ゲニウス・ロキ

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Jun 7, 2009
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カテゴリ:POETRY

トイレに入ったマリコが出てこない

おい!もうスンんだだろ!
まだ!(><)

朝からこれだ

ぼくらは新婚1年目で
7年付き合って結ばれた

そう言えば
彼女は結婚する前
犬を飼いたいと言っていた

セントバーナードがいいの
どうして?
おっきくて
頼もしい感じがするから

マンションじゃ飼えないだろ?
一戸建てがいいっ
俺の仕事知てっんだろ?
いつ転勤って話になるかわかんない
セントバーナードがいいっ о(><)о

退屈はしない
悪い気もしない
でも

でも何?
それがわかれば
全部うまくいく
そんな気がする
何かだよ

その夜ぼくは
酔っ払って帰った挙句
同僚を部屋に入れ
寝巻きのマリコに怒られた

何時だと思ってるのよ!\(`э´*)/
固いこと言うなよ

同僚はネクタイを緩めると
下駄箱に肩をあずけて
グゥーグゥーと寝息をたてた

この変な人すぐに追い出してよ!
マリコは言った

ぼくはグルグルとアルコールの
回りきった頭で
考えてた

潰れたオレンジみたいな
すっぱい刺激と
甘い香りのする

あの

何かのことを・・






Last updated  Jun 8, 2009 01:02:11 AM


カテゴリ:日記




週末に(土曜日からですね)とある勉強会に参加することになりましてね。最近、なんでだろうか。新しい技術や知識を習得する。ということに強い関心を持っております。
(´ー`;)y-゛

まあね。人間。やっぱり学ばないと駄目なんじゃないかということに思い到ったわけですよ。ぼくも。
じゃー、人はいったい何の為に学ぶのさ?

ぼくの「答え」はこうです。

それは「新しい”世界”に触れる為である」

要は何だろう。新しい「刺激」を求めてるってことだと思いますね。そしてそれは何だかよくわからない、自分にとって、より「未知」なるものの方が良いわけですよ。

こういう気持ちってのは、決して”枯れた精神”に宿らないものだと思うのですよ。ぼくの努力嫌いは、周りでは衆目の一致するところですからね。

「酒場が学校だ」と言ったのは確か、詩人のランボーですよね。酒と薔薇に女と拳銃。快楽と修羅が並存するこの類いの場所も、人生を頭で知る前に、体に叩き込んでおくという意味では、その街の地下に眠るネットワークも、あながち悪くはないと思う。

でもやがてぼくらは知ることになる。
そこは逃避の場所でしかなく。帰る場所でもない。あぶれた人間が肩を寄せ合う、惨めな牢獄だってことをさ。(´ー`:)y-゛






Last updated  Jun 7, 2009 10:33:16 PM
Jun 5, 2009
カテゴリ:




ひっさびさにですね。夕べのことですよ!変な夢にうなされるという事態が起きました!
「変な夢」←といっても、悪夢だとか、そういった類のものではなくて、ムシロ。

「ア~ンっ!」とかっ!「うっんんーーんっ!」とかっ!!
(><;)


ソッチ方面の話ですよ。方角でいうと、南の方ですね。(><)
むろん。起きた瞬間、ぼくはパンツの中身をピっとチェックしましたが。

普段どおーりでした!(*^^*)b


でも、あまりにもリアルだったもので、今でも「アレ♂」が夢ではなく、現実だったことを祈っているくらいですよ。
ま、いいですよ。そんなハナシは!

本題に入ります。

ぼくは割りと10代の頃に。フロイトとかユングとか、フロムだとかラカンだとか、精神分析学者の著作に親しんだ時期がございまして、「夢日記」なるものをつけていたんです。

知人で絵本を書いている子と「物語と無意識の関係」みたいな話になったとき、そういえばさ。俺さ、昔「夢日記」付けてたよ。みたいな話になったんです。

ぼくは「人生=物語」だと考えていて、人はそれぞれ、自分の物語を生きているわけです。自分で自分の物語を、それこそ紡ぎ出しながら暮らしいるわけです。
オーストラリアの先住民。アボリジニの人たちは「ドリームタイム」という考え方を持っていますね。

