Zero-Alpha/永澤 護のブログ

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esa

築地5


2004.8
エコロジカル・システム・アプローチによる「仮説検証実験」としての
<アセスメント=介入>事例の分析

はじめにーアセスメントの枠組みと主要概念について
 以下に行う家族機能のアセスメントにおいては、事例として、「事例2 口論の
絶えない夫婦」を選択する。「アセスメントの枠組みと主要概念」は、『社会福祉
実践の新潮流―エコロジカル・システム・アプローチー』において示された「ア
セスメントの定義」によれば、以下のように構成される。(注1)
(1)クライエントの持っている問題の属性(成長過程のニーズ、生活転換期に伴う
ストレッサーとその適応には何を必要としているかの情報を含む)
(2)クライエント(と家族メンバー)の問題対処能力(パーソナリティーの長所、
限界、欠損などを含む)
(3)クライエントの問題に関連している諸システム及びそれとクライエントとの
相互作用の資質
(4)問題解決または軽減に必要な資源
(5)クライエントの問題解決への意欲
本論では、このような枠組みと概念に基づいたアセスメントを行った上で、「こ
の事例のアプローチはアセスメントと介入が明確に区分されていない」(注2) と
いう評価の意味を論じる。
本事例のアセスメント(注3)
(1)クライエントの持っている問題の属性
 本事例のクライエントは、「夫32歳、妻30歳の竹島夫妻」(p.60)であり、主訴
は、「口論が絶えず夫婦関係が悪化していて、このままでは離婚することになりか
ねない」(p.60)というものである。この問題に関する夫と妻の言い分を確認する。
夫は、主訴に関して、「2人の間で口論が絶えないこと、最近、口論の回数が増えて
いること、2人の関係が悪化していること」(p.60)と述べ、「口論の原因」(p.60)
に関しては、「これといった原因がない(略)気がつくと口論をしている自分があ
り、何か自分に落ち度があって妻から責められる立場に置かれているような形に
なっている」(p.60)と答えている。それに対して妻は、「あなたに落ち度があるか
ら口論になる」(p.60)と述べ、ワーカーが「「あなたに落ち度」という意味は何で
あるのかと質問すると」、「2人がほとんど同時に口を開き自分の意見を言おうと
した」(p.60)。
 上記の事実から、本事例の「問題の属性」を、「クライエント(夫婦)のコミュ
ニケーションの形態が、互いに相手を攻撃し合う悪循環のシステムに陥っており、
相互的な応答性を欠いていること」と規定できる。また、コミュニケーションが
相互的な応答性を欠いているシステムの特徴として、「一人ひとりが交互に話をす
ること、相手が話をしている時は黙って話を聞くこと、相手の話の途中で口を挟
まないこと」(cf.p.30)というコミュニケーションの「基本的ルール」(p.60)の欠
如という問題がある。
 次に、クライエントの「成長過程のニーズ、生活転換期に伴うストレッサーと
その適応には何を必要としているか」について論じる。夫は、「自分が休日返上で
働いていた」と述べているが、職場に関して、それ以上の具体的な状況に関する
言及はない。近年、昇進・降格・(転勤、出向、早期退職勧告等を含む)配置転換・
業務量の顕著な増加などの「転換」があったという記述は見られないので、夫に関
しては、特記すべき「成長過程のニーズ、生活転換期に伴うストレッサー」が存在
するとはいえない。ただ、通常範囲ではあるが、それなりにストレスを抱える毎
日の中で、「一体誰と何をしているのかわからない」(p.61)といった言葉に見られ
るように、妻に対する不信感・不満感を募らせているのが分かる。
これに対して、妻は「自分は夫と同じように働いているのに夫の何倍かの負担を
抱えている」(p.60)と述べ、夫と「同じ会社に勤務している」(p.60)にもかかわら
ず、自分のみが一方的に家事・育児を押し付けられていること、また「それに対
して夫は当然という顔をしていて」(p.60)家事・育児に協力しないという事実に
加えて、何ら自分に対して共感性を持たない無理解・無関心な夫のあり方そのも
のへの絶望感を抱えていると考えられる。従って、妻に関しては、育児と家事が重
い負担となる時期にさしかかっているという「生活転換期に伴うストレッサー」
が存在し、それを軽減する「成長過程のニーズ」が明確に存在するといえる。
(2)クライエント(と家族メンバー)の問題対処能力
 この時点では、クライエントは、悪循環に陥ったコミュニケーション形態を改善
するために必要とされる問題対処能力を持ち合わせていなかったといえる。また、
