもそも地獄とはどんなところにあるのか。(2)何度も供養をしたと言うが、なぜあの幽霊は去らないのか。(3)私たちは死んだらどうなるのか。
 それぞれに古今の賢人が長い間かかって解明を続ける難問である。私はいじわるをしたつもりはない。私が生涯常に疑問に思っていたことである。たとえ山下さんが答えられなくても、山下さんへの尊敬の気持ちは全く変わらない。
 
 ところが山下さんにかかると、いとも簡単に答えてくれるのだ。
「地獄と言うところは有りません。少なくともどこか固定した場所に有って、悪いことをしたらそこへ落ちると言うのは間違いです。地獄と言うのは、人や、その他エネルギー体の思いの姿の一つなんです。人は高度なエネルギー体の一つですから、体を脱ぎ捨てても強い思いのエネルギーは残ります。エネルギーの法則に反した思いを持てば、その方の良心が自分を責めさいなみます。自分のエネルギーで魔の思いを呼び寄せ、堂々巡りをして自分で自分を苦しめているのです。肉体を持っている時は、良き方のアドバイスも聞けますし、ある程度思いに歯止めがかかり恐ろしい地獄の様相になることはまれです。しかし、肉体を捨て自由な思いになると苦しみは顕著になります。顔や姿を変え、そこに他の似たような思いの霊を呼び寄せ、さらに悲惨な悲しみ、苦しみが襲うことになります。
 
 さて二番目のご質問ですが、供養とは、その方を偲んで愛念を送り、その方の今後の幸せを祈ってあげることです。お坊さんをたくさん呼んで、これだけ盛大にしたと言っても、愛念がなければ効果は有りません。お経をいかにたくさんあげようと、お経は霊にとって意味が分からないただの呪文、それだけでは救いにならないのです。たとえば、生きて悩んでいる方にお経を聞かせても全く悩みが取れないのと同じです。もちろん、そこに愛念が有れば霊は喜びます。お経の力ではなく、供養してあげようというその心だけ見るのです。ですから、時々思い出して手を合わせてあげる、それだけで充分よい供養になります。
 
 最後に死んだらどうなるかと言うことですが、これは一言では難しいですね。人の体も、この世の物質の全ては、同じエネルギーでできております。分子、原子の世界まで見ると電子、中性子、陽子など、これらはじつは空中を飛び交う電波のように実体がないエネルギーです。私たちは普段そんなことは実感しませんけれど、私たちの体は実体の無いものでできているのです。そうしてやがてそんな物質世界の殻のようなものを出た時、もっと精妙な幽体という体を持ちます。これも物質同様実体が無いものですが、触ると物質世界同様、手も足も頭も全て存在の実感ができます。私たちはしばらくこの幽体で生活して、その中で幽体も実体が無いと気付いた人たちは、やがて幽体をも脱ぎ捨て、宇宙のエネルギーと同調できるような、本当の実体、意識だけの体を持つことになります。そこには素晴らしい世界もあるようです。この世で立派に生き抜いて、他者への愛念にあふれた人々の意識が寄り集まり、光り輝く集団となっています。それぞれの集団には選ばれたリーダーがいるのですが、面白いことに、そこのリーダーを選ぶのは、この世と全く反対だそうです。この世では立候補して、たくさんの票を集めた方が当選する仕組みです。たいていは、いかに出生がいいか、お金を持っているか、映像の見栄えがいいか、社会に流行る言葉を見つけるか、名前が広く知られるか、によって選ばれます。心の品格はほとんど考慮されません。しかし、その世界ではいつの間にか尊敬を集めて持ち上がってゆくのです。その基準は心の品格です。その方の思いの姿を見れば即座に判断できるのです。私たちの世界もこうで有ったらと願わずにいられませんね。」
 
 私はすっかり感心してしまい、こうして山下さんに出会えた幸運を感謝した。そして、この世での私の生き方を考え直さずにいられないと思うのだった。

「さて、あの女の方のことですが、彼女の最も気にかかることはやはりわが子です。確か太一と呼んでいました。その子を見てみたところ、正しい心で介護され立派な青年の姿でおります。歳が合わないですが、霊は、その意識の最も充実した姿を現すものですから。そして何度も母親の元を訪ねてきているんですよ。しかし長い間、女の方は石をわが子と思い込んでいるので、わが子の話しかけも全く分からないのです。もはやだれの言葉も受け入れません。彼女の意識が全て不気味な物音ぐらいに捕らえてしまうのです。さてどうしたらいいものでしょうかね。とにかく明日太一君の霊を呼んで滝へ行ってみましょう。」
 時計を見るともう夜中12時過ぎ。私たちは明日に備えて眠ることにした。

 電気を消してしばらく経った頃だった。私はベッドの脇に何か違和感を感じて目を開けた。
 何とそこに髪の長い女が黙って座っている。髪も着物もびっしょり濡れている。私は息を呑み、即座に山下さんの方を見ると、山下さんも奥さんも起き上がっていた。
「いま太一君を呼んであげますよ。」
 山下さんはやさしくそう言い、ベッドの上に正座して静かに目を閉じた。
 すると女の前に小さい赤ん坊が現れた。赤ん坊はにこやかに座ったり彼女の膝に手をかけたりしている。それにしても美しい赤ん坊だ。幸せいっぱいに育てられたのだろう。体全体がほのかに輝いているようだ。しかし、それでも女の目は赤ん坊を見ていない。黙って目を下ろし、大事そうに抱えた石を見つめている。
 
 やがて赤ん坊は女の膝に手をかけ膝を這い上がり、石に手をかける。その時だ。山下さんは大声を上げた。
「たいち!」
 それと同時に女の顔がやや持ち上がった。そしてゆっくりとゆっくりとこちらを向くのだ。
「た・・・い・・・ち・・・」
 かわいそうに女の顔は、どす黒くやせこけ、半ば狂ったような目付きをしている。
「た・・・い・・・ち・・・」
 赤ん坊が膝に立ち、女の首に顔を埋めた時だった。女は顔を戻しその子を見つめた。
「た・・・い・・・ち・・・」
 女は目を見張り赤ん坊を認めると、抱えていた石をずるりと脇におろした。
「たいち・・・たいち・・・お母さんが悪かった。苦しかったろう。どうか許しておくれ。ああ、たいち・・・」
 女は思いっきりわが子を抱きしめていた。
 
 不思議なことに、女の涙とともに女の顔つきが少しずつ変わってゆくのだ。あれだけ貧相で怖い目付きをしていたのに、もう普通のお母さんが赤ん坊を抱く姿に似ている。そうしてしばらくして二人とも次第に薄くなり、どこかへ消えていってしまった。

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[お宿奇談 目次]

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Last updated  2011.10.20 12:34:28
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2010.06.30
[お宿の怖い話 不思議な話 幽霊話]     2011年10月20日更新

