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バス停地名学のすすめ

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葛飾区

2009.01.10
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カテゴリ:葛飾区
(前回からのつづき)

帝釈天については、東京を代表する観光名所のひとつでもあり、このブログで改めて説明をするまでもないでしょう。題経寺が正式な寺号で、創建は寛永6年(1629)とのこと。参道を行き交う人々の頭越しに入母屋造りの楼門を見せる二天門は、明治29年の建立で、随所に施された装飾彫刻が美しく、見応えがあります。

江戸期から「宵庚申」と呼ばれた庚申参りで賑った帝釈天ですが、現在も庚申の日の縁日には特別な賑わいを見せています。これは、江戸中期に行方不明となっていた日蓮手彫りとされる帝釈天の板本尊が、本堂改修中の安永8年(1779)の庚申(かのえさる)の日に見つかったことに因むとされ、以後60日周期の庚申の日を縁日とするようになったと伝えられます。

「帝釈天で産湯をつかい・・・」とは、あまりに有名な「寅さん」の口上ですが、境内には御神水と呼ばれる湧水があり、これが産湯の正体でもあります。そもそもこの地にこの寺が開かれたのも、この湧水の発見がきっかけといわれ、現在もそのまま飲める飲用可の地下水であることに驚きます。

帝釈天周辺には、寅さん記念館や矢切の渡しなど、見所も多いですが、個人的には帝釈天裏手の山本亭がお勧めです。大正末期の和洋折衷邸宅で、カメラ部品製造工場を創立した山本栄之助翁の自宅として建てられ、以後四代に渡り、昭和63年まで山本家の邸宅として使用されていたものです。奥行きのある書院庭園を見渡す和室の縁側に座り、ぼんやりと過ごすひと時は、私のような散歩者にとって格別の贅沢といえます。

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最終更新日  2009.01.11 00:52:11
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2009.01.08
カテゴリ:葛飾区
バス停データ
◆所在地:葛飾区 ◆路線:京成バス[小55]系統他

みなさん、こんにちは。

「寅さん」でお馴染みの葛飾柴又帝釈天。都心からは京成電車でのアクセスが一般的と思いますが、本ブログでは当然ながら、路線バスでのアプローチとなります。常磐線金町駅から小岩駅行きの京成バス[小55]系統に乗り込むと、バスは京成金町線の線路がぴたりと寄り添う柴又街道を南下し、左手に金町浄水場をやり過ごすと間もなく、柴又帝釈天バス停に到着します。

柴又へ来た以上、まずは「寅さん」に敬意を表して、駅前広場の銅像にご挨拶しておきましょう。左手をポケットに突っ込んだ立ち姿は、日本人なら誰もが親近感を持つお馴染みのポーズで、電車が到着するたびに、次々と記念撮影をする人の輪で賑っています。

駅から帝釈天までの参道は、いつ訪ねても面白みに溢れています。約200メートルほどの参道ですが、両側には「寅さん」の世界そのままに、びっしりと土産物や草だんご、煎餅などの店が並びます。昔ながらの下町の賑わいを体感しながらぶらぶらと歩いていると、ついつい時の経つのを忘れてしまいます。

途中、右手にある草だんごの「とらや」は、「寅さん」でお馴染みの団子屋と同じ屋号ですが、実際に映画の撮影にも使われたようで、店内には2階に設定されていた「寅さん」の部屋へ上る階段が、今もそのまま残されています。ひと皿300円の草だんごを食べながら、しばし「寅さん」の思い出に浸るもよいでしょう。

(次回へつづく)

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最終更新日  2009.01.09 00:07:38
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2008.12.27
カテゴリ:葛飾区
(前回からのつづき)

平安時代の創建と伝えられる浄光寺は、もともと現在地のやや北西寄りにあり、荒川放水路開削に伴い大正8年に現在地に移転しています。ガラス張りの山門に収められている金剛力士像は、旧地の仁王門にあったものを修復し、移転からおよそ80年の歳月を経て、平成7年に再び安置されたものです。葛飾区教育委員会の説明板によれば、京都の仏師五代目兵部藤芳の制作であることや、寄木造りでガラスの玉眼が埋め込まれていることなどがわかります。

整然と手入れのされている境内は、春の季節には樹齢300年といわれる藤棚が美しい彩りを添えるとのこと。その奥の正面に聳える本堂には「木下川薬師」の扁額が掛かっていますが、本尊の薬師如来像は伝教大師の作といわれ、この地で草庵を結んでいた老翁の手に渡り、後に慈覚大師がその像の存在を知り、ここに寺院を建立したと伝えられます。

