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カテゴリ:いじめ・学級崩壊・自殺
子どもの事を、先生がこのように話してくれた。 先生は、子どもの事を、あのように見ているんですね。 というような事がブログ誌上で、ひんぱんに交換なされていますね。 このようなことからコトバの教育性について考えていた今日(さん)です。 で、その事を書こうと思って、パソコンを開きますと、 山形県の高畠高校の女子生徒の自殺の事が、出ていました。 (友だちのコトバの暴力によって、苦しめられ、自殺した) とあります。 まさに、この場合は、コトバが、凶器になってしまったのですね。 コトバは、毒薬にもなるんですね。 でも、僕がコトバの事で考えていたことは、 コトバが、僕に対して、良薬として働いた事でした。 僕には、その忘れられないコトバが幾つかあります。 このようなこと、人間には、あるんでしょうね。 本日書くのは、 この歳になっても忘れられない幼児の時この言葉です。 それは、僕が生き事を、ほんわかさせてくれた言葉です。 そのコトバを頼りにして、真ん中において 生きてきたということではないのですが、 何か、落ち込んだ時に、そのコトバが、ひょいと浮かんでくるんですね。 あるとき、母の実家にお客に行きました。 昔は、盆・秋祭り・正月・春祭りなどには、お母さん実家に 子供は、良く、泊まりに行ったものでした。 いわゆるお客です。 ここに、行くと おじしさん・おばあさん おじさん・おばさん 従兄弟達 がいっぱいいました。 その家の伯父さん・叔母さんだけではなく、その家から出た 伯父さん・叔母さんさんもいます。 従兄弟もその家の従兄弟だけではなく、 親戚中の従兄弟がいます。 今、数えれば、30人以上は、同じ家に、この時は、寝泊りをしていたのですね。 それだけの人間が、同じ家で生活するとなると、 その家の中心になる人は、大忙しのはずですね。 それで、その中心になる人は、 その家(母の実家)のおばさんでした。 でも、このおばさん、いつもニコニコしていて、 愛想が良い方でした。今思えば、大したものだと思います。 (僕なんか、孫が、3人泊まりにきただけで、1Kg痩せるなんて、 言っているのですから。) ある時、そのおばさんが、 僕の事を母に、 「あの子は、サイガアル。」と言っていることが、 耳に、入ってきたのですね。 そのとき、その意味は、はっきりは分からなかったのですが、 おばさんのその時の言い方で、僕に対して悪い感情で言っているのではなく、 好感情で言っている事が伝わってきました。 それから、学校に上がり、思春期を迎え、青年になり、大人になって きたのですが、 このコトバが、僕を支ええてくれた事は、確かなのですね。 実際には、(サイガアル)人間ではないのですが。 でも、このコトバ、生きる支えなっているんですね。 本日のこの日記、賛同される方は、 下のマークの応援クリックして下さると、うれしいです。 1日1回、有効です。
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