「お宿奇談 13 石を抱く女(1)」


[関東 某リゾートホテル] 私と、霊感の強いご夫婦

『ここが地獄と言うところね、女はそう思って目の前の薄暗く濁った滝つぼを見つめていた。何度ここに飛び込んだか分からない、だが気付くと再び岸に立っている。ここを逃れようと暗い山道を歩き回り、いくつの山を越えたことだろう。だがどこへ行っても同じ滝つぼと同じ景色があるのだ。
 ここには昼が無い。枯れて葉が落ちた木々の間に、ほのかな薄闇、ほとんど闇の世界。かすかに見える道筋、土手には不気味な目付きと恐怖が潜み、女を責める。何か生きる物の生臭い息づかいを感じるが、一度も姿を見たことが無い。
 女の後ろには、昔嫁いだ旅館がある。しかし、その旅館はすでに朽ち果てあばら家である。女は時々自分の部屋を訪れた。だが部屋にいると、常にどこからか嫌な話し声が聞こえてくる。それは彼女をののしり、憎み、怒る声。恐ろしくて再び滝つぼへ戻ってきてしまうのだ。
 女は生まれて数ヶ月ほどの赤ん坊を抱いていた。だがその子は目をつむって動かない。女にはこの子だけが望みだった。この子さえ目を開けてくれ、女がした大それたことを謝ることができたら、それだけで地獄にいたってかまわないのだ。
 太一、太一、一度でいいから目を開けておくれ。お母ちゃんが悪かった。おまえはちっとも悪くない。こんなお母ちゃんのところに生まれて苦しかったろう。太一、許しておくれ・・・、女はそう言って胸の子供を抱きしめた。』

 以上のことは、私の知人、霊感の強い山下さんが霊視した女の様子である。

 そのホテルは、2年前、山際を切り開いて建設された新品同様の建物であった。部屋数は82。玄関は総ガラス張り、床にじゅうたんが敷かれ、ボーイや仲居は良く教育され、にこやかな表情でお客を迎えた。近辺も同時に整備され、テニスコート、湖を一周する遊歩道、サイクリングコース、山側には清冽な滝が落ち、若者たちに結構人気スポットになっていた。
 
 ところが、建設当初からひそかに幽霊話が囁かれていたのである。夜遅く簡易小屋で泊まっていた建設作業員が、薄暗い窓外に、髪を背中まで垂らした女が歩いてゆくのを目撃している。その女は胸に大事そうに何かを抱えていたと言う。
 
 ホテルが完成した後も、時々お客から苦情が入った。廊下を何かが歩いていた。ある部屋から女の泣き声が聞こえた。そして極めつけは、数ヶ月前、若いカップルが寝ていたベッドの脇に髪の長い女が座っていた。その女は大事そうに石を抱えていたと言う。二人とも半ば狂乱状態で逃げ出し、ホテルじゅうを叫びまわった。

 ホテルではもちろん、神主を呼び建設前にお払いをし、その後も坊さんを呼んで数度供養を行った。しかし、全く効き目が無いかのようだ。そうしてこのたびのこと。支配人はホテルの危機を感じて霊感が強い山下さんに助けを求めたのだ。

 山下さんはこの事件に私を同行させてくれた。山下さんのお話は、私にはいつでもじつに興味深い。私が人の心と思いに対して常日頃疑問に思っていたことが、いつの間にか氷解しているのだ。私の方が歳が五つも上だが、いつも頭が上がらない。

 私たちがホテルに着くと、支配人やその他管理職総出で幽霊が出た部屋へ案内された。いたって普通の部屋。山側の部屋で、滝が見え、心地よい水の音が聞こえる。山下さんはしばらく部屋の内部、ユニットバス、壁の油絵など眺めていたが、そのうち窓を開け滝の方角を眺める。
「蓮見さん(支配人)が仰るのに最も近いのは、滝のそばにいらっしゃる女の方ですね。髪が長くてかなり悲しそうなお顔です。確かに石を抱いていますね。では行ってみましょうか。」
「山下さん、どうかよろしくお願いします。あの、今日の夕食は和食風にしましょうか。洋食風にしましょうか。ホテル自慢の料理を腕を振るってご馳走します。」と支配人。
「蓮見さん、夕食は用意してきましたよ。私どものおにぎりとおかずで充分。今日の宿代はただですので甘える訳にいきませんよ。」
「そ、そんな。私どもの方からお願いしたんです。もう用意はして有ります。お出しできなければ困ります。」
「そうですか。有難うございます。では、和食風で。」
 山下さんには欲は無いのだろうか。自慢の料理人の腕を振るった料理がうまいに決まっている。普通はホテルを助けてやるのだから最高級の料理を要求したっていい。もし事がうまくいけばホテルはこの後何億円も儲けるのだ。たかが数万円の料理なんかただみたいなものだ。そんな時もなんで奥さん手作りのおにぎりなんか持ってくるのだろうか。

 山下さんご夫婦と私の3人が滝のそばへ寄った時、山下さんが言う。
「女の方が1人、滝つぼの中を見つめています。ほら、そこにいらっしゃいます。」
 山下さんはそう言って滝つぼの脇を指差す。不思議なもので、山下さんにそう言われて見ると私にも見えるのだ。髪を肩まで下ろした貧相な女の人が身動きもせずうつむいているのを。その時奥さんが両手で顔をおおった。
「ごめんなさい。私、涙が出てきちゃった。赤ちゃんのことばかり気にかけているのよ。でも、この方、抱いているのは赤ちゃんほどの大きさの石だわ。」
「うむ。亡くなったのは7、80年くらい前のようです。当時、ここにとても繁盛していた旅館が有りましてね、彼女は両親と回りの勧めで嫁に行った。ところが、そこの若旦那が遊び人で、外に何人も子供を作っていて彼女は相当苦しんだ。
 やがてその若旦那との赤ちゃんが生まれた時、その赤ちゃんが若旦那にそっくり。毎夜遅く帰り、そのうち数日家を空けるようになってきた若旦那。子供をあやしていても嫉妬と憎らしさが募るばかり。ついにノイローゼのようになり、ある夜、宿を抜け出した彼女は、子供を滝つぼへ投げ捨てたのです。
 子供は滝の怒涛の中で浮いたり沈んだりする。浮いてきた時、ぶくぶくと泡を吹き苦しむ顔が見える。彼女はその時、自分の過ちに気付き、あああと叫び滝へ飛び込んだ。彼女は子供にすがりつこうとした。しかし水の流れの中で子供の体は次第に離れてゆく。自分も浮き沈みし、もがきながら必死の思いで子供に追いつき、その体をつかんだと思った途端、息絶えてしまった。しかし、彼女が子供と思ってつかんだもの、それは浅瀬の石だった。あの世へ行ってからも、彼女はその石を子供と思い込んで決して離そうとしないのです。」
 
