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テーマ:オシャレ大好き(194089)
カテゴリ:幸せになる「勇気」
今日のご挨拶は、
まずこれを申し上げさせてください! 2021お正月!! みなさま、お疲れさまでした (´;Д;`)! わたしのブログを読んでくださる方の多くは、 おそらく家庭における家事の大部分を、たった一人で背負っておられる方、のような、 お手伝いはしてもらえることがあっても、 お正月休みの間の家事は。 やはりそのほとんどをメインで背負ったさ!! というような。 ああ、お疲れさまでした (´;Д;`)!! みなさん、本当によく頑張られましたね (´;Д;`)! ごはん、みんな、何回作ったの (´;Д;`) ? すずひも、今年はとてもよく頑張れたと思います! 穏やかな気持ちで「全てのご飯」を作れたことに、 たったいま気づきました。 こんなこと、結婚以来初めてだったかもしれません。 奇跡です。 「な、な、なんなんだ! この *************************************** おとーさんは、 かわいそうに、昨日の夕方頃から 前日までの元気は明らかに失われ、 あまりしゃべらなくなり、笑顔も消え、 しまいには銅像のようになり・・・・ 今朝は小さなお弁当を持って、 しょんぼりと出勤してゆきました。 これって、 仕事を好きだとか嫌いだとか やり甲斐がどうだとか云々ということよりも、 単純に「家が大好き」なのだと思います。 長いお休みの毎日が、ただただ幸せで、 我が家の居心地が良かった。 お休みが、あっという間に終わっちゃった (;_;) もっとお家に居たかった、という気持ち。 これは、このパンツを買った日に撮った写真です。まだ暑かった頃の出来事でした。 わたし、嬉しすぎて・・・包んでもらわず、試着のまま、穿いたまま家に帰ってきたのです。 ↓ ネイルはどんなに浮気してもこれに戻ります。今はもうこれ「だけ」、です。 *************************************** そのお休みが長ければ長いほど、 楽しければ楽しかったほど、 最終日というのは悲しいのかもしれませんね。 出勤してしまえばキリッとカッコよく働くからこそ、の 「最終日の絶望」を、ゆるそう。
それは東海道を、
額に汗して働くのも素晴らしいが、 「楽をするくふうをしろ」と。 楽々と働いて、 なおすばらしい成果があげられる働き方を お互いに「くふう」しなさい、と。 これは家事にも言えることなのかもしれませんね。 松下幸之助さんは、 働くすべての人の味方、なんだな(;_;) まだ試せていないけれど、スニーカーにも、こんなイメージで合うことでしょう。 **************************************** 年末年始。 今年のお正月の長い長いお休み。 24回くらいのご飯の支度があったのだと思います。 一度も外食することなく、ご飯を作れたことに。 「穏やかな気持ち」で全てのご飯作れたことに、 たったいま気づきました。 わたしは 一度もイライラしなかった。 家族の長いお休みが、わたしは昔は苦手で苦手で、 自分の時間が奪われたような、 自分だけお休みがないような、 わたしだけ被害者のような、 いつもそんな気持ちでいたのです。 そういう日記も、 だからこれまでたくさん書いたよね。 お休みが終わった途端「今日から自由だー!!」と。 お墓まいりの日にもパンツを穿きました。 長靴にもとってもよく合いました。 *************************************** このお正月。 わたしがイライラしなかったのは。 どういう心境の変化かわからないのだけど、 わたしは「慣れた」のかもしれない。 「自分の自由な時間がないこと」は誰のせいでもなく、 それが半ば強制的に引き起こったのが「2020」。 どなたさまにとっても大きな転換期だった「2020」。 一人でいられる時間も、そうでない時間も、 わたしはわたしのペースで、 自分が心地よくいられるための「心の持ちよう」を 知らず知らずのうちに、 身につけることができたのかもしれない。 わたしは「長年の苦手」を克服することができたのだ。 年明け早々、不安なニュースばかりですが、 コロナ禍における、唯一の、 わたしにとってのこれは「賜物」なのかもしれないな。 パンツを買った頃の写真をスクロールしていたら、 窓辺に置かれたEちゃんの 可愛いバッグの懐かしい写真が出てきました。 コロナの前にランチに出かけたこのお店は、 今も無事であってくれるのだろうか。 大好きだったフレンチのお店は、 とんかつ屋さんに替わってしまっていました。 自由がないことには慣れたけれど、 まだ「慣れないこと」がある。 お友だちと以前のように会えなくなってしまったこと。 時間が止まってしまったような気持ち。 止まったことで生まれた、 ほんのちょっと会えたときの爆発的な嬉しさも、 けれどわたしは知りました。 再び会える日までの時間をどう過ごそうか。 その時どんな自分でありたいか。 大切な友と会えることを想像するだけで、 心はちょっとだけ上向くのです。 次に会うときまでにやれることって、 いくらだってあります。 会えない間こそ、 今こそもっともっと自分を磨こう!!って、ね! おばあちゃんになってからも、 ずっと仲良しでいられるように。 「無理してまで(そこまでして)会いたくない人」 「自分の本心を偽って頑張って合わせてきた人」 「しんどい関係性」 そういう存在が、 どなたさまの心の中にも少なからずあることが、 恐ろしくもはっきりと浮き彫りになった今。 「またこの人に会いたい!」 「ちょっとでもいいからお話したい!」 「大好き!!」 人間として。 互いにどれだけ興味を持てるか。 一緒にいるとホッとできるか。 安らげるか。 そして「尊敬」できるか。 大人になってからの人間関係って、 これが本当に大切になる。 人はみな「優しい人」のそばにいたいのです。 そう思ってもらえるかどうかも、誰のせいでもなく。 いつも「自分次第」なんだ。 家庭内における自分の自由時間や、 ひとりの時間がなくなることが恐怖だった 「古いわたし」は。 そこに怯えるわたしは、2021年、もう いません。 いえ、まだちょっとはいるのだとは思うのだけれど、 だいぶ 弱体化しました(笑) これを「無きもの」に、 「わたしの人生にはもう必要のないもの」として、 静かに「一捨」できるときが訪れた時・・・ わたしはわたしの「道」を。 またひとつ、ひらくことができるのかもしれません。 おわり 今日もお読みくださって ありがとう。 ↓ いつもポチッとしてくださって ありがとう。 にほんブログ村 会うことをずっと我慢している方が、読者さまにもきっといらっしゃることでしょう。 あなたが、あなたの会いたい方と、誰憚ることなく会える日の来ることを・・・祈っています。 読者登録をしてくださっている987名もの皆さま・・・いつもありがとう! 今日もここで会えました。うれしいです ( ´▽`)ノ : お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021.01.07 06:50:59
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