Zero-Alpha/永澤 護のブログ

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2004.11
組織とソーシャルワーク倫理綱領との間に起こる葛藤の
発生要因および葛藤の解決・処理のシステム論的解明のモデル

はじめに
本論では、組織(モデルとしての仮想的組織)のシステム論的分析を通じて「組織とソーシャルワーク
倫理綱領との間に起こる葛藤の発生要因の解明および葛藤の解決・処理」というテーマを論じる。
さらに、組織をクライエント・システムとする具体的な事例を通じて上記テーマを論じる。なお、
論述において特に焦点となる「ソーシャルワーク倫理綱領」の項目は、「行政・社会との関係
1.(専門的知識・技術の向上)ソーシャルワーカーは、常にクライエントと社会の新しいニーズ
を敏感に察知し、クライエントによるサービス選択の範囲を広げるため自己の提供するサービス
の限界を克服するようにし、クライエントと社会に対して貢献しなければならない」である。
1.組織のシステム論的分析を通じた「葛藤の発生要因・解決・処理」の考察
1-(1)目的
 クライエントを支援するソーシャルワーク機関としての「目的」は、「クライエントが社会福祉専門職者
としての能力を身につけること」である。より具体的には、「クライエントが社会福祉士・精神保健福祉士等
の資格を取得し、能力を評価されて有利な就職をすること」である。
1-(2)構造
 組織図から見れば、役割構造をなしている。同時に、個人的な「パワー」を基にした求心力の強い組織構造
でもある。また、メンバー間のコミュニケーションが比較的密な「人間に基づく組織構造」として
の側面、さらに各プロジェクトがベースとなる「課題を基にした組織構造」という側面も持って
いる。(注1) しかし、最近では、メンバーの質の向上を目的とした「研究課題を基にした組織構造」
というあり方が目指されている。すなわち、新たに発生している問題を発見・解決するために、
臨機応変なネットワークを構成することである。これまでは、この臨機応変なネットワーク機能
が弱かったといえる。(注2)
1-(3)規約
  (規約内容は省略)。
 ここで重要なのは、規約(1)と(2)の関係、さらに、(1)(2)と「ソーシャルワーク倫理綱領」の項目、
「ソーシャルワーカーは、常にクライエントと社会の新しいニーズを敏感に察知し、クライエントによる
サービス選択の範囲を広げるため自己の提供するサービスの限界を克服するようにし、クライエントと
社会に対して貢献しなければならない」との関係である。すなわち、(1)の規約の実現のために必要な
「カウンセリングシステム」として規約(2)のシステムが十分に機能していない。また、規約(1)と(2)を
クライエント・システムである組織のサブシステムとしてとらえると、これら(1)と(2)は「連携が取れた
一貫したシステム」を成していない。言い換えれば、そのようなシステムを構築するための
臨機応変なネットワーク機能を持っていない。そのため、クライエントの「ニーズを敏感に察知」
することに失敗している可能性がある。
以上から、組織と倫理綱領との間に、「クライエントと社会の新しいニーズ(注3)を敏感に察知し、
クライエントによるサービス選択の範囲を広げるため自己の提供するサービスの限界を克服する」
という課題が達成できていないという「葛藤」が生じているといえる。近年、「精神的なケア」
を必要とするクライエントが急増している。こうした問題を解決するために、組織のメンバーが
「専門的知識・技術の向上」を図ることが急務の課題となる。(注4)
1-(4)メンバー間のコミュニケーション形態
 メンバー間のコミュニケーションは、個々のクライエントに関わる問題をテーマ化する際には、
比較的に密になされている。しかし、個々の問題が生じる各セクションの「枠内」でのみ
なされている傾向がある。これらコミュニケーションの枠同士は十分に連携しているとはいえない。
このことが、問題を発見・解決する臨機応変なネットワーク機能に欠けるという結果を
もたらしている。従って、「葛藤の解決・処理」のために今後求められるのは、上述の枠を
連携するネットワークの構成である。言い換えれば、問題発見・解決を目指す「研究課題を
基にしたネットワーク型組織」であり、相互的な多方向性を持った「フリーフォーム」(注5)
のコミュニケーション形態である。
2.事例分析を通じた「葛藤の発生要因・解決・処理」の考察
1において、組織をクライエント・システムとするシステム論の観点から「葛藤」について論じたが、
ここではさらに事例を通じて「葛藤の発生要因・解決・処理」を簡潔に論じる。
1で述べた目的の大前提として、「可能な限り退学者を出さない」という目標が考えられる。
この目標の達成には、近年増加している以下のような事例に柔軟に対応する必要がある。
以下に、事例について述べる。
事例:**は、*年*月に入学したが、授業が4月半ばに開始してほどなくして欠席が続くようになった。
本人の話によると、本人は小学校以来の「いじめ」により、かつて主治医から「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」