 私もつい奥さんと一緒に涙を流していた。この人は、どんな理由が有ろうとわが子に手をかけたのだ。それは悪鬼の仕業。その罪は充分受けねばならない。この女が地獄の思いに至るのも当然なことだ。しかし、なぜ私はこんなに涙が出るのだろう。
 山下さんが静かな口調で話を続けた。
「この方は、長い間この世界に住み、わが子のことしか考えていません。周りは全て恐怖と猜疑と責め苦の世界。私たちの問いかけも意識が捻じ曲げてしまいます。おそらく洞窟の奥から聞こえる恐ろしい魔物のささやきぐらいにしか聞こえないでしょう。彼女を救うのはなかなか難しいと思います。部屋へ帰って対策を考えましょう。」


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[お宿奇談 目次]

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Last updated  2011.10.20 12:35:51
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2010.06.27
[怖い話 不思議な話 幽霊] 2011年10月20日更新

[関東 某旅館]
 私と、ある霊感の強い方
 
 5年前の8月15日、海沿いの旅館。夕食後ロビーで一服している時、私は46歳の山下さんという霊感の強いご夫婦と知り合いになった。ご主人の霊感は特に強く、いつでもどこにでも霊はいるという。霊と言ってもピンからキリ、たいていは害は無く、正しいことを教え諭すとすぐに正しい場所へ行ってしまうという。恐怖話に出てくるような怖いものはごく少数、中には素敵な霊もいるそうだ。

 さて今日は旅館の夏祭り、7時半頃、前の広場から突然大音量の炭坑節が聞こえてきた。
「盆踊りとは懐かしいですね。私たちの町ではとっくにやらなくなっています。」と山下さん。
「ええ、私のところでもそうですよ。」
「じゃ、私たちも参加してきましょう。久しぶりに女房と踊ります。でも盆踊りでは結構霊もいるんですよ。あの方々は悲しい目にあっていますから、こういう楽しそうなところを目指して出てくるんです。」
 私は興味がわいてきた。
「もしそんな方がいたら教えて頂けませんか。」

 会場ではもう2、30人が踊っていた。広場の中央にやぐらが立ち、6人の女性が菅笠をかむって踊っている。広場の片隅に広い台が設けられ、山のように景品が並んでいる。昔ながらの懐かしい光景だった。メロディは炭坑節がほとんど、旅館では各地から人が来るので、地方独自の民謡はやりにくいのだ。しかし時々そんな民謡も流していた。

 私たちは一時間ほど踊り、ベンチに座り一服した。
「どうですか。霊の方はいますか。」と私。
「ええ、あの若い女の子がそうですよ。」
 見ると美しい女の子だ。薄い紫地のすそにピンクの芙蓉を描いたきれいな浴衣を着ている。年は18前後。目鼻立ちが整った上品な物腰。
「なにか危険な雰囲気は有りますか。」と私が聞くと、
「ははは、あの子は大丈夫ですよ。」
 私は好奇心一杯で女の子の後ろに入り一緒に踊った。しばらく踊っていると、踊りで中央を向いた時、ふと目が合った。その子はすぐ前と同じように踊っていたが、やがて列を抜け海の方へ歩いてゆく。私も数m離れてその後についていった。まあ、生きている人にこんなことをすると問題だろうね。でもとにかく霊と話がしてみたかった。やましいことは何も考えていなかった、と言えばウソになるかな。その子は大変美しくて魅力的だったのだ。

 その子は旅館前の階段を降りてゆく。薄暗い遊歩道まで出て海側のガードレールの前で止まった。ガードレールの前は数十m幅の大きい岩だらけの海岸。岩の向こうは海。漆黒の中に波の音が聞こえる。
 
 私はその子の横に立ち、しばらく沈黙していた。何を話しかけようか迷っていたのだ。その子を見ると海を見つめていた。海からの風が彼女の長い髪を揺らしている。とその時、彼女の方から話しかけてきた。
「あなた、私を助けてくださるの?」
「私には強い力は無いよ。でも相談に乗ることならできるかもしれない。」
「そうね。いいの。それで。」
「君はいつ亡くなったの。」
「50年前、私は両親のヨットに乗っていたわ。突然ヨットが岩に乗り上げたショックで私だけ水の中に落ちてしまったの。その後捜索は長い間続けられたけど、その辺りは潮の流れが早く、体が遠くまで運ばれて、とうとう見つけてもらえなかったのよ。」
「そうか。君は体が有る場所を詳しく言えるのかい。そうしたらもう一度探しに行けると思うけど。」
「ううん、もういいの。白い骨だけだもの。それに私が生きていれば70近いおばあちゃん、そろそろお迎えが来てもいい頃だわ。」
「はは、人の心は肉体じゃないんだねえ。君を見ているとそう思うよ。で、そのほかに何か相談が有るのかい。」
「ええ、私、好きな人がいたの。俊夫さんて仰ってね、とってもやさしくてちょっと強引な人。ある時夏祭りに誘ってくれたのよ。太鼓が上手で聞きに来いって。太鼓を叩く俊夫さんは素敵だったわ。それから一緒に盆踊りで踊って。でもあの人ったら、みんな前を向いて踊るのに、向かい合って踊れって言うのよ。私恥ずかしくって下を向いて踊っていたわ。そしたら俊夫さん、私のあごをそっと持ち上げて笑って目を見つめるの。私、顔から火が出そうだった。
 その時の強引さときれいな笑顔が忘れられなくてお付き合いを始めたのよ。ふふ、そしてね、僕を好きな時はいつでも言うんだぞって。でも好き、とか愛してるとか聞くと歯が浮いてとても持ちこたえられん。そんな時は、みんごみんごって言えって。その時の思い付きなんでしょうけど私笑ったわ。おかしくてとても言えるはずがないじゃない。
 そしてとうとうその言葉を一度も言えずに私、水の中に沈んでしまったの。でも一度でいいから言いたかったわあ。みんごみんごって。たった一度、その言葉を伝えられたらそれでいいの。」

 私は、すぐに引き受けた。そして俊夫さんの名字と美絵子さんという名前を聞きだした。するとその女の子は、
「ありがとう。あなたにお会いできて良かった。」
 そう言って微笑み、再び海の方を向き、ガードレールをすり抜け、やがて薄くなり、海の上で消えていってしまった。

 私はこんなどこにでも有る名前を探すのは大変だぞと思いながら盆踊り会場へ戻っていった。
「どうでした。やさしい子だったでしょう。」山下さんがニコニコして聞くので、
「ええ、とてもいい夜になりました。」
 そう答えてその顛末を話していると、
「まてよ、その俊夫さんの名前は聞いたことが有りますよ。」と山下さんが言う。
「確か大手企業の社長さんの名前でしょう。」
 
