バイリンガリズムの調査論文を読んで
第二言語習得に関する面白い論文を読んだ。アメリカのバイリンガリズムについての調査報告である。著者は子弟をプレスクールに通わせている移民1100人を対象に、バイリンガリズムに関する調査を行っている。Fillmore(1991) When Learning a Second Language Means Losing the First,Early Childhood Research Quarterly, 6, 323-346この調査は、アメリカで子どもをバイリンガル幼稚園または英語保育の幼稚園に通わせている一般的な移民家庭の場合と、また特に母語の幼稚園に通わせている移民家庭の場合について、子どもの母語の保持の度合いを調べたものである。「調査群」690人、大多数の子ども(78.3%)はバイリンガル幼稚園または英語幼稚園に通う。「比較群」311人、大多数の子ども(74.6%)は母語保育の幼稚園に通う。調査結果によれば、「調査群」の50.6%は、子どもが幼稚園に行き始めてから、子どもが家庭で英語をより多く使うようになった一方、母語使用が減った、というlanguage shiftを報告している。一方、子女に母語教育を受けさせている「比較群」の場合でlanguage shift を報告しているのは10.8%に過ぎなかった。バイリンガル幼稚園・英語幼稚園を利用している「調査群」では、両親が英語に堪能であろうとなかろうと、子どもが家庭内で英語を使いがちになるというケースが報告されている。プレスクール入学以前は英語が話せなかった子どもも、集団生活とともにすぐに十分な英語を身につけるという。米国で育つ子どもにとっては英語こそが社会的な成功に結び付く言語であり、一歩外に出れば、母語は家庭の中だけで使用可能なマイノリティの言葉に過ぎない。このような状況ゆえに、子どもは家庭内の言語としても、英語に傾倒していくようだ。さらに、この状態が続き、知らない間に母語を喪失してしまう例も報告されている。上に兄弟姉妹がいる子どもの場合、兄弟が家庭の中で英語を使用することから、幼いうちに英語に触れることになり、結果として幼い子どもほど母語の保持が難しくなっているという。同研究によれば、母語の喪失は必ずしもポジティブな結果をもたらすものではない。母語を喪失した子どもの第二言語が、中間言語の段階に停滞してしまう例もある。すなわち母語を失ってしまったにも関わらず、英語自体も言語以前の中途半端な状態に終わってしまうことがある。また、子どもが母語を失ってしまったため家族の対話が途切れ、両親が子どもに生きる知恵などを教えられなくなっているという。さらに両親の権威は失墜し、子どもを指導するにも困難が生じているようだ。同研究の結論として、英語教育の開始が早ければ早いほどいいという風潮に対して問題を投げかけ、むしろ母語が確立してから英語教育を始めるべきではないか、と問いかけている。感想。子どもの外国語教育にあたっては「幼いほどネイティブスピーカーのように自然な言葉を習得する」と言われる。しかし、上記のような「言語喪失」という問題があることも、やはり知っておかなければならない。同研究はアメリカにおける母語保持の問題を扱ったものだが、ここドイツにおいても、著者が指摘したような問題は十分当てはまる。海外に住む家族の多くは、とりあえずは、日本語を少々犠牲にしても、子どもにとにかくその土地の言葉を早く覚えてもらおうと思うだろう。友達を作るにも自分の身を守るにも、日本語だけではどうにもならないから・・・。しかしやみくもに子どもにバイリンガル教育を導入するべきではない、という著者の意見には賛成する。でも、子どもだって、ずっとその土地で生きていくわけだし、難しい問題だ・・・。そもそも、外国語で育つ子どもの母語は、どの言葉が母語になるのだろう?皆さんなら、どういう風にされますか?