つまり「物語」というものを”オハナシ”。架空のつくりごととして見るのではなくて、自覚的に生活に入り込んだものとして考えるわけです。

この「物語」という感覚を、生活の内側に持っている人と、そうでない人の間では。漲ってくる生命力に、随分大きな差が出てくるはずです。

人はそれを「夢」を見ることから学んでいるんです。
優れた文学もそこから生まれるのです。


レンコンの 九つの穴に弾を込め 引き金を引く 俺はガンマン (´ー`;)y-゜






Last updated  Jun 6, 2009 12:20:12 AM
Jun 4, 2009
カテゴリ:




大体、それなり年齢を重ねてくれば、女子にしろ男子にしろ「見る目」というのが否応なく養われてくるものですよね。
恋愛もその例外ではないとぼくは思うわけです。

そこで。俺流の「イイ女の条件」と言うのを語りたいと思います。
(ウザい?ほっといてくれ!(><;)/ )

まあ、一言でいうと「イチゴポッキーの入る女」これですね。

さらに正確を期して言うと「先っぽから奥まで」このへんが重要になります。(><;)

ま、なんでしょう?最近はぼく的には「チョコポッキーの入る女」これも悪くないな。などと思ったりするわけですが。

まあソコらへんの「あたしまだ何にもしらないから!о(><*)о」みたいな。淑女系のカマボコ板女子には、理解し難いセカイかもしれませんが。たまにはチョコポッキーも悪くはないのではないでしょうか。

ところで・・・。

「オマエさっきから何言っんだョっ!ボケーーっ!(`Э´;)/」だとか!
「○○かっヨ!」的な。

この種のツッコミとともに。石だとかっ。投げキッスだとかっ!(><)ましてや。先っぽトンがった槍だとかを投げるのだけは、止めていただきたい。

そこで今日の一首。

ポッキーの 折れる音に驚愕し 大黒柱も かくの如し(*^^*)b






Last updated  Jun 5, 2009 12:02:40 AM
Jun 2, 2009
カテゴリ:



入社2年目の小松君と、クルマで同行してるときのことです。ホットパンツってどう思います?突然こう訊いてくるわけです。

ちょうど歩道の向こうからですね。ママチャリを漕いだオネーちゃんが、へっ!?超ミニスカ!?角度的にどうよ?的に。

ぼくらはこう、ナンですか?割りと低めの位置にポジションを移し変えますわな。

しかしです。こうしたケースで「ミニスカ→ホットパンツ」の勘違いだった場合。ぼくらはこの気持ちのモヤモヤを、どう処理するべきなのか?

彼はどうやら、そこらへんに興味を持っているようなのです。

わからなくもありません。とゆーか。100%わかる。
そこでベテランのぼくから端的に言わせてもらうと、このモヤモヤをパリッと五月晴れのように晴らすには、次のチャンスを待つしかないわけです。
しかし彼は食い下がりますね。

「でも引きずっちゃうじゃないですか?」

まあな。確かに「過去の片恋と、目の前のホットパンツ」は、男の感傷を誘う2大アイテムだ。そこでぼくも彼が何を知りたがっているか、大体わかりましたよ。

「仕事のミスとかで凹んだとき、どうやって立ち直ればいいんですか?だって次のチャンスなんて、いつくるかわかんないじゃないですか!」

ぼくも一応、人生の先輩として彼のこの心の雄叫び受け止めなければなりません。

チラ見する つかの間の期待に 罪深し 見て得する程の ぱんちーはありや  






Last updated  Jun 2, 2009 10:32:27 PM
May 31, 2009
カテゴリ:POETRY




6月のある日
ガールフレンドが仔犬を抱いてぼくの家に来た

彼女はその仔犬を突き出して
あなたの子だよ・・・。(><)
と言った

市松模様の風呂敷に包まれて
顔だけチョンっと出したその仔犬は
ぼくの目を見つめるなり、こう言った
責任とれよ!ボケーーーェ! о(><*)о

ぼくは手に持っていたロールパンを
半分に割って彼に差し出し
食べるか?と訊いた

仔犬はマジっウザい!などと言いながら
ロールパンを一口齧ると
悪くない味だ!と言った
だけどオマエ!それとこれとは別個の話だぞ!о(><+)о
などと唇を尖らし
彼女は
もう目にいっぱいの涙をため