 私は宿のパソコンでその企業の社長の名前を調べた。すぐに見つかった。しかし、同姓同名ということも有る。次の日の朝、50年前の美絵子さんのことで、と電話して、早速その企業へ赴いた。しかし、こんな巨大企業の社長がこんな見ず知らずの男に会ってくれるものだろうか、またさまざまな情報を持ち込んで金を騙し取ろうとする輩もいるだろう、私の言うことを簡単に信じてくれるものだろうかと危惧が有った。ところが社長は私を待っていた様子で、出されたお茶を飲む暇も無く応接室に現れた。
「美絵子さんのことでお知らせしたくて参りました。」と言うと、
「ええ、その美絵子が何か有りましたか。」
「信じてもらえるかどうか分からないのですが、私、昨日旅館の盆踊りで、若い美絵子さんに会ったのです。50年前、海で事故にあわれたこと。体がとうとう見つけてもらえなかったこと。俊夫さんという好きな方がいたこと。詳しく話して頂きました。」
「うむ。」社長は真剣な顔つきで聞いてくれる。
「信じて頂くために、その時の美絵子さんの姿と様子をできるだけ詳細にお話します。」
 そうして私は美絵子さんの着物の柄から、顔立ち、話す雰囲気、盆踊りの時の俊夫さんの強引な様子、その時の美絵子さんの思いまで、余すところ無くお話をした。社長は目を見開いて黙って聞いている。
「美絵子さんは一つだけ、俊夫さんに伝えたいことが有ったそうです。そのことが心にかかってどうしても正しい世界へ行けなかったようなのです。それは、みんごみんご、と言う言葉だそうです。」
 その時、社長は取り乱した。顔をゆがめてぼろぼろと目から涙があふれてきた。
「こんな姿をお見せしてお恥ずかしい。あなたの仰る姿はまさに美絵子そのままです。私は美絵子を生涯の伴侶として決めておりました。多少強引に見えたかもしれません。でも私も考え抜いて一生懸命だったのですよ。そして今でも美絵子のことが心の隅から去らないのです。私がこの世での役目が終わった時、再び会う日を待ち望んでいます。あなたにお会いできて良かった。確かにその言葉をお聞きしました。今日は本当に有難うございました。」そう言って社長はテーブルに手を付き深々とお辞儀をした。
 その時私は見つけた。美絵子さんが社長のかたわらに立って微笑んでいるのを。彼女も私へ深々とお辞儀をして、なんとも言えない美しい笑顔を残し、静かに消えていった。

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2010.06.25
[怖い話 不思議な話 幽霊話] 2011年10月20日更新

[関東 某民宿]
 20代のカップル

 私は7月中旬、有給休暇を取り、婚約者の美奈子と一緒に山あいの民宿で一泊しました。宿の条件は田舎っぽく、蛍が見られるところ。民宿へ着いた時、その条件にまさにぴったりの場所で喜びました。建物は普通の農家を改造したような感じ、近辺は小高い山々が連なり、平坦な部分は青々とした田んぼです。

 私も美奈子も都会育ち、若い時は受験競争に明け暮れ、成人してもマニュアル通りの仕事、騒音、無表情な人々の群れ。こんな生活に慣れているはずでしたが、この頃どうしても仕事が空虚な感じがして身が入らなくなりました。これではいけないと気付き、同じ思いで苦しんでいた美奈子を誘い、思いっきり自然の空気を吸って来ようと考えたんです。

 部屋へ案内されると60前後の女将さんがお茶を持って現れ、正座し、丁寧なお辞儀をします。
「今日は、ようこそ。山と田んぼしか無いところですけど、どうぞゆっくりなさってください。」
「有難うございます。蛍は今どうですか。」
「今がちょうど見ごろですよ。夜8時ごろがいいですね。ここ数日天気が良かったので、きっと蛍だらけになりますよ。」
「そうですか。良かった。」
「あの、今夜のお布団はどのように敷きましょうかね。こちらのお部屋に一緒にしますか。それとも一つはこちらで、もう一つはあちらの部屋にしますか。」
 部屋は中央にふすまが有って二つに分けられるようになっています。
 そう言われて私はあわててしまいました。
「あっ、あの、二つ別々にしてください。あの、僕らまだ夫婦じゃないんです。」
 女将さんはにっこりしました。
「はい、分かりました。ではごゆっくりと。」
 そう言って女将さんは出て行かれました。
「ふふ、宿帳の二人の名字が違うものね。」と美奈子。
「ああ、でもそんなことまで気を使ってくれるんだね。」
「ねえ、おさんぽ行ってこようか。ここ、静かでいいわあ。都会の喧騒が別世界みたい。」

 僕たちは田んぼの農道、小川のふちを歩き回りました。風が吹くごとに青い稲の葉がうねるように風に合わせます。小川ではたくさんの小魚を見ました。すばしこく元気いっぱいに泳ぎます。大げさに言うようですが、地面って本当に生きているんですね。生き物だけじゃなく葉っぱも樹木も水も。私の腕にすがる美奈子の喜びも伝わってきます。私は今まであんな幸せそうな美奈子の表情を見たことが有りません。

 さて宿の夕食がすんでお風呂に入り、7時半頃蛍を見に外へ出ました。すると、すぐ玄関向かいのナツメの木に大きい蛍がいるんです。私たちを待っていたかのように飛び立ちました。
「うわあ。」
 数秒の点滅を繰り返しながら、すいっ、すいっと私たちの前を横切り、入り口の方へ消えていきます。私たちはそれを追いかけるように入り口へ向かいました。入り口から前の道路へ出て歩くと蛍だらけ。暗闇も、田んぼも、道脇の草むらでさえ点滅しています。私たちは、うおーきゃーと両手をあげ、蛍を捕まえようと騒いでいました。

 その時、後ろから、
「お客さん、お客さん。」と呼ぶ声がします。見ると自転車に乗った年配の方のようです。その方は私たちの近くで自転車を降り、こう言いました。
「私、宿の健二と言います。遠いところへ行っていたのでご挨拶が遅れて申し訳有りません。私、この地区の蛍保存会の代表をやっておりまして、少しは蛍のご案内ができます。なあに、お二人の邪魔は決してしませんよ。少々案内させて頂いたらすぐ消えますから。」
「ええ、ぜひ。」
 健二さんは自転車を道脇に置くと、幅2mほどの農道へ入っていきます。懐中電灯で道脇を照らしながら話してくれました。
「ここをもう少し行くと小川が有ります。蛍は幼虫時、小川の中で育ちます。食べ物はタニシやカワニナ、蛍を守るには、この貝を育てることが最も重要になります。この貝が死滅したら、次の年から蛍がほとんどいなくなってしまうんです。
 昔一時期、蛍がいなくなったことが有りました。その時、住民はずいぶん寂しがりましてね。私も残念に思い、いろいろ調べてみました。やはり田んぼに撒く農薬の影響です。それと、上流地区の大規模な開発の影響も有ります。私はみんなに呼びかけて、極力農薬を使わない方法、水質を浄化する方法を模索しました。蛍が戻ってきたのは、それから5年後だったでしょうか。その夏の夜、地区住民総出で蛍鑑賞をしました。その時はうれしかったですよ。涙を流す人もいたくらいですから。」
 
