ゲニウス・ロキ

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Jul 13, 2009
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京都・四条に立地するあるショップの女性オーナーと話ていましたらば、面白い人が美山にお住まいだというので、週末に足しげく通ったことがあります。
実はこのオーナーともこの日が初対面でして、紹介された美山の職人さんも、むろん初対面です。

ぼくは知らない人とでもすぐ仲良くなれるという特技がありまして、ま、いわゆる「人たらし」というやつですか、笑。

その日はビジネスの話をしに行ったわけですが、職人(Kさん)と5、6時間話し込んだあげく、晩飯をご馳走なって帰ってきました。

奥さんからは「用がなくてもまた来てね。昼寝でもしていって頂戴」などと声を掛けて頂き、たまに昼寝しに行きますね。とにかくロケーションが素晴らしいんです。

サラリーマンやってるとこんなところには住めないんで、いずれ自分で会社を立ち上げるつもりでいるんですが、事業計画だけはもう5、6年前から構想してますね。
ぼくにはやりたいことが、たっくさんあるんですよ!わかってくれますよね?人生は一度じゃ足りないくらいです。
(´ー`;)y-゜

ところでマイケル・ジャクソンが亡くなりました。ぼくは何故か、マイケルと聞くとアンディ・ウォーホルを連想してしまうんですが、両者に共通するのは、まず彼らには先行者がいた。

例えばウォーホルならマルセル・デュシャンがいたし、マイケルにはエルビス・プレスリーがいる。彼らの道をならした先駆者たちがいたわけですね。

もう一つはその表現手法が「ポップ」などと評されつつも、反面、その実像の奥にはかなり「イタい」非常にシリアスな生き様が覗かれることです。
”アメリカン・ドリーム”を体現するヒーロー像にはこの種の野蛮性が表裏一体となって付きまとってきますよね。

なぜでしょうか?
この部分を「分析」していくことは、すなわち米国のカルチャーを語る上で欠かせないフレームワームとなるものです。

もう一つはウォーホルのとっての「キャンベルスープ缶」に対置できるものが、マイケルにとっては「MTV」だったということ。つまり、その時代の時流にうまく乗ったということです。

ただ、マイケル・ジャクソンとアンディ・ウォーホルを分ける重要なキーワードはやはり、米国社会に於ける黒人差別があげられるでしょう。
黒人初のアメリカ合衆国大統領・オバマ氏の登場と軌を一にして、マイケルの人生の幕が閉じられたということは、皮肉なことです。






Last updated  Jul 17, 2009 05:57:10 AM


Jun 5, 2009
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ひっさびさにですね。夕べのことですよ!変な夢にうなされるという事態が起きました!
「変な夢」←といっても、悪夢だとか、そういった類のものではなくて、ムシロ。

「ア~ンっ!」とかっ!「うっんんーーんっ!」とかっ!!
(><;)


ソッチ方面の話ですよ。方角でいうと、南の方ですね。(><)
むろん。起きた瞬間、ぼくはパンツの中身をピっとチェックしましたが。

普段どおーりでした!(*^^*)b


でも、あまりにもリアルだったもので、今でも「アレ♂」が夢ではなく、現実だったことを祈っているくらいですよ。
ま、いいですよ。そんなハナシは!

本題に入ります。

ぼくは割りと10代の頃に。フロイトとかユングとか、フロムだとかラカンだとか、精神分析学者の著作に親しんだ時期がございまして、「夢日記」なるものをつけていたんです。

知人で絵本を書いている子と「物語と無意識の関係」みたいな話になったとき、そういえばさ。俺さ、昔「夢日記」付けてたよ。みたいな話になったんです。

ぼくは「人生=物語」だと考えていて、人はそれぞれ、自分の物語を生きているわけです。自分で自分の物語を、それこそ紡ぎ出しながら暮らしいるわけです。
オーストラリアの先住民。アボリジニの人たちは「ドリームタイム」という考え方を持っていますね。

つまり「物語」というものを”オハナシ”。架空のつくりごととして見るのではなくて、自覚的に生活に入り込んだものとして考えるわけです。

この「物語」という感覚を、生活の内側に持っている人と、そうでない人の間では。漲ってくる生命力に、随分大きな差が出てくるはずです。

人はそれを「夢」を見ることから学んでいるんです。
優れた文学もそこから生まれるのです。


レンコンの 九つの穴に弾を込め 引き金を引く 俺はガンマン (´ー`;)y-゜






Last updated  Jun 6, 2009 12:20:12 AM
Feb 6, 2009
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かつてアメリカ合衆国の公民権運動指導者であるキング牧師はこう言いました。
「I Have a Dream」私には夢がある、と。
折りしも1963年8月28日、ワシントンD・Cのリンカーン記念公園での話しです。

こういっちゃ何ですが、ぼくもヒトの端くれです。いろいろ夢を持っていたりするわけです。
その一つが、世界中の動物たちを集めて、「どうぶつ会議」を大々的に開催することですね。そこでは一体何が行われるのか?

動物たちが日頃の不満をぶつけてうっぷんを晴らすのです。
とーぜん、そこでは人間たちのことも彼らの間で話し合われることでしょう。

以前「アマミノクロウサギ訴訟」というのが話題になりました。希少動物たちが原告となり、人間を相手に訴えを起こすのです。

考えてみれば、動物に口利けたら彼はどんなことを話すのか?いっぺん考え出すと非常に面白い。とめどなくイマジネーションの広がる世界がそこにはあります。
現実に日本でもイルカを相手に、人間同様の言語的コミュニケーションをする能力があるのかどうかを「実験」されている方がいますね。

ぼくが言う「どうぶつ会議」というのは、あくまでも想像の世界の話ですが、もしかしたら実際に人と動物が言語によってコミュニケーションを図るそんな時代がやってくるのかもしれませんよ。
かつて誰かが言った言葉を思い出します。

人によってイマジネーションされうることは、実際に、実現可能なことなのであると。






Last updated  Feb 6, 2009 10:44:27 PM

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