ゲニウス・ロキ

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社会

Sep 27, 2009
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カテゴリ:社会





大体ぼくは子供ころに柔道をしていたこともあり「道」と名のつくものには非常に興味があります。居合道もその例外ではありません。

昨日八坂神社で奉納演武があり、見てきました。

(ご多分に漏れず)居合道の「競技人口」も、今は少ないと聞きますけれど、外国の方が、この奉納演武に数名、参加されていました。

それをどうのと言うつもりはないのですけれど、大相撲を見るまでもなく、日本で生まれた伝統文化が、日本人の手だけでは”守れなく”なりつつある、というのは、興味深い「現象」だと思います。

くだんの奉納演武に参加されていた外国人剣士の、おひとかたを見ていると、大変緊張の面持ちで、頬などがプルプルと震え、その実直な様子が、好ましい印象を与えてくれたものです。

若い女の子も居て(オバサンもいました!)、ポニーテールに結わえた髪と袴姿が凛々しく、何かいいですよ。非常に正しい感じがします。佇まいが!(><;)

ところで。

日本人ならば、武道や、もしくは華道や茶道などでもかまいませんが、伝統文化に通ずるたしなみがある方のほうが、ない方に比べ、例えば海外へ出たときに、日本人として語るべき教養を、より多く身に着けているということが、できるのではないでしょうか?

そこでぼくが提唱したいのは、初等教育から伝統文化に親しむ機会をもっと設けるべきだということです。

つまり。

1時間目 柔道
2時間目 華道
3時間目 香道
4時間目 弓道
5時間目 茶道
6時間目 剣道


これではまるで。

「寺子屋」ではあるまいか?
こういう疑問を呈される方もいらっしゃるでしょう。
(´ー`;)y-゛

受験はどうするんだ?
国際社会に遅れをとるぞ!
なんて封建的な考えだ!
鎖国する気か、ボケ!(`Э´*)/


・・・などと言ったものです。


そもそも国が作る教育カリキュラムなどといったものは、本来恣意的なものであるのに対し、現代ではそれが黙って国家によって一元管理されている。

つまり。

知識というのは本来、自由な発想と人格の上に形成されるもっとも人間的な営みであるはずのものであるのに。

それが国の統治システムの名のもとに教育カリキュラムは管理され、「学力・偏差値」などといった便宜的な物差しに還元される。

この人間教育の場に、悪しき「効率化とヒエラルキー」の構造がドッカと導入されている事実に、誰も疑問を差し挟まないということが、昔からぼくは不思議でならなかったわけです。

むろん、「教育」が野放しになり「自由化」されることによる、弊害と心配もあります。


しかしそれよりもぼくが危惧するのは、今の”教科書教育”が、なんの疑問も抱かれずに「放置」されているという、この「思考停止状態」の方なのです。



八坂神社
http://web.kyoto-inet.or.jp/org/yasaka/















Last updated  Sep 27, 2009 07:50:49 PM


Aug 23, 2009
カテゴリ:社会



地球ってのはここ100年で、0.3℃から0.6℃の気温の上昇がみられるそうです。このままいけば、今世紀末には地球の平均気温は2℃上昇する計算になります。

あの氷河期でさえ、今より3℃から6℃低いだけだったことを考えれば、その変化の大きさの意味がよくわかる筈です。

温暖化の原因は、比熱の大きい二酸化炭素が大気に放出され、吸収した熱を保持し続けるため、地球の気温が上昇していく。

これが地球の「温暖化」の理由だとされているわけですね。

しかし”環境問題”というのは一筋縄ではいきません。

二酸化炭素の大気中への放出に限らず、ごみの問題や、シックハウス症候群といった身の回りを脅かす問題が他にもたくさんあります。

そしてこれらの課題は、他でもなくぼくら自身の手で生んでしまったことである。

ここが更に問題を複雑化させている原因になっているわけです。

これまで人間が築き上げてきた暮らし(文明)と環境(地球)が、この先もうまく調和し、子孫に伝えていくことができる得るものなのか?

