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バス停地名学のすすめ

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2007.06.21
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カテゴリ:練馬区
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バス停データ
◆所在地:練馬区 ◆路線:関東バス[荻34]系統他

みなさん、こんにちは。

第9・10回でご紹介した北裏の項では、荻窪駅から青梅街道をひたすら下る関東バス[荻34]系統に乗り、練馬区西端の北裏終点まで乗り通しましたが、途中、この路線のねぐらである青梅街道営業所のひとつ先に、水道端バス停があります。

ちょうど千川上水がS字にカーブしながら青梅街道をくぐる場所で、橋は伊勢橋といい、千川上水が江戸市中の上水道の役目を担っていたことから、水道端の地名が生じたものと思われます。同様の地名は、千川上水沿いに数箇所見られたようで、私の知る限りでは、豊島区内の千川上水流路跡そばの交番に、水道端交番の名が現在もあります。

北裏の項でも触れましたが、千川上水は、江戸の人口増加と市街地拡張への対策として、元禄9年(1696)に玉川上水の分水として開削され、江戸市中の本郷、小石川、上野、浅草方面へと給水していました。最後までこの上水を利用していた印刷局王子工場が昭和46年に取水を廃止して後、上水としての役目を終えた上水路は、当然のように暗渠化されていきましたが、この伊勢橋から玉川上水分水点までの上流部約5キロの区間は、平成元年の東京都清流復活事業により、水の流れが甦りました。

往時の千川上水には、この伊勢橋手前で青梅街道南側に沿って荻窪方面へ向かう分水路があったと伝えられます。その痕跡を見つけることはできませんが、現在はここから杉並区善福寺方面へ導水管が通じ、全水量の約7割はそちらに流れ込んでいるそうです。

(次回へつづく)

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最終更新日  2007.06.21 22:10:50
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