霊格と霊力のバランス
霊格と霊力。この言葉を公にこうして使うことに何年抵抗があったことか・・・^^;ようやく書く勇気が持てました。霊格=魂レベル そう私は捉えていつもセッションではお話します。格付けの判断基準や数値のつけ方は多種多様で個人的にはあまりそこにはこだわっていません。霊格が高い 低い霊格を上げる 下げるなんて言葉を聞きますね。霊格を上げる(もしくは霊性を磨くとか魂を成長させる)ためにどうすればいいかどんな人が霊格が高いのかそんな話を今後少しずつ出来たらいいなと思っています。今日はあえて「霊格と霊力のバランス」についてお話します。霊力というのは程度の個人差はありますが、誰にも備わっています。スピ的に「開く」とか「覚醒」というのは自分の霊力を思い出すということ。よく言われる「霊感が強い」といういわゆる低級霊が見えるからといって霊力が高いというわけではないということなどはスピを学んだ方ならご存知かと思います。(チャンネルがたまたま低い波動に合っちゃいやすいだけなので高い波動に合うようにしようねっていつも伝えてます。フツーに恐いものをあえてみる必要はないですから・笑)仮に素晴らしい霊力が備わっていてもそれを使いこなせるエネルギーと精神力と肉体を持っていなければ自分自身を蝕むことになりそれは「出来るけど今はやるべきではない」ということになります。逆に自分の肉体、精神力に見合わないのにエネルギーだけをどんどん強くしていくのも本来の霊力とは違うと思います。霊力も霊格も日々の積み重ねの中ですべてのバランスと兼ねあいながら磨かれ高まっていく、まさに成長していくのです。最近霊力を開くためのワークなどがスピの世界を占めていて「誰でも能力を発揮できます!」「誰でも人を癒せます!」というのは見聞きしますがその時点での個人の肉体状況やエネルギー量に負担にならないようなアドバイスや霊力に合わせて霊格を上げる必要性を教え導くところは少なく感じます。確かにコツとエネルギーの法則がわかれば誰でもヒーリングは出来ますし、透視・透聴・透知・透感などの能力もいくつか必ず備わっています。しかしそれらを利用するために必要な精神力・肉体力を鍛えることも忘れてはいけないのです。霊格が低いのに、霊力が強い場合「使い方」を誤ってしまう場合もあります。せっかくの魔法の杖を手にしても使い方を間違えればその魔力は闇にも光にもなる・・・ということです。霊格が低いということは人としての大切な部分=人間性が未熟だということだからです。まずは己を知ること。与えられたその霊力を光を広げるために使いたいのであれば自分自身の「霊力」を神聖なレベルで用いるようになりたければ霊力をアップすることばかりに執着せず霊格を上げるべく、人として魂を磨く努力を怠らないことそして肉体と精神を健康に維持する努力をすることです。霊格は一瞬にして下がる場合もあるようです。実際に私も何度かそんな方を見てきました。素晴らしい能力を持って謙虚に自分の道を邁進していたのにもしくは、とてもピュアな魂を持っているがゆえにほんの少しの不満や不安から生まれた欲や心の傷に魔がさしてしまう。あっという間に飲み込まれ、せっかくの魂の光が奥深くに追いやられて本当の自分を見失い、虚像の自分を生きてしまうようです。ですから、常に自分の魂と繋がっていることも本当に大切です。魂は神聖なものですから、おかしいぞと言うときは必ずシグナルを出します。それを見逃さないためにも、まずは自分と繋がることが大切なのです。そして、「ねぇ。大丈夫?あなたらしくない気がするよ?何かおかしくない?」そう言ってくれる友人、仲間や先輩が本当に大切なんですね。もちろん、その言葉を素直に受け入れる謙虚さも・・・自分を思ってくれる友人達の言葉は「愛」です。「愛」の光は魂に届くはずです。自分を見失ってしまうことは、霊的世界では他人事ではありません。そんな時こそ、本当の自分を知ってくれている友人や家族の「愛」がどれだけ救いになるか・・・私も何度も救われました^^3次元的なランク(肩書きや知名度)が上がってしまうと、弟子や部下は増えてもそれを告げてくれる友人が減っていってしまう。現実社会と同じ「はだかの王様」状態になってしまっては悲しいですね。霊格の高い方ほど、謙虚で感謝の愛をお持ちです。若い頃、おひょいさんこと藤村俊二さんが言っていた「偉い人は威張らないんですよ~」という言葉をいつも思い出します。霊力が開かれていなくても(または自覚はなくても)「霊格」の高い方はたくさんいらっしゃいます。神様が地球のためにまず必要としているのは霊力の優れた人間が増えることなのではなく人間の霊格が上がって愛と感謝の光が繋がっていくことなのかもしれないなと思います^^私はこれから日々日常の中で霊格を磨きながら人の魂を輝かせ、霊格を高めることのお手伝いが出来るようなお仕事をしたいな~と勇気を出して、腹を括った証として本日の日記を締めくくります(なんじゃそりゃ・笑)