こういうラディカル(根本的)な問いを投げかけられているのが、このぼく等が生きている時代の意味です。

いいでしょうか?

今ぼくらが暮らすこの地球からは、こんなにも大きな”メッセージ”が投げかけられていると言うわけです。

それに応えていくことが、人間がこの場所で生きていくということの、基本的な意味です。

(´ー`;)y-男前!






Last updated  Aug 23, 2009 11:06:16 AM
Aug 2, 2009
カテゴリ:社会



朝から雨ですねー。

軽くジョギングしようと思っていたんですが、この雨じゃちょっとね。

       ∞

昨日あれですよ。妙な集団に遭遇しまして。

というか。

俺の歩く進路を妨げて、肩をガンガンぶつけながら建物の中に入っていく連中がいて。これがよく見ると、アニメオタク風のキモいアンちゃんたちで、なんか腹が立ったんで。

「殴ったろか!コラっ!ボケ!(`Э´*)/」(←案外短気です。ワタクシ(><+)

と。一瞬思ったんですが。何か彼らの好きそうなイベントかなんかあったんでしょうな。バーゲンセールに群がるオバちゃん状態で、他人のことなど、アウト・オブ・眼中(古っ!)ってな感じで、建物の中に吸い込まれていきました。

何かね。あの類(アキバ系?)の連中が発散してる周波数ってか、掛けてる眼鏡の種類とか(?)あきらかに。

何か変ですよね。俺はあまり好きになれません。

これが例えばフランスなどへ行くと、「オシャレ-ニッポン-オタク-カッコイイ」みたいなことになってるらしいですが、気持ち悪いだけだよ!

ちなみにぼくはゲーム、マンガ、アニメ(ディズニー、ジブリを除く)は一切、しないし、見ないし、興味もございません。

日本が世界に誇る、最先端(サブ)カルチャーだとも思いません。

ところが何を勘違いしたか、こないだの政府補正予算では「アニメの殿堂」の建設費が組み込まれていたり、気鋭とされる哲学者・批評家の東浩紀氏などが、エヴァゲリオンを思わし気に「批評」していたり、海外へ紹介したり、麻生総理の、あれやこれやもそうですが、全くもって馬鹿げたムーブメントがあったりするわけです。

ゲーム、マンガ、アニメは大人になったら「卒業」するもので、それ以上でも以下でもないわけですよ。
(´ー`;)y-゜






Last updated  Aug 2, 2009 06:26:17 AM
Jul 23, 2009
カテゴリ:社会



色々とお誘いを受けてるんですが、ここんとこ丸一日休み。という日がございません。よって全てお断りしてるんですが、ただ個人的に8月の初め辺りに予定がうまく折り合えば、中国の青年を連れて、京都案内をしたいと思ってます。

なんでしょうね。ぼくは昔から若くて優秀な青年を見ると、自分の持てる知識と経験を伝授したくなるという性癖がございまして。

好きなんですね。そういう事が。

むろん、ぼくの方が彼らから教わるということも多いわけで、知らないことはぼくの方から彼らに逆に質問して、教えてもらうこともまた多い。

この「楽しみ」っていうやつが、人に理解してもらえるどうかわかりませんが、彼らの若さの中に眠っている可能性を、引き出す楽しみ、これですよ。

例え、いずれどこかで縁が切れてしまったとしても、ぼくの知らない世界で、大きく羽ばたいていって欲しい。本気でそう思っているわけです。

つまり、俺ってそういうヤツなワケさ。(´ー`*)y-゜

       ∞

ところで昨日は皆既日食でしたね。

「見えたとか?見えなかっただとか?」

何だぁ?オネーチャンのパンツの話でもしているか!
と思いきや。月と太陽の話をしているわけです。

いずれにしろ。ロマンであることに変わりはないわけです。(><;)