 そう話しているうちに小川へ着きました。確かにここは凄いです。小川の暗闇に何百の小さな明かりが舞い立ち、向かいの杉林、川そば、また月明かりの木々のシルエットを無数の点滅が行き来し、虚空に次々と消えていきます。私たちはその美しさを声も無く眺めておりました。
 そのうち、健二さんは、道に落ちている杉枝を高く上げ、蛍をすくうと私たちの前にそっと降ろしました。枝に数匹の蛍が瞬いています。それを美奈子の手のひらに移すと今度は美奈子の手で瞬きます。その光にかすかに照らされた美奈子の顔も蛍と一緒に瞬きます。やがて再びすうっと飛び立ち、ほかの蛍たちに紛れていきました。
「それはヘイケボタルですね。ほら、あそこで強く光って飛んでいるのがゲンジボタル。あれはオス。メスはほらあそこの杉の葉にとまって弱く光っています。オスはメスを見つけると近づいていって、一段と強く明かりを点滅させます。これが二匹の出会いなんですよ。そうして結婚して一週間ほどで生涯を閉じます。」
 健二さんの情熱的話しぶりに、私たちはすっかり魅了されてしまいました。蛍も健二さんが分かるのでしょうね。健二さんへ寄ってきて体の回りを明るく照らし、服や髪の毛にとまります。
「さあ、そろそろ私も消えましょうかね。道まで送っていきます。」
 健二さんはそう言って微笑んで農道を戻り始めました。
 道まで出ると健二さんは再び自転車に乗り、
「今夜は私もとっても楽しかったですよ。有難うございました。お二人ともお幸せにね。」
 そう言って宿の方角へ去っていきました。何と健二さんの背中にたくさんの蛍がくっついています。不思議なことに健二さんが走ってゆくと、暗闇の蛍も一緒に追いかけてゆくような感じに見えました。

 私たちはそれからしばらくして宿に戻り、ゆかたに着替え、一休みしていました。女将さんが床をとりに来られたので、私が、
「今夜は有難うございました。ご主人にお礼を仰ってくださいね。おかげで素敵な夜が過ごせました。」と言うと、
「えっ、うちの主人にですか・・・」
 女将さんは怪訝な顔をするんです。
「主人は2年前に亡くなっていますけど。」
「えっ!」
 私の頭は一瞬混乱しました。だって、先ほど別れたばっかりなのに・・・
「確か健二さんと仰いましたよ。服はどこか役場の制服のようでした。この地区の蛍保存会の代表をなさっているとか。小川まで案内して頂いて、蛍についてとても情熱的に話してくださいました。」
 そして私はその時に聞いた内容、蛍が健二さんを追っていった様子まで話していると、女将さんは両手で顔を覆い、顔を赤くし涙を流し始めました。
「間違いなくうちの主人です。今日は主人の命日、今朝お参りを済ませたところです。それをお聞きして安心致しました。あちらへ行っても幸せにしているんですね。これで私もこれから懸命に生きてゆくことができます。本当に有難うございました。」

 私たちは次の朝、お宿の人たち総出の見送りを後に宿を出ました。都会へ帰っても、昨夜のことは私たち二人の秘密の思い出です。この旅をきっかけに人の思いの美しさに出会うことができて本当に幸運でした。私はアパートへ帰って美奈子を思いっきり抱きしめていました。もっと幸せにしたい、守ってやりたいとの気持ちが高まりました。今までの格好ばかり気にしてすねた態度は許してください。明日からの仕事は懸命に頑張るつもりです。あの昨夜の蛍のように、私はもっと強く光らなくてはならないのですから。
 
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2010.06.24
[怖い話 不思議な話 幽霊話]   2011年10月20日更新
[関東 廃ペンション]
 大学生男女5人

 夏休み、私たち女性3人、男子2人は、出るといううわさの廃ペンションへ肝だめしに行くことを計画しました。
 
 聞くところによると、そこは12年前、結婚したての若い夫婦が建てたそうです。はじめの数年夢を持ち、いろいろ工夫もしてやっていましたが、何をしてもお客さんがあまり来てくれない。一ヶ月にお客は20人程度。土地建物のローン、水道光熱費、仕入れ費、その他雑費を引くと、手元に残るのは3万円前後、これではとても生きてゆくことができません。そのうち奥さんが失踪し、残った旦那さんは精神が不安定になり、ついに首を吊ってしまったのです。

 そんな話を聞き私たちの心は準備万端、夕方6時、多少薄暗くなってからペンションの前に立ちました。さすがに廃屋らしく、周囲は草ぼうぼう、窓ガラスが全て割れ、ゾクゾクと私たちの好奇心が駆り立てられます。裏口の扉が壊れて開いておりましたので、そこから中へ入りました。床は、割れたガラス、ジュースの缶、コップ、雑誌が散乱。壁は薄黒く変色し、ところどころに先客の落書きが乱暴に書かれています。テーブルの上はホコリだらけ、そしてこの匂い、ホコリとカビの匂いでしょうね。すえた匂いが建物内に充満しています。

「ねえねえ、あのシミ、人の形に見えない? ご主人、ここで亡くなったのかも。」と私がユキに言うと、
「いやあ、やめてよ。こわい、こわい、こわい、こわい。」
 ユキが私にしがみついてきました。
 ユキは人一倍怖がりで叫びまわるくせに、こうした話にはすぐ乗ってくるんです。それが面白くて私はよくからかって楽しんでいました。

 そうして1階と2階の探検も終わり、何も不審なものが見当たらず、ちょっと気抜けしていた頃でした。男子が1階の床に地下室入り口らしきものを見つけたんです。四角い床の一部を持ち上げると下へ降りる金属製のハシゴが有ります。懐中電灯で照らしたら8畳ほどの結構広い部屋が見えました。棚が見え、酒瓶が並んでいるようでした。その他床に大きな漬物樽のようなものが三つ見えます。
「どうも、貯蔵庫らしいな。今夜はあれで乾杯といくか。」と俊也が言います。
「きゃー、あそこに降りちゃうの。私、だめだめ。絶対なんかいる。」
 ユキが叫びます。でもこのこはいつも叫ぶだけで、ついて来るに決まってるんです。

 私たちは降りることに決め、床のフタを目いっぱいに開けました。しかし、フタは立ったところまでしか開きません。見るとフタの片側に取付金具が有りましたから、どうもこのフタは車のボンネットのように、途中まで開けて棒で立てかける仕組みらしいのです。でもその棒が見つからないので、了が壊れた窓枠の一部をあてがって、下へ降りていきました。