一人でも育てるからね!といって
赤い唇を強く噛んだ

ぼくは残りのロールパンを口の中に押し込み
海について考えていた

太平洋の真ん中に、沈む太陽
夜の浜辺にたたずむ
月の静けさ
岩礁に砕け散る
波の音

真昼の水面にキラめく
プリズムの輝き
浜辺に打上げられた
遠い昔の
人魚の話

南の小さな島を
津波が飲み込んだテレビのニュース
そしてガールフレンドが
ある6月の日
ぼくの子だと言って
胸の中にきゅーっと

仔犬を抱いている

素敵な女の子のハートは
まるでこの海のように 
いつも穏やかな奇跡に 満ち溢れている






Last updated  May 31, 2009 11:56:45 PM
カテゴリ:日記



今日は午後から仕事してました。ジーパンにシャツに無精髭という、非常にラフなスタイルでの打合せです。

本当は雑談くらいで切り上げるつもりだったんですが、やはり突っ込んだ話になりましたね。これはちょっと大きな事業にしたいと思ってるんで、もう少し時期を待って、温めたいという感じでいるんですが、案外、トントン拍子で進むかもしれません。

その後夕方には、同級生が経営している整体院で、「バキ!ボキ!」と背骨の矯正をしてもらいに行きました。彼からは。

「俺が治してやるから(肩こり腰痛)、しばらく通え!(`з´*)/」

といわれたんですが。なんだか今日の”一撃”で、スッキリ治ったような気がしますね-笑。
腕がバツグンに良いって事ですよ!~(´ー`)~

彼とは小学生の頃、お昼休みの校庭の砂場で、プロレスごっこした仲です。その時は、ぼくのヘッドロックが彼の頭に素早く巻きつきーの、パチンと際どい感じでフォールを奪った記憶があるんですが。

まさか十数年後にですよ!
彼が整体師になっていて、ぼくの方がむしろヘッドロック決められる立場になっているとは夢にも思いませんでしたよ。

人生って、つくづく不思議なもんだと思います。(´ー`*)y-゜






Last updated  May 31, 2009 09:44:13 PM
May 30, 2009
カテゴリ:B級科学





以前うちのオカンがこういうことを申しておりました。

「善き母とは、子を遠い場所へやるものだ。タンポポが、綿毛を風に浮かべるように」

むろんぼくは男ですから、一生母親という”立場”に身をおくことができないわけです。つまり子供を身篭ることも、出産の痛みを経験することもかなわないわけです。

人が大人になっていく過程というのは、他人の痛みを知り、それに共感し、供に歩むことを学ぶ過程であるといってよいわけですが。男の子は、母親のその「痛み」を知ることができないという意味において、パズルのピースが一枚欠けた、人間としては”未完成品”と言えるでしょう。

命を産むという、最も尊い経験を、その身で体験することができないわけですから。
では。世の男子諸氏が、自分たちは、ピースの一枚欠けた未完成品のパズルであることを意識しながら生きているのか?と言えば、多くの場合はそうではありませんね。

これは非常に大事な事柄です。

母親というのは、出産と子離れというふたつの"痛み"を経験し、その性を生きる「動物」です。ところが男というのは、たとえ家族を持って父親になったとしても、原則的に家庭の中では非常に不安定な地位ままです。特に家父長制度という不文律が、日本社会の規範として消え去ってしまった現在、父親という「役割」は、非常に見えにくいものとなってしまった。

昨今、「草食系男子」などと言ったキャッチに代表されるように、男が軟弱になった。どうも頼りない。といった声や、男子に向けられた風評というのはつまるところ、本来的な男性性と現代社会が要請するものの間に、齟齬が生じた結果であるということなのです。

いいでしょうか?もしかするとぼくらのパズルのピースは一枚どころか、二枚も三枚も欠けてしまっているのかもしれない。しかしまたぼくらは三枚のピースを手に持ち、未完成のパズルを目の前にしてこう考えることもできます。

未来(パズルの絵柄)はひょっとすると今までのような形ではないのかもしれないぞ!
だとすると残りの3枚は。残された未来の可能性を示す数だよ。(´ー`;)y-゜







Last updated  May 31, 2009 01:49:45 AM
May 28, 2009
カテゴリ:B級グルメ




今日は遅めの昼飯にオッサン3人で吉野家に入ったわけです。2時頃のことですよ。最近できた店らしく、随分お洒落な内装になっておりまして、我々は「おい!ここはホントに吉野家だろうなっ!?」入るなり疑わしげに店内をキビシク見回したわけです。
何しろ。
ぼくなんか吉野家に入ったのは10ぶりくらいっすよ。

とにかく。

ぼくらは4人掛けのテーブルに着き、「おい、ちょっと待て!吉野家に4人掛けのテーブルってあった?」などとキツネにつままれた様な気分で、店員さんがオーダーを取りにくるのをワンコの様に待ったわけです。