京都は11時頃でしたよね。ぼくはちょうど烏丸通りを車で北上中でした。思いっきり曇ってたんで、わざわざ停車して、普段あまり見上げない空を、改めてパシッと仰ぎ見ようとは思いませんでしたが。

一瞬。辺りの空気が神々しい雰囲気に包まれたことを、見逃しませんでしたね。

ぼくは月と太陽が重なった瞬間を、心眼で見ていたわけです。(´ー`;)y-゜

南の島にノコノコ出かけて行って見てくる”連中”はですね。いわゆる「天体ショー」としてですな。イベント気分で行くわけですよ。

それは言わばディズニーのアトラクションに参加する感覚の延長線上にあり、別に自然界の現象に対する畏敬の念から行動しているわけじゃない。

「珍しい」「特別」などいうキャッチに乗っかった、非常に浅はかな類(たぐい)の「人種」であるわけですな。

しかしぼくは何もここで「皆既日食ツアー」や「ハンター」と呼ばれる人たちを批判しているわけではありません。

むしろぼくらの住む星が、この大きな宇宙の中にポツねんと浮かぶ、一粒のちっぽけな南京豆の様なツブテだということを知れば、僕らは皆等しく、その南京豆に噛り付く”虫けら”だというわけです。

(´ー`)v






Last updated  Jul 23, 2009 11:23:28 PM
Jun 22, 2009
カテゴリ:社会





先日うちの下請けの業者で働いている外国人労働者の方と話していたらば、彼はトルコ出身だそうです。なんでも。レスリングをやっているそうで、そりゃーもうアレなわけっすよ!こー、なんですか?

ありえないくらいにそこらじゅうが太い!(><;)/

もしぼくが女の子ならソノ太くて硬いやつを!そのまま真っ直ぐ入れちゃってクダサイっ!!などと!

思わず懇願せざるにはいられないわけですよ。о(><;)о

しかしアレですね。日本政府も、少子高齢化が進み、労働人口の空洞化を埋めるため、移民労働者の受け入れ政策を進めることを表明しています。今ものすごい勢いで、かつてない多様な国々から労働者が流入しています。

実際日本企業もすでに、外国人労働者なしじゃ経営が成り立たないと実感されている方々も多いことでしょう。しかしその現場を観察していると、いろいろと問題含みであることが見えてきますよね。

これは決して統計やデータなどには現れないものであり、さらに移民政策の法整備にあたって、未来に禍根を残さないために十分な認識と見識をもって課題にあたるべきです。イギリスやフランスなどの先例はあまり参考にならないでしょう。

これらの国々と比肩すると、日本の社会風土や歴史的背景、及び近隣諸国との関係を含めた経済構造などがまるで違うからです。これはとても重要なことであり、いくら留意してもしたりないくらいです。

いずれこの辺りを巡る問題については、詳細な論考を起こしてみた気がしますが、予めぼくは予言しておきますよ。近い将来この国に、考えられないくらいのドラスティック変化が生まれます。

即ちぼくらが今ここで片足を乗っけているこの国のシステムは、老朽化も甚だしい旧体制のそれであり、やがて歴史の彼方に葬り去られる「ゴミ箱行き」の過去だということですよ。
(´ー`;)y-゜

ところでぼくは5、6年前に中国の企業に投資していた経緯があって、偶に上海・北京等を訪れる機会があります。その絡みで中国の知人が割りと多いんですが、その知人の一人に、先日こういう質問をされました。

劉氏「なんだお前まだ独身なのか?」

ずいぶん失礼なことを言うものですね。しかし続けて彼はこう言ったわけです。

「中国の女と結婚したらどうだ。イイ女紹介してやるよ」こうくるわけですよ!

