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バス停地名学のすすめ

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2007.04.06
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カテゴリ:品川区
バス停データ
◆所在地:品川区 ◆路線:京急バス[井19]系統

みなさん、こんにちは。

大井町駅から平和島へ向かう京急バスは、青物横丁から第一京浜を南へ下りますが、京浜急行の高架線が第一京浜をオーバークロスする少し手前を右へ入ったところに、鈴ヶ森バス停があります。

鈴ヶ森の名から真っ先に思い浮かべるのは、やはり刑場跡ではないでしょうか。バス停から第一京浜に戻ると、広い道路の向い側に小さな公園のようになった鈴ヶ森刑場遺跡が見えています。

鈴ヶ森刑場は、慶安4年(1651)に東海道に面して設置された罪人の処刑場で、御仕置場とも呼ばれました。この場所で処刑された人物としては、由井正雪とともに幕府転覆を謀った浪人丸橋忠弥、火付けの罪で火刑に処せられた八百屋お七などが、歌舞伎や芝居などを通じてよく知られています。現在も火炙(ひあぶり)台や磔(はりつけ)台の固定に使われた台石が保存されている他、高さ三メートルを超える大きな南無妙法蓮華経の題目供養碑を始めとする多数の供養塔が林立しています。

刑場跡の東側から第一京浜に合流する通りが、旧東海道の道筋になります。この旧道は、品川の八ツ山橋から旧品川宿、品川橋、品川寺前、浜川橋を経て、鈴ヶ森へと通じています。東海道の旧道としては、比較的ポピュラーな存在で、私が訪ねた日もリュックサックを背負ったお年寄りの団体が品川方面から多数歩いてきていました。

鈴ヶ森から第一京浜を少し歩くと、間もなく京浜急行大森海岸駅です。埋立ての進んだ現在では、この駅から海岸まで直線距離にして約三キロはありますが、江戸時代は駅名の通り、東海道が海岸線を通り、品川宿と川崎宿の間に設けられた間の宿として賑っていたといいます。

(次回へつづく)

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最終更新日  2007.04.06 00:15:06
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