 降りてゆくごとに強烈なカビの匂いが鼻についてきました。それに地下室だけに寒々としてきます。懐中電灯に描き出された様子では、ここは先客がいなかったようです。壁には落書きが無く、棚も、片隅に置かれた机らしきものも整然としています。棚の扉を開け酒を見ると中身が入っていました。
「おい、俺たち数年酒に困らないかも知れないぞ。」
 了がそう言うとサチが、
「あら、こんなことって窃盗罪って言わないのかしら。」
「おまえ、かたいこと言うなよな。今は所有者がいないだろ。」
 漬物樽のようなものをコンコンとたたいてみると中身が入っている感じでした。
「嫌だ、これは開けないでね。今夜の夢に出てきちゃうから。」と私。

 そんなことを話しているうち、突然上からドンと大きい音がしました。びっくりして見上げると床のフタが閉まっています。私たちは閉じ込められた気がしてパニックになりました。
「うおおー」
「きゃあー」
 我先にとハシゴを駆け上がりました。ユキが最後になったらしく、
「いやあー、お願い待って。私を連れてってー。」と私の上着のすそを引っ張ります。
「ユキ、やめてよ。」私は恐怖感で上へあがることしか頭に有りません。ついそう叫んでその手を振り払ってしまいました。

 そして、ぜいぜいと息を切らして上へあがり、みんなの顔を見回すと、なんとユキの顔を見つけたんです。とっさに私は後ろを振り返りました。しかし、私の後には誰もいません。暗い地下室があるばかり。
「ねえ・・・今の、だれ? ねえ・・・ねえ・・・だれ?」

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2010.06.23
[怖い話 不思議な話 幽霊話]   2011年10月20日更新

[関東 某旅館] 50代男性 服役囚

 私は数年前大手旅館の料理長をしていました。ある休みの日に骨董屋で物色していた時、棚の隅に錆びてぼろぼろになった庖丁を見つけたんです。手に持つとズシリとした感触、私の体格にしっくりときます。値段を聞くとただ同然、私はすぐに買い求めました。
 
 早速家に帰ってガシガシと研ぎ進めました。やがて茶色の汁の中からギラリとした地金が現れると、これは!・・・と私の胸は躍りました。この地金の色は相当鍛錬したもの、かなり腕のいい職人作のはず。しかし、銘を見たら「堯」と有ります。私は庖丁には結構詳しかったのですが、こんな銘は見たことが有りません。
 
 その庖丁研ぎに、ほぼ半日かけました。仕上がりはやはり素晴らしいものでした。まさに芸術品と言ってもいい。手に何度も握り直し、何度見ていても飽きないのです。また切れ味もいい。紙が音も無くきれいな線を描いて切れてゆく。野菜など、刃が吸い込まれてゆくように小気味良く切れる。これは凄いものを手に入れたぞと私の胸は高鳴っていました。
 
 次の日、私はその庖丁を職場へ持ち込み、みんなに一通り見せびらかし、その庖丁を使い始めました。もう前の庖丁を使う気にならないほどの切れ味。肉も野菜もさらさらと切れていきます。と、その時、あっという間も無く私は指を切ってしまったのです。こんなことは十数年来無かったこと、すぐに応急処置をして料理を再開しました。ところがその後すぐ再び指を切ったのです。何と、2時間ほどのうちに3度も指を切りました。まな板はその都度血だらけです。
 
 私はいくらなんでもこれは変だと思いましたよ。料理しているうちに何か胸がもやもやと息苦しくなり、いつの間にか指を切る。そして、料理中、庖丁の動きを見つめていると、まな板の上に恐ろしい形相の目が見える気がして鳥肌が立つ。これはもしかしたら怖いものかも、と思い、すぐさま以前からの庖丁に変え、その後何事も無く料理を終えました。
 
 夕刻の最も忙しい時間が終われば、ひと時ゆっくりできます。私はその後、従業員へいろいろ指図して眠ることにしました。明日は仕入れ準備のため午前3時半起きだったのです。その頃は長期連休が始まったばかり、私は連休明けまで家に帰らず厨房の横にある仮眠室で寝起きすることになっていました。例の庖丁は、厨房に置いておくと嫌な気がしたので新聞紙でくるんで仮眠室へ持ち込み、私の枕元へ置きました。
 
 そうして夜中の2時ごろ、私はパトカー、救急車のサイレン、仲居のけたたましい叫び声で目を覚ましたのです。
「料理長、起きてください。大変です。元瀬さんが誰かに襲われました。」
 私は急いで現場へ着くと、そこは大変なことになっていました。玄関に近い庭がおびただしい血で染まり、何人もの警察が調べている最中でした。
「元瀬の容態はどうなんだ!」と怒鳴ると、
「分かりません。いま病院へ行ったばかりです。助かってくれればいいのですが。」
 元瀬というのは接客係、その日は夜勤で夜の十時から明け方6時まで勤務。夜の見回りの最中に襲われたのだ。まじめなやつで私が目をかけていた一人でした。
 
 次の朝私は元瀬の見舞いに病院へ行きました。彼はこん睡状態でいまだに目を開けていない。担当の医者に聞くと、肩口から尻まで数度にわたり鋭利な刃物でスッパリ切られたようだといいます。多量の輸血で今は安定している。数日様子を見なければならないが、それを超えると大丈夫かも、と言うので、私は少しほっとしました。
 
 ところがそれから二日後、もう1人襲われてしまったのです。それは私の部下でした。彼は明日の仕入れの表をもう一度確認するため、夜12時過ぎに厨房へ入りました。電気をつけると、中央に1人の男が立っていたそうです。体全体がもやもやと霧がかかったようにぼやけ、誰か分からない。目が釣り上がった形相をして右手に庖丁を握っていた。その男は、恐怖の叫び声をあげる部下へ突然切りかかってきたのです。部下の左頬が切れ、生暖かい血があふれ出てくる。部下はその時、周りの鍋やしゃもじを全て投げつけ、必死で逃げ出したのです。
 
 救急車で病院へ向かう部下からそう聞いた私は、思わずつぶやきました。
「庖丁・・・」
 その時、先日手に入れた庖丁が気にかかりました。すぐに仮眠室へ戻り、枕もとの庖丁を見つめました。そして包んでいた新聞紙をこわごわ開けてみて、
「うう・・・」私は後ずさりしました。
 新聞紙の中は黒々とした血糊でべっとり・・・

 私の身はひどい悪寒で震えていました。この忌まわしい傷害事件はこの庖丁だったのか。これを一体どうしたらいい。これを知られては私にかかわってくる。私は血糊の付いた新聞紙をはがし、丸めてバッグに押し込み、荒い息を吐きながら庖丁を布でぐるぐる巻きにし、ヒモで何重にもきつく縛り付けました。そして朝、友人が知っているという霊能者に電話したんです。
 