すいません!明美ちゃんに佳子ちゃんに、奈保ちん←(><+)

今年ぼくは!ハルビンの女と結婚します!о(><;)о






Last updated  Jun 22, 2009 07:47:37 PM
Jun 9, 2009
カテゴリ:社会



チョイとビールをカッ食らって、夜涼みに出かけましたらば、近所のドブ川に蛍が一匹いましてね。なんですかタバコの火に、うまくすると反応してくれるって話をどこかで聴いた気がするんで、ためしにボウっと膨らましてみました。

完全に。つーか、完璧に!(><)「無視」されたましたね~。まぁ、いいでしょう!無視されるのは小学校の時から慣れてます!←(いじめられっ子か-笑)

昔、馬の世話をしたことがあるんですが、動物と気脈を通じ合わせると、非常に癒されますね。特に馬はそうです。何かどこかで、心が通じあってる気がするんですよね。
変な話ですが、人間とじゃー通じないような、どっか別のもっと深い場所で「会話」が成立しているようなそんな感じですね。

スイフトの「ガリバー旅行記」にも、そのへんの所を掴んで、人間社会を風刺するくだりがありますが、わからんでもないです。

宮崎駿さんの「天空の城ラピュタ」も、スイフトの作品からもじって創られたって話を聴いたような気がするんですが(間違ってたらごめんなさい)、スイフトと宮崎さんの共通するのは諧謔精神と人間嫌いの部分でしょうかね。

宮崎監督は、その自身の「人間嫌い」の部分を、彼の”良心”から封印して、作品を創るタイプの作家さんだという気がしています。そしてそれが、彼一流の上質のファンタジーとして、映画に昇華されている。

そこが国民的な(むろん世界的にも)映画監督として名声を得た彼の才能の本質だという気がしています。

もうひとつの特徴は、「ナウシカ」に代表されるような「動物や自然と心を通わす人間」の姿を描くという部分ですね。人間の生きる力は「霊性」、つまりこの自然と”対話”する力にあるんだというアニミズム信仰がベースにある。

あの9・11の世界同時多発テロの際、イスラム原理主義勢力が、米国を含む「西側先進諸国」を批判する言葉として使ったのが、物質主義に傾いた世界に対する「霊性」の欠如でしたね。

あれから十年近く経ち、歴史も驚くべき速さで変わりつつありますね。スローガンに過ぎなかったエコロジーという言葉が経済政策の一環として取り上げられる程の変わりようです。
今ぼくらに必要なのものは、歴史を見る目をもう一度鍛え上げる。ここにあります。なぜならぼくら生活は、営々と続く子孫の繁栄の為にあるのですから。






Last updated  Jun 10, 2009 01:16:15 AM
May 3, 2009
カテゴリ:社会



大体あれですね。女子の持ってる財布と、野郎が持ってる財布は、どうも別々の進化の道を辿っているようですね。

今日、とある女の子のプレゼントを買うために、百貨店を訪れていたわけです。で、色々と物色していたら店員さんがスッとぼくのパーソナルスペースに入り込んで、「プレゼントをお探しですか?」こうくるわけです。

当たり前だろ!女モンの財布売り場で、自分用の財布探してる男がいたら、ゲイかホモかのいずれかだろ!ボケがっ!

そこでぼくは大いなる疑問を抱きました。
何ゆえに財布を女子用と男子用に分ける必要性があるのか?トイレでもないのに・・・。

しかし最もオソロシイのは、財布売り場に於けるオネーちゃんのセールストークです。
「どのようなものをお探しですか?」こうくるわけですよ!
お前な、どのようなものも、このようなものもあるか!ボケーーっ!о(><;)о

更に彼女はそのマニュアルトークをぼくの心の中の冷たく固まった氷山にダイナマイトをぶち込むようにこう畳み掛けてくるわけです。

「可愛いらしいものがお好みの女性でしたらそちらのアナスイとか、シックな感じだとポール・スミスもございます」などと、ブランドの説明をし始めるわけです。
つまり彼女の頭の中を解剖すると、「ブランド・イメージ=女の子のタイプ」こういう図式でことが進められているわけですよ。

まァいいでしょう。それも一つの考え方ですよ。ブランドも大いに結構だ!