クライエントのパーソナリティーに関しては、相手の言い分を聞こうという基本
的なコミュニケーションまたは共感の姿勢に欠けているという「限界」と「欠損」
が見られる。その根底には、クライエントの自己と他者に対する不信感(基本的信
頼の希薄さ)が見て取れる。
(3)クライエントの問題に関連している諸システム及びそれとクライエントとの
相互作用の資質
今現にクライエントに介入しているワーカーを別にすれば、クライエントの問
題に関連しているシステムは、1.「2歳になる子ども」(CF.P.60)及び2.職場環境
としての会社を挙げることができる。これら二つのシステムとクライエントとの
相互作用の資質に関しては、1は、夫との関係が希薄であり、その結果として妻と
の関係は母子癒着傾向があると推定される。2に関しては、「休日返上で働いてい
た」という夫の言葉から、夫に関しては会社に対して従属的で余裕の無いもので
あり、妻に関しても「自分が仕事を今やめたら家計が大変苦しくなるし、今まで
積み上げた自分のキャリアが無くなると頑張っている」という妻の言葉から、主
観的にはともかく夫と同様な相互作用の資質を持っているといえる。このような、
夫と妻が共有するシステムとの相互作用の資質が、夫婦間のコミュニケーション
の悪循環性と絡み合っていると考えられる。
(4)問題解決または軽減に必要な資源
 本事例におけるワーカーの介入のように、コミュニケーションの基本的ルール
の導入といった、クライエントのコミュニケーションをスキルアップさせる支援
の継続が必要である。コミュニケーションの悪循環性が解消され良好な状態が定
着するまでの相談援助と援助効果のモニタリングを提供できる資源が必要である。
また、とくに夫に対する育児支援を提供できる資源が必要である。その場合、夫婦
で参加できるような育児教室等が望ましい。しばらくは夫の参加が困難であれば、
妻が参加できる子育て支援セルフヘルプグループによる支援なども必要になる。
(5)クライエントの問題解決への意欲
 最初から夫婦で参加している以上、ある程度自発的な問題解決の意欲があると
いえる。また、ワーカーの問いに対して単に押し黙るのではなく、ともかくも能動
的に苦痛を訴えて理解を求めている点からもそのようにいえる。
本事例におけるワーカーの介入についてー「事例解説」を手がかりにして(注4)
本事例は、「事例解説」おいて、「この事例のアプローチはアセスメントと介入
が明確に区分されていない。夫婦関係の葛藤が夫婦間の現在のコミュニケーショ
ン形態にあるという仮説の上に立っている。よって、夫婦のコミュニケーション
の形態への介入にまず焦点が当てられる。アセスメントと介入がほとんど同時に
行われている」(p.62.)と評価されている。ここでワーカーが設定した「夫婦関係
の葛藤が夫婦間の現在のコミュニケーション形態にあるという仮説」とは、「夫婦
間の葛藤は、夫婦間の現在のコミュニケーション形態にシステム論的に起因して
発生しているという仮説」と言い換えることができる。この仮説をより具体的に
規定するなら、先に問題の属性を検討する際に見たように、「本事例のクライエン
トにおいては、コミュニケーションの基本的ルールが機能していないため、互い
に相手を攻撃し合う悪循環のシステムに陥っている」となる。
ワーカーは、こうした仮説のもとで、この仮説を検証するいわば「実験」として
のアセスメントを行うため、「その口論の原因は一体何か」(p.60.)及び「「あなた
に落ち度」という意味は何であるのか」(同上)という質問を投げかけたと見るこ
とができる。また、同様に仮説検証の意味で、「コミュニケーションの基本的ルー
ル」の導入を試み、その効果を見ようとした。このような意味において、本事例に
おいては、仮説検証の実験としての「アセスメントと介入がほとんど同時に行われ
ている」、すなわち、「アセスメントが同時に介入にもなっている」といえる。
このように、エコロジカル・システム・アプローチは、個々のシステム=状態
に対応した柔軟なものでなければならない。ワーカーは、システム論的な思考に基
づき、個々の事例=システムに対する優れた「直観(intuition)」を日頃から養う
必要がある。
【注】
(注1) 『社会福祉実践の新潮流―エコロジカル・システム・アプローチ』 
平山 尚他著 ミネルヴァ書房 1998.p.38-39.
(注2) 前掲書 p.62.
(注3) 以下の記述において、上記(注1)のテキストから引用する場合には、それ
ぞれの引用符の後に、引用頁を括弧内に記す。
(注4) 本節を論述するにあたって、東京福祉大学において2004年7月25日に行
われた平山尚教授による「社会福祉援助技術特論」の講義から貴重な示唆を受
けた。
【主要参考文献】