 その霊能者は庖丁をひと目見るなりこう言いました。
「人見さん、これは大変なものです。決して持っていてはいけません。」
「でも何とか、あなたのお力で浄化して頂く訳にいきませんでしょうか。」
 私はこの包丁が惜しかった。こんな凄い庖丁は見たことが無い。持っただけで私の体の一部のように軽やかにものを切り刻んでゆく。浄化さえすればもう私の指を狙うことも、他人を狙うことも無くなると思ったのです。

「人見さん、残念ですが、この庖丁を浄化するのは私には力不足です。おそらく浄化できる方は今、この世にいないのではないでしょうか。この霊はあまりの悲しさと憎悪に狂っているんです。これは日本で作ったものでは有りません。おそらく60から70年前、中国かモンゴル、それもどこか宮廷のように格式高い家へ献納されました。
 ここに見えるのは女性です。何か政治的意図があって自分の子供を軽く焼却炉へ投げ込まれました。その時の衝撃と、夫の冷淡さのために次第に薬物に蝕まれ、狂っていったようです。そしてまだ若くしてこの庖丁で自分の胸を突き刺して亡くなっています。その時の憎悪がそのままこの庖丁に宿っているんです。
 この庖丁は第二次世界大戦後、誰かによって日本へ持ち込まれたようです。そしてその時十数人の命を奪っています。それからのち、血糊でだんだん錆びてきて憎悪も封印されたようになっておりました。それを人見さん、あなたが再びよみがえらせたようですね。」

「女性? しかし、この庖丁を持って現れたのは男だったと聞いています。」
 その霊能者は一呼吸置いてから言った。
「人見さん・・・その男はあなたですよ。」
「!・・・・・・・」
「あなたが眠っている時に包丁が意識を支配したんです。こんなことは決してあなたのせいでは有りませんが、この世のことはこの世のこととして処理されます。やがて司直の手があなたへ及ぶでしょう。しかし、遠い世界の歴史を動かしていた人の思いです。冷たい言い方で申し訳有りませんが、どうかあなたの命の一滴を、供養としてこの方へ捧げて頂けたらと思います。」
 
 その霊能者はそう言って立ち上がり、台所から大きい砥石を持ってきました。その意図を察し、私は恐怖に顔がゆがみました。
「やめてくれー、頼む・・・・・」
「てぃんでぇー、ちんちゃおー・・・・・」
 私の声と同時に私の胸に女性の叫びが響き渡りました。
 霊能者はそんな言葉を無視して庖丁の刃を立て砥石で削ります。
「ぎゃああ・・・あああ・・・」
 私の身はもだえ、長い叫びがいつまでもいつまでも私の胸に続いていました。


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Last updated  2012.01.11 05:21:40
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2010.06.17
[怖い話 不思議な話 幽霊話]    2011年10月20日更新

[日本のどこか 某旅館]
 50代の男性大学講師

 この話はできるだけそっとしておきたいのです。話題になって好奇の的になるのは、あの二人に悪い気がします。ですから、お書きになっても結構ですけれども場所はどうか特定しないでくださいね。どうかお約束お願いします。

 私は6年前、ある大学へ各地の民族伝承を教えるために赴任しました。ある日、大学の近辺に、午後6時になると誰もいない風呂のかまどに煙が上がるという旅館が有るのを聞き、研究生5人を引き連れて調査に向かいました。私たちの研究対象は、各地の伝承と言うもの、たとえば菅原道真の怨霊、京都の怪奇伝説などは、他愛も無い勘違い、思い込み、誰かが撒き散らした政治的デマに依ることがほとんどという観点に立ち、この類のことを科学的に解明することだったのです。

 その旅館はその地方では結構大きく、接客や風呂、ご主人、女将さんの人柄も評判でなかなか繁盛していました。私たちは午後3時にその旅館に着き、75歳になる女将さんに詳しく事情を聞きました。例の6時に煙が上がるというかまどと風呂は、今は旧式で使われず旅館の離れに有ります。しかし、女将さんは今もお風呂をきれいに洗い、水を3日に一回は交換していると言います。ここで、事前調査として女将さんから詳細にお聞きしたことをお話します。

『女将さんがまだ若い頃、この旅館に、かなり知恵遅れの嘉平と伊平という双子の兄弟がいた。旅館の遠い親戚ということも有り、二人を不憫に思った先代の主人が預かったのだ。ただ、たいして仕事はできないと思っていたので、給金は二人あわせて普通の雇い人の半分と言う約束だった。
 二人は、やはりほとんど役に立たなかった。仕事を与えるとまじめに取り組むが、どんな簡単なものでも遅くて失敗ばかり。どうも直前にやったことをすぐ忘れるらしく、今何をやっているかさえ分からなくなる。山へたきぎを取りに行かせても、肝心のたきぎを山に忘れて帰ってくる。これでは二人に頼むより、他の人がちょいと片手間にやった方がよほど効率がいい。先代の主人は良く辛抱したものだ。そんな場合も笑って最も単純な言葉で何度も何度も繰り返し言い聞かせていた。
 そうして何年も経ったある日の夜、嘉平と伊平は裏庭の草の上に座って月を見つめていた。
 兄の嘉平がしんみりとこう言う。
「なあ伊平、おらたちなんでこんなに頭が悪いんやろなあ・・・このままじゃ、だんな様に申し訳なくて・・・」
「おお、そうやのう、なんでこんなおらたちが生まれてきたんじゃろう。おらたちがこの世にいない方がよっぽど世の中のためになるというもんじゃのう・・・」
「ああ、伊平、ここでおらたちが死んだ方がよっぽど楽やろうな・・・だがの、あのやさしいだんな様に、何か一つでもお返しできんもんかのう。そうじゃないとおら、死んでも死に切れんわい・・・」
 そう言って嘉平は、はらはらと涙を落とすのだった。
 次の日から、二人は何か吹っ切れたように仕事に取り組んだ。紙に「やま」「たきぎ」と書き、行く時も帰る時も見つめた。山では「嘉平、たきぎじゃぞ。」「おう。」「伊平、たきぎを持て。」「おう。」と二人で声を掛け合った。やっと一仕事できた時は、二人手を取り合ってじつにうれしそうにした。
 そうしてやがて二人は30過ぎになり、たきぎ取りの仕事が一人前にできるようになると、今度は自分たちからお願いして風呂焚きの仕事をもらった。風呂焚きは普通の人ならそんなに難しくは無い。熱ければたきぎを減らせばいい、ぬるければ増やせばいい。ところが二人には途方も無く難しいものだった。時間の観念があまり無いので、まず6時を知らねばならなかった。火を燃やしてもそのうち忘れてしまうので、二人を見張る係が必要だった。先代の愛情が無ければとても無理だったろう。数年、そんな状態が続いた。
 だが二人は真剣だった。紙に「ろくじ」「たきぎいれる」「ふろ」「ひ」と書いて他の作業の合間、その紙の前から動かない。6時になると「おおっ。」「おおっ。」と掛け声をかけ、たきぎに火をつける。そして今度はそのかまどの前から動かない。やがて見張りも必要なくなり、十年もすると二人は一人前に風呂が焚けるようになった。
 しかし、二人の努力はそこで終わらなかった。その後も夕方から風呂のかまどに付きっ切りで、もう紙の覚書もいらなくなっていた。そうして50過ぎると常人以上の働きになっていた。この燃やし方でどれだけ熱くなるか、この部分のたきぎを返し、ふいごを何回吹けば何度上がるかまで知っていたふしがある。そして、お年寄りには熱めに、子供がいると、ややぬるめにすることまで会得していたのではないか。とにかく、二人の焚いた風呂は体の芯まで温まり、疲れをほぐし、お客さんはみな満足して帰ってゆく。やがてこの風呂の評判が近隣へ伝わり、嘉平と伊平の風呂に入りたいと、わざわざ遠くから入りに来る人々もいたのだ。
 お客さんはそんな二人の働きを良く知っていた。風呂の窓から、かまどでモゾモゾ動き回る二人に声をかけたものだ。「嘉平、伊平、いい湯だぞ。有難うよ。」二人はそんな声に、じつに晴れやかな笑顔を返した。 
 こんな二人が亡くなったのは68歳。二人は同時にひどい病気にかかり、まず嘉平が先に逝くと、伊平もその3日後に後を追うように逝ってしまった。
 そしてお葬式の日。旅館では一応地味な葬儀を予定し、簡素な祭壇で弔問者を迎えた。ところが思いもかけず盛大なものになりあわてたという。二人の焚いた風呂に入った人が、ひっきりなしに訪れて道まであふれる。葬式が終わってもみな帰ろうとせず、二人の写真に感謝の言葉をかける。じつに先代の葬儀に次ぐ大掛かりなものになってしまったのだ。
 旅館の人たちは二人の近くにいたので気付かなかったが、二人が亡くなってはじめて、この旅館がここまで立派になれたのも、この二人のおかげではないかと思うのだった。』