境内の片隅には、演劇界の功労者である加藤ひな子の碑と、ひな子により建てられた山田顕義「風折烏帽子」の碑があります。山田は日本大学の創立者としても知られますが、浄光寺の移転により離れ離れになっていた両碑が、日大創立100周年を記念して、昭和63年に再び並べ置かれるようになりました。

境内を出て周辺を歩いてみると、荒川の木根川橋を始め、木根川小学校、木根川公園など、墨田区側に比べ、木下(根)川地名がまだ多く残されている様子を知ることができます。

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最終更新日  2008.12.27 23:46:58
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2008.12.24
カテゴリ:葛飾区
バス停データ
◆所在地:葛飾区 ◆路線:京成バス[新小52]系統他

みなさん、こんにちは。

第79回「中居堀」の項で、墨田区の木下川地名について触れたことがありますが、今回訪ねるのは荒川を挟んで対岸にある、葛飾区の木下川です。第233回「上平井町」の項でご紹介した、新小岩駅から四ツ木駅を経て市川駅までを結ぶ京成バス[新小52]系統は、上平井橋で中川を渡り、綾瀬川に沿った堤防下の道路を走ると、間もなく木下川薬師バス停に到着します。バスを降り、すぐ後ろの信号を渡ると、木下川薬師こと浄光寺の朱塗りの山門が見えています。

木下川は難読地名といえるでしょう。その由来は定かではないようですが、古くは木毛河と書き、この付近の中川をそう呼んだとする説があります。木毛河は「きげがわ」と読んだようですが、次第に転化して、「きねがわ」と称するようになったといいます。綾瀬川を中心に墨田区と葛飾区にまたがる地名ですが、荒川放水路(現在の荒川)の存在が両区の地名的繋がりを遠く引き離してしまった感は否めません。

「中居堀」の項でもご紹介の通り、墨田区側には平成15年まで木下川小学校があり、同名のバス停も存在しましたが、同校の廃校により、バス停名も東墨田会館前に変更されています。一方、葛飾区側には昭和40年の住居表示施行まで、本田(ほんでん)木根川町という町名がありました。「下」を「根」としたのは、単に読みやすくするための措置だったようです。本田は、中川と綾瀬川の合流部付近に古くからある地名で、新田に対する本田の意で、古くから開墾の進んでいた土地を指すといいます。明治23年から本田村となりますが、荒川放水路開削工事により廃止となった大木村が大正3年に編入され、この際に木下川地区も本田村の一部となりました。

(次回へつづく)

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最終更新日  2008.12.24 23:46:35
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2008.12.21
カテゴリ:葛飾区
(前回からのつづき)

その縛られ度合いは、現在も半端ではありません。山門をくぐり、近年きれいに改装されたと思われるさっぱりとした境内に入ると、正面の本堂の左手に地蔵像が見えますが、頭の部分を除き、全身を無数の縄でぐるぐる巻きにされたその姿は、巨大な繭のようでもあり、これほどまでにすさまじいものかと驚かされます。像の脇には「解き縄入れ」の箱もあり、願いがかなえば縄を解くという風習が、今も受け継がれている様子を見ることができます。

年に一度、大晦日には縄解き供養が行われるそうですが、この寺で大晦日と元旦に行われるもうひとつの行事が、「結びだるま市」です。「願いを結ぶ」とされる縁起物のだるまで、しばられ地蔵に因み、腹に縄を巻いた独特のだるまが境内に並べられます。

南蔵院裏手からさらに北へ少し歩くと、すぐに水元公園に出ます。公園の中心は小合溜と呼ばれるかつての灌漑用水の水源池で、その原形は氾濫を繰り返した古利根川の流路のひとつといわれます。水元の地名はこの池の通称として生じたもので、現在もその名にふさわしい悠然とした水郷風景が広がっています。

公園と住宅地を仕切っている土手状の道路は、江戸期に築かれた堤防の跡で、利根川の氾濫から江戸の北東部を守る役目を果たしてきました。昭和22年のキャサリン台風で決壊し、桜堤の景観も一時は失われましたが、昭和47年から桜の植樹が行われ、再び美しい桜堤の景観が甦っています。

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最終更新日  2008.12.22 00:01:28
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2008.12.18
カテゴリ:葛飾区
バス停データ
◆所在地:葛飾区 ◆路線:京成バス[金61]系統他