の診断を受けており、人間関係にも不適応の状態にある。本人との電話連絡・面談が何度か継続的に行われて
きたが、本人との連絡は不通になった。本人は、「退学の意思」を表明しており、現在不登校
の状態が継続している。
本事例の主要な問題は、いじめによるPTSDに起因する学校という場への不適応であるが、
これをクライエント・システムとしての組織の問題としてとらえると、組織がこうした
クライエントのニーズに合ったシステムを持っていないということになる。このことが、
「退学の意思」を表明する、または明確な意思を表明することなく長期欠席になってしまう
クライエントに対応する組織にとっての「葛藤の発生要因」となっている。
「葛藤の問題・処理」に必要とされる条件は、このような不適応症状を持つクライエントに
対応したカリキュラム・専門的教育技術を備えたコースや、このようなコースと連携した
常駐・常勤のカウンセリングシステム、さらにはこのカウンセリングシステムと連携し得る
カウンセリング技能を持った教職員の養成ということになる。さらに、以上の条件を満たす
ための前提として、「問題を発見・解決するための臨機応変なネットワーク機能」が必要と
なる。
現状では、カウンセリングシステムが臨機応変に問題を発見・解決する機能を持っているとはいえない。
また、アウトソーシングの形で業務を委託されたスクールカウンセラーはオーソドックスな精神療法を
基盤としており、近年増加しているPTSD等の治療効果には一定の限界がある。PTSD事例に対しては、
その有効性が実証されつつある治療法として、「EMDR(眼球運動による脱感作と再処理)(注6)が
存在する。その治療効果に関して、世界標準で確立されたエビデンスが存在するとはいえないが、
今後は本事例に類するケースに対処する上で検討に値する。だが、現状では、EMDR治療のライセンス
取得条件の枠組みはかなり限定されている。(注7) このため、ライセンスを持ち、治療効果が実証
された豊富な治療経験を持つ専門的援助者は極めて少ない。
従って、本事例のような問題に対処するためには、「行政・社会との関係」において、「高等
教育機関教職員の治療資格取得条件の緩和」を働きかけるなどのソーシャル・アクションを
行うことで、「クライエントと社会の新しいニーズを敏感に察知し、クライエントによる
サービス選択の範囲を広げるため自己の提供するサービスの限界を克服する」ことも必要に
なる。
【注】
(注1) 『人間行動と社会環境』平山尚・武田丈著 ミネルヴァ書房 2000年 pp.166-168.
(注2) この点に関して文化人類学者の宮永国子は、『グローバル社会のアイデンティティ
実験記録』 宮永国子著 明石書店 2004年 p.130 において、「二十世紀の後半西洋は、ア
メリカを中心として個に解体し、さらに個人の内面までをも解体しつづけたが、その後一
転して、ネットワーキング基盤の集団形成に向かっている。ネットワーキングは個が基本
単位なので、タテでもヨコでも形成が可能である」と述べている。
(注3)例えば、常駐する常勤カウンセラーによる定期的なカウンセリングシステムと連携
したカリキュラム等へのニーズである。
(注4) 個々の教職員は、(注3)で述べたシステム構築に努力すると同時に、自らのカウン
セリング能力を高めていく必要がある。
(注5)『人間行動と社会環境』平山尚・武田丈著 ミネルヴァ書房 2000年 p.144.
(注6) 『EMDR 外傷記憶を処理する心理療法』フランシーヌ・シャピロ著
ニ瓶社 2004年、『EMDR症例集』崎尾英子編 星和書店 2003年 を参照。
(注7) EMDRのライセンスの詳細については、『EMDR症例集』崎尾英子編 星和書店 2003年のp.225-236を参照。
【参考文献】
『社会福祉実践の新潮流―エコロジカル・システム・アプローチ』 
平山尚他著 ミネルヴァ書房 1998.
『人間行動と社会環境』平山尚・武田丈著 ミネルヴァ書房 2000年
『新版 できなかった子(生徒)をできる子(学生)にするのが教育』
中島恒雄著 ミネルヴァ書房 2000年
『ソーシャルワーク倫理ハンドブック』日本ソーシャルワーク協会著
中央法規1999年
『ソーシャルワーク倫理の指針』チャールズ S.レヴィ著 勁草書房 1994年
『ケースワークの原則(新訳版)―援助関係を形成する技法―』
F.P.バイステック著 誠信書房1996年
『リッチモンド ソーシャルケースワーク』小松源助他著 有斐閣 1979年
『グローバル社会のアイデンティティ実験記録』 宮永国子著 明石書店 2004年
『EMDR 外傷記憶を処理する心理療法』フランシーヌ・シャピロ著
ニ瓶社 2004年
『トラウマティック・ストレス PTSDおよびトラウマ反応の臨床と研究のすべて』
べセル A・ヴァン・デア・コルク他著 誠信書房2003年
『EMDR症例集』崎尾英子編 星和書店 2003年
『社会福祉士実践事例集』日本社会福祉士会編 2000年
『ジェネラリスト・ソーシャルワーク研究』佐藤豊道著 川島書店 2001年
 

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