しかしですね。皆さん。女子と男子の財布の形態や機能性が、別々の”進化”の道を辿った訳には、何かとてつもなく深い理由が、刻まれている様な気がしてきやしませんか。






Last updated  May 3, 2009 10:31:01 PM
Apr 26, 2009
カテゴリ:社会





朝から雨が降ったり止んだりで、洗濯物を抱えーの、家にある2つのバルコニーを行ったり来たりしてるんですが、どうも止みそうにないので北側の日当たりの悪い、屋根つきバルコニーに洗濯物まとめ、とりあえずホッとしているところです。

やっぱりあれですよ。きっちりと太陽に当てて、パリッと乾いた洗濯物を膝の上でポンポンしながら、タオルなどを折り畳んでるときが、一番幸せを感じますね。(´ー`:)y-゜

ところで「グーグル問題」と呼ばれるものがあります。インターネット検索サービス会社のグーグルが、書籍のデジタル化をするにあたって「情報は管理すべきだ!」などとする”保守派”のペンクラブなどから”反対”の声があがっている問題ですね。

しかし書籍がデジタル化され、情報に接する機会が増えるというのは大変素晴らしいことです。

ところで数年前に知人と話していて、今後、営業職という職種はなくなるな。という意見で一致したことがあります。「空気と水はタダ」と言われた時代から一転し、コストの掛からないものはない。空気や水でさえ対価を支払わなければ手に入らない時代だ。

そう言われて久しいわけですが。営業という職種は、顧客に対して”無償のサービス”を提供することにその時間の大半を費やしています。

つまりこうです。営業マンは商品の見積りや性能といった”情報”や技術を、無償で提供する代わり、その先にある対価。受注に結び付けていくことを仕事としています。優秀な営業マンほどこの費用対効果の関係を熟知しています。

お客さんは営業マンから仕入れる情報はタダだと思っています。無能な営業マンほど、このタダ働きを積み重ね、毎月の給料だけはきっちりと会社から銀行口座に振り込まれる仕組みになっています。ある業界内部で流通する情報は、口伝であれ、書面にされたものであれ、基本的には無償で提供されるものです。

グーグルが将来的に、書籍化された全ての出版物を「無償」提供化する目論見を持っていたとしても、別に驚くことではありません。

「グーグル問題」が投げかけている事柄の本質は、もっと別の場所にあります。それは情報提供とその対価の関係を巡る卑近な問題などではなく、ぼくらが社会の中で行う、経済行動一般に鋭く迫ってくる、もっと根源的な問いを含んだものです。






Last updated  Apr 26, 2009 02:31:51 PM
Apr 15, 2009
カテゴリ:社会


仕事から帰って夕刊(読売新聞)をチラっと見てましたらば、ちょっと気になる記事があったんで、一言申し上げておきたい。

事件は遡ること3年くらい前ですか。2006年の6月に、奈良県の田原本町にある医師宅でおきた「放火殺人事件」が発端になっているようです。
新聞を見てるとね。

この「放火」事件は、当時高校1年生だった少年が、自宅に放火。母親ときょうだい2人を死なせたとして逮捕されたものです。

で、この「放火殺人事件」で「加害少年」の精神鑑定にあたった鑑定医である崎浜さんが、その鑑定用の供述書を、フリージャーナリストの草薙さんに見せたとして、崎浜さんが秘密漏洩罪で有罪になったと、そういうことらしいですな。

さらにこの事件には続きがあるようで、こちらの方が今回はクローズアップされている面もあるようです。

つまり、フリー・ジャーナリストの草薙厚子さんが、この鑑定用の供述調書を、ご自身の著書(「僕はパパを殺すことに決めた」講談社刊)で、丸写しで調書を引用しちゃったということで「問題」に発展したようです。

有罪となった崎浜さんの言い分は、精神鑑定した結果、少年は殺人者ではないと確信し、それを広く伝えたかった旨、フリージャーナリスト草薙さんに(信頼して)見せちゃったというわけです。新聞を見てるとです。