みなさん、こんにちは。

大岡越前守忠相(ただすけ)といえば、小説やテレビドラマなどでお馴染みの江戸の名奉行であり、その功績は「大岡政談」として、古くから落語や歌舞伎の題材としても親しまれています。これらのエピソードの多くは、真偽をとやかくいうよりは、江戸市民にとっての理想と現実を浮き彫りにしたものとして読み解く事が望ましいと思われ、そこからは忠相の人柄や人望の一端が垣間見えてきます。

そんな「大岡政談」のひとつに由来する地蔵尊が、葛飾区にあります。その名も「しばられ地蔵」で、常磐線金町駅から埼玉県三郷市の戸ヶ崎地区へ向かう京成バス[金61]系統に乗り込むと、岩槻街道を北上し始めてから間もなく、しばられ地蔵バス停に到着します。

バス停から東水元2丁目の住宅街を少し歩くと、正面に見えてくるのが業平山東泉寺南蔵院です。山号からもわかるとおり、この寺はもともと在原業平ゆかりの業平橋西詰(現在の墨田区吾妻橋3丁目)にあり、震災後に現在地へ移転したものです。

享保年間(1716~36)の頃、この寺の境内でひと眠りしていた呉服問屋の手代が、目を覚ますと反物を載せた荷車が無くなっているのに気付き、大慌てで奉行所へ駆け込みました。時の奉行忠相は、黙って泥棒を見過ごした寺の地蔵も同罪と、縄を打って奉行所へ引き立てさせ、そこに集まった野次馬も不届き者とし、罰として反物一反の科料を言い渡したところ、盗品の反物が見つかり、泥棒一味を一網打尽にしたといいます。以来、地蔵に縄をかけると願いがかなうとされるようになったのが、しばられ地蔵の由来とのことです。

(次回へつづく)

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最終更新日  2008.12.19 01:10:49
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2008.08.25
カテゴリ:葛飾区
(前回からのつづき)

以前、葛飾区内の図書館で往時の西井堀の様子を記録した文献を見た際、巽橋交差点には橋の遺構が残されているという記述に目が止まった記憶があったので、今回はそれを実地で確認することを楽しみにしていましたが、交差点は昨年秋に完成した立体交差化工事により、数年前とは大きく景観が変わってしまったようです。これでは橋の遺構も消滅したかと思いましたが、交差点から下流側の流路跡を見ると、コンクリート製の親柱と欄干が、現在も車止めの役割を果たすようにして、道路中央に健在である姿が目に飛び込んできました。親柱には、銘板も嵌め込まれたままであり、ここに水の流れと橋とが存在したことを後世に伝えるものとしては、この上なく貴重な有形の記憶といえるでしょう。

交差点から上流側の流路跡となる道路は、西井堀せせらぎパークとして整備されています。いわゆる親水公園のスタイルで、じゃぶじゃぶと水しぶきをあげて遊ぶ子供の姿も多く見られます。

しばらく歩いていくと、左手に西井堀橋児童遊園と名付けられた小さな公園があります。由来を記した説明板によれば、この場所には昭和8年頃に、白御影石の支柱と鉄製の欄干を持った西井堀橋が架けられていたとのこと。失われた川や橋の名が、こうしてさりげなく残されている姿は、私のような散歩者には嬉しい光景です。

交差点まで戻り、今度は下流側の流路跡を歩いてみます。すぐに新小岩駅北側の駐輪場にぶつかりますが、ここにも西井堀駐輪場という看板が目に入りました。流路跡は、その先で総武線の線路にぶつかっています。地図で確認すると、線路を越えれば荒川がもう間近のようです。

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最終更新日  2008.08.26 00:16:15
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2008.08.23
カテゴリ:葛飾区
バス停データ
◆所在地:葛飾区 ◆路線:都営バス[新小29]系統他

みなさん、こんにちは。

葛飾区の南端近く、新小岩駅の東約1キロほどの蔵前橋通り上に、都営バスの東新小岩4丁目バス停があります。新小岩から一之江や葛西方面を結ぶ路線の起点であり、なぜこんな場所にと思うほど、ターミナルとしての要素には薄い立地ですが、すぐ隣のマクドナルドのある交差点を南へ入ったところに操車場があり、一時間に数本の間隔でバスが出入しています。新小岩駅前にスペース的な余裕があれば、こうした操車場も不要なのかもしれません。何度か訪ねた東急バスの大森操車場などと、様子が似ています。

