>>熊本城天守復旧に26億円 復興へ4139億円計上 政府補正予算案
A drone operated by a Yomiuri Shimbun photographer films the severely damaged castle. [Released April 25]
政府は2016年度第2次補正予算案に,熊本城天守閣の補修費用として26億円を予算化。崩れ落ちた瓦や壁,石垣などを修復する。熊本城公園内や阿蘇神社など国指定文化財の復旧にも49億円を充て,本格改修に向けて部材の撤去や保存を進める。
---
>>>熊本城藩主・細川様も地震恐れる-「危なくて本丸に居れない…」
熊本大文学部付属永青文庫研究センターの調べによると,細川家3代目の細川忠利(1586~1641)は,肥後入国の翌年に発生した地震を「危ない」と感じ, 熊本城の本丸から避難していた。
江戸時代の古記録を,藩がテーマごとにまとめた「部分御旧記[ぶわけごきゅうき]」によると,熊本城は寛永10(1633)年,地震と大雨で大きな被害を 受けた。研究センターは地震や火事、落雷などについてまとめた「災変部」に着目。同年5月11日,忠利が家臣の狩野是斎[ぜさい]にあてて、以下のような 書状を残して いる(研究センター訳)。
「熊本地震のことですが,少しずつ度々揺れていたけれども,今ほどは揺れも遠のいています。危な くて、庭のない本丸には居れません。本丸には,二畳敷(一間四方)程の庭もなく、四方が高石垣で、そのうえ櫓、天守が結構危ないのです」「江戸に参勤し て、上様(徳川家 光)のお許しを得て,地震屋を備えた庭を造らなければ、本丸には居れません。このことを、柳生宗矩[やぎゅうむねのり]殿(家光側近)へ伝えるつもりで す」。
ほかの忠利の書状からは「本丸には居ようもなくて花畠屋敷に入っている」「二の丸に下って住んでいる」など藩主の“避難所”が判明。 「熊本城中、家ばかりで明地(空き地)がない」ともある。
>>>余震と規模は減衰傾向 熊本地震、調査委「M5可能性低い」
今月14日で発生から4カ月を迎えた熊本地震。当初、大きな揺れと被害を伴った地震も、この4カ月で発生数や規模は縮小し、政府の地震調査委員会は「マグニチュード(M)5程度(最大震度5強程度)の発生の可能性は低くなった」との見解を示す。ただ、余震が数年単位で続くとみる専門家は多く、引き続き地震への備えが求められている。
気象庁によると、4月14日の前震以降に発生した震度1以上の有感地震は、4月1093回▽5月520回▽6月214回▽7月114回▽8月42回(13日午後6時現在)と減少。揺れも小さくなっており、4月に98回を数えた震度4以上の地震の発生数は、5月8回▽6月5回▽7月1回▽8月1回−にとどまる。
熊本地震の震源は熊本、阿蘇、大分県中部地方の3地域に広がっているが、5月以降、M2以上の地震は大分県中部地方ではほとんど起きておらず、熊本、阿蘇両地方でも減少。こうした状況を踏まえ、地震調査委は7月、「全体として減衰傾向がみられ、M5程度の余震が発生する可能性は低下した」としていた。
一方、8月に入って熊本地方を震源とするM3以上の地震が頻発し、6、7日には震度3、9日には同4を観測した。福岡管区気象台は「余震活動が完全に収まったわけではなく、警戒は必要」と指摘する。
九州大地震火山観測研究センターは「震度7を観測したケースでは余震が数年間続く」とし,熊本地震を引き起こした布田川・日奈久断層帯の西部や南西部は「熊本地震の影響で規模の大きな地震が起きる時期が早まった恐れもある」としており,「リスクを把握して備えることが大切だ」と注意を促している。