これは実に投げかけるものが大きい「事件」ですよ。法的な意味も含め、社会の在りようを問うという意味に於いてです。

崎浜さんは別に少年の掛かり付けの医師でもなく(少年が病院に通っていたか知りませんが)ほらよく、ひょんな事件が起きたら被告の精神鑑定する医師がいるじゃないですか。そういう鑑定人ですな。崎浜さんは。

で、この鑑定人という立場の人が、そもそも秘密漏洩罪に問われる「身分」なのかどうか?ここが争点の一つ。

もう一点は、ジャーナリストの草薙さんがその著書で、「調書」を丸写しの引用をしたことに対する彼女のジャーナリストとしての資質が問われている。これは出版元である講談社にも同様のことが言えるわけです。

記事によると、少年と父親の告訴を受けた奈良地検が崎浜さんを逮捕したのは2007年の10月だそうですが。

おかしいですよね。だって逮捕された少年を「殺人者ではない」として、かばおうとしているその医師が、プライバシーを侵害されたとして当人らによって告訴されてるわけですよ。穿った見方をすれば、頭にカチンっときた地検が告訴をするよう、少年と父親をそそのかしたとかね。知りませんけどね。

もう一点の方は、草薙さんと講談社さんですね。単行本のタイトル(「僕はパパを殺すことに決めた」)は、エキセントリックというか、商業的な効果をある種の部分で狙ったか。もしくは何らかの「告発」を含んでいるのか読んでないぼくに語る資格はありませんが。

ジャーナリストして筆を折りたくないならキチンとした道順で、その自らの思想を説くべきです。講談社という会社も、この本を出版するにあたって、本意がどこにあったのか。マスコミの社会的責務と照らし合わせ、内省を促したいところですな。






Last updated  Apr 15, 2009 11:49:07 PM
Mar 27, 2009
カテゴリ:社会
「クラッシュ」(2005年公開、アカデミー賞・作品・脚本部門で受賞)という映画を撮ったポール・ハギス監督は、カナダの元テレビ脚本家で、彼がこの映画に絡んだインタビューでかつてこう応えていたことがあります。

「いい映画だったと片づけられてしまう映画は僕にとっては失敗作、本当にいい映画は観客に問いかけを投げるもの」

彼は今世界でも最も才能のある映画人の一人であるとぼくは思っているのですが、インタビュー記事を見ていてもそのツボを得た、優れた語り手としての才能も発揮していますね。

ところで彼はくだんのインタビューで、映画は娯楽であるばかりではなく、社会批評を含んだものであると「宣言」しているわけですが。

ぼくらが映画館へ足を運ぶとき、もし(その映画から)小難しい議論を吹っかけられ、尚且つ自分の人生や生活に、激しく反省と懺悔を迫られる内容を含んでいることを事前に知っていたとしたならば。
なるべくそういった映画に、対価を支払ってまで観にいくことは避けたいと思うわけです。

何も映画を観なくとも、ぼくらは日々の選択と決断の毎日を戦っているわけですから。

例えばどうでしょうか。今朝着ていくスーツとネクタイはどれにすべきか?もしパシッとしたえらいさんに会う日であれば、少しお値段の張った、シックな決めスーツとタイで、パリッと失礼のないいでたちで職場へ向かうわけです。

もし半年がかりやっとこさデートにこぎつけた、むっちり系のそこそこのオネーチャンとの初デートが明日ならば、ぼくらは布団の中で、あしたと未来の為の筋トレとイメージトレーニングをみっちりと積んでから、眠りにつくわけです。

もし興奮のあまりに!早朝の3時に目が覚めてしまい。(><)
同時に勝負を目前にしたムスコの方も、パッチリと上向きに天井を目指し、我々のマジカルな右手に何かを物欲しげに問いかける場合さえも!決断と選択は、待ってはくれないのです。
о(><;)о












Last updated  Mar 28, 2009 11:35:56 AM

全10件 (10件中 1-10件目)

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