 女将さんは、二人を思い出して涙を流していた。
「子供の頃良く一緒に遊びましたよ。二人は遊ぶ時も真剣な顔をして一所懸命になります。私が悲しそうな顔をしていると、一緒に悲しい顔をして回りをうろうろ歩き回り、ふところから飴玉を1個取り出し、ん、と言って目の前に突きつけるんです。私はそんな二人が大好きでした。二人と遊んでいると悲しいことをみんな忘れてしまいます。そして、先代が亡くなった時、近所に聞こえるような大声で泣く姿、また今の主人が給金を1人ずつ一人前にしてあげた時のあのうれしそうな顔、今でも忘れられません。」

 さてそんな話をしていると、あっという間に時間が過ぎてそろそろ夕方の6時。私たちは外へ出てかまどを見に行きました。少しでも科学的に不審が無いかと批判の目で見つめていました。そしてきっかり6時、煙突からその問題の煙が薄く上がってきたのです。そのうち煙はだんだん濃くなっていきます。私はすぐにかまどの鉄製の扉を開けてみました。しかし、その中に火は有りません。私はかまどの中に体を突っ込み、下から懐中電灯で煙突の先まで照らしてみました。しかし、下からは煙は全く見えないのです。この煙はいったいどこから発生しているのか、じつに不思議でした。

 女将さんが、「この煙でお風呂の水が少しあたたかくなるんですよ。」と言うので、風呂場へも行きました。手を入れると確かに外気より暖かい感じがします。温度計を入れると36度8分、ちょうど人肌。私は深く考え込んでしまいましたよ。今でも嘉平さんと伊平さんは6時になると懸命に火を焚いているのだろうか。
「よし、誰か俺と入るものはいないか。」と言うと、男3人が「はい。」と答えて飛び込んでいきました。女子が「先生、ずるい。」と言うので、後で女将さんと一緒に入りましたけどね。

 私はその日、嘉平さんと伊平さんの焚いたお風呂にはいれて、とても光栄な気がしました。当時、私は生きることにすねて、かなり苦しんでいたんです。そんな私の心に再び明るい光をともしてくれたんですから。

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2010.06.15
[お宿の 怖い話 不思議な話 幽霊話]

[北信越地方 某民宿]
 50代男性

 あれは6年前の4月中旬、午後6時ごろ、私は山菜採りに夢中でつい遅くなり、細道を宿へ向かって歩いていました。左はうっそうとした杉林、右は笹が茂った土手。日が傾きかけて薄暗く物音一つせず、土手の上に墓地や石碑が立っていたりして、じつに心細い感じがしました。ここから宿まで1キロほど、夕食は6時半に頼んであるし、ちょうど着けるだろうな、そんなことを考えて急いでいました。

 と、その時、私の後ろを誰か歩いてくるような気配と音を感じて振り返りました。しかし後ろには誰もいません。私がたどってきた暗い細道が見えるばかり。私は良く確かめましたよ。でも人はいないけれど音だけします。その音は私の歩く音よりはるかに遅く、ザリ・・・ザリ・・・ザリと、まるで老人が杖でもついて歩いているような、そんな弱弱しい音で次第に近づいてくるんです。

 私は急に怖くなり、歩くスピードを上げました。動悸が早くなり、背中が冷や汗でぐっしょり、緊張のあまりか肩やら腰が痛くなってひざもガクガク、今にも倒れそうになりました。とにかく大通りに出れば人もいる。

 ところがいくら急いでもその音はついてくるんです。あの歩く様子じゃ、とてもついてこられるはずが無いのに。私はついに走り出してしまいました。あと数百メートルがこんなに長く感じたことが有りません。体が重くて、まるでスローモーションで走っているような感じなんです。

 そうしてやっとのことその細道を抜け出しました。大通りに着くと、私はふうふう息を切らしながらも平常を装って歩きだしました。だって50の男があわてふためいているのも変ですからね。

 宿に着くと、さあお帰りだ、と言わんばかりに食事の用意が始まりました。このお宿は広い部屋が二つしか有りません。お客も少ないからとても大事にされるのです。若い女将さん、お嬢さんがかわるがわる料理を運んできます。広いテーブルの半分ほどに豪勢な料理が並んだ頃、この宿の78になるお婆ちゃんが挨拶に見えられました。私のテーブルの前に座って深々とお辞儀をします。そうして体を上げ、はっとした顔で後ずさりして言うんです。
「あらあ・・・お客さん・・・どこでお連れになったのでしょうかねえ。」
「は?・・・」
「しらがのお婆さんがお客さんの肩におんぶしていらっしゃります。」
「えっ!」
 私はどきりとして後ろを振り返りました。何も見えません。でも背中に悪寒と嫌な匂いのようなものがありましたから、上着を脱いでみたんです。すると数本の長いしらががはらはらと畳に落ちるんです。嫌な匂いは、ほら、お葬式で棺おけを開けた時に感じるあんな匂いでしたよ。


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