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雑念の部屋・改

雑念の部屋・改

1章


「求人募集」
そう大きな赤い文字で力強く書かれたポスターの前に赤髪の少年が突っ立っていた。
長く揃えられた赤い髪、穏やかな顔立ち、どこか大人びた雰囲気のある少年である。腰には太刀と小太刀が差してある。
少年の名はヴァイス。今年で17になる彼はヌートリア王国の特殊部隊に所属している。
特殊部隊は一般の兵とは違い、王直属であるが為に指令が無いと仕事をしなくても良い。一見、楽な仕事の様に見えるが指令があるのとないのでは給料が全然違う。
有名な武闘一家や王家と交流のある一家の一員や関係者であれば「家名」が「信頼」となって多くの安全かつ効率的な仕事が依頼されるのだが、いかんせん一般の出となると仕事の依頼はほとんどない。あるとしても突発的に起こった事件の処理などで、それもあまり金にはならない。
つまり、生活苦である。
「転職・・・考えるかな」
歩きながらぽつりとつぶやくとヴァイスは、考え事の最中にいつの間にか目的の扉の前に着いていた。
扉には「CLOSE」のプレートが掲げられていた。今朝、郵便受けを覗くと特殊部隊の仲間から手紙が入っており、そこには招集の旨が書かれていた。居酒屋での連絡らしい。

カランッ
扉を押すと共に鈴の音色が店内に響く。店内にいた多くの特殊部隊員がこちらを振り向き、顔に落胆の色をにじませ溜め息を吐く。
こみあげるやるせなさと怒りを我慢しながら、店の真ん中に用意された大型の机のお気に入りの席に腰を下ろす。その席の両隣にはヴァイスの仲間が腰を下ろしていた。
「相変わらず来るのが早いなイーゲル、シルフィア」
ヴァイスはいつも通りの挨拶を短い青髪の青年イーゲルと金髪ポニーテールの少女シルフィアに向ける。
「私たちが早いのではなくあなたが遅いのですよ。ナニ事も遅すぎるのは嫌われますよ、プププ」
「遅すぎデスネ。・・・そのセイで・・・ひっく・・・ワタシは命の聖水を4杯も・・・ひっく・・・注文・・・」
イーゲルの嫌みを聞き流しつつ、イーゲルの顔とシルフィアの顔を見比べる。本来ならどちらも色白なので、色白でなければならない筈なのだ。本来なら。
「昼から飲むんじゃない・・・と、いうかお前未成年だろ」
ヴァイスの忠告もなんのその・・茹でタコさながらの顔のシルフィアは口を開ける。
「ところでヴァイスは・・・噂は・・・聞いたカナ・・・?」
「噂・・・なんの噂だ?」
「私が知らない情報などある訳ない。多分グラトニーの話でしょう。」
イーゲルは自信満々に答える。イーゲルの職は「特殊部隊」兼「情報屋」と、いう立場で副業の方ではそこそこ名の通ったほうである。よって副業で生活しているようなものなのだ。
「ソウ・・・らよ・・・グラトニーが・・・ユンゲル帝国を・・・ひっく・・・シハイしたって・・・で・・・ツギはヌートリアに向かってるッテ・・・ネ」
羅列が回らなくなりながらもシルフィアは答える。

グラトニー・・・魔術・剣技において最強の名を欲しいがままにする神出鬼没の異常者と噂の男である。中肉中背という表現が的確で魔物の様に手が4本あったりはしないことは確かだ。蒼い長髪で片眼が隠れ、戦闘になると蒼い目が赤くなり、一説では相手の動きが遅く見えるらしい。
赤い目の説明については、これまで歴史上の勇者伝説にも数名みられその感想からの仮説らしい。
そして、畏怖されるべきはグラトニー本人の戦い方にもある。魔術を学ぶ上で最難の魔術である転生術を極めているらしく、その効果をグラトニー自身とその武器に付加し、触れたり、斬りつけた相手を自分の思うがままの姿にしてしまうというモノなのである。
そしてユンゲル帝国はヌートリア公国の近隣国で軍事力が売りの国家で兵の数はゆうに5万を超える。それをグラトニーは一人で制圧したというのだ。

「そろそろこの国にいるのはやばいかもな」
ヴァイスの面持ちが慎重になる。国家兵という職種ならば先陣をきってグラトニーと剣を交えなければならないのだ。それで死ねるならまだしも変な生き物にでもされたら生きていく自信がない。
話題が暗くなり気分が沈み始めたその時、扉が開けられる。

カランッ
小気味のいい音と共に黒い鎧で顔や体を固めた大男が入店してくる。王からの指令を伝えるだけの伝令係の男クロードである。ふと時計に目をやると予定の時刻を遙かにオーバーしていた。店内から聞こえる罵声を無視しながら移動するといきなり机を思いっきり叩き
「いいかお前ら、今日は王様からの命令がある、よく聞けよ」
何故かいきなり仕切りだした。
「遅れてきて仕切ってんじゃねぇ!」
特殊部隊員の一人、青い髪の少女ミハルが正論と怒りをぶつける。
「ひぃぃぃぃごめんなさいぃぃぃ」
クロードの悲鳴も可哀想には思えず店内はじょじょに静かになる。
「テメェら何しらけてんだ」
少女が沈黙に耐えきれず発言すると、ヴァイスが口を開く
「・・・で、その命令っていうのは?」
「よくぞ聞いてくれた」
助け船を出されクロードはここぞとばかりに強気になる。
「テメェが聞けっつたんだろ!」
「ひぃぃぃぃごめんなさいぃぃぃ」
ミハルのツッコミでエンドレスになる・・・そう店内にいる特殊部隊員が認識すると、またしてもヴァイスが助け船を出し出す。
「どうせハイペリオンの事だろ」
「そうだ」
「そうだじゃねぇよ!納得してねぇでさっさと本題に入りやがれ!」
またもクロードがお決まりの「ひ(中略)ぃ」を言い出したのを今度はイーゲルが止める
「少しは真面目にやってくれませんかね?それとも叫ぶしか脳が無いんですかね、プププ」
「わかったかこのチキン野郎!」
「お前もだよ」
ヴァイスの発言の後、黒い鎧の奥から咳払いが聞こえ一瞬緊張感が店内に走る。
そして、
「俺は詳しい事は知らん。王様の所にいくぞ」

一瞬の間の後、店内には怒り爆発のミハルの叫び声が轟いた。
「じゃあこんな所に集めるんじゃねぇ!!バカ野郎がぁ!!」
なんとも自分の気持ちに素直かつ正論なのだが、相変わらず返答は
「ひぃぃぃぃごめんなさいぃぃぃ」
であった。


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