ゲニウス・ロキ

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Apr 29, 2009
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カテゴリ:家族


どーもね。ぼくのこの先の身に重ね合わせて考えてしまうんですけれど、子供もとっくに独立し、定年も間近、もしくは現役をセミ・リタイヤした世代のご夫婦を傍からみていると、非常に歯がゆい思いをするときがあります。

「会話が成立しない」「心が通わない」「共有する思いも”将来”もない」という。この晩年の寂しい姿。こういう投げかけをすると、ご当人たちからは大抵からこの種の「反論」がでてきます。

「長年連れ添ってきたんだから、傍からは見えないものもあるのよ。こんなものよ」と。

こういう屁理屈を叩くのは大概、口の減らない奥さんの方からですね。
いいでしょう!そこの貴方。奥さんのことですよ!о(><:)о

いいですか?この際だからはっきりさせましょうよ、奥さん。あなた達に欠けているのは素直さですよ。相手に対する思いやりですよ。

一日に一回でいいから相手に対する感謝の思いを、言葉や行動によって伝えましょうよ。「ありがとう」「あなたが必要よ」こういうシグナルを発することで日々の絆は確認できます。どちらかが病気で倒れただとか。そういうことがあってから気付いたのでは”遅い”のです。

かけがえの無い時間とは、他でもなく今この瞬間のことです。全ての瞬間にサムシングが満ちているのです。いいでしょうか?幸運を祈ります。

ところで、とある会食の席で「結婚しない女」というのが話題に上ったことがあります。彼女たちはこの種の「熟年夫婦の憂鬱」を散々見てきた教訓から、もっと素晴らしい生き方を発見した、新しいタイプの人種なのでしょうか?

確かに。「一人で」やっていくバイタリティーや経済力のある女子は増えています。それを「新しい生き方の発見」と言い切るだけの、オーバーラップされた論拠や証明は未だどこにも存在しません。一方で、ぼくらが見出した彼女たちにある、共通項というものがあります。

いいでしょうか?彼女は、自分の心の中に他人を入れる隙間を殆んどもっていません。極端に言えば心の中が「自分の関心」だけで占有されていて、そこに他人を入れる隙間がないのです。この”症状”は一般に「我が儘」だとか「臆病」などと言われる精神的な未熟さの表れですが、これは戦後社会を形作ってきたオヤジ世代の、タコツボ化したメンタリティーとそっくりではありませんか。

つまり早い話がこうです。
結婚しない女の孤独と、定年後のオヤジの孤独は、相似形であるということです。
(´ー`;)y-゜






Last updated  Apr 29, 2009 10:44:12 AM


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