『社会福祉実践の新潮流―エコロジカル・システム・アプローチ』 
平山尚他著 ミネルヴァ書房
『ソーシャル・ケースワーク論 社会福祉実践の基礎』 大塚達雄他編著 
ミネルヴァ書房 2000年
『ソーシャルワーク・アセスメント 利用者の理解と問題の把握』
J.ミルナー/P.オバーン著 ミネルヴァ書房 2001年
『社会福祉援助技術とは何か』一番ヶ瀬康子監修 藤淑子著 1999年
『社会福祉援助技術入門―私たちの暮らしと社会福祉』北川清一監修・編著
中央法規1999年
『エコロジカルソーシャルワーク』カレル・ジャーメイン他著 学苑社1992年
『課題中心ケースワーク』W.ライド/Lエプスタイン著 誠信書房 1979年
『家族と家族療法』サルバドール・ミニューチン著 誠信書房 1983年
『課題中心ソーシャルワーク』マーク・ドエル/ピーター・マーシュ著
中央法規2002年
『ソーシャルワーク倫理ハンドブック』日本ソーシャルワーク協会著
中央法規1999年
『ソーシャル・ケースワークー問題解決の過程』H.H.パールマン著
全国社会福祉協議会 1967年
『対人援助の技法―「曖昧さ」から「柔軟さ・自在さ」へ』 尾崎新著
誠信書房 1998年
『社会福祉士実践事例集』日本社会福祉士会編 2000年
『ジェネラリスト・ソーシャルワーク研究』佐藤豊道著 川島書店 2001年
『医療ソーシャルワーク実践マニュアル』佐々木康生編著 日本エデユケイショ
ンセンター1998年
『精神障害者のためのケースマネジメント』チャールズ.A.ラップ著
金剛出版1999年
『ケースワークの原則(新訳版)―援助関係を形成する技法―』
F.P.バイステック著 誠信書房1996年
『ケースワーク教室』仲村優一著 有斐閣 1985年
『リバーマン 実践的精神科リハビリテーション』R.P.リバーマン著 
創造出版1999年
『文脈病 ラカン・ベイトソン・マトゥラーナ』斎藤環著 青土社2001年
『社会的ひきこもり』斎藤環著 PHP 1998年
『ライフサイクル その完結』E.H.エリクソン/J.M.エリクソン著
みすず書房2002年
『ミルトン・エリクソン子どもと家族を語る』ジェイ・ヘイリー編著 
金剛出版2001年
『家族療法』ジェイ・ヘイリー著 川島書店1985年
『分裂病論の現在』花村誠一・加藤敏編著 弘文堂1996年
『精神の生態学(改訂第二版)』グレゴリー・ベイトソン 新思索社 2000年
『「家族」という名の孤独』斉藤学著 講談社 2001年
『徴候・記憶・トラウマ』中井久夫著 みすず書房 2004年
「制度とサービスをつなぐ医療ソーシャルワーカー」平山尚 アエラ(No未詳) 
朝日新聞社
「米国における社会福祉の現状とわが国の方向性」平山尚・石川和穂 「治療」
Vol.84,No.9.
「新しいソーシャルワークの考え方―Evidence based practice(EBP)」平山尚
(講演草稿)
「児童虐待 福祉専門職の責任重大」平山尚 「視点 オピニオン21」
上毛新聞 2001.2.23
「ソーシャルワーカー 幸せづくりを手助け」同上2001.1.1
William J.Reid & Anne E.Fortune.The Task-Centered Model In A.Roberts
and G.Greene,Social Workers'Desk Reference,Oxford U.Press.2002,101-104.
Alex Gitterman.The Life Model In A.Roberts and G.Greene,Social
Workers'Desk Reference,Oxford U.Press.2002, 105-108.
Bruce A.Thyer.Principles of Evidence-Based Practice and Treatment
Development. In A.Roberts and G.Greene,Social Workers'Desk
Reference,Oxford U.Press.2002, 739-742..
Aaron Rosen & Enola K.Procter.The Role of Replicable and Appropriate
Interventions,Outcomes,and Practice Guidelines. In A.Roberts and
G.Greene,Social Workers'Desk Reference,Oxford U.Press.2002, 743-747.
「危機介入の評価」伊藤弘人 『精神医学』Vol.46.No.6.2004.

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