しかし・・・。

いつまでたっても店員さんがオーダーを取りにこないものですから、「なんだ?券売機で半券買わなきゃいけないんじゃないの?」みたいな事になったわけですよ。「おい!お前ら!今すぐに手分けして券売機探せっ。どっかにある筈だよ!」みたいな。

まさかですね。吉野家に入って、店員さんに放置プレイをたっぷり5分もサービスされるなどという事態は、我々もよもや予期していなかったわけです。

ぼくらが学生の頃から知っている吉野家というのは。周知のように「早い・安い・旨い」これだったわけですが。

ここに引っ掛けて当時、学生時代に女子の間で流行したのが、ある種の男子を。

「早い・短い・物足りない」

と言って。例え、その彼の姓が田中だったとしても、彼女らは”彼”のことを「吉野」と呼んで揶揄したものですが、しっかし今考えると酷い話です。

話を戻しましょう。5分と6秒たって店員の可愛らしい女の子がようやく我々の前に現れた時には、ぼくらはプレイから解かれた安堵感と。

「なんだ?オマエら牛丼食べにきたのかよ?どうせ”並”だろ。顔見りゃ大体わかるよ」

的な(?)吉野家もついにここまで来たか!的な追加プレイとそのプレイ内容の特盛な充実ぶりに、思わず小銭を握りしめ。

「”並”3つクダサイ!←(><;)」などとメニューにもないオッサンの悲鳴を叫ぶしかなかったわけです。






Last updated  May 28, 2009 11:20:29 PM
May 27, 2009
カテゴリ:テレビ






今日仕事から帰ってきて、あまり普段観ないテレビをパチンとつけたわけです。「ニュースステーション」を降りた久米宏さんが、最近またテレビに出てるってのがちょっと頭にあって、且つゲストにこれまたテレビの天才・田原総一郎さんがゲストで出てるって事に興味を惹かれたわけです。「クメパラ」って番組ですね。

感想を一言でいうと「つまらない」←これなわけですが。番組の趣旨は「人物にスポットを当てた情報バラエティ」このへんにあると思うんですが、ホストとゲスト(インタビュアーとインタビューイ)の話がまるで噛み合わない上に、面白い話がなんにも出てこない。なぜか?

田原総一郎さんって人はジャーナリストを名乗っておられますが、元来彼はテレビが好きで、テレビは影響力があるもんだ。その前提の上でテレビを使って面白いことをやろうじゃないか。これが彼の本質なわけです。そのツールとして彼(田原さん)の場合「天下国家」を論じることがまずあるわけですよ。

ところで久米さんはインタビューの名手。などという言われ方をしますが、本当のインタビューの名手っていうのは、相手にとことん気持ちよく喋らせて最後には、インタビューイを丸裸にしているものです。インタビューの名手に必要とされる能力は「無私」「共感」「キャパシティー」これです。これがあってはじめて、選りすぐられた稀有な取材対象の人物・個性に迫れるわけですよ。

ところが久米さんのインタビューの手法というのはどちらかと言うと「対話型」であり、話を恣意的に誘導しようという傾向がありますから。そこで起こる火花散るライブな感覚。どんな話が飛び出してくるやらわからない。といったサプライズを期待できないわけです。

この番組の中で田原さんがこう言ってますね。

「ドキュメンタテリィーは相手が怒ったり、泣いたりしたら成功だ」

随分乱暴言い草ですが、これは確かに一理ある。ただこの言葉の80%は”スキャンダリスト”田原総一郎のテレビ論であり。しかし残りの20%は、人間の本質に迫る真っ当な方法論として傾聴に値するものがありますね。

しかしどーもこの番組。千原ジュニアとベッキーは明らかにミスキャストだな-笑。おそらく久米宏では視聴率は取れないと踏んだ製作サイドが、今人気のある芸人とタレントあてがった。

それくらいの意味しかないのでしょうが。学生運動華やかりし時代。テレビマンであったゲスト田原総一郎さん来歴を語る番組でですよ。必要最低限の「教養」さえない芸人やタレントが、それこそツッコミどころ満載の話題の宝庫を目の前にして、「沈黙」と「えー!」などという子供じみた反応しか取れないというこのサムいシチュエーションは、今更散々見てきた風景であるとは言え。

テレビはもう。ある役割を終えた、「古いメディアである」という余命宣告にふさわしいものであることを、改めて証明するものでしかないことですよ。(´ー`*)y-゜






Last updated  May 28, 2009 02:09:11 AM

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