その東新小岩4丁目を始発とするバスが、蔵前橋通りを西へ進み、新小岩駅北口のひとつ手前で止まるバス停が、巽橋です。バス停のすぐ先に、蔵前橋通りと平和橋通りが交差する巽橋交差点があり、都営バスの他、京成バスの路線もこの交差点を頻繁に往き来しています。

巽橋は、この交差点を北東方向から南西方向に斜めに横切った西井堀に架けられていた橋の名です。この堀は、水元公園の小合溜から発する灌漑用水(上下之割用水)の下流部にあたり、現在の京成高砂駅北西部付近で三方向に分水していたうちのひとつになります。地図で確認すると、上流側は昭和30年代に開削された中川放水路(現在の新中川)によって流路が分断されていますが、交差点から真っ直ぐに延びる道路としてその跡を辿ることが可能であり、同様に荒川放水路によって分断された下流側も、江戸川区内の小松川3丁目付近で旧中川に合流していた地点まで、概ね道路となっている様子を知ることができます。

(次回へつづく)

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最終更新日  2008.08.24 00:42:43
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2008.07.25
カテゴリ:葛飾区
(前回からのつづき)

上平井町の町名が地図上から姿を消したのは、昭和41年から43年にかけての住居表示施行時で、現在の平和橋通りを挟んだ東新小岩5、7、8丁目と西新小岩3~5丁目あたりが、ほぼその町域にあたっていました。バス停を見ると、上平井町のひとつ手前が西新小岩ですから、奇しくも新旧の両町名がバス停名として並んでいる格好になっています。

上平井の地名は、古くから中川下流部左岸の低湿地帯に見られたものといわれます。地図を見ると、上平井地区から荒川を挟んで対岸に、江戸川区平井の町名がありますが、かつて両地区は中川左岸に広がる一体の土地で、明治22年からは平井村とも称しましたが、大正3年の荒川放水路(現在の荒川)開削による中川の分断とともに、平井村は廃村となり、江戸川区側に下平井、葛飾区側に上平井の字名がそれぞれ残される結果となりました。

バス停から西へ少し歩くと、左手に外谷汐入庭園と呼ばれる小さな庭園があります。震災後から昭和初年にかけて、この地で米穀商を営んだ外谷辨次郎の邸宅跡で、中川の水を引き入れた堰の跡が残り、東京湾の干満による水位の変化を楽しむ庭園設計がなされていたといいます。

庭園を出ると、すぐに中川に架かる上平井橋です。かつてはここからU字型に蛇行した中川の流れが、現在の江戸川区側の旧中川につながっていましたが、荒川放水路開削と同時に中川は分断され、上流からの流れは荒川に並行する中川放水路となって東京湾に直結するようになりました。橋から下流方向を見ると、正面に上平井水門が見えますが、その先が中川放水路ということになります。

橋の東側は、中川と綾瀬川放水路との合流点でもありますが、その上には首都高速都心環状線を渡す「かつしかハープ橋」が、曲線斜張橋としての美しい構造美を見せています。

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最終更新日  2008.07.25 21:30:52
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2008.07.23
カテゴリ:葛飾区
バス停データ
◆所在地:葛飾区 ◆路線:京成バス[新小52]系統他

みなさん、こんにちは。

随分前の記憶になりますが、京成バスにはかつて上野広小路と千葉県の市川駅を結ぶ、[上34]系統という中距離の路線がありました。京成のターミナルでもある上野に唯一乗り入れていた同社のバス路線で、上野公園の正面入口近くにバス停があったことを覚えています。そして、いつの頃からか上野で京成バスを見かけなくなったと思い、改めて調べてみると、京成バスでは平成8年に大規模な路線改編があったようで、その際に[上34]系統は四ツ木から都心部側が廃止され、新小岩駅~四ツ木駅~亀有駅を結んでいた路線と統合される形で、新たに新小岩駅~四ツ木駅~市川駅を結ぶ[新小52]系統として生まれ変わりました。

新小岩駅の南口に出ると、向って右側の7番乗り場に、その[新小52]系統の市川駅行きが発車を待っています。現在は京成バス奥戸営業所の一部が分社した京成タウンバスによる運行で、通常の京成バスとは違う、白を基調色としたデザインの車両が使われています。

バスは駅南口のロータリーを出ると、すぐに総武線の下をくぐり、平和橋通りを真っ直ぐに北上していきます。やがて東上平井バス停を過ぎると、「道が狭いので窓から手や顔を出さないで下さい」というアナウンスと共に、上平井商店街の狭い通りへと入り、500メートルほど進むと、上平井町バス停に到着します。

(次回へつづく)

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最終更新日  2008.07.23 23:44:19
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