『蟲(むし)』
見慣れた動植物とは違う、時にヒトに妖しき影響を及ぼすもの。
蟲師(むしし)は、それらを調査し在るべき様を示す。
ヒトと蟲の世を繋ぐ者、蟲師ギンコの旅の物語。
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蟲師 続章 あらすじまとめ
★蟲師1~26話 特別篇は→
蟲師 あらすじまとめ
蟲師 続章 第16話 「壷天の星」(こてんのほし)
この家に私はひとりで住んでいる。でも私には見えない何かがここにはいる。このごろはあまり怖くなくなった。たぶん神様みたいなものだと思う。ここはもうずっと夜だ。あの空の向こうはどこなんだろう。ここに誰もいないのは、みんなあの空の向こうに行ってしまったからかもしれない。
小さな空に星が輝いている。前にもどこかで見たような気がする。でもここは何もかもがきれいで心地よくて何かを思い出すのがおっくうになる。
今日も見えない何かが隠した人形を探して遊ぶイズミのもとに知らない男が来た(ギンコ) イズミはいるか、と言うと家に入ってきた。イズミは隠れた。ギンコは時間切れかというと消えた。
ミズホは人形を見つけた。父が何をしているんだと聞くと、イズミと遊んでいると言った。お前までそんなことを、よしてくれと父。母さんはまた妙な輩を呼んでいるし。イズミはきっと誰かにさらわれてしまったんだ。でも本当に見たとミズホが言うと夢だと言われた。父は井戸の底には何もありはしなかったと言った。
廊下にギンコが現れた。母親が、いかがでしたかイズミはと聞くと、時間切れでしたと答えた。隠れてふたりの話を聞くミズホ。ギンコは、でも娘さんは確かにここで生きていますと言った。互いをとらえられなくなっているだけです。しかし一度に同調していられる時間はわずかです。それ以上つづけるとこっちも戻ることを忘れてしまう。あちら側と水の合う者は特に。明日また同調してみますとギンコは言った。
ミズホはギンコに、イズミは家にいるのねと言った。ああ、見えんかもしれんがなとギンコは答えた。やっぱりとミズホ。見えないが、いつも私の人形を誰かが持っていく。イズミはいつもそうしていた。自分の人形を持っているのに。だから今も人形を隠してイズミと遊んでいるとミズホは言った。
イズミが人形をさがして遊んでいると、見つけたぞとギンコが現れた。逃げるイズミに、お前の母親にたのまれて、お前を連れ戻しに来たと言った。お前は家の裏山の古井戸に落ちて、こっち側へ来てしまった。イズミは何いってるの、井戸なんか知らない、私の家はここよと言った。随分とこっちの水が合うようだなとギンコ。だが、待っている者のいるところが、お前の帰る場所だと言った。
あの空の向こうでお前を待っている。母親は毎日食事を作り、姉は人形を隠して遊んでいる。ギンコは思い出せとイズミに言った。ここはお前のいるべき場所じゃない。そして、マズイ時間がない、勝手にやらせてもらうぞと言った。
ギンコが焚き木に蟲タバコで火をつけると煙が空を上って行った。空の上から誰かが見ている。イズミ戻っておいでと声がした。
ある日、イズミはミズホに、井戸の中に星が光っているよと言った。ミズホには見えなかったが、イズミは、ほら、あんなにたくさんと井戸の底を指さす。何もないじゃない、ここで遊ぶと叱られるから家に帰ろうとミズホは言った。それからイズミは人形で遊ぼうと言っても井戸の中ばかり眺めていた。そして星の数が減っていると言った。
ミズホが自分の人形をあげると、イズミは井戸へは行かず人形でしばらく遊んでいたが、今度は人形に井戸の底の星を見せに行った。星の数はまた減っていた。ミズホが来て声をかけると、人形が井戸に落ちてしまった。取ろうと手を伸ばしたイズミも...
父親が井戸に入って探したが、イズミは見つからなかった。あったのは人形だけだった。そんなはずない、イズミが落ちるところを見たとミズホは言ったが、父はいいかげんなことを言うなと言った。イズミとケンカでもしたんだろう、イズミはどこか他の場所にきっといると。
大丈夫よ母さんとミズホは言った。私はギンコさんが言うことを信じる。井戸の中から煙が上ってきた。煙が上がったら井戸の底に向かって呼んでくださいとギンコが言っていた。母とミズホはイズミを呼んだ。
ギンコはイズミが失くしている記憶を取り戻せれば戻ってくることができると言った。時間は限られているから間に合わないようなら無理やり向こうからこちらに繋がりを作る。そうすればここから声が届くはずだと言ってギンコは再び同調した。
上から呼んでいるのは母とミズホだと気づいたイズミ。ここよと声を上げた。母とミズホに、イズミの声が聞こえた。家のほうからだった。庭を見るとギンコと一緒にイズミがいた。ただいまとイズミは言った。
井戸の底を見て、星も戻ったようだなとギンコ。でも前よりだいぶ少なくなったとイズミは言った。ギンコは、あれは井星といって光脈が流れる土地の井戸に稀に現れる現象で、光脈がふつかってできる火花みたいなものだと言った。それに大量に触れるとお前さんのようになる。数が減っているのは光脈の位置がずれてきているのかもしれない。
何にしろ、お前にはあずかり知れない遠い世のことだから、もう別れを言うんだとギンコは言った。父が井戸を埋めると言った。もうここには来ないからとイズミは言ったが、これ以上心配させないでくれと父は言い、井戸の神様が苦しくないようにと竹を1本さすと石を入れて井戸を埋めた。
土の底は冷たいか、苦しいか、怖いか、寂しいか。
その底は清らかな水の、無数の星の棲むところ。
ミズホが、イズミの手をしっかり握った。夜、イズミは井戸にさした竹から星が出ているのを見た。きれいな星に触れようとしたが、ギンコの言葉を思い